不死身、砕け散る
「追い付いただと……!?この私にィ!?」
ジェットの発言に、ハルピュイアが声を上げる。
本気で言っているのなら、とんだ侮辱だ。たかが人間ごときが、自分に追い付いたなどと、寝言は寝てから言って欲しい。
そんな彼女の心境など露知らず、ジェットは続けた。
「ああ……もう、負ける気がしねぇ。」
笑いながら言い放つ、絶対勝利宣言。それは、彼女の逆鱗を撫で上げた。
「ほざけェエエエーーーッッッ!!!」
殺意と暴風を纏いながら、超スピードで接近してくる。一瞬で眼前にまで迫られ、その翼が自分の首をハネに振り下ろされた。
「フッ!!」
一撃が届く寸前、ジェットのボディブローが彼女の腹に叩き込まれた。拳は文字通り腹を貫く。
「ッガハァアッ!!」
それで彼女は硬直し、攻撃を止めて目を見開いた。その手が内臓を掴む感覚で、更に苦悶で表情を歪める。
「オラァッ!!」
そう、いわゆるモツ抜きだ。
その内臓が、そのまま引き抜かれた。飛び散る鮮血と共に腸が飛び出し、脈動する臓物が抜かれた。
「ーーーッッッ!!!」
彼女は腹を押さえて、倒れながら悶絶する。その頭が容赦なく踏み潰された。
頭部を踏み砕いた彼は、飛び散った脳ミソをグリグリ踏み潰す。
「さっきのおかえしだ。ドカドカ踏みやがって……」
「ッッッ!!!」
次の瞬間、翼でぶっ飛ばされた。完全に油断してた事によって、モロに一撃されたのだ。
「っと……!?」
打たれた所を押さえながら体勢を整え、着地する。目の前には、再生しながら立ち上がるハルピュイアが見えた。
「脳ミソぶっ壊されても、まだ動くか……!」
「ぐぬぬ……ぬぅううっ!!」
頭の再生を完了させ、ジェットに突進する。疾風のように一撃が飛んでくるが、それはアッサリと躱した。
「しゃあァッ!!」
続けざまに放たれた蹴り上げ……それを躱し、顎へのストレートを合わせた。
「ッッ!!?」
顎を打ち抜かれ、二度目の失神。膝から崩れ、跪く。
「でりゃあっ!!」
その顔面を、乱暴に蹴り飛ばした。彼女は鼻から上が完全に潰れ、ゴロゴロとぶっ飛んでから倒れ込んだ。
「グゥウッ!!」
すぐに起き上がり、ジェットの方を見る。しかし、そこには既に彼の姿はなかった。
「こっちだ。」
声をかけられた背後……彼が、ハルピュイアの背に肘鉄を落とした。
「っ!?」
彼女は重い肘に背中を潰され、吐血する。なんとか振り向くも、その瞬間にアッパーで顎を打ち抜かれた。
「がはっ……!!」
「おらぁああっ!!!」
顔面にパンチして、思いっきりぶっ飛ばした。彼女は水平にぶっ飛んで壁に激突し、その壁もまるで爆弾でも仕込まれていたように派手に粉砕した。パラパラと、木片がそこらに散る。
「……カァアアッ!!!」
彼女は持ち直し、自身を覆う木片を暴風で吹き飛ばした。
「フーッ!!フーッ!!」
「ハァッ……ハァッ……!!」
……異様な光景だった。
不死身のハズのハルピュイアが無傷なのに、目を充血させ、怒りに身を震わせながら、切羽詰まった表情で相手を睨みつけている。対するジェットは頭から血を流し、息切れしながらも余裕の表情で敵を見据えていた。
取るべき表情が、全く逆の両者。無傷だが敗北の恐怖が心に宿り始めた者と、傷だらけで消耗しているのに勝利への確信が見えた者が、改めて立ち合った。
「……さぁ、やろうぜ!」
「うぐぐぐ……!!」
両者の戦闘は、続行された……
上……
ジョーとローレンス、そしてレシアとハーピー達が、黄金宝石に攻撃を集中放火していた。
既に地面には大量の折れた矢と血が散乱しており、その攻撃の壮絶さを物語っている。それなのに関わらず、依然として宝石は無傷だった。
ハーピー達が矢を連射し、その中を縫うように一筋の影が向かっていく。ジョーだ。
「オラオラオラオラオラオラァアアアッッッ!!!」
彼は跳び上がり、重力の反抗が許される限り、拳を宝石に連打する。拳が擦り切れて血が噴き出るが、宝石に触れた事によって瞬時に傷口が塞がる。こんな事を、何度も何度も繰り返していた。
「せいやぁあッッ!!」
ローレンスも彼と同じように跳び、渾身の蹴りを連打する。凄まじい硬度を持つソレを叩く足が悲鳴を上げるが、彼らしくも無くなりふり構わずに乱打していた。
「くっ……!!やぁあああッッッ!!!」
レシアはサキュバスの羽で飛びながら、触手の腕で宝石を連打する。しかしそれも、全く無駄だった。
このままでは、何をしてもコレが砕ける事は無い……その場に居る者全てがそう確信し、攻撃の手を止めた。
「ハァーッ……ハァーッ……!!」
「く、クソが……!!」
「噂には聞いていたけど……なんて硬さなの……!」
三人のうちの一人……ローレンスが、冷静に宝石を見ていた。
「……」
目を凝らして、ソレを見る。心無しか、少し輝きが減った気がする。その証拠に、魔術の光が目立ってきているのだ。
「……もしや……この宝石は無限に湧き上がるエネルギーそのものではなく、そのエネルギーの貯蔵庫ではないのか?」
「アァ?」
ジョーが、怪訝な顔で彼を見る。
「どういう事だ、ローレンス……」
「見ろ。」
言われた通りに見てみると、さっきより輝きが減った気がした……
いや、減った気がしたではない、減ったのだ。
「……!」
ジョーもその他も、その変化に気付いて宝石に目を凝らす。
「どうなってるが知らねぇが……どうやら、俺達にとって都合のいい事が起きてるみてェだな……!!」
「ああ……」
ジョーの言葉を聞き流しながら、彼は下の方へ耳を澄ます。すると、激戦の音が僅かに聞こえた。
……現在ジェットとハルピュイアは、既に全力でぶつかり合っている。しかし、あの男は天才だ。既に奴の攻撃を全て見切り、より強力な力で圧倒しているだろう。そうなれば、一方的に叩きのめされる奴のエネルギーの消費量は半端なモノではなくなる……
「エネルギー切れ、か。ならば……今が、攻め時だ。」
攻撃が再開され、黄金宝石に攻撃が集中砲火される。とてつもない量の攻撃ではあるが、未だに宝石は傷一つつかなかった。
「はぁああああ……!!!」
「我から行かせてもらおう!」
ローレンスはジョーの横に来て、魔力を腕に込める。そして跳び上がり、一直線に矢のように飛んでいく。
「穿て、我が刃……!!斬空激裂槍!!!」
手を貫手の形にして、腕に込めた魔力をそこに集中させる。すると、可視化出来る程の魔力が固まり、一つの形を成した。貫手が大きな槍のような魔力で覆われた。
「ウォオオオッッ!!!」
その腕を振りかぶり、思いっきり突き出す。それは黄金宝石に直撃し、凄まじい音が鳴り響いた。
「ッッ……!!」
耳を劈くような凄まじい音に戸惑いながらも、皆は彼が攻撃した所を見る。その彼も重力に従って落ち、着地して皆の視線の先へ向いた。
「……!」
ハーピー達が、鳥の視力で確かに捉えた。その宝石の表面に、僅かに傷が付いていることに。
「はぁあああっ!!!」
それを確認し、そこへ弓を向け、矢を撃ち放った。魔力を纏った矢は、とてつもない威力を発揮し、爆発のような衝撃を連続させる。
これであと少しで行けるかもしれない……全員がそう確信するが、ただひとりは首を振る。
「……×っ!!」
レシアが、汗を垂らしながらソコを見る。僅かに傷が広がっただけで、黄金宝石そのものには大したダメージにはなっていない。これでは時間がかかりすぎて、ジェットの方が先に死んでしまう可能性がある。
しかしその心配は、すぐに拭い払われた。一人の男の手によって。
「……いや、そんだけ広げりゃ十分だ。」
ジョーだ。
既に腕の筋肉がとてつもなく張り、金属のような質感を思わせる程の力こぶが出来るほどに力んでいた。
「……!」
「ローレンス、俺を蹴り飛ばしな!!」
「分かった!!」
ジョーが軽く跳ぶと同時に、ローレンスがそこに蹴りを合わせる。その蹴りに足を合わせ、射出される体勢をとった。
「行ってこい!!!」
「応ッッッ!!!」
ローレンスは彼を、渾身の力で思いっきり蹴り飛ばした。
自分で跳び上がるよりも猛スピードで、黄金宝石に向かう。目標は、あの傷跡。
残り15m……魔力を爆発させ、ただでさえ強力な己の拳に、贅沢にも熱量を与える。そして、腕を振りかぶった。
残り10m……何度も回転し、勢いを増していく。蹴り飛ばしの超スピードのエネルギーと回転の遠心力が拳に乗り、一撃は貫通力を得た。
残り5m……刹那、深呼吸しながら腕の力を抜く。肺には空気がパンパンに詰まるように。その脱力はまるで自身の体が溶け、固体から液体になったように。
残り1m……力み直し、先程の脱力から一瞬で最高状態になる。それは爆発のようなパワーの膨張。刹那の、最高状態。
「オラァアアアアアーーーッッッ!!!!!」
一瞬だけ許される、全エネルギーが惜しみなく乗った一撃。それは見事に宝石の傷口に直撃した。
衝撃が宝石を突き抜け、向こう側にまで伝わる。そこで、全ての時間が静止した。
全員の視線が、彼の拳の先に集中する。彼すらも、そこを見据えていた。
「……!」
この瞬間……彼は、確かな手応えを腕に伝導していくのを感じた。
生涯、色々なものを砕いてきた。人間の顎、魔物の顎、頭、心臓、骨……砕けた時の、あの言い表しようの無い感覚が、確かにこの腕を伝ってきたのだ。
手応えに呼応するように、宝石には大きな亀裂が走った。
「な……!!」
「フン……」
ある者は驚き、ある者は「やはりな」と言いたげに笑う。そしてある者は、歯を見せながら口角を上げた。
亀裂がどんどんと宝石全体に駆け巡り、その硬い体を覆う。表面だけではなく、中にまでソレが突き抜け……やがて脆弱性に耐えきれなくなった宝石は大きな音を立てて、爆ぜるかのように自壊した。
「ッッッおッッッしゃああああーーーッッッ!!!!」
役目を終えたジョーは、達成感と共に重力に引っ張られ、受け身もとらずに墜落した。
「や、やった……!」
「つ、遂にやったわ……!」
「ジョーッ!」
ローレンスは彼に手を伸ばす。彼も笑いながらその手を掴んで、立ち上がった。
「ヒャハハハハハ!!ざ、ざまぁ見ろ!!この俺に砕けねぇ物なんてねぇんだ!!ヒャハハハハハ!!!」
「ああ……」
疲弊するジョーに肩を貸しながら、標的があった所を見改める。黄金宝石を拠り所にしていた魔術の光も霧散して、消え失せていた。
それを確認してから、ローレンスも拳を握る。
これで、ハルピュイアの不死身は剥がれたはずだ。後は……
「後は……ジェット、お前の番だ。」
そう言いながら、下の戦いに耳を澄ませたのだった……




