怪物対決
「よーく見てろゴルゴーン。今からてめぇのその薄ら笑いを消してやる。」
ジョーは彼女の魔力に臆することなく、嗤いながらそう言い放つ。その顔には絶対的自信があり、非常に嫌らしく邪悪だった。
「へぇ……」
ゴルゴーンはというと、クスクス笑いながら彼の言葉を聞き流していた。
どうせハッタリ。昨日の太刀合わせで、戦力は分析しているつもりよ……実力差から計算すれば、半分以下の力で全力のこの子を八つ裂きに出来る。
そう高をくくり、緩めの構えをとっていた。
「それじゃ……」
ジョーは棒立ちのまま目を見開く。すると、圧倒的な気のエネルギーが大気をゆるがし、灼熱の突風を巻き起こした。
「……!!?」
それに当てられた瞬間、彼女の中の計算が全て狂った。ありえない数値を無理矢理入れられたプログラムのように、作戦は破綻する。
「な……!!」
「俺が敵陣で遊び呆けてると思ったか……馬鹿がッッ!!」
ジョーはそう言い放って、ゴルゴーンを睨んだ。彼女はゴクンと唾を飲んでから、拳をぎゅっと握る。
「……四魔姫決定戦以来よ……この緊張……!!」
彼女の額から、汗が出る。それはゆっくりと頬へと伝いながら重力に従い、顎に到達し、零れ落ちた。落下しゆく彼女の汗は鉄の床に落ちて、それが聞こえるか聞こえないか程度の水音を鳴らす。それが、開戦の合図となった。
「がぁああああッッッ!!!」
ジョーの姿が消えたと思ったら、床が爆発するように弾けた。鉄の破片がパラパラと舞い、衝撃が響く。それは彼女の元へ向かうように、何度も連続した。
「かぁああッ!!!」
ゴルゴーンは迎撃しようと腕に魔力を込めて、手を広げる。そして、思いっきり引っ掻きを放った……が、手応えはなかった。
「!!?」
目標を外した引っ掻きの圧が、床を抉る。
「バーカ!」
ジョーは既に彼女の背後に回っており、その背を思いっきり蹴り飛ばした。
「ッッぐっ!!?」
体制を整えて彼に両手を突き出し、エネルギー波を放つ。それは直撃し、爆発した。
「……くす。」
確かに直撃したのを確認して、爆煙の前で微笑む。しかし、筋肉質な腕が爆煙から飛び出し胸ぐらを掴んだ。
「なっ!?」
「おっらぁああッッ!!」
力任せにぶん回され、乱暴に投げられた。体が橋の頑強な柵に思いっきり叩きつけられ、へたりと尻をついて倒れてしまう。
「ヒャッハァッ!!」
その顔面を思いっきり蹴り据えた。柵はゴルゴーンの後頭部でひしゃげる。
「ヒャハハハハハ!!アーッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!」
邪悪に大笑いしながら、何度も彼女の顔面を踏む。血が飛び散り、ジョーの頬につく。その様が、彼の残虐さを際立たせていた。
「……ッッッ!!!」
突然、彼は跳び上がって一回転し、着地する。その表情もあの愉快な顔から、途轍もない苛立ちに塗り替えられていた。
「……テメェッッ!!」
腿の辺りが、ペンチか何かで捻り切られたかのように出血していた。ドクドクと血が溢れるも、彼の身体から噴き出ているアドレナリンのお陰ですぐに止まる。
「……惜しいわね。あと少しで、足を全部持っていけたのに……」
彼女は目隠しを直しながら、立ち上がる。
「何をしやがった……!!」
昨日も、同じ事をされた。あの時は腕だったが、この感覚は間違いない。アイツは、妙な魔術を使いやがる。
「うふふ……」
薄ら笑いを浮かべながら、両手にエネルギーの爪を出す。そしてジョーに突進し、猛攻した。
その猛攻を防ぎながら、反撃する。無数の攻撃が飛び交い、超スピードで攻防を繰り広げた。
「ぐっ……!!」
「がぁあああ……!!」
ジョーの腕は、魔力の爪をものともせずに彼女に猛攻していた。腕に斬撃が叩き込まれようと、出血ひとつ無く逆に反撃してみせる。
「ッ!?」
彼女は髪の毛を掴まれ、硬直してしまう。
「フンッ!!」
その髪を手繰り寄せて、顔面をぶん殴った。彼女の鼻から、血が噴き出す。
「うぶっ……!!」
「オラオラオラァ!!さっきまでの威勢はどうしたァ!!」
両の拳を振るって、彼女の上半身に乱打する。防御の暇さえ与えぬ乱暴なラッシュが、彼女を確実に追い詰めていた。
「っぐ!!」
後退して跳び退き、ジョーの猛攻から脱出する。そして手を向けて、エネルギー波を放った。
「けぇいっ!!」
それを弾き飛ばし、ゴルゴーンの方へ向く。しかし、彼女の姿はそこになかった。
「こっちよ。」
「!!」
振り向いた瞬間に、腹に蹴りが叩き込まれた。とてつもなく重い蹴りが腹筋を貫き、背中が盛り上がる。
「おっぐぅうッッッ!!?」
「はっ!!」
更に、超パワーの正拳突きでジョーをぶっ飛ばした。鳳凰樹の壁をブチ破った、あの正拳突きだ。
「ーーーッッッ!!!」
ゴロゴロと橋を転がるものの、指を地面に突き立ててブレーキをかける。
「!!」
ゴルゴーンは既に目の前にまで迫っており、激しく猛攻してくる。対応が遅れ、一撃を貰ってしまう。それが切り口となって、彼女のペースに飲まれてしまった。
「ぐぐぐぐぬ……!!」
「うふふ、さっきまでの威勢はどうしたのかしら?」
「黙れェエエッッ!!!」
猛攻を振り切って、腕を振りかぶる。そして、渾身のパンチを振り下ろした。しかし、拳は彼女をすり抜ける。
「そんなパンチ、通用するはずが──」
ゴルゴーンがジョーの背後に来て、爪を振り下ろそうとした時だった。
彼のパンチは勢いを止めずに、鉄の床に叩きつけられる。その鉄の床が派手に粉砕し、辺りを揺るがせた。
「──ッッ!!?」
彼女はバランスを崩すも、足一本で何とか踏ん張った。
「しゃあッッ!!」
そのスキだらけな足一本に足払いをかけ、今度こそすっ転ばせた。
「くっ!!」
「ジャッッ!!!」
ダメ押しに、顔面へ拳での下段突きをかましてみせた。グシャリとその顔面が潰れ、床にも亀裂が走る。
「……くっ!!」
「ッ!?」
ゴルゴーンはジョーの腕を掴み、こめかみを蹴る。脳に直接打撃されたことで、有るか無しかの硬直が発生してしまった。
「ふっ!!」
硬直の間に、首を膝裏で挟まれて倒れ込まされる。肘の下辺りに膝を添えられ、股で腕を固定された。そして手首を掴まれ、完全に逃げられないようにする。
「折るわよ。」
そう言い、締め上げる。無理な方向に腕が曲げられ、激痛が走る。
「〜〜〜ッッッッッ!!!!」
額に青筋を浮かべ、震える。関節が完全に極められて逃れられない。腕での抵抗は、無理と判断した。
「ほぉら、これで腕一本──」
まさに骨が折れる寸前の次の瞬間、腿の裏に凄まじい激痛が発生した。
「痛ッッッ!!?」
ゴルゴーンはジョーを解放し、痛みがある所を確認する。そこは、まるで何かに齧られたような痕があり、ドクドクと血が出てた。それを確認してから、彼の方へ向く。
「ハッ!!」
彼は口から何かを吐き出し、それを彼女の顔面へ蹴り飛ばした。
「ッ!!!」
それは、確かに己の腿裏の肉片。改めて彼の方を見てみると、彼は口元の血を拭いながら、血混じりの唾を吐いていた。
「……何て子なの……戦いに、噛み付きなんて使うなんて……!!」
「戦いに、『相手に噛み付いちゃいけません』なんてルールは無ェ。むしろルールがあるなら、俺は即刻で反則を使う。」
「まるで、女の子の喧嘩ね……」
「猛獣の喧嘩、ッて言ってもらえると嬉しいナ!ヒャハハハハッ!!」
ジョーはそう言いながら、ポケットハンドし、腰を落とした。ガンを飛ばす不良のような格好で、嫌らしく笑う。
「どうだ?そこまでされても、まだわんぱく坊やの世話をしたいかい?」
笑いながら、意地悪にも相手の挑発を皮肉った挑発をする。しかしゴルゴーンは、まだ冷静であった。
「ええ……坊やのお世話は、大好きよ。」
「……アァ?」
冷静な彼女の返答が気に入らないものだったので、苛立ちが発生する。お返しに、嘲笑してやった。
「ハッ、じゃあお望み通りお遊びは終わりだ……ぶっ殺してやる!!」
「ええ、お遊びの時間は終わりよ。次は──」
彼女は目隠しを外して、そこらに投げる。顕になった瞳が、ハッキリとジョーを捉えた。
「──お寝んねの時間よ。」
「アァ?」
ここで、ジェットの記憶がぶり返した。目隠しを外したゴルゴーンにやられた記憶が、頭の奥から突き上げてきた。
「気をつけろジョーッ!!そいつは、何かしてくるぞーっ!!!」
ジェットの声に、ジョーが振り向く。その様を見ながら、ゴルゴーンがクスクス笑った。
「アァ……?」
「無駄よ……もう何があっても、手遅れで……そもそも、今から起こることは君には理解できない。」
「……ハッ。上等だゴラ。後悔すんなやぁあああッッッ!!!」
怒号し、タックルをしに突っ走る。そのタックルが、彼女を轢き飛ばす寸前……彼の身体はとてつもない威力で打突され、橋の奥にまでぶっ飛んだ。
「!!!」
ジェット、ローレンス、レシアの三人は、自身達の横をぶっ飛んだソレを目で追う。
「な……な……!!」
アレだ。目隠しを外したヤツが、最初にやってきたあの打突だ。
「っがあぁあああッッッ!!!」
ジョーはすぐに起き上がって、超スピードで戻ってきた。
「アラ、元気ねぇ。」
「妙な真似しやがって!!ぶん殴っ──」
彼女の目が、光る。次の瞬間、ジョーは気でも変わったかのようにゴロゴロと転がり始め、柵に激突した。
「──ガハァアッ!!?」
「何かしら?何かしようとしてみなさい。」
「ーーーッッッ!!!」
怒りに身を震わせて歯軋りをする。そしてその場からその体制のまま、大きく跳び上がってみせた。
「調子こいてんじゃねぇえぞぉおおおッッッ!!!」
そのまま、天に足の裏を向ける。そして、渾身の踵落としを放った。
「あら。」
それはアッサリと躱されるが、足に纏っていた魔力が爆煙を巻き上げる。
「しゃあああッッッ!!!」
爆煙の中から拳が飛び出して、彼女の顔面へ飛んでいく。しかし、その彼女の目が光ると同時に腕も標的を変え、ジョー自身の顔面をぶん殴った。
「んぐぅうっ!!?」
「うふふふ……どうかしら、自分のパンチの味は……」
「〜〜……!!!」
ボタボタと鼻血が垂れ、それを手で受け止めている。
「な、なんだ……何が起こってやがる……!!?」
「言ったはずよ……君には理解できないと。」
ジョーの足が、後退を始める。未知すぎる魔術に、遂に彼の心の中の怒りが恐怖に負け始めたのだ。
「……あらあら。情けないわねぇ。足が後退してるわよ?」
「ッッ……ッッッ……!!!」
足の後退を止め、ゴルゴーンをキッと睨みつける。次の瞬間、身体が石のように硬直してしまった。
「っがッッッ!!?」
「うふふ……さらに、こんな事も出来るわ。」
彼女の目が、また光る。すると、ジョーの足元の鉄の床が、石へと変質した。
「な……!!?」
「ふんっ……」
彼女は大きく飛び掛り、未だに硬直して動けぬままの彼の顔面を掴む。そして、石となった床に思いっきり叩き伏せた。
「あがぁあああ……!!」
「ハァッ!!!」
次の瞬間、二人は石の床を突き破った。
「ジョーッッ!!」
ジェットは突き破られた穴を覗く。見えたのは整備用の通路なので、橋の下に落ちることは無いとは思ったが……
「……仮に橋の下に落ちようと、下は海……奴が滅入ることは無いとは思うが、不味いな……」
ローレンスもジェットの横に来て、そう言う。レシアが、二人の肩を掴んだ。
「助けに行かないの!?本当に死んじゃうわよ、あの子!!」
──ダメだ。ジョーの事だから、こういう戦いで助けを貰うぐらいなら負ける方を選ぶだろう。
「……それは、出来ねぇ……!!」
「そ、そんな……!!」
「……」
絶望の色が滲む、二人……しかし、ローレンスだけは冷静を崩さなかった。
「奴は、このまま終わるようなタマではない。」
「なに……?」
「可能性の殻を破ったのは、お前だけではないと言うことだ。」
意味深にそう言いながら、彼は観戦に徹したのだった……




