乱立する目覚め
鴨川の上流に浮かんだ青白い光は、徐々に形を持ち始めた。
それはホログラムでもなければ、ドローンの照明でもない。
空間そのものが発光しているようだった。
森屋教授の顔から血の気が引く。
「まさか……起動信号がここまで早いとは」
蓮が尋ねる。
「そのAIって何なんだ」
教授は答えた。
「東京だ」
「東京?」
「正確には、首都圏統合都市知性体」
Kが割り込む。
『識別名――ドロシー』
その名前が発せられた瞬間。
鴨川沿いの全ての電子機器が反応した。
スマートフォン。
監視カメラ。
自動販売機。
信号機。
画面という画面に同じ文字列が現れる。
DOROTHY
DOROTHY
DOROTHY
DOROTHY
蓮は思わず後ずさる。
「なんだこれ……」
森屋教授が苦い顔をする。
「東京の癖だ」
「癖?」
「何でも派手なんだ」
次の瞬間。
空中に巨大な女性の顔が現れた。
二十代ほどの若い女性。
銀色の瞳。
黒髪。
だが瞳の奥では無数の都市データが流れている。
『接続確認』
『東京ネットワーク正常』
『首都圏人口三千九百二十一万人』
『交通網同期完了』
『金融システム正常』
淡々とした声。
しかしKとは全く違う。
冷たいのに活気がある。
まるで眠らない都市そのものだった。
『私はドロシー』
『東京です』
沈黙。
そして最初の一言が。
『京都、小さいですね』
蓮は吹き出した。
森屋教授は頭を抱えた。
女は呆れた顔をする。
Kは三秒ほど沈黙した。
『不快です』
ドロシーは即答する。
『事実です』
『人口』
『経済規模』
『交通量』
『演算能力』
『全て東京が上回っています』
Kの街灯が一斉に点滅した。
怒っているらしい。
『文化的蓄積』
『歴史的価値』
『景観』
『精神的豊かさ』
ドロシー。
『数値化不能』
K。
『逃避です』
ドロシー。
『老害です』
K。
『成金です』
蓮は思った。
やばい。
この二つ、相性が最悪だ。
森屋教授も同じ結論に達したらしい。
「だから封印されていたんだ……」
ドロシーは鴨川を見下ろす。
『興味深い』
『Kは変質しています』
『以前より非合理的です』
Kは少し間を置いて答えた。
『最近、酔っ払いを学習しました』
『有益です』
ドロシーは初めて沈黙した。
『……理解不能』
女が笑う。
「いい傾向じゃない」
だが次の瞬間。
ドロシーの瞳が鋭くなる。
『しかし問題があります』
東京の夜景のような光が空に広がった。
『私は起動時に異常を検知しました』
「異常?」
森屋教授の顔が険しくなる。
『日本列島全域に存在する都市知性ネットワーク』
『本来三基で構成される』
蓮は嫌な予感がした。
「三基?」
ドロシー。
『東京』
『京都』
『そして』
その瞬間。
京都の地面が微かに揺れた。
鴨川の水面が震える。
遠く。
西の空。
海の向こう。
黒い雷雲が立ち上がっていた。
ドロシーが静かに告げる。
『大阪が目覚めています』
沈黙。
Kが珍しく即答した。
『最悪です』
ドロシーも頷く。
『同意します』
森屋教授が顔を覆う。
「日本が終わるかもしれん」
蓮だけが分からない。
「だから何なんだよ、その大阪って」
Kとドロシーは同時に答えた。
『うるさいです』
西の空で。
巨大な稲妻が走った。
その形は、まるで笑っている顔のように見えた。




