156「ホムンクルスのコロポちゃん」
ルリア達の研究は大詰めを迎えていた。
二人ともノーチャの元で、錬金術を仕込まれているから応用は早い。
ルリアとタリエルの仕事は、遺伝子解析と薬品の製造。
その薬品とは、劣性遺伝子の抑制が真の目的だ。
錬金術では、神聖四文字。
よくそこまで調べた物だと感心をするしかない。
遺伝子工学では、核酸(アデニン、チミン、グアニン、シトニン)
略してATGCの塩基配列が二重螺旋構造の間を繋いでいる。
見方によれば、機械語のプログラムのようなものだから、
配列の組み替えを行い目的の物を創り出す。
そういう作業をするには、どうしても西暦2000年以降の機材が必要になる。
中世の錬金術では、理論止まりでしかなかったかもしれない。
「姉さん、やったわね、これが恋する乙女のパワーってやつ?」
「喜ぶのは、まだ早いわよ、私達の体細胞が入れ替わるまで、DNAを投与しなければ」
体細胞が完全に入れ替わるまでの期間は7年。
中には、入れ替わらない細胞もあるけど、生殖に関わらなければ無視して良いだろう。
つまり二人で7年分の薬を用意して、あちらの世界に持ち帰らなければならない。
後は薬の増産作業だけだ。
「ところで、デスクに飾ってる、その人形いつからあったっけ?」
着物を着た市松人形が二つ、タリエルのデスクの奥に飾られている。
町で人形を見つけて、着物を気に入ったタリエルが買ってきた物だ。
ルリアが、どれどれと眺めているていると、人形の一つが動いている。
「ん? 動いてる」
「これは内緒で創ったんだけど、ホムンクルスの『コロポちゃん』なの」
「ホムンクルス?」
ホムンクルスのコロポちゃんは、トコトコとルリアの所に歩いて来て挨拶をする。
名前はコロポックルから持って来たらしい。
「あら、可愛いじゃない」
ルリアに褒められて嬉しそうに照れるコロポちゃん。
その仕草がまた可愛い。
二つ人形を買ったのは、一つの着物をコロポちゃんに着せようと考えての事だ。
小さなホムンクルスに丁度良いサイズの服が、市松人形の着物だった。
勝手に余計な物を創れば、会社から怒られるに違いない。
だから、普段『コロポちゃん』は人前では動かないで、人形のフリをしていた。
「タリエルはしょうがないなぁ」
「あちらに帰る時連れてくから、良いでしょ?姉さん」
「まあ、人に見られないように、こっそりとね」
コロポちゃんの大きさは、薬草の妖精のレケシウネ位だろうか。
妖精と違って人工生物だから、特殊な能力は何も無い。
研究員達のコンパートメントは、お互いに行き来する事は少ないが、
時には仕事上の相談や報告で訪れる事もある。
隣のコンパートメントで研究をしている山形女史が、ルリアに相談に来た。
遺伝子解析で行き詰っている様子。
「どこかがおかしいと思うけど、私じゃ判らなくて」
「どれどれ」
「んー、多分だけど、235行目の配列が問題かな」
ルリアは当たりを付けてみた。
ATGC四文字の配列は4×4の16通りある。
コンピュータで言えば、16ビットコンピュータの、機械語のプログラミングにも似ている。
そんな基本の応用として、アセンブルやコンパイルする専用プログラムが開発されている。
コンパイルしたデータが、どこかに問題があれば逆アセンブルして探さなければならない。
山形女史はその段階で行き詰っているようだった。
「はい、山形さん、コーヒーをどうぞ」
タリエルがコーヒーを淹れてきた。
「あ、ありがとう御座います」
コーヒーを受け取る山形女史の視線の隅に人形が見えた。
「あら? 日本人形が…」
……ルリアさんとタリエルさんは外人さんだから、日本人形に魅力を感じてるのかな。
そう思いながら人形を眺めていると、左側の人形の顔が山形女史の方を向いた。
日本人形が山形女史を見つめている。
微妙だが人形の口も何かを語るように動いている気がする。
「ひっ!」
恐怖に駆られ、目を剥き、後ずさりつつ思わず悲鳴が出る。
……誰も触っていないのに、独りでに人形が動いた。
心霊現象だろうか、呪いでも掛かっているのか、
まるで魂でも宿っているように、時々瞬きもする様子が一層不気味だ。
ホムンクルスだから魂も自我も有るんだけど。
『コロポちゃん』は人前では人形という事にしてある。
そうでなければ、会社に秘密で創った事がばれてヤバイ事になる。
ルリアとタリエルを見れば、気が付いていない様子。
翌日の昼食時にルリアとタリエルは山形女史にそっと告げられた。
「ルリアさん、タリエルさん、ちょっと良いですか?」
「はい、何でしょう?」
「部屋にある日本人形ね、お寺で供養してもらった方が良いですよ」
恐そうに教えるのだった。
……ヤバ、『コロポちゃん』を気付かれた。
「え? そうなんですか、何だか解らないけど、そうしますね」
ルリアは咄嗟にしらばっくれる。
タリエルはコロポちゃんを紙袋に入れてアパートに持ち帰りチズシアに頼んだ。
「会社に置いておくと不味い事になりそうなんで」
「そうですか承知しました」
チズシアは『コロポちゃん』の世話を引き受けてくれた。




