ヨーグルトとフルーツゼリー(1)
人にはそれぞれ個性がある。
幼児向けの電話のおもちゃとは違って、同じことを訊いても人によって違う答えが返ってくるだろう。
金型どおりの形で出てくるプラモデルのキットとは違って、双子の兄弟でさえ微妙に外見が違うだろう。
それが人というものだと、私は理解していた。
ゆえに、生まれつきの容姿に差異が生じるのは当然だ。そして、時代や文化の基準に従って人の容姿に優劣をつけたくなるのも、また愚かな人類の性だろう。
まあ、そこまでは良しとしよう。
しかし。いや、そうであればこそ、容姿の優劣によって社会的・経済的な待遇格差が生まれるようなことがあってはならない。
それは差別だ。偏見だ。法的にも、倫理的にも。
具体的にいうと、給食の人気メニューの配給量において、美人の牧野麗子と私との間で顕著に多寡が認められるようなことは、絶対に許されてはならないはずなのだ。
……と、ここまでわずか一ミリ秒。宇宙刑事なら蒸着が完了するぐらいの時間の逡巡の果てに、私は給食当番に文句をつけた。
「ねえ、私の少なくない?」
自分の手の中の樹脂トレーに盛られた中華風春雨和えはあきらかに、牧野さんの分より少なかった。
「あ? んなことねえよ」
給食当番の矢部くんは、「6-2」と大きく黄色い文字で書かれたアルミの寸胴鍋の向こうから、マスク越しのくぐもった声で、私のクレームを言下に否定した。
当の牧野さんはもう最後のおかずを受け取って席に戻っていたから、今となっては比較しようがない。
「早く行けよ本山。次が待ってんだからさ」
私の右横に並んでいる佐久間くんがせっついてきたが、ここは引き下がるわけにはいかなかった。
「いや少ないって。牧野さんのと明らかに違うじゃん」
「麗子様は痩せてっからあのぐらい食べといた方がいいんだよ」
「ああ、それなら仕方ないわね――ってなるかバカ。私がデブだって言いたいの?」
確かに体重は増えた。そして全体に脂肪がついてきたきらいもあるが、しかしこれは太ったのではなく、女子として必要な成長の証であるはずだ。
私が睨むと、矢部くんはちょっとだけ狼狽えたけれど、すぐにフンと鼻を鳴らして、冷たく言い放った。
「後がつっかえてんだよ。早くいけよブス山」
「ブスぅ? あんたねえ、鏡で自分の顔見てから言えや」
「いいから先行けって!」
抗議も空しく、矢部くんは折れてくれず、私に配給されたバンサンスーの分量は変わらなかった。
ちなみに佐久間くんの分も私と同じぐらいだったから、矢部くんは明らかに牧野さんをひいきしたことになる。
許しがたい差別だった。
航ちゃんと過ごした忘れられない夢のような夏休みが終わり、第三小学校の二学期が始まっていた。
八月末にもなると、夏休みボケもすっかり抜けて、教室での日常が戻ってきている。
六年二組は総勢三十六名で、六人づつで一班を構成し、全部で六班に班分けされている。これは学期はじめの学級会の時に決まった席順によって、機械的に割り当てられていた。
私の班は四班で、女子と男子が三人づつ。給食の時間は、その六人で机を寄せて島を作っている。
「そりゃまあ、レイちゃん、かわいいもんね」
席に戻ってもなお腹を立てて文句を言う私に、近藤孝美がくすくす笑いながら言った。
二学期の席替えでも同じ班になった彼女は、私と向かい合うように机を合わせて給食を食べている。
「六年生になって、いっそう磨きがかかった気がするよ。じっさい男子からの人気も高いし。美人は七難隠す、ってやつかな」
「私も牧野さんが美人なことには異論ないけど、それで給食の分量に差がつくのは差別じゃん!」
うちの班が給食当番になったら、絶対矢部の野郎に仕返ししてやる。そう心に決めた。いまこの時。
「……ねえ。孝美、矢部くんの嫌いな食べ物とか知らない? にんじんとかピーマンとか」
「そんなの知らないよぉ」
孝美はあきれ顔で、瓶牛乳に少し口を付けた。
「やべっちはグリーンピース嫌いだね」
と、そこで斜め向かいの席から千葉さんが、先割れスプーンの先っちょで自分の前のお椀に入ったかき玉スープをくるくる混ぜつつ、自信ありげにそう言った。
「ほんと?」
「マジマジ。こないだシュウマイが出た時にグリーンピース外してたし」
「みゆきちゃん情報なら信頼できるねえ」
牛乳を一口飲み終わった孝美が言った。
「六年二組の情報屋だもんね」
「うん。任せな、会長」
会長、というのは孝美のことだ。
私の幼馴染、近藤孝美は、同じく幼馴染にして少年野球チームのエースを張る高尾将人の私設ファンクラブ会長であり、千葉みゆきはその片腕ともいえる存在だった。
千葉さんはクラスの中では件の牧野さんと並ぶ人気を誇るが、どちらかと言えば男子よりも同性から好かれるタイプだ。
話好きで人当たりがよく、耳が早くて、噂に敏感。そして人柄も明るくてサバサバしている。
私のような孤高のひねくれものと違って、ちゃんと女子らしい女子をやっている子だった。
正直なところ、私はこの子が苦手だった。
三小ではクラス替えは基本二学年ごとなので、千葉さんとも五年生から同じクラスだが、私はこれまで面と向かって話したことはなかった。むしろ避けてきたかもしれない。孝美を挟んで事務的な連絡などを二言三言交わしたくらいだろう。
同じ班になったのだって、今回が初めてだ。
千葉さんは孝美主催の将人ファンクラブに所属しているだけでなく、ジャニーズ事務所のタレントを愛好する女子グループや、運動が得意な女子たちのグループでも中核を占め、要はクラスのほとんどの女子と交友関係があった。
クラスに溶け込むということは彼女に認知されるということだ、と言っても過言ではない。
プラモデル趣味を誰とも共有できずに悶々として、クラスのほとんどの女子と目立った交友関係がない私とは、まさしく陰と陽という感じだろうか。
それがわかっているので、彼女を知れば知るほど益々疎遠になっていった。
「でも本山ちゃんてさ、結構根に持つ性格だったのね」
千葉さんの方では、私のことなど気にも留めていないだろう。急に距離を詰めてくるのも彼女にとっては普通のことなのだ。それにしても、苗字にちゃん付けで呼ばれるのは初めてかもしれない。
「……許せることと、許せないことがあるってだけよ。どうでもいいことなら、ここまで言わないわよ」
千葉さんから魔太郎みたいに思われるのも嫌だったので、私は取り繕うようにそう言った。
そして、自分のトレーの上にあった未開封のヨーグルトを、彼女の前に押し付けるように置いた。
「はい情報料。ありがとね」
すると千葉さんは、口に含んでいた牛乳を吹き出しそうになりながら破顔した。実際ちょっと吹き出していたかもしれない。
そのあと、なんとか牛乳を喉の奥におさめてから、
「本山ちゃん、おっかしい、情報料って! 必殺の鮎川いずみかよ!」
と、何が面白いのかわからないけど、ひいひい笑いながら、彼女は私のヨーグルトを受け取った。




