第11話
――――前夜祭。
魔術学園内における生徒同士の決闘大会――『学内戦』の前日に行われる親睦会だ。普段は寮暮らしの魔術学園の生徒たちも、この日ばかりは羽目を外す。
参加する生徒はパートナーを伴って会場へと行き、奏でられる音楽と共に優雅にダンスを踊る。これは平民たちがダンスなどの礼儀作法を学ぶことが出来る貴重な場でもあり、希望者は教師によるレッスンを受けることが出来る。
魔術学園の卒業生は冒険者や騎士になる者も少なくない。
そこで功績を挙げれば、こうした畏まった場に招待されることもある。
その時に恥をかかないように、大げさに言えば学園の恥とならないようにするためのものだろう。
参加しない生徒は、ふってわいた自由時間を謳歌する者も少なくない。
昨年までの俺はそうだった。ヘンリエッタに参加を断られると、森に行って鍛錬に励んでいた。
だが、今年は……。
「ノイル。少し、いいか」
「ん? おぉ、いいぞ……って、うおっ!?」
前夜祭の会場が開く少し前。
ノイルの部屋を訪ねたと同時、彼は俺を見るや否や、目を丸くしていた。
「お、おいおい……どうしたんだよ、その格好」
「……正装だが」
「そりゃ見れば分かるけどよ……」
「変じゃないか? これから前夜祭に参加するのだが、こうしたものは着慣れていなくてな……」
「怖いぐらいに似合ってるぜ。オーダーメイドかと思ったぐらいには……ん? え? お前、今年は前夜祭に出るのか? てっきり例年通り、また森で素振りでもしてるのかと……」
と、ノイルは何かに思い当たったかのように口を閉じた。
「…………リゼリット・フランメルクか?」
「ああ……彼女に、誘われた」
「それでか。学園支給の礼装じゃないのは」
入学する際、騎士科の生徒は式典などで着用する礼装が支給される。
この前夜祭も一部の貴族出身の生徒以外は礼装が大半だ。
逆に言えば学園の物ではない正装を身に着けている生徒は、それだけ裕福な立場にあるということを示している。
……まあ。俺の場合は、違うのだが。
「リゼから貰ったものだ。学園の礼装があるから遠慮すると言ったのだが、押し付けられて……迷ったのだが、彼女に恥をかかせられないから」
「まァ、フランメルク家のご令嬢ともなれば、そりゃあ立派なドレスを身に着けてらっしゃるだろうよ。学園支給の礼装だとちょっと見劣りしたかもな。けど……多分、そうじゃないだろ」
「え?」
「自分でわざわざ正装を贈るなんて、なぁ…………独占欲丸出しだな」
「……………………」
独占欲。確かにそうかもしれない。
わざわざ複雑な手続きや許可を擁する密室を拵えて、恋を知りたい、魔力戻す、そんな口実を用意して……閉じ込められているような。
「いいんじゃねぇの? あの女は何考えてるのか分からねーけど、お前が体を休めてるのは良いことだしな」
「休む……? そんなつもりはないが」
「そうか? お前が授業をとやらを始めるようになってから、放課後は鍛錬の時間も減ってるだろ。それに今日だって、いつもなら前夜祭に参加せず、森で剣を振ってたところだ」
「それは…………」
前夜祭にはいつもヘンリエッタを誘ってはいた。
だがあれは半ば義務感だったように思うし、何より俺は心のどこかでは「どうせ断られる」と、断られることを勘定に入れていた気がする。
確かに……思い返してみれば、剣を握る時間が、減っている。
「むしろ、お前は今まで体を酷使しすぎなんだよ。魔力のことがあるから、努力しなきゃいけねーのは分かるけど。自分を傷めすぎても逆効果だぜ」
「……心配をかけていたようだな。すまない」
「謝るぐらいなら、今後はもうちょい自分を労われ。……まあ、楽しんで来いよ。もっかい言うけど、その服も似合ってるぜ。自信もって羽目外してこい。オレも後で会場には行くから」
「ああ。また、後で」
親友にお墨付きをもらったことに心の中でほっとしながら、会場へと向かう。
会場に近づけば近づくほど、めかしこんだ生徒たちの姿が目立つようになってきた。
最初は俺がこんな立派な正装をすることに違和感があったものの、自分もこの中の一人だと思えば慣れてきた。ノイルに「似合ってる」と言われたことも大きい。
「集合場所は確か……英雄フォルトリーク像の前、だったな」
会場である大広間のすぐ近く。英雄フォルトリークの像は分かりやすい目印になるので、待ち合わせに適している。そのせいか他の生徒たちも集まって、各々のパートナーを待っている様子だった。
あの中に混じるのは少し勇気を必要としたものの、あまり離れすぎるとリゼが困るかもしれない。
呼吸を整えて像の近くへと足を運ぶ。
「……おい、あれ」
「傷物騎士じゃないか?」
すると、周囲の生徒たちが俺の存在に気付いたのか、視線が集まる。
「へぇ。こういうの興味あったんだ」
「すげぇな。俺なら絶対無理だぜ、あんな顔を晒しながらパーティーに出るとか」
「パートナーとかいるのかな?」
「いねぇだろ。あんなのと一緒に踊れるか?」
「絶対無理(笑)」
小声の――――それでも耳に届く程度のボリュームのささやきが、廊下を満たす。
ああ……そういえば、そうだった。頭に冷や水をかけられた気分だ。
最近はリゼとの時間に耽っていたから、すっかりと忘れていた。自分という人間の立ち位置を。
むしろ、なぜ思い至らなかったのかと、自分を叱りたくなる。
礼装がどうとか、正装がどうとか……そういう問題じゃない。
俺はそれ以前の人間だと、どうして忘れていたのか。
「へぇ。中々の人気じゃないか、傷物くん」
多くの生徒が遠巻きに眺める中、俺に近づいてきたのは……モーリスだ。
傍にはヘンリエッタも連れている。
「こんなにも注目を浴びるなら、僕も頭に傷の一つもつければよかったかな。……なんてね、冗談だよ。死んでもごめんだ」
「……何の用だ」
「用なんてないさ。会場に行こうとしたら、醜い傷が視界に映ってね。騎士としては景観を損ねる人物には注意しておかないと」
「知らなかったよ。意外と仕事熱心なんだな」
「フン。今日は言い返すじゃないか。少しばかり上等な服を身に着けたから、気が大きくなったのかな」
モーリス基準でもこの正装は『上等』の部類に入るのか……。
着ていることが申し訳なくなってきたな。
「……………………」
てっきりヘンリエッタからも、なじられると思っていたのだが……彼女は俺から目を逸らすばかりだ。
「ね、ねぇ、モーリス。早く行きましょうよ。こんなのは放っておきましょう……」
「そうだね、ヘティ。これ以上、醜悪なものを君の目に映したくはないからね。僕たちは会場へ行こう」
ざわっ……。
大広間に繋がる廊下のざわめきが、一瞬だけ大きくなった。
散らかったような喧騒ではなく、統一された驚愕。その後に、誰もが視線を一点に集中して、息をのんでいた。
こつ。こつ。こつ。
皆の視線の先。聞きなれたリズムの足音を響かせながら、一人の少女が歩いてくる。
「…………きれい」
誰かが、かろうじて感嘆の言葉を漏らした。
それはこの場にいる全員の総意でもあったに違いない。
煌びやかで神秘的な夜色のドレス。
大胆に露出された肩。誰にも汚されていない、無垢な鎖骨のライン。
夜中に光る太陽のように、彼女の髪は輝いていた。
リゼは……この世のどんな宝石よりも美しい蒼い瞳で俺のことを見つめて――――嬉しそうに、顔が綻んだ。
「お待たせ、せんせ」
「あ、あぁ…………」
彼女は周りの人間には一切目もくれず、真っすぐに歩いてきた。
リゼの歩んだ軌跡には何らかの……人を惹きつける香りでも散布されたかのように、男女問わずふらりと追いかけそうになっている生徒も、中にはいた。
いや。それよりも……言葉を。絞り出さないと。
パートナーがこんなにも素敵な格好をしてきてくれたんだから。
「…………綺麗だ。似合って、る」
「ほんと? ふふっ。うれしいっ」
微かに頬を赤らめて笑うその顔は、本当に無垢な少女のようで。
いつも……大図書館の密室でキスをしている少女とは、まるで違う。
むしろこんなにも無垢な笑顔を見せる子を、俺は毎日……。
「せんせも似合ってるよ。物語に出てくる王子様みたい」
「ありがとう……君が用意してくれた服のおかげだよ」
「ううん。服なんて、ただの飾りだもの。せんせが素敵だからだよ?」
そう言って、リゼはするりと俺の腕に、自らの腕を絡ませる。
大胆に開かれた肩から、真っ白な素肌と……発育の良い胸元が視界に入り、咄嗟に目を逸らす。けれど感触からは逃げられず、腕の一部分が柔らかな熱を帯びたかのように緊張してしまう。
「せんせは、前夜祭は初めて?」
「初めてだ。君は?」
「私も。……ふふっ。私たち、はじめて同士だね?」
そう告げるリゼの視線は……ほんの一瞬だが、ヘンリエッタに向いていた。
ヘンリエッタは拳を握りしめ、何かを堪えるように唇を噛みしめる。
そんな彼女にかける言葉など持ち合わせてはいなかった。
いや、それどころか……胸の奥で湧きあがる、どす黒い泥のようなものに蓋をしてて……俺はリゼと共に、会場へと入ることにした。




