20話
「何言ってんだ!あいつを放っておく!?」
「ああ、しばらく気づかれないように後を追って様子を見る」
黒金が出したその提案は耳を疑うものであった。今蜂の鎧蟲が子供を抱えてどこかへ行こうとしている。勿論止まっている暇は無いしましてや様子見なんてこともできない。一体こいつは何を言っているのかまったく分からない、これは俺が馬鹿だらからじゃないだろう。
「このままだとあの子が殺される!その前に助け出さないと……」
「奴はこのまま巣穴へと向かうはずだ、その入り口が分かるまで後をつける」
「巣穴……?鎧蟲に巣があんのか!?」
まぁ虫だから巣があるのは当然だ、しかし普通の蟻の穴掘り式か蜂のようにな気にぶら下がるやつか、その姿形は全くもって想像できない。寧ろ巣穴が存在することが驚きであった。
そしてあの蜂はあのままあの子を自分の巣まで連れていくという、あんな小さな子が鎧蟲がのさばっているであろう巣にでも連れていかれてみろ、どうなるか分かったもんじゃない。想像したくはないが殺されるに決まっていた。今だって殺されない保証はない。
「……子供を見殺しにするつもりか!」
「蜂型の鎧蟲は蟻と違って人間を生け捕りにして巣まで持っていく性質がある。まだ無事のはずだ。巣穴を見つけたときに救出すれば間に合う」
黒金が言うには蜂と蟻は習性が違うらしい、確かに今まで見てきた蟻はその場で人間を殺そうとしていた。しかし蜂の鎧蟲は殺さずに自分の巣へ運ぶという。確かに俺の虫の知らせはあの子の生存を確認している、だけどそういう話じゃない。
「そんなの信用できるか!所詮は鎧蟲だぞ!!」
「いいから黙っていろ、奴に気づかれるだろう」
「……ッ!」
駄目だ、話が通じない。本当に何を考えているのかこの男は。
そんなことをしている間にもう蜂の姿が点に見えるまで遠ざかっていた。これ以上指を咥えて見てるなんてことはできない、「止めろ!」という黒金の制止を無視し俺はその子の救出に向かう。
子供1人を抱えているせいか蜂の飛行スピードは遅くなっておりいとも簡単に追いつくことができた。向こうも俺の存在に気づくも子供を持っているせいで弓も構えられない、そのまま成す術も無く俺に首を斬り落とされる。
そして宙に投げ出される子の体を急いでキャッチ、どうやらあまりの恐怖で気絶したらしく凄い顔をしていた。そのままゆっくりと地面に降ろし慎重に寝かせる。そこまでの傷は見られない、どうやら無事だったようだ。
「良かった……本当に良かった……!」
「何をやっている馬鹿が!助けるのが早すぎだ!」
すると黒金が俺の後を追ってここにやってきた。そして足を地面につけて早々そんな罵倒をぶつけられ等々カチンとくる、それはその言動ではなくこいつの行動そのものにだ。
子供をソッと置いた後俺は激昂しそのまま黒金に詰め寄った。すぐにでも殴りたい気持ちだが何とか抑えていた。
「それはこっちの台詞だ、アンタこそ何をしている!目の前で子供が攫われているのに……よくもまぁ放っておけなんて言えたもんだ!」
「だからそれは、奴らの巣穴の場所を見つけるためだ!」
「そんなものは後にしろ!アンタも甲虫武者なら人を助けろよ!」
子供の命より鎧蟲の巣穴を見つけ出すことを優先している黒金に対し俺は我慢できずになり、怒りに身を任せて怒鳴り合う。さっき俺はこいつに言い返す資格は無いと思ったが撤回しよう、どう見てもこいつの行動には問題がある!子供より鎧蟲退治の方を優先するなんて間違っている!
すると黒金はそんな俺の言葉が響いたのかばつが悪そうな顔をしてそっぽを向く。ようやく自分のしたことがどんなものか分かったか……けどそれは誤解で、不意に俺を刀の側面で殴ってきた。
「うがッ……!?」
刃の部分じゃないため斬れることはなかったがそれでもあのパワーで殴られると効く。尻もちを付いてしまい頬を摩る、すると黒金はそんな俺を冷たい目で見下してきた。
「俺はお前と違って人を救うために戦ってるんじゃない、鎧蟲をぶち殺したいからこの鎧を纏っているんだ!巣穴さえ見つければ奴らを一網打尽にできた!それをお前が……!」
「それでも甲虫武者か!あんなに強いのに……それじゃあ意味が無いだろ!」
「……俺は、そんな偽善活動に興味は無い。ただ鎧蟲を殺したいだけだ!」
「このッ……!」
この数回の会話でこいつとは分かり合えないことが分かった。何故かは知らないが黒金は鎧蟲を殺すことに執着している。その為に子供の命など知ったことじゃないと言わんばかりの冷たい言葉であった。
……出会いは最悪だった。だからこそ分かり合おうと思ったが無理に決まってる。こんな奴と理解し合うなんてことはできない!
「綺麗ごとしか抜かせない脳無しの馬鹿が……お前みたいな甘っちょろい奴がどうして甲虫武者になれた!?」
「そんなの……お前には関係ないだろ!ってのわッ!?」
すると黒金はいきなり2本の黒刀を俺に向かって振りかざし斬ってきた。俺は咄嗟にそれを虫の知らせで感知し自分の刀で受け止めるもそのパワーに押され、黒金から数メートル離れた場所まで後退させられた。
なんつーパワーだ、これが共食い蟻の同時攻撃と張り合う力……両腕に衝撃が走りジンジンと痺れている。これはもう刀と言うより鈍器の衝撃に近かった。
「いつつ……いきなり何すんだよ!」
「良い機会だ、この際お前に甲虫武者という存在がどんなものかをこの刀で叩きこんでやる!」
そして奴は一気に目前まで迫り、2本の刃で何度も斬ってくる。それを弾くたびに腕が痺れ動きに遅れを取り、尚且つ向こうの方が武器の数も多いときたもんだ。単純な斬り合いじゃ勝てることもできずそのまま奴の一太刀に吹っ飛ばされてしまう。
「ま、待てよ!何で甲虫武者同士が戦わなくちゃならないんだ!ぐッ!」
「お前の生温さは癇に障る!今のうちに生意気な口がきけないよう力の差を分からせる!はぁ!!」
そう言って黒金は二刀流を交差させ斬りかかってきた。それをもう一度刀で受け止めるもその巨大なハンマーで殴られた勢いは殺せず、そのまま後ろに生えていた木まで斬り飛ばされてしまった。
もう腫れてんじゃないかと思うくらい痺れている手を振っていると向こうは翅で急接近、急いで屈めば黒い斬撃が頭上を通過する。おかげでぶつかった木はバッサリと切断された。
「いい加減に――しろぉ!!」
「ぐッ……!」
ここまでされて黙ってるなんてことはできない、俺は屈んだまま前へ踏み出しその懐に潜り込んだ後その腹部に刀を打ち込む。肉まで到達することはなかったが鎧に深い傷を入れることはでき、黒金を突き放すことに成功した。
「甲虫武者の力は鎧蟲から人を守るためにあるはずだ!俺らが戦ってどうする!」
「その体になって日も浅い癖によくそんなことが言えるもんだ、この力をどう使おうが俺の勝手だ!」
「ガッ!畜生!!」
黒金の斬撃が絶え間なく繰り出され俺は防戦一方となってしまう、元々この戦いはしなくてもいいもの、何とか話し合いで終わらせようするもそうもいかないようだ。
もうここまで来たら俺も戦うしかない、このまま防御ばかりしていたらいつしか隙を突かれ斬られるのは目に見えている。口喧嘩で済むなら安いもんだがこうなったら俺もやってやる!
「っと――いだっ!!」
「そんな拙い虫の知らせで俺の動きが読めるものか!」
と言ってもこの猛攻の隙間を見つけカウンターを叩きこむというのは難題だ、虫の知らせをフルパワーにしても二刀流による連続斬撃は避けきれない程で徐々に鎧を削られていく。いくら体に傷が付かないとはいえ衝撃が鎧から伝わってくるその感覚は全身を揺さぶられているようであった。
すると黒金は2本の刀を横に振りかざし同時に斬りかかってくる。あのパワーの二刀流を一度に食らえばただじゃすまない、といっても今刀はガードに使えない位置にある。このままじゃあの凄まじい切れ味が体に打ち込まれるだろう。
それは何が何でも阻止しないといけない、そう言って俺は肘を曲げ手首の籠手で斬撃を受け止めた。まるでトラックにぶつかったような衝撃に側面から押し出され地面に足裏を引きずりながらも何とか耐え忍ぶ。すると後からその痛みがジワジワとやってきた。
「いっったぁあ!!!腕取れたかと思った!!」
「ほう、俺の斬撃を籠手で防ぐか……ならこれならどうだッ!!」
すると黒金は翅で飛び、ほぼ真上から降下し再び刀を振りかざす。太陽を背に落ちるその姿は影で更に黒が濃くくなり、そして熱を持ってこちらに落ちてきた。
あの構えは……共食い蟻を粉砕したあの技だ。流石にあれを鎧だけで受け止める自信は無い、ならどうするか?
(向こうが全力を出すなら――俺もフルパワーで迎え撃つ!)
最早これしか方法は無い。姿勢を低くし俺も刀を構えて黒金の一撃を真っ向から受ける態勢に入った。白い武者と黒い武者、天と地に分かれてその刀は混じり合った――
「白断ちィ!!!!」
「金剛砕きッ!!!!」
白の一太刀と黒の双剣が衝突し合い、かつてない程の衝撃を辺りに走らせる。刀と刀の狭間では火花と金属音が鳴り響き、それを介して俺と黒金はお互いを睨み合った。
すると向こうの斬撃が俺の白断ちを圧倒し始め、いつしか力づくで押し切り刃を肩の部分に到達させる。そして爆発でも起きたような破裂に俺は吹っ飛ばされてしまう。
「ぐあああああッ……!!」
地面を転がり肩を襲う激痛に顔を強張らせる俺、見れば谷のように装甲が凹んでおり後ちょっとのところで肉にまで届きそうな傷の深さであった。グラントシロカブトの鎧が耐えてくれなかった今頃両腕を斬り落とされていたかもしれない。
黒金の「金剛砕き」と言う技は鎧蟲戦の時に間近で見ていた。けど見るのと体験するのとじゃやっぱりその受け止め方は違う。トラックの衝撃なんて易しく感じるほど凄いパワーであった。
今までに感じたことが無いほどの強烈さに悶絶しながらも向こうを見ると、何故か黒金も驚いている様子に見えた。目を若干大きく開き口も開け、冷や汗をその頬に流している。一体何にそんな驚いているのだろうか?
「……まぁいい、これで分かっただろう?俺とお前の実力差が……」
「ぐぅ……糞がッ!」
その強さは分かっていた、けどこうして負けるのは本当に悔しかった。この敗北は、さっきまでの奴の行動を否定できなかった結果と同じなのだから。
歯を噛み締め手を握りしめる。馬鹿な俺は今までそんなストレスを感じたことは無かったが、今は違う。悔しくて悔しくてたまらないし、許せなかったのだ。あいつを否定できなかった俺が――
「何やってんだお前ら!!」
「あ、師匠……」
すると師匠こと鴻大さんがヘラクレスの鎧で空を飛び、この場へやってきた。この人も虫の知らせを感じここに辿り着き、既に倒された鎧蟲を見た後で俺たちの戦いに気づいたんだろう。
その表情には驚きが混じった怒りが見られる、本来仲間である俺たちがこうして殺し合っているのだから当然だ。俺と言う弟子の不始末でもあるのだろう、いつの間にか俺も攻撃的になっていた節がある。
「男なら喧嘩もする時もある!初対面なら猶更だ!だからといって甲虫武者の鎧で命懸けの喧嘩をする奴がどこにいる!帰るぞまったく……カフェで説教だ!」
その言葉で俺と黒金は一度冷静になり自分の鎧を溶かして元の姿に戻る。こうして今度の鎧蟲戦は俺とこいつとの喧嘩で幕を下ろしたのであった。




