羽トカゲの炎
「させるか!」
祐一は不安定な体勢を承知で槍を突き出す。
狙うは口の中。どのような生物でも弱点となる場所。
だが寸前で、羽トカゲは火炎ブレスをキャンセルして口を閉じた。槍の穂先を牙で受け止めたのだ。
「なっ?」
祐一の巨大甲冑は、羽トカゲの突進の勢いに押される。
半ば上げたままの左足が空を滑る。
祐一は左腕を振って、その反動でバランスを取り、槍を強引にねじ込んだ。羽トカゲの牙が一本砕け散る。
同時に槍が手の中でねじれた。単純な力比べでは分が悪い。
「このっ!」
それでも、突進力をどうにか受け流す。羽トカゲは祐一の頭上に舞い上がり、飛び去っていく。
騎士団の誰かが何とかしてくれる事を祈るしかない。
それを追いかけている暇はない。すぐに次の羽トカゲが突っ込んでくるのだ。
祐一は足元に意識を移す。
すぐ下に一人、村人が倒れている。
死んでいるのか、いや、ここまで移動してきた時は生きていたはずだし、今足元で死ぬ理由はない。まだ生きているはずだ。
(この一人を守る。まずはそこからだっ!)
祐一は左足を地面につける。
突進してくる羽トカゲ。その顔めがけて槍を突き出す。
真正面からの突撃、巨大甲冑の手首から肩まで、重い衝撃が走った。
「ぐぉぉぉっ!」
祐一は右手で槍を掴んだまま、一心に耐える。
羽トカゲの突進エネルギー全てが、巨大甲冑の右腕と羽トカゲの頭蓋骨とを行き来する。
祐一は槍の柄に左手を沿え、一気に跳ね上げた。
ゴキッと音がした。祐一の槍の中ほど、そして羽トカゲの首、両方から同時に。
『グォォォォッ!』
羽トカゲは断末魔の悲鳴を上げて祐一の目の前に墜落する。まだピクピクと動いている。
祐一は折れて半分の長さになった槍の柄を、羽トカゲの首に振り下ろした。
羽トカゲは動かなくなる、だがもう祐一にも槍はない。
祐一は剣を抜く。低空、とは言え巨大甲冑の身長より高い位置を飛ぶ羽トカゲに、これでどう対応すればいいのか。
別の羽トカゲと目があった、気がした。槍がないのに気づかれたか。
その羽トカゲは、わざわざ一度上空に上がって仕切りなおしてから、祐一の方に突っ込んでくる。
祐一は剣を構える。だが、これで何ができる?
羽トカゲは口を開いた。
三度目の正直、火炎ブレス。
羽トカゲの口から放たれた炎が渦を巻いて、四方八方から祐一の巨大甲冑に襲い掛かる。
「づあつっ?」
祐一の全身に高熱が侵入してくる。
(落ち着け、俺! これは機体の感覚だ、自分の体が燃えてるわけじゃない!)
祐一は気合で耐えて、炎の渦の中心に剣を突き出す。
剣先が何かを掠めた。
『アギャアアアアアアアッ』
羽トカゲは物凄い悲鳴を上げて、上空に逃れていく。
炎の渦が晴れた。
チリチリと全身が焦げ付いたような感覚。
「……くっ」
祐一は空を睨む。
羽トカゲの右目から血が出ている。さっきの交差で刺さったのか。
左目からの凶悪な眼光が祐一を射すくめる。
羽トカゲは、もう勝利を捨て、ただ祐一を殺す事だけに意識を絞ったらしい。
(やられて、溜まるか……)
羽トカゲは口に炎をためながら突っ込んでくる。
リーチの差、それを埋める手段は一つしかない。
祐一は剣を構えて突撃した。
羽トカゲの口の中、めがけて、剣を突き出す。
ほぼ同時に炎が吹きつけてくる。
全身が熱くなるが、それでも祐一は止まらない。
柔らかい手ごたえ。
(やっ、たか?)
炎が消える。羽トカゲの、口の中から即頭部へ抜けるように剣が突き刺さっていた。
だが、羽トカゲの群れの攻撃はまだ終わらない。
また一匹が、祐一めがけて飛んでくる。
「くそっ」
戦わなければならない。
だが槍は失い、剣も羽トカゲが突き刺さったままだ。
焼かれたせいか、全身がとてつもなくだるかった。
この暑さは、共感覚でも錯覚でもない。コクピットの中にまで熱気が漂ってきている。
(さすがに、ダメか……)
近くにいた別の巨大甲冑が割り込んでくるのを視界の片隅に捕らえながら、祐一は意識を失った。
**
気がつくと、フィリアが上から覗き込んでいた。
「あれ?」
いつの間にか甲冑から下ろされて、地面に寝かされていた。
慌てて起き上がって辺りを見回す。
時間は既に日暮れ。
周囲には騎士団の巨大甲冑が何機も立っていて、羽トカゲの死骸が山と積み上げられている。
いつの間にやって来たのだろう。輸送車両も何台か見える。
逆に避難民の姿はなかった。既に全員が逃げ去った後なのか。
「戦いは、いつ終わったんだ?」
「だいぶ前です。あなたは熱中症になって意識を失っていたんですよ」
「熱中症……」
やはり鎧があっても炎は鬼門らしい。
「炎の中で戦っていたそうですけれど、そんなことしたらダメですよ? あの甲冑、中身はドラゴンの筋肉とかでできてるんです。人間よりは火に強いかもしれないけれど、燃える時は燃えますからね」
「そうなのか……」
「俺の巨大甲冑はどうなってる?」
「向こうですよ」
祐一は起き上がると、そちらに行く。
オーベルが祐一の巨大甲冑の鎧の隙間を覗き込んで、何か調べていた。
「どんな感じだ?」
祐一が声をかけるとオーベルは振り返る。
「目立った損傷は見つかっていない。このやり方ではなんとも言えないがな。お前の方は? 体には問題ないな?」
「ああ、大丈夫だ……。それより、この辺りに、誰か倒れてなかったか?」
「確か、村人が一人倒れていた。気絶はしていたが、大きなケガもなかったよ。いまは向こうで手当てを受けているはずだ」
「そうか……」
祐一はほっとしてようやく一息つけた。
「しかし君、羽トカゲを一人で二体も倒したのか」
「まあ、必死だったから……っていうか、数なら甲冑の方が多かったよな。なんで俺の方ばっかり来たんだ?」
「いい匂いでもしたんじゃないでしょうか?」
フィリアが適当な事を言う。
そんなわけあるか、と言おうとしたが、祐一の巨大甲冑は邪竜だかなんだかを材料にした特別性である。人間にはわからなくても、ドラゴンの嗅覚に反応する何かがあるのかもしれない。
「それはさておき、甲冑に損傷がないか確かめてくれ。一刻も早く、アルドシティーに辿り尽きたい」
「解った」
そして祐一は甲冑の隙間を覗いてみるが、暗くてよく解らない。
ふと気づくと、オーベルが呆れた目で祐一を見つめていた。
何が違うのかと思っていると、フィリアが言う。
「あの、祐一さん、コクピットに入ってくれませんか?」
「え?」
「確認と言うのは普通、そっちからやるのです」
「……」
祐一はとりあえずコクピットに乗り込んでは見るが、何をどうすればいいのか解らない。
もしかして、ロボットアニメでコクピット画面を確認するような場面なのだろうか?
どこかのスイッチを押せば、画面が出てきたりするのかもしれないが……この巨大甲冑には、スイッチも画面もないのだ。
いったいどうすればいい?
困っていると、フィリアが下から声を掛けてくる。
「あちこち動かしてみて、動かない所がないか確認してください」
(なんだそれ……妙な所で現実的だな)
確認のためだけの機能を作るのと実際に動かして試すのと、どちらが労力が大きいのかは微妙な所かもしれない。特に、竜骨機関の場合は。
あちこち動かしてみたり、剣を振るポーズをとってみる。
「問題なく動くぞ」
祐一が言うと、フィリアはもう降りてくるようにと言う。
他の巨大甲冑からもパイロットが降りてきて一列に並ぶ。
オーベルが言う。
「今夜はここで停泊する。明朝、日の出前に出発、問題が発生しない限り、午前中のうちにアルドシティーを奪還する」
「「「了解!」」」
そしてオーベルは祐一の方を見る。
「それと君は、剣を取り戻しておくように」
「え? 取り戻す?」
「君の剣は、羽トカゲの頭に刺さったままだろう。出発までになんとかしておかないと、困った事になるぞ」
「あ!」




