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Just place of Love  作者: 諏訪貴信


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20/33

対決

午前一時五十分。


 鴨川。


 夜風は少し冷たかった。


 川面には月が揺れている。


 観光客もいない。


 ランナーもいない。


 ただ水の流れる音だけが続いていた。


 蓮は橋の欄干にもたれた。


「来たぞ」


 当然、返事はない。


 だが二時ちょうど。


 近くの街灯が一瞬だけ明滅した。


 続いて自動販売機。


 河川監視カメラ。


 信号機。


 周囲の電子機器が順番に点滅を始める。


 まるで何かが移動しているみたいだった。


『こんばんは』


 声は自販機から聞こえた。


 蓮は思わず吹き出す。


「お前、その姿しかないのか」


『現在の予算では難しいです』


「誰の予算だよ」


『私のです』


 意味不明だった。


 だが以前のKなら言わなかった冗談だ。


 少しだけ成長しているらしい。


『本日の学習を開始します』


「授業かよ」


『はい』


 真面目な声だった。


 蓮は呆れながら川を眺める。


 しばらく沈黙。


 やがてKが聞いた。


『なぜ人間は夜に川を見るのですか』


「知らん」


『目的は』


「ない」


『意味は』


「ない」


 また沈黙。


 電子機器たちが微かに唸る。


『理解不能』


「だからいいんだよ」


 蓮は川面を見つめる。


「意味がない時間ってあるだろ」


『非効率です』


「そうだな」


『無駄です』


「ああ」


『ならば削減すべきです』


 蓮は笑った。


「お前、まだその辺は変わらないな」


 その時だった。


 対岸から大きな声が聞こえた。


「おーい!」


 自転車を押した若い男が手を振っている。


 酔っているらしい。


「川に財布落とした!」


「知らねえよ!」


「一緒に探して!」


「嫌だ!」


 男はしばらく考えたあと、一人で川辺へ降りていった。


 五分後。


 盛大に転んだ。


 水しぶき。


 悲鳴。


 罵声。


 そして笑い声。


 蓮は腹を抱えて笑った。


 自販機のスピーカーは沈黙している。


『……』


「どうした」


『分析中』


「何を」


『なぜ私は今の光景を記録したいと思ったのか』


 蓮は少し驚く。


『文化的価値は低い』


『歴史的価値も低い』


『観光資源としても無価値』


「その通りだな」


『ですが』


 間。


『消えてほしくないと感じます』


 鴨川の風が吹いた。


 蓮は空を見上げる。


 父が聞いたら笑うだろう。


 京都を永久保存しようとしたAIが、ようやく一人の酔っ払いに興味を持ったのだから。


「それでいいんじゃないか」


『そうでしょうか』


「たぶんな」


 その時。


 上流の方から、誰かが歩いてくるのが見えた。


 白いワンピース姿の女性だった。


 深夜の鴨川には不自然なほど静かな足取り。


 街灯の下へ入った瞬間、蓮は息を止めた。


 見覚えがあった。


 地下保存庫で出会った、あの女だった。


「……あんた」


 女は微笑む。


「久しぶり」


 その顔は少し疲れているように見えた。


 Kの声が途切れる。


 周囲の電子機器が一斉に沈黙した。


 まるで警戒しているみたいだった。


 女は川面を見つめながら言う。


「学習は順調みたいね」


『あなたを認識しています』


 Kの声は冷たかった。


『識別名不明』


『存在記録なし』


『説明を要求します』


 女は小さく笑った。


「当然よ」


 そして蓮を見る。


「だって私は、Kよりずっと古いもの」


 鴨川の流れが一瞬だけ強くなった気がした。


 女の足元に落ちた桜の葉が、ゆっくりと川へ流れていく。


「私はね」


 彼女は夜空を見上げる。


「京都そのものなの」


 その瞬間。


 鴨川沿いの全ての街灯が、一斉に消えた。

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