避難民を足元に
基地の中は大騒ぎになっていた。
「移動車両の整備が終わらん! 宿舎にいる奴、誰でもいいから全員連れて来てくれ!」
「食料と水。まだ届かないのか! 何やってんだ!」
「甲冑の予備パーツ足りないぞ! 第一部隊の基地から借りて来い! 左腕七個だ!」
ブレアに連絡が取れたのかどうかは不明だが、もはやアルドシティーへの遠征は決定事項らしい。
あちらこちらへと急がしそうに走り回る整備員達を、祐一はなんともいえない表情で見つめていた。
手伝った方がいいというのは解っているのだが、どうも勝手が解らなくて、雰囲気に入り込めないのだ。
祐一はパンツ一丁にマントを羽織っただけの姿で格納庫が並ぶエリアを歩く。
操縦席の赤ゼリーで全身がベタベタなままだ。
水浴びをしたかったが、たぶん、すぐに巨大甲冑を動かさなければならないだろう。移動車両だか何だかに乗せるために。
今水浴びをしても、意味がなさそうな気もする。
壁にもたれてボンヤリしていると……
「お久しぶりです祐一さん」
金色の髪に青い花飾りをつけた少女がやって来た。フィリアだ。
「ああ。久しぶり。おまえ、元気にしてた?」
「ええ。巨大甲冑の具合はどうでしょう?」
「今の所、問題はないと思う」
「当然です。私の祖父が組み上げた物ですからね」
フィリアは誇らしげに言う。
祐一は、が、フィリアが背負っているナップザックに気づいた。
「あのさ、フィリア。その荷物は何?」
「……何って、旅装ですよ。必要になるでしょう?」
よく意味が解らない。
フィリアはどこに旅に行くと言うのだろう?
そして祐一は、出撃のために浮き足立っている基地内を見回す。
まさか。
「ついてくる気なのか? アルドシティーまで?」
「もちろんです」
「どうして……」
「あなたの巨大甲冑は特別製。緊急整備員だけでは手に終えない部分もあります。私がいた方が、いざという時も困りませんよ?」
「そういう問題じゃない!」
祐一が怒ると、フィリアは口を尖らせる。
「じゃどういう問題なんですか?」
「ドラゴンの群れがいるんだぞ。危険すぎる!」
「祐一さんこそ何を言ってるんですか。ドラゴンに襲われる危険のない、安全な場所なんて、この世界にはありませんよ?」
「……」
確かにその通りかもしれないが。だからと言って、ここにいるのと、ドラゴンの大群がいると解っている場所に出向くのとでは、危険度が違う。
祐一が、どうやってフィリアを説得しようか考えていると、オーベルがやってくる。
「祐一君、ここにいたのか。君の巨大甲冑は少し形が違うから、先に積み込む事にしたんだ。今から、甲冑を台車の所まで動かして……おや、フィリアさん?」
「あ、オーベルさんもお久しぶりです」
フィリアはニコニコと挨拶。オーベルは度肝を抜かれたように目を丸くしていたが、コホンと咳払い。
「申し訳ありませんが、今は少し忙しいんです。遠征から帰ってきてからにしてください。ところで、その荷物は?」
「アルドシティーに行くんでしたよね? 私もお供します」
「危険すぎます!」
祐一とやったようなやりとりを繰り返した後、結局オーベルが折れた。
「どうしてもと言うなら許可しますけど、危険な事に首を突っ込まないようにしてくださいよ?」
「解っていますよ。子どもじゃないんだから大丈夫です」
フィリアは笑顔で言う。
たぶん、絶対何かやらかすだろうな、と祐一は思った。
**
巨大甲冑を載せるための台車は、これもやはり竜骨機関の一種らしい。
基本材木で作られた荷車が、キャタピラで動いていくのは、なかなか不思議な光景だった。
台車のサイズは全長十メートル、幅五メートルほど。巨大甲冑が一体、うつ伏せに置くのにちょうどいいぐらいの大きさだった。
仰向けにしないのは、寝かせる時の安全性と、起き上がる時の即時性のためらしい。
背負った槍が固定の邪魔だから、というのもあるが。
輸送台車は三十台。
巨大甲冑を載せた物が二十五。その他、水と食料やテントなどを乗せた物が五台だ。
人員のそれぞれは、担当する巨大甲冑と同じ台車に乗る。
そして、ゾロゾロと王都を出発した。
車列が滞ったのは、アルドシティーから二つほど手前の村だった。
アルドシティーの側から避難してきた人々の馬車の列が、道を塞いでいたのだ。
あまり広くない道でのすれ違いのために、どうしてもうまく移動できない。
避難民は統制が取れているわけではないので道に広がっていることも多いし、輸送台車は、だいたいの物を踏み潰せるだけの大きさと重さがある。
飛び出してきた避難民をひき殺してしまう危険が高い。
このまま進軍するためには、避難民を統制して動きを止めなければならない。だが、それでは、アルドシティー付近にいる避難民を危険に晒す事になる。
救援が先か脱出が先か……ある意味、最終的な目的は同じだから、どちらか片方を優先するのも難しい。
「巨大甲冑を先行させる。全機、起立!」
このままでは埒が明かないと感じたらしいオーベルが命令を出す。
祐一は上着を脱ぎ捨て(こういう事態に備えて、あらかじめ下に操縦服を着ておくよう言われていた)巨大甲冑に乗り込んだ。
巨大甲冑の固定具が外され、立ち上がった。
二十五体の巨大甲冑は、アルドシティー向けて一列で行進する。
道の片側は馬車の渋滞。
祐一は、ちょろちょろと動く足元の人間を踏み潰さないように細心の注意を払いながら足を進める。
それでも一度、馬車から飛び出ていた材木のような棒を、あと少しで蹴飛ばしそうになった。
(戦う前に、消耗しそうだな、これ……)
気を揉まれながらもなんとか事故を起こさずに歩きとおして、一時間ほどかけて次の村に到着した。
どうも、避難民の様子が慌しい。
『この先で何かあったようだな』
オーベルの巨大甲冑が辺りを見回しながら言う。
そこは道を広げたような場所。広場のつもりなのだろう。
既にアルドシティーからの避難民は殆ど脱出を終えていて、この村から逃げ出していく人々が大半のようだ。
祐一は足元を走り回るの人々の会話に耳を澄ます。
「ドラゴンが来る。早く逃げろ」
「馬車が燃やされたのを見たぞ!」
「もうお終いだ!」
察するに、アルドシティーを襲い終えたドラゴンが、ここまで迫ってきたという事か。
だとすると、進撃は控えて、少しでも戦いやすいこの場所で迎え撃つのが得策だろう。
だが、何がやってくるというのか。
『副隊長! あれを!』
誰かが叫ぶ。
指差す方を見ると、ドラゴンの群れが、低空を滑るように飛んでくるのが見えた。
事前に聞いていた、デペンドルクルス種と形が違う。
そのドラゴンは、盛り上がったヒトデのような形をしていると言うが……今、祐一の目の前で飛んでいるのは、ドラゴンと聞いて最初に想像していたような、羽トカゲの姿だ。
真っ赤な肌は、炎のウロコが敷き詰められているかのように輝いている。
口からはギザギザの牙が生え、目からは爛々と殺意の光を放ち、地面で逃げ惑う人間を見下ろしている。
そんなドラゴンが、二十匹。
『羽トカゲの群れだ。気をつけろ!』
祐一は広場の上空を飛び回るドラゴンを見上げる。
(こいつら、デペンなんとかと一緒に動いていたのか?)
陸と空から挟まれて、アルドシティーの防衛隊は力を発揮できなかったせいで、全滅してしまったのかもしれない。
空を飛ぶ羽トカゲを倒す時は柄の長い槍で攻撃し。皮膚が頑丈で貫通できないデペンドルクルスを倒す時は剣で殴る。それがセオリーらしい。
二種類が同時に来ると、対応は難しい。
アルドシティーの防衛隊の面々は、どちらの武器を使えばいいのか、解らなくなって、混乱したまま壊滅してしまったのだろう。
飛ぶ方だけがここまで来たのは、移動速度の差があるからか。
(だとしたら、地上のドラゴンも、すぐにこっちにも来るのか?)
なんとしてもその前に、このドラゴンの群れを討伐しなければ。
『全機、槍を構えろ。一匹も通すな!』
オーベルの命令に呼応するかのように、巨大甲冑の部隊は雄たけびを上げる。
そして、その声を打ち消すかのように、ドラゴン達も咆哮を上げる。
祐一は背中に背負った槍を引き抜き、天に向かって突き上げた。
その足元を何人もの人々が駆けていく。
「……守り、切れるか?」
ドラゴンを全滅させるだけなら、そう難しい事ではないかも知れない。暴れればいいだけだ。
だが人を守るのは、それではいけない。
守ると言いながら踏み潰してしまうようでは騎士団の憲章に違反する、たぶん。
(それでも、やらなきゃいけないんだ)
祐一の方に、羽トカゲの一匹が突っ込んで来る。
羽トカゲは口を空けている。炎を吐く気だ。
巨大甲冑はそれなりに頑丈だ。もしかしたら炎ぐらいは耐えて見せるかもしれない。だが、祐一の足元には人が。
「させるか!」
祐一は左足を上げ、片足立ちで、羽トカゲの口腔めがけて槍を突き出した。