戦慄の魔眼
「……可能性の殻を、破っただと?」
ベリアル9世が、ローレンスの言葉に反応した。
「……ああ、そうだ。」
「人間に、そのような事が有りうるのか……?」
「それが今、この戦いで明らかになるのだ……」
「……」
彼女は少し考えてから、腕を組んだままジャンプする。そして、ジェットの隣に着地し、同じ方角を見下ろした。
「なっ……!?」
「手を出したければ手を出すがいい。私は抵抗せん。」
「……」
不思議な感情を胸に覚えながら、改めてジョー達の戦いを見改めた……
「っでででで……!!」
ジョーは頭から血を流しながら、辺りを見る。
そこそこ広い空間ではあるものの、天井は自分三人を縦に並べられる程度の広さしかない。しかし、これだけあれば戦うのに不自由はしない。不自由はしないのだが……
「おっと!」
いきなり、魔力爪での引っ掻きが飛んでくる。それを胸に掠らせながら、避けて見せた。
「……ゴルゴーン。」
「なぁに?もっと楽しい玩具が欲しいの?」
余裕そうな笑みで、彼女は目を見開いて爪を構える。その手を拳にして、魔力を更に鋭くし──
「……こんなので、どうかしら?」
第三関節から、ハッキリと可視化出来るほどの濃密な魔力の爪が生えるような形になった。魔力という質量的には有耶無耶なもののはずのソレが、光に反射して煌めく。
「……」
ジョーはそれを前にしても、眉一つ動かさずに居た。そして、何か思い出したような表情をする。
「さっきの叩きつけのショックで思い出した……師匠が言ってた話をな。」
「師匠?」
「ああ……水龍院と四魔姫には絶対に手を出すなッて話だ。特に四魔姫の黒髪の女……アイツは魔術を使ってこちらを撹乱し、その爪で引き裂いてくるッて。」
「……へぇ?」
「その魔術ッてのが……そうだ、『魔眼』だ。」
魔眼……普通の魔術師やサキュバスにとっては、催眠だの魅力だのを付与する状態異常魔術程度の認識しかない……が、彼女の使うソレは立派な殺人用の魔術。
「……バレちゃったかしら?」
「ああ……何か妙な術を使うなと思ったら、魔眼なんて姑息な魔術使いやがって……それも、一種類や二種類じゃねぇな?」
「その通りよ。でも、そこまで見切った所で戦況が変わるかしら?」
ゴルゴーンは構え、突進する。そして腕を振って無数の引っ掻きを放ってきた。
「ッッッ……!!」
その爪は、確かにジョーの腕を斬っていた。その爪の猛攻から抜け出そうとスウェイバックするが、途中で足が止まった。
「おッッ!!?」
「胡乱の魔眼を使ったわ。どう?身体が思うように動かないでしょう?」
「ぬぉおおっ!!?」
腕を動かそうとしたら足が動き、指を動かそうとしたら勝手に目が閉じる。本当に、思うように動かないのだ。
「こ、小癪な……!!」
「ふんっ!!」
腹に膝蹴りが叩き込まれ、動きが止まってしまう。そして、その顔面に正拳突きされてぶっ飛ばされてしまった。
「っごはぁああ……!!」
「いいものをあげるわ。」
ゴルゴーンの目が、光る。次の瞬間、ジョーの身体が三度ばかり打突され、壁に叩きつけられた。壁は粉砕し、彼の身体は瓦礫に覆われる。
「打突の魔眼よ……どんなに強靭な体を持とうとこの魔眼には抗えないわ。」
「っぐ……!!」
体の胡乱は解けており、瓦礫から這い出る。立ち上がって猛ダッシュして、拳を振るう。
「うふふ……」
また、ゴルゴーンの目が光る。すると、その腕の中で力が螺旋を描きながら駆け巡った。
「っぐぁあああッッッ!!!」
完全に捻り壊される寸前に跳躍し、螺旋に合わせて体を回転することで、何とか事なきを得る。せいぜい、皮膚が少し切られたぐらいだ。
「へぇ……跳躍して螺旋の魔眼を受け流すなんて、やるじゃない。けど──」
ジョーが着地した瞬間に彼女は踏み込んで、その胸を斬った。
「うぐっ!!」
「──そんな時の為に、コレがあるのよ。」
魔眼での撹乱に、魔力爪での猛攻。技と技が上手いこと歯車のように噛み合い、回転しているのだ。
「ゴルゴーンのコンビネーション力は、ハルピュイア以上だ……このままでは、あの男の命も危ういな。」
9世は、静かに戦いを見下ろしながらそう言う。
確かに、今のままではジョーは劣勢。勝機など無いに等しいだろう。しかし、これで終わるような彼ではない。
「ほらほら……!」
ゴルゴーンはジョーを睨みながら魔眼を連発し、爪で何度も切り裂く。
「っぐぬぅううっ……!!ぐぐぐ……!!」
「もっと嬉しそうに鳴きなさい……!もっと、もっと……!」
激しくなりゆく猛攻に何とか対応しようとするものの、一方的に攻撃をくらい続けるジョー。しかし、彼の苦悶の表情が、徐々に笑みへと変わっていった。
「がぁあっ!!」
猛攻を振り切り、パンチを放つ。しかし、その攻撃が形になる前に腕に手が添えられ、拳が止められた。
「せぇいっ!!」
「ッぐぁああッッ!!!」
思い切り蹴飛ばされてぶっ飛んで、身体が壁にめり込んだ。
「……」
ジョーは吐血しながらも、ゴルゴーンを見て嫌らしく笑っていた。
「嬉しそうね……まぁ、こんなに綺麗なお姉さんに遊んでもらってるんだから当然ね……」
「……クックックックッ……ヒャーッハッハッハッハッハ!!アーッヒャッヒャッヒャッヒャ!!!」
笑いながら魔力を解放し、己が埋まっている壁を粉砕した。その表情が、笑いの表情からキッとした真剣な顔に切り替わる。
「はぁあああああーーーッッッ!!!!」
次の瞬間、彼の体からとてつもない魔力が放出された。獄炎のような魔力が天井を貫き、天を衝く。その魔力でシャツが燃え尽き、上裸になった。
「がぁあああああーーーッッッ!!!」
大きく咆哮し、魔力が消散する。それで、ゴルゴーンを睨んだ。
「……はぁ……」
妖しく吐息しながら、眼光を彼女に向ける。
「……ッッ!」
彼女はその眼光に当てられた瞬間、背筋にゾクリとした悪寒が走るのを感じた。
「……昨日のあの時、螺旋の魔眼とやらで俺の首を捻じ切っていたらお前も負ける事もなかっただろうに……馬鹿だぜ、アンタ。」
「そんな顔になって負け惜しみをほざいていても、何も怖くないわ……それに、そう言うならお望み通り……」
ゴルゴーンは目を光らせ、ジョーの首に螺旋の魔眼を使った。しかし、彼の背後で爆煙が巻き起こったかと思うと、魔眼は不発した。
「……!!?」
「どうした?もう一回やってみろ!」
「そ、そんなハズが無い……!!」
もう一度螺旋の魔眼を使う。しかし、また爆煙が巻き起こって魔眼は不発に終わった。
「な、なに……!!?」
「何処見てんだ、おめェ……俺は、ちゃんとここに居るぜ?」
彼の後ろの煙が晴れる。すると、壁にクレーターのようなものが二つ出来ていた。
「……ッッ!!?」
「ヒャハハハ。魔眼が発生する寸前に発生圏から逃げてやっただけだ。」
「魔眼の発生圏……!?」
「……」
観戦していたローレンスはその言葉を聞いて、コホンと席をついた。
「魔眼のメカニズムは、カメラに似る。レンズを絞って被写体をハッキリと撮影するように、魔眼もまた標的をハッキリと捉える必要がある……」
「ええ……だけど、捉えられてからでは遅いわ。」
レシアが、ローレンスの方に向いてそう言った。一応、彼女にも魔眼の心得があるのだ。
しかし、ローレンスはそんな彼女の説を首を振って否定した。
「奴にとっては遅くない……寧ろ、充分な時間が与えられている。被写体を捉えてからのシャッターを切る合間の速度は一瞬。その一瞬の内にジョーは背後の壁へとスウェイバック。目標のいない螺旋の魔眼は、そこでただ空気を掻き回すだけ。そうして、魔力が消えた瞬間を見計らって壁を蹴り、戻ってきたという訳だ。」
「そ、そこまでの早業を……!!?」
「な、なんて奴だ……!!」
ジェットもレシアも、改めてジョーの恐ろしさに気付く。彼の取り柄は、ただの怪力任せの暴力だけじゃなかったのだ……
「──ッて、所ね。」
ローレンスが説明した事を、ゴルゴーンはジョーに聞かせていた。
「ヒャハハハ。だけど、それじゃあ回避に限界がある……だけどよ、もっといい方法があるぜ。」
指をボキボキと鳴らし、ゴルゴーンに歩み寄る。その間に、その目の奥から笑いが消え失せた。
「……くっ!!」
ゴルゴーンの目が光ると同時に、彼は跳び上がって天井に張り付いた。目標が立っていた地面だけが、捻り曲がって粉砕する。
「なにっ!?」
彼女は天井に目を向け、また魔眼を使う。しかしそれより速く、ジョーはゴルゴーンの右の壁へと飛び移った。
「くっ!!と、止まりなさいっ!!」
頭を振って彼を追うが、既に彼は視界の端。次の瞬間には、背中を蹴り据えられていた。
「っぐはぁあっ!!」
蹴り飛ばされるものの、体勢を立て直してジョーの方を見る。
「ーーーッッッ!!?」
彼は天井や壁や床に縦横無尽に飛び回り、彼女の目線に捉えられないようにしていた。彼女の方へ向かうように、色々なものが粉砕する。
「──そ」
一瞬だけだが、ジョーを捉えた。そして、魔眼を発動させようとする……
「ラァッ!!」
「こッッッ!!?」
顎を蹴り上げられ、目線が天井に移る。すると、天井がビキビキと捻じれる。
「ハッ!」
そう。彼が思いついた魔眼の対処方法は、『そもそも視界に入らなきゃいい』というものだった。視界に捉われなければ、そもそも魔眼など当たりはしない。彼らしい、ストイックな方法である。
「ハハッ!!」
ジョーは笑いながら、ひび割れた天井に拳圧を放つ。すると、天井は砕けてゴルゴーンに瓦礫が雪崩降ってきた。
「ぁああぁあああッ!!」
彼女は瓦礫に潰れて倒れ伏してしまうものの、すぐに瓦礫を吹き飛ばしてジョーを睨む。
「このッ!!」
その表情は冷静を崩しており、今まで見せなかったような剣幕でジョーに魔眼を放った。
「ッ!!」
一瞬だけ、回避が遅れる。
まずい、何かされる──
「……?」
回避が遅れたジョーの目に映ったのは、小さな光。それが、超スピードでこちらに向かってくる。
「かぁっ!!」
彼はそれを腕で弾き飛ばす。
「ハッ!何かと思ったら今度は目からビームか!芸の無ぇ奴──」
次の瞬間、弾き飛ばされた光が壁に溶け、その壁が石と化した。
「……!!?」
ジョーは驚くが、ゴルゴーンはもっと驚いていた。
「な……なんで……!!?た、確かに直撃のハズ……!!」
「……何だァ!?」
お互いが、起こったことを理解出来ていなかった。それは、観戦する三人も同じであった。
「な、何が起きた!?」
「ジョーが腕を振った瞬間、魔眼の効力が弾き飛ばされるように壁に……!!?」
「……」
ローレンスは汗を流しながら、ごくりと唾を飲む。彼の胸中には、ありえない理論が出来上がっていた。
そんな彼の胸中を見透かしたかのように、9世が口を開いた……
「魔眼を弾き飛ばしたな。」
「!!」
ローレンスは、仮面の下からでも分かるような驚愕の表情を浮かべていた。横の二人も、彼女の言ったことに驚いていた。
「魔眼を……!!?」
「弾き飛ばしたァ!!?」
「ありえぬッ!魔眼の魔力に触れた時点で、ジョーの腕は石化しているハズだ!」
「私だって、驚いている……!あ、ありえん!人間が、あそこまでの神力を……!!」
「!!!」
ジェットは、衝撃を受けた。
レシアが冗談交じりに言っていた力……それは、不可能を可能にまでしてしまう力──それが今、ジョーに!!
「……神力は、確かに貴様ら二人にも宿ってはいる……しかし、アレは桁違い……!!」
「……」
「ますます、目が離せなくなったな。」
ジェットはそう言って、ジョーの方を見る。
上から視線を感じながら、彼はヘラヘラ笑う。
「何だか知らねェが……俺にとって、都合のいい事が起きてるみてぇだな。」
「く……!!」
ゴルゴーンは後退しながら、ジョーを睨む。そして魔眼を使うも、それはまた弾き飛ばされてしまった。
「……それにしても、どうやって弾き飛ばしてるんだ?」
ジェットは観戦しながら、素朴な疑問を口にする。それに答えたのは、9世だった。
「魔眼は、発現する瞬間に魔力の光を放つんだ、それこそ、専用の観測機で観測せねば捉えられないような光……その魔術の光をどうにかすれば、魔眼を殺せる……言うは易く行うは難し、それは机上の空論に過ぎなかったが……ジョーという男は、それを理論通りに行ったということか……!!?」
9世が説明してるうちにも、ジョーは有利を確信して笑っていた。
「さぁ……テメェから受けた屈辱を、倍の苦痛にして返してやる。簡単に終わると思うなや。」
「……そうね、簡単に終わる訳がないわね。」
ゴルゴーンは肩をがくりと落とし、震える。
「私も、奥の手を使うしかないわ……うふふ……後悔しなさい。苦悶に悶えながら、じわじわと嫐り殺しにしてあげるわ……!」
彼女は震えながらそう言い、笑った。次の瞬間だった。
「かぁあッッッ!!!」
「……!!」
その体がおぞましい魔力に包まれ、彼女は変異していった……




