逆神、岐阜坊主
午前8時40分。営業開始まで20分。 山田正直は、誰よりも早く出勤していた。
45歳。勤続23年。都内の中堅銀行、融資管理部の課長代理。派手さはないが、仕事は正確で遅刻も欠勤も一度としてなかった。
部下からは「山田さんに任せれば間違いない」と言われ、上司からは「銀行員の鑑」と冗談交じりに評されていた。実際、真面目一筋の人生だった。
「真面目」
山田の背中全面に彫られている言葉。大学生の時に一大決心をして墨入れしてもらった。
彫り師は絶句した。
「君、本当にこんな言葉を入れるの? 大丈夫? お父さん、お母さんは知っているの?」
彼は頷いた。
「真面目」
山田の人生哲学である。 真っ正直に生きる。 その決意を身体に染み込ませたい。 その一心で背中に彫ってもらった。
山田の家族は妻と高校生の娘という3人。郊外のマンションに住んでいる。35年ローンで買ったものだ。
休日にはベランダの鉢植えを手入れし、日曜の夕食には家族の好物を作る。どこにでもいる、真面目な男だった。 ただ一つ、背中に彫り物があるのを除けば。
少なくとも、半年前までは。
最初は、ほんの小さな欲だった。 同僚が株で儲けたという話を聞き、山田も証券口座を開いた。現物株を少し買い、数万円の利益が出た。
それが嬉しかった。自分にも、給料以外で金を増やす才能があるのかもしれない。そう思った。
信用取引に手を出したのは、その翌月だった。
保証金の三倍近い金額を動かせる。株価が少し上がれば、現物取引では考えられない利益になる。
最初の一週間で、山田は140万円を稼いだ。
その金で、妻に新しいバッグを買った。
「珍しいわね、あなたがこんなもの買ってくれるなんて」
妻が笑ったとき、山田は、自分は正しい選択をしたのだと思った。
転落は、あっけなかった。決算発表をきっかけに、保有銘柄が急落した。
損失は150万円。 取り返そうと別の銘柄に資金を移したが、そこも下がった。 追証の通知が届いた夜、山田は食卓で娘の進路希望調査を眺めながら、頭の中で数字を足し引きしていた。
300万円。
翌週には、500万円。
銀行員として、彼は金の恐ろしさを誰よりも知っていた。
複利の仕組みも、借金が借金を呼ぶ構造も、返済能力を失った人間がどんな顔をするかも、嫌というほど見てきた。
それなのに、自分だけは違うと思っていた。
市場は一時的に行き過ぎている。ここで売れば損失が確定する。戻りさえすれば、すべて元に戻る。
ある日、山田はYouTubeで「岐阜坊主」という名の投資系ユーチューバーを知った。
40代、スキンヘッドでボディビルダーのような逞しい体つき。気さくな人柄で投資系界隈では「神」と呼ばれている。コメント欄は岐阜坊主への感謝で溢れていた。
「岐阜さん、ありがとう」、「岐阜さんのおかげで念願の億り人になれました」、、
山田は一発逆転を狙いこの「神」に賭けた。
岐阜坊主が上がると言った銘柄は思いっきり買い、下がると言った銘柄には思いっきり空売りを仕掛けた。 これを繰り返した。
ところが結果は目も当てられないものだった。
岐阜坊主が上がると言えば下がり、下がると言えば上がる。予想はことごとく外れるのである。
それもそのはず、岐阜坊主は予想を外す点で、逆の意味での神だった。
投資系界隈で囃し立てられていたのは、彼の予想と逆に張ることで確実に利益が得られたことにある。 一説によると世界的なトレーダーたちからも「天才的曲がり屋」として注目を集めていたらしい。
岐阜坊主の予想の逆をつけば確実に利益が出る。億万長者が続出するのも当然であった。
しかし山田はそれを誤解していた。「逆神」なのに本当の「神」と思っていた。気づいたときは遅かった。
損失は6000万円に膨らんでいた。
※曲がり屋(相場の世界でことごとく予想を外す人)




