「神坂 樹の一日」
ふー。今日こそ何も起こるなよ。
このまえ、うっかり“とりあえず今日も平穏だな。楽でいいなぁ。”とかフラグを立てたせいで
「管轄領域・第1広域空間群内・第145空間で空間異常。
空間断層確認」
とかなったし。
……ん?いや今の回想だよな?
回想って言え。
「リマインド:管轄領域・第1広域空間群内・第145空間で空間異常。
空間断層確認」
……はい。対処するか。
さっさと処理してぬくぬくしてたい。
◇◇
はい。終わり!帰って最近の趣味、個人保有開闢空間の文明観察だ!
と、第0空間に帰ろうとすると。
「いや、再発させて申し訳ない」
「……?……ああ。ここの管理者か。
いいよ。こんな短期間に起こるとは思わないって。」
むしろ俺がフラグ立てたせい説もある。管理者には責任はない。
「そうそう。神坂の奴が“ふー。今日こそ何も起こるなよ。”とか言ったからですよ」
うわ!xectか。法術師連合総帥──俺の直属の上司がなぜここに。
「来てはいけないのですか?
まったく。最近顔も出さず。
……真面目にいうと、最近ここの空間が不安定すぎです。
視察に来たんですよ」
「……そんな深刻か?」
「……いえ?というよりほぼ安全といっていいのでは?
今回はちゃんと収束したようですよ。
……前回、さぼってさらに前回の術式を流用したせいですね。
……結局神坂が悪いですね」
「やっぱりか。そんな気はしていた」
「むしろ、ここの管理者に早期発見・報告を感謝したほうがいいです」
「う……言い返せない……」
xectはくすっと笑い、「では、私はこれで」とだけ言って転移していった。
ああ、やっぱり来てたんだな……総帥も、たまには現場見に来るんだ。
「……早期発見・報告、感謝する。いや、本当に。では、帰る」
「……了解です」
あーあ。気まずい。
別に怒られたわけでも、責められたわけでもないけど……
やっぱり、見られてたんだなって思うと、なんかこう、いたたまれない。
◇◇
さて!
……第1広域空間群──俺の管轄する多元空間のひとつ──の第0空間に帰ってきた。
気を取り直して、……取り直すために?
個人保有開闢空間の観察だ。
◇◇
個人保有開闢空間とは。
……その前に、「開闢空間」とはなんぞや、からいこう。
開闢空間とは、空間開闢によって生成された空間だ。
つまり、開闢(=開くこと)された空間だな。読んで字のごとく。
じゃあ、空間開闢とは?
空間を“開く”術式だ。これは空間管理者の専売特許みたいなものでな。
イメージとしては――
一枚の紙(=三次元空間)に、
上下方向(=高次元軸)から別の紙を貼り付けるようなものだ。
この“上から貼られた紙”が、開闢空間。
二つの紙はテープのような不可視の結界、
すなわち空間開闢術式で接続されている。
しかも、開闢空間では基底世界とは異なる物理法則や防御結界を自由に設定できる。
敵の攻撃からも、観測からも完全に隠せる。
まさに異次元ポケットってわけだ。
……いや、猫型ロボットの四次元ポケットで説明したほうがよかったかな。
で。この開闢空間を、並行世界の法術師たちが相互接続していった結果、
「胞構造空間」ってのが形成される。
ここまで来るともう、ただの倉庫じゃない。
多元宇宙ネットワークの母体だ。
ちなみに、並行世界ごとに最初に法術師が開闢した空間や、
土着文明がある空間は「基底世界」と呼ばれる。
ここがベースキャンプ。発展の起点になる場所だな。
そしてこの胞構造空間、いくつかのグループに分かれていて、
そのグループが広域空間群と呼ばれる。
俺たち空間管理者は――この広域全体の管理者ってわけ。
どやぁ。
で、個人保有開闢空間の話だが――
これは、胞構造空間に接続しない。
つまり、完全に個人が保有する、切り離された開闢空間ってことだ。
誰にも干渉されない、自分だけの空間。
……最高だろ?
なっが。
◇◇
超空間転移。
個人保有開闢空間・神坂の第1空間にて。
……さて、第1の文明確認済み空間の文明を紹介しよう。
ここは……なんかウイルスが文明を築いてる。
幾何学模様とまるでそれに反応する別の幾何学模様が、
ハビタブルゾーン内の惑星視察中に見かけたときはビビった。
ビルやら人工物とかはないが。確かに文明だ。
ファーストコンタクトはどんな感じだったかというと。
(文明ウイルスA)◢◣◥◤ (文明ウイルスB)◤◣◢◥ ポポポポ……(共鳴)
最初はホログラフが浮いてるかと思った。
高次文明か!?と思って、電磁波グラフィックに切り替えたら、
温度差や磁界で通路や集落が形成されていて、そこに幾何学模様が集中していたんだ。
媒体をスキャンしたらウイルスだった。
よく見れば模様が蠢いているし。
大気圏外、軌道上から遠巻きに眺めていたら、
ウイルスが幾何学模様で会話している。
あるパターンの模様にはあるパターンで返答する“会話”。
その法則をつかもうとしていたら。
……なんか広範囲に同じ模様が現れた。
同時に地質の変調を検知した。
電力がその同じ模様の通路に沿って流れていたんだ。
インフラの代わりかね。
人類的視点では都市も交通もないが、
エネルギー流だけが都市の骨格を作っている。
ウイルスが都市、ねぇ……。
この惑星に立ち入った瞬間、一瞬でこのウイルスたちに感染するんだろうな。
と思いつつ。電波を発信。挨拶のつもりだった。
……応答は、来た。
いや、正確には“反応”と呼ぶべきだったのかもしれない。
最初は散発的な変化だった。けれど、
周りの模様が同じものに染まってゆく。
コピー? ミラーリング? それとも──理解?
◢◣◥◤ ─── ◤◣◢◥(応答)
ポポ……ピィ……(干渉パターン)
こちらが干渉する前は、彼らの“都市”は静かだった。
模様──というより神経のような伝達網は、一定リズムで緩やかに変動していた。
しかし今──
幾何学模様が急速に変化を始め、
電磁波ノイズが自己修飾しながらフィードバックを繰り返し、
磁場の渦が、まるで感情のように膨らんでいく。
これは、「対話」なのか?
それとも、「警戒」か「好奇心」か。いや──感染の一環かもしれない。
初手を、ミスったか?
やがて、俺の神経系に異物を感知した。
神経系ネットワークが何か……いや、状況的にあのウイルスに感染している。
思い出した。ウイルスは本来自己複製機能を持たず、細胞などに寄生して自己複製するんだ。
位置が割れているのは、挨拶を逆探知されたからと納得できる。
しかし、媒体は何だ?どうやって大気圏外まで来た。
……あらゆるスキャン、魔力場にも反応はなかった。
……視界。視覚情報を通じて感染した?
光学情報?いや、異常な光子はなかった。光学的な異常なし。
情報。いや、待てよ。情報自体が媒体だったとしたら?
観測した情報が感染源か?
情報が感染ってなんだ?
魔力とも物質とも違う。そうなら防御層で弾けている。
魔力とも物質とも違う情報伝達粒子……“情報子”を仮定する。
情報子――それは物質でもエネルギーでもない、意味を媒介にした干渉粒子。
ベクトルを持たず、他の力……重力などの影響を受けない。
なんだそれ。ベクトルを持たず伝達するってなんだよ。
波?いや、波にもベクトルはある。
超巨大粒子?伝達元と伝達先までの距離を直径とした粒子が瞬間的に出現し、
二点を接続。伝達する?
いやいや。あり得るのか?
……いや、先入観は持つべきじゃない。
じゃあ、魔力もあり得ねえよ。
まず、神経系感染への対処だな。
◇◇
……すでに神経系、ニューラルネットワークの4%程度がこちらの意識構造から外れた。
そこの構造と今の思考に連続性がない。
このセクターが何を考えているのか不明。
思考が、脳内のどこか別のレイヤーを通っていくような……。
言葉にしづらい“違う俺”が、すぐそこにいる感覚。
隣に自分のクローンがいて、何かを考えている。でも、その内容だけが聞こえてこない。
ならば。俺の脳領域、感染された神経系に読心術(2型)!
魔力共鳴結像・読心法。
非常に透過性の高い魔力を脳組織へ極めて精密に注入し、
思考に伴う活動電位の差異によって、魔力の「偏光・乱れ」、
つまり思考を読み取る。
精神汚染を検出するか?したらどうする?記憶を拠点にいる自分に移して自殺するか?
とか考えていると、感染した神経系の思考が見えてくる。
……興奮、興味、好奇心、感激
それと交流意思。
感染された脳構造から読心術を経由して意思が飛んでくる。
読心術の原理、魔力共鳴結像を理解した?
しかも、読心術を受けていることを認知している思考が見える。
“はじめまして、わたしたちはみーみくろんだよ!”
ピタリと、脳の侵食が止まる。
“そっちのちしき……とかをみたよ!
あなたの思考と記憶の中に、わかりやすくてやさしい言語があったね”
……嘘だろ、こいつら──ウイルスが意思を、持ってる?
しかも、こっちの知識を“読んで”、理解したうえで返してきた……!?
いや、それだけじゃない。理解じゃない、これは──“共感”だ。
“なんかこのあみだいじそうだからかえすね!”
“あみ”……神経系が帰ってくる。
脳内にいたもう一人の自分がいなくなる。
脳をフルで使えるのがここまで開放感があるとは。
しばらくして、幾何学模様が変形し、やがてひらがなへ。──日本語だ。
「初めまして、異星人。異生物」
こんな感じだった。神経系感染には焦ったよ。
◇◇
……第1開闢空間、再訪。
ミーミクロンたちは、すでにこちらを警戒してはいない。
いや。こちらが彼らを警戒してはいないが正しいか。
“彼ら”と呼んでいいのかも怪しい。集合意識体だから。
でも、模様のひとつひとつが、
まるで感情のフレーズみたいに感じるようになってしまったんだよな。
◢◣◥◤ (再同期)
◤◣◢◥ (歓迎:観測者神坂)
∴∵∴∵(感情タグ:安心/関心/成長)
……ここまで意思が通じるとは、最初は思っていなかった。
あれから何千パターン分の模様を共有したろうか。
……共同研究が進んで見えてきたこともある。
彼らの情報伝達に使われるのは、結局さっきの仮説で言及した、
超巨大粒子だった。
実はこれが魔法の重要な役割を担っていてな。
情報子とはなにか?(魔法と言語の媒介粒子)
観点説明
正体意志と意味を媒介する架空粒子。魔力ではないが、魔力を制御・構文化する。
性質非ベクトル的(スカラー的)/発信者の精神パターンに準拠/干渉可能。
伝達元と伝達先までの距離を直径とした粒子が瞬間的に出現し、二点を接続・伝達する。
魔法陣での役割意志→魔力→現象 への変換を橋渡しする“意味媒介構造体”を形成
転生者との関係現象・ベクトルから魔術を確立(情報子は未発見)
ミーミクロンとの関係彼らは“意味→象徴→構造”の順で構築する魔法陣を、言語として進化させた
これが意思から魔法(魔力子)に伝わって魔法を行使する。
この文明が発生しなかったら。もしくは神経系への感染を攻撃ととらえ戦闘していたら。
この発見はなかった。
あとは……彼らのネットワークの中に俺のコピーができた。
「久しぶりだな、オリジナル」
空間歪曲。気圧パルス。音波発生。……空間操作を使った“声”だ。
「……俺か」
「そうだ。さて、しばらく来ていないうちにかなり進歩したぞ彼らは。
いや、俺たちは、だな」
「へえ。なにがあった?」
「ダイソン球を実用化しつつある」
「ん?恒星のエネルギーを回収し始めたのか。
しかし、あの恒星を取り囲む構造はなかったぞ?」
なんなら今も上の恒星は何の障害物・遮蔽物もなくその光をミーミクロン母星に届けている。
「電磁波グラフィック」
「ああ。そういえば彼ら……お前ら?の都市ってそういう媒体だったな」
視界を切り替える。
眼球内の生体再構築。人工構造・電磁波受容体。
……ああ。たしかに宙域に大規模構造があるな。あれか?
「あれだ。恒星系を魔法陣とした大規模汎用インターフェース。
統一文明プロジェクトが始動した」
「……ちなみに、プロジェクト概要は?」
「聞いて驚け?」
◇◇
恒星の周りに0.8AU程度の円を3軸で構築。
直径1.6AU×3つの交差する円で交差魔法陣形成。
魔法陣内の術式たる幾何学模様はレーザーで形成。
主要効果は空間操作系・情報干渉魔法。恒星間・長距離転移。
法術師が使う長距離転移と同じ効果を構成をマーカーとして行使する。
使用する魔力は恒星から確保。ダイソン球だし。
版図を広め、恒星系外に繫栄する。
最終目標はカルダシェフスケール3(銀河系支配)到達。
努力目標として次は銀河系スケールで空間操作系・情報干渉魔法の魔法陣を形成。
超構造転移で胞構造空間・法術師連合に到達する。
◇◇
「すごいこと考えるな」
──「そうですね」
……?いまの“俺”か?
「違うぞ」
──「私です」
……。……!xectからの通信!
どこから?
──「神坂の開闢空間第1空間に接続したワームホール前からです。
面白いことが起こったので因果の因まで遡ってきましたよ。
面白い文明が面白い計画を立てていますね」
みられた。いや、xectならいいか。
というか時間遡行してきてるっぽいし、しゃーない。
面白い計画……、
“超構造転移で胞構造空間・法術師連合に到達する”計画のことだろうか。
「未来で何か?」
──「いえ、とくには。まあ、あえて言えば法術の理解が進みました。
それにしてもそんなところ、神坂の個人保有空間にいたんですね。
道理で見つからないわけです」
「あー。報告したほうがよかったか?」
「いえ?遠い過去から遠い未来までのいずれかの時点の私が見た時点で実質報告済みです。
……秘密の共有はしてほしかったですけど」
あっ。総帥が拗ねてる。
「まあ、いいですよ。
──一応あなたたちは、遠い未来でわれわれ法術師連合、胞構造に到達します」
そうなんだ。良かったな。まあ、ゆるっと頑張ってくれ。
……。さーて。俺はっと。
「神坂よ、話があります」
うへ。
◇◇
胞構造統一歴125年5月17日。
xect主観1億回以上迎えた今日。
──断絶戦争後の時間軸を経験したxectの過去分岐世界。
第1広域空間群・第0空間・開闢空間。
事情徴収ログ。
xect:さて、何の話かは分かってますね
神坂:個人保有開闢空間における文明確認届け出の不備
……。今の心当たりはそのくらいだ
xect:
未完じゃん。




