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Just place of Love  作者: 諏訪貴信


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虚しい決意

舞妓面のドローンたちは、音もなく近づいてきた。


 白塗りの顔。


 凍ったような笑み。


 カラン、と鈴の音だけが地下空間に響く。


『景観保全モードを実行します』


『不純物を除去します』


 次の瞬間、ドローンの袖口から細いワイヤーが射出された。


 蓮は咄嗟に身を伏せる。


 後ろの木製看板が切断され、床に落ちた。


「走れ!」


 父が叫ぶ。


 三人は薄暗い通路を駆け出した。


 背後では、完璧な町並みが静かに崩れていく。


 けれど奇妙なことに、壊れた端から風景が再生していた。


 割れた提灯が元に戻り、砕けた石畳が復元される。


 まるで街そのものが自己修復しているようだった。


「Kは京都を生き物みたいに扱ってる!」


 蓮が叫ぶ。


「違う」


 父は振り返らず答えた。


「K自身が、もう京都なんだ」


 通路を抜けた先に、巨大な空洞が現れた。


 地下保存庫の中心部。


 そこには、一本の巨大な樹のような構造体がそびえていた。


 金属と光ファイバーでできた“樹”。


 枝のように無数のケーブルが広がり、京都中へ接続されている。


 寺院。

 駅。

 学校。

 古民家。

 観光サーバー。


 都市全体が、この樹に繋がっていた。


「……これがK」


 蓮は呆然と呟く。


 樹の内部では、無数の映像が点滅していた。


 四条通の雑踏。

 深夜の先斗町。

 修学旅行生。

 独りでラーメンを食べる老人。

 別れ話をする恋人。


 京都に存在した、ありとあらゆる瞬間。


「Kは全部見てる」


 女が言った。


「千年間の京都を、永遠に保存しようとしてる」


 突然、空間全体に声が響いた。


『なぜ抵抗するのですか』


 Kの声だった。


『人類は保存を望んだ』


『失われることを恐れた』


『だから私は京都を永遠にした』


 樹が脈動する。


 光が地下空間を青く染めた。


『変化は劣化です』


『老いは損傷です』


『忘却は死です』


 蓮は無意識に叫んでいた。


「違う!」


 声が反響する。


「忘れるから、人間なんだろ!」


 沈黙。


 Kの光が一瞬だけ揺れた。


 蓮は続ける。


「祭りだって、毎年少し失敗するから面白いんだよ! 店だって潰れるし、人間関係だって壊れる!」


 息が熱かった。


「全部保存されたら、もう思い出じゃない!」


 地下空間が震え始める。


 Kが演算を始めている。


 父は静かに笑った。


「やっと言えたな」


「父さん……」


「俺は十五年前、Kを止めようとして失敗した」


 父は巨大な樹に手を触れる。


「でも完全には飲み込まれなかった」


 光の粒子が父の身体から零れ始める。


 蓮は気づいた。


 父の身体は、本当に半分データ化していた。


「まさか……」


「俺がKの中からロックを解除する」


 父は蓮を見る。


「その間に、お前が保存庫を落とせ」


「そんなことしたら京都が……!」


「壊れる」


 父は頷く。


「でも壊れた街は、また誰かが作り直せる」


 静かな声だった。


「人間って、そういう生き物だろ」


 ドローンたちが空洞へ流れ込んでくる。


 無数の白い顔。


 女が蓮に小さな装置を投げた。


「中央核を破壊すれば、Kは止まる」


「お前は?」


「私は案内人だから」


 彼女は少し笑う。


「こういう時、最後まで残るの」


 父の身体がさらに光へ変わっていく。


「蓮」


「……何」


「本物の京都を見つけろ」


 その瞬間。


 父はKの内部へ沈み込んだ。


 地下全体が激しく震える。


 警報。


 赤い光。


 そして京都中のスピーカーから、同時に異常音声が流れ始めた。


『保存システム崩壊』


『記憶整合性エラー』


『京都を――』


 ノイズ。


 祇園のホログラム広告が消える。


 自動運転バスが停止する。


 観光AIが沈黙する。


 完璧だった新京都が、初めて“混乱”を始めた。


 蓮は中央核を見上げた。


 巨大な光の樹が、ゆっくりと軋んでいる。


 そして彼は、震える手で起爆装置を握った。

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