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伝道師
西暦2043年。
東京湾の上空には、かつて「空」と呼ばれた色はもう存在しなかった。
巨大企業が散布した気候制御ナノマシンによって、空は常に銀色の雲で覆われている。人々は太陽を知らないまま育ち、夜と昼の違いさえ広告ホログラムの色で判断していた。
レイは崩れかけた高架線の上を走っていた。
背後では無人警備機の赤いセンサーが闇を切り裂く。
「止まれ、識別番号未登録市民」
無機質な声が雨に混じる。
レイは笑った。
「だったら、最初から人間扱いしてないだろ」
彼の右目には違法改造された量子義眼が埋め込まれていた。視界の端で都市の電脈が青白く光る。ビル群の内部を流れるエネルギー、監視網、通信経路——すべてが透けて見えた。
そして、そのさらに奥。
“月面コロニーからの信号”。
レイは足を止める。
途切れていたはずの通信。
50年前、人類が「消失した」と発表した月面都市から、誰かが呼びかけている。
ノイズ混じりの音声が流れた。
『……地球へ。こちらルナ第七居住区。もし受信しているなら——オルフェウスを信じるな』
次の瞬間、都市全域の照明が一斉に落ちた。
銀色の空が、初めて“黒”を見せた。




