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小話 ゴールドクラスのカシミアくん

 その貴族が、村に現れたのは、カシミアが5歳のころだった。


 3歳のころ両親が旅行中の水難事故で亡くなり、預けられていた母方の親戚の家に引き取られた。親戚の人は悪い人ではなかったけど、田舎の村で生活もそんなに豊かではなかったので、迷惑そうにしてるのを幼いながらも察していた。

 周りから見たカシミアは、ちょっと特別な子だった。


 体格は小柄だけど、知能の成長が他より早い。

 2歳のころには単語ではなく文章で話せるようになり、3歳では小学生並みに、引き取られてからは親戚に気を遣ってか、丁寧な言葉で話すようになっていた。


 それは高い魔力を持つことによる、早期の知能の発達だったのだろうけど、周りから見ると少し不気味に見えたことは否めない。

 そのせいで子供の間でも、浮くようになっていた。


 そんな居場所がない思いをしながら暮らしているカシミアのもとへ、貴族がやってきた。成長が早い子供の噂を聞きつけたらしい。


 この世界で強力な魔力を持つ貴族たちは絶対的な支配階級だ。

 しかし、その力を磐石にするために、たまに平民で生まれる魔力の強い子もスカウトして、自分たちの派閥に引き入れる。


 大貴族などは大規模な魔力検査や情報網などを利用して、引き入れる子供を捕まえるが、そういう力を持たない貴族はこういう風に噂などを聞きつけ、自らの足で捕まえることもあった。


「その子は高い魔力を秘めている。私がその子を引き取ってやろう。素直にこちらに渡すなら、お前たちにも十分な報酬を用意しよう。貧乏な村を抜け出して、豊かに暮らしていけるだけの金だ」


 その強引な申し出に真っ先に頷いたのはカシミアの方だった。

 今まで親戚に迷惑をかけてるのは分かっていた。


 カシミアが頷くと、親戚の大人たちは少しほっとした顔をした。

 それが悲しかったのか、嬉しかったのか、カシミアにも分からなかった。


 それからさらに半年ほどを村で過ごして、貴族の唾付けとなったらカシミアに村の人たちはさらに距離を取るようになり。

 5歳半ばのときに、あの貴族の使者が来て、ルヴェントに旅立つことになった。

 

 初めて見る村ではない町にはちょっと驚いた。

 人がいっぱいで、見たことがない建物があって。


 カシミアはそのままルーヴ・ロゼの寮に入れられ生活することになった。

 寮には他にも貴族に連れられてきた平民の子たちがいて、学校がはじまるまでの期間をそこで過ごしていた。


 カシミアには入寮時に、かなり多額のお金が例の貴族から渡されていた。

 これで当面はやりくりしろということらしい。


 貴族の支援なしに、平民の子たちの生活はむずかしいが、お金の渡し方はそれぞれ違いがあり、毎月生活費と小遣いを渡しきちんと面会する貴族もいれば、どんっと渡してほとんど放置する貴族もいる。

 カシミアを拾った貴族は、どちらかというと無関心なタイプだったらしい。 


 カシミアとしては人生でも数少ない幸せな期間だったかもしれない。

 同じ平民の子たちは友達になってくれたし、誰からも疎まれていなかった。


 それが変わったのは、入学して初めての魔法の授業でだった。


 カシミアはその魔力の高さに加えて、勉強も出来て、平民としては最高のクラス、ゴールドクラスに入れることになった。

 カシミアを支援していた貴族も『良い拾いものをした』と喜んでくれた。


 ただ、魔法については素養の高さが評価されただけで、ほとんど習っていなかった。

 それでも見よう見まねで少し使えるぐらいの天才児ではあったけど。

 普通は入学前に支援している貴族が初歩を教えたりするらしいけど、そういうのはなかった。


 手まねだけで魔法を使っていたカシミアは、初めての授業でその魔力を暴走させてしまった。

 荒れ狂う暴風を呼び起こし、一緒に授業を受けていたクラスメイトたちを巻き込んでしまった。


 平民の子たちは気にしなくていいと言ってくれたけど、貴族の子たちは当然怒ってきた。人との摩擦が苦手なカシミアにとって、貴族の子たちに睨まれたのはトラウマレベルのことだった。


 そこからは魔法を使うたびに失敗できない、周りを巻き込みたくないという精神的プレッシャーから逆に魔力の暴走を起こすようになってしまった。

 そして割とすぐに、カシミアは人前で魔法を使うのを辞めてしまった。


 魔法の授業の教師はそれに気づいて、彼の優れた才能からもったいないと思い、個人的に魔法をレクチャーするようにはしたが、授業にはださないという対応をするわけにもいかなかった。

 貴族の子供から見ると魔法を暴走させたきりだったので、ゴールドクラスの癖に魔法が使えない子という評判が広がる。


 それからしばらくして、例の貴族から『魔法も使えない出来損ないだったとは』と手紙が来て、支援が打ち切られた。

 貴族の子たちからの評判が悪くなるにつれ、せっかくできた友達もカシミアから距離を取るようになっていった。

 カシミアはまた孤独になってしまった。



***



 そんなカシミアだけど、今はとても幸せだった。

 ゴールドクラスに猫っぽい目つきの少女がやってきて、カシミアのことを呼ぶ。


「カシミアくーん、次のアンデューラの日程表もってきたよ~」

「あ、レメリィさん。ありがとうございます」


 3年になった学校では、アンデューラという授業がはじまっていた。

 貴族の子たちが戦いの訓練を積むために4対4で戦う競技だ。


 平民であるカシミアは参加する義務はなかったのだけど、とある貴族のチームに入れられることになった。

 最初は魔力の強い平民の子を入れて、自分のチームを有利にする、人形ドゥーラという役目を命じられたのだと思っていた。


 魔法もろくにうまく使えない自分を、間違って雇うことになってしまって、チームの人に申し訳ないと思っていた。


 でも、違ったのだ。

 チームの人たちは、1人で寂しがってるカシミアのことに気づいて、仲間に入れてくれようとしてたのだと、あとで知った。


 だからこうして、クラスにも様子を見にきてくれたりする。

 このあとミーティングとかもあるしそこでも会えるのに。それがカシミアには嬉しかった。


「御大将が『ガンガン上のリーグにあがるぞ!』ってやたらはりきってるけど、ほどほどでいいからねぇ~」


 御大将とはカシミアを入れてくれたチームのリーダーの、ザルドのことだった。

 最初は怖い人だと思ってたけど、優しくて、魔法はその、ちょっと下手だけど、そういう部分じゃなく人間として強い人で、カシミアは尊敬している。


「はい、がんばります」

「まったく上のリーグに上がりたいなら、ウルドさんがいる間だけでも、御大将が補欠でいてくれたら楽になるのに。やたら戦いたがるんだから」


 そんなため息をつくレメリィに、頬をちょっぴり赤くしたカシミアがいった。


「でも、ザルドさんと一緒に戦えるのは安心できるし嬉しいです」


 それにレメリィも和んだ笑顔をだす。


「カシミアくんは御大将のことが大好きなんだねぇ」

「は、はい……」



***



「よっしゃぁ! 次は12[トゥーズ]の奴らとの入れ替え戦だ! 今回も全員ぶっ殺すぞ! オラァ!」


 ミーティングとは思えない、汚い言葉が、部屋に響き渡る。

 その言葉を発している赤い髪で、ピアスをした、見た目DQNの人間がザルドだった。性格もたいがいDQNだ。


 カシミアがチームに入ってから、ザルドチームはリーグを文字通り駆け上がっていた。


「この調子って、御大将は魔法の練習してくださいよ。この前も魔法を外してたじゃないですか」


 おかっぱの少年、カリスがザルドに言う。ザルドと同い年で、チームメンバーの1人だ。


「あぁ!? カシミアが入ってからは、ちゃんと毎日3時間してるっつーんだ!! どんどん上手くなってきてるだろうが!! てめぇどこに目がついてやがる!!」

「毎日3時間やってそれ……」

「お坊ちゃんは本当に子供の頃から魔法のセンスがありませんでした……」


 ひときわ背が高い、大人びた容姿のウルドが腕を組んで言う。学年はチームで1人だけ5年生。しかし、伯爵家であるザルドの家にずっとお仕えしている男爵家の人間なので、たまに使用人のような口調で話す。


「だいたいてめぇ、カリス。お前もこの前の試合、相手のエースに武器もって飛びかかかっていって落とされたばかりだろうが」

「近接戦闘は捨てられません。憧れのクレノ先輩みたいに僕はなります」


 カリスは自分の悪い点を指摘されきっぱりと開き直る。

 そんな混沌と化したミーティング。


 比較的まともな性格のレメリィだけが「あのぉー、作戦話し合いませんか。作戦話し合いませんかー」と呟いていた。


 カシミアはそんなミーティングを見て、にこにこと幸せそうに笑っていた。



***



 試合直前のこと。


「おいおい、カシミア、お前が試合にでるってのかよ」

「魔法も使えないくせに」


 カシミアは貴族の子たちに絡まれてしまった。

 同じゴールドクラスの子だ。


 貴族の子たちのアンデューラへの態度はまちまちだった。

 ちゃんと偵察してがんばっている人もいれば、才能に明かして、何の情報収集もせずに挑んでいるものもいる。大抵、そういう子は試合の成績も悪かったりする。


 そもそも貴族でゴールドクラスにいる時点で一流とはいえない。

 平民でゴールドクラスにいる子より、少しだけ下駄を履かされていたりもするのだ。家柄などで。


 特に下位のリーグを見ようとするものは、貴族の性質としてか少ない。


 だからたまにこういう人が現れる。


 カシミアの表情は曇る。

 やっぱり貴族の人は怖い。ザルドたちは大丈夫だけど、他の人は苦手だった。


「オラァッ!! うちのチームの人間に何か文句あんのかぁ!?」


 そんなカシミアの後ろから、とび蹴りが飛んできた。

 いきなりの不意打ちに、魔法使いである子供たちもまともにとび蹴りを受ける。


「ザ、ザルドさん!?」


 カシミアはびっくりした顔をする。


「ザ、ザルド? あの奇人伯爵家の跡取りか……?」

「げぇっ、関わると面倒だぞ……」


 ザルドと聞いて、貴族たちは焦った顔をする。

 カシミアはよく知らないのだけど、火の貴族の中でも、かなり有名な家系らしい……。


「くそっ、試合では覚えてろよ!!」


 そんな捨て台詞を吐いて、少年たちは逃げて言った。



***



 そして本番の試合。


「へっへっへ、魔法が不得意なエルビー伯爵家のザルドと魔法が使えないカシミアだろ。あとの2人がどんな腕かは知らないが、それなら楽勝だぜ」

「ぼこぼこにしてやるよ」


 そんな余裕の表情の相手チーム。

 なぜ入れ替え戦まで来れたか考えればよかったのに、そんなこと考えもしてなかった。


 そんな彼らの前で、向かい合うように立つカシミア。


「はじめ!」


 試合開始の合図と共に、その小柄な体が暴風をまといはじめた。


 魔力を暴走させる癖をつけてしまったカシミアは、暴走させたまま魔力を制御するすべを見につけてしまったのだった。

 弱気な性格から、それを一部の教師以外、人目に見せることはなかったカシミアだが、ザルドチームに入ってからはその力を使うようになっていた。


 暴走したままの魔法は、通常より多くの魔力を消費するが、その分、威力が高かった。もともとゴールドクラスに素養だけで入るほどの才能を持つカシミアが、それを使うと、まるで嵐の王のような姿だった。


「な、なんだぁ……」

「あ、あれ」


 1年のころにその姿を見たことがあるはずのクラスメイトだったが、その姿をみたのは3年ほど前の1、2回ほど。記憶に残ってるはずもなかった。


 そんなクラスメイトたちに、カシミアの魔法が放たれる。


大気圧縮弾エアーボム


 凄まじい威力の魔法が直撃し、それだけでクラスメイトのチームは、半壊する。


「うぅっ……なんだこれ……」


 そこに、カシミアのチームメンバーが飛び込んでいった。

 試合前の件を、しっかりと根にもって。


「うちの――」

「カシミアくんに――」

「絡むんじゃねぇ!!」


 壊滅しかけの相手チームに、容赦なく3人分の魔法が打ち込まれ、あっさりと相手チームは全滅した。



***



 ザルドチームでは、勝ったときは喫茶店で祝勝会をあげるようにしている。

 ちなみに負けたときは同じ喫茶店で反省会だ。


「よくやったぞカシミア! あんな奴ら、試合の外でもぶっとばしてやりゃいいんだ!」

「いや、それは問題ですから、御大将以外やらないでくださいね」

「うんうん、変人と噂が立つのは御大将だけでいい」


 ザルドに褒められてカシミアくんはてれてれしながら、注文したジュースを口に含む。


「いえ、皆さんがいてくれるから、安心して戦えてます。だから皆さんのおかげだと思います」


 そのいい子な言葉に、レメリィがかわいくて仕方ないといった感じに、カシミアの頭をぐりぐりなでる。


「いい子だねぇ。本当にいい子だねぇ」


 それからカシミアくんを見て、気がついたように言った。


「あれ、カシミアくん背が伸びてる?」

「そうですか?」

「うん、制服きつくなってない?」

「そうでもないですけど……」


 でも、よく考えるとお金の節約のために、大き目の制服を買ったのだ。それがちょうどよくなっている。ということは、もうすぐきつくなってしまうかもしれない。


「よし、カシミア用の新品の制服買うぞ」


 会話を聞いていたザルドがそう宣言した。


「ええ、申し訳ないです。まだ着れるのに」


 遠慮するカシミアにチームメイトたちがいう。


「もっと私たちのこと頼ってくれていいんだよ、カシミアくん」

「そうだ、俺を頼らないでどうする! てめぇ、遠慮ばっかりしてるとぶっころすぞ!」

「は、はい」


 ザルドの言葉にカシミアは頬を染めて頷いた。


「あ、ちょうど制服の注文書もってたんだ」


 年末に近いので、配られていた注文書を、レメリィが取り出す。


「ささっと注文しちゃおうよ」

「おう、注文しやがれ」

「あの、ありがとうございます」

「おうっ!」


 にっこり笑うレメリィと、腕を組んで頷くザルドに、カシミアもちょっとはにかんで、注文書の男子制服にチェックをいれた。



***



 2年前、貴族の支援を打ち切られてしまったカシミアは節約生活を送っていた。

 貴族からもらったお金は、平民のカシミアにとっては、学園生活を続けられていくぐらいはあったが、無限にあるわけではない。


 洋服も切り詰め、食事も安いパンばかりを食べていた。


 そんな中、1年の終わりに制服がきつくなってしまったのだ。

 貴族仕様のため、ぴったりしたサイズで注文して、着れなくなったらあっさり替える子がほとんどだった。


 貴族の支援を受ける平民の子たちも、それぐらいならだしてくれるから、すぐに替える。


 でも支援を失ってしまったカシミアにとっては痛い出費だった。


 だからカシミアはふたつの工夫をした。


 ひとつは大き目のサイズを頼んだこと。

 そしてもうひとつは男子用の制服を頼んだこと。


 だって女子の制服より、男子の制服の方が少し安かったのだ。

 カシミアにとってはそれは大きな差だった。


 校則を調べても男子の制服を着てはいけないとは書いてなかった。

 新学期に男子の制服を着てきて、先生や生徒は少し違和感をもった顔をしたけど、誰か文句を言ってきた人はいなかった。


 だからそれからはカシミアは男子の制服を着てここまで過ごしてきたのだった。


 時はもどってレストランで制服を注文してから二週間後、新品の男子制服を嬉しそうに着るカシミアくんと。それを満足げに眺めるザルドたちの姿があった。

単体で分かる出来になってるでしょうか。

一応がんばってみたのですが……。ちょっと不安です。

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