見劣り姫は『調技』を教わる2
「こんばんは、伯爵。この夜会のために領地から足を運んでくださりありがとう」
「これは第三王女殿下、ごきげん麗しゅうございます。殿下の夜会を断る者など誰もおりませんよ」
「ふふ。王族主催ですもの、誰も断れないでしょうね。でも、そうだとしても楽しんでくれたのなら嬉しいわ。ところで伯爵。公爵から聞いたのだけれど、数日前から王都にいらしていたそうね。珍しいこと。何か面白いことがあって?」
扇子を広げて口元を隠すと、顔をわずかに伯爵役に寄せて小声で話す。
いわゆる内緒話の格好だ。こうすることで、王女の私と伯爵の特別感を周囲に見せつけ、伯爵の優越感を引きだす。
案の定、伯爵の機嫌がよくなったようだ。
「ええ。実は数日前に王都で仮面オークションがありまして、そこに参加しておりました。あ、もちろん合法ですよ?」
伯爵役は片目を瞑っておちゃめに振舞う。場の雰囲気が和み、思わず笑みをこぼす。
「あら。伯爵も参加されていたのね。先ほど、公爵も参加していたと言っていたわ」
「公爵閣下が? 全然気づきませんでした」
「仮面オークションなら仕方がないと思うわ。……オークションといえば、公爵から聞いたのだけれど、希少な宝石が出品されていたらしいわね。伯爵はご覧になって?」
少し間を置いてから、さも今思い出したかのように話を切りだす。
ただし、公爵が伯爵を見た話はせず、私が落札者の情報を知りたいと悟られないようにする。
「ええ。不思議な宝石でして、見る角度や光源の種類によって色が変化する宝石でした」
「まあ。そのような宝石が存在するの? 条件によって色が変わるなんて初耳だわ。はしたない話だけれど、さぞかしお高いのでしょうね」
話を少しずつずらし、得たい情報にもっていく。
自身が誘導されていると伯爵も気づいていないようだ。にこやかな笑顔のまま返答してくる。
「そうですね。目を見張るような値段でした。私の斜め前に座っていた方が落札したのですが、ためらいもなく値をつり上げていたので驚きましたよ」
「伯爵だって裕福でしょうにそのように言うなんて。落札した人は相当な身分か財力をお持ちなのね」
「あ……」
私の言葉のあと、西の伯爵役が何かを思い出したような素振りを見せた。ヒントでもあるのだろうか?
「伯爵? どうかなさって?」
「いえ、その、実を申しますとあの後ろ姿、どこかで見た気がしまして。先日からずっと考えておりましたが、今の殿下のお言葉で思い出しました。おそらくリッチ侯爵です」
「リッチ侯爵が落札者だと?」
できるだけ冷静に振舞いながら、心の中で「やったわ!」と快哉を叫ぶ。もちろん伯爵は気づいていない。
「はい。後ろ姿がそっくりでしたので」
「伯爵は記憶力がおありなのね。すごいわ。……あら。わたくしばかり伯爵を独り占めしていてはだめよね。ごめんなさい。それでは失礼するわね」
西の伯爵役との会話を打ち切って、彼から離れる。
それから無言で右手を挙げた。あらかじめ決めていた終わりの合図だ。
庭に散らばっていた暗部の者たちが即座に集合する。兵士顔負けの整列具合で、思わず笑いがこぼれてしまいそうだ。
でも、ぐっとこらえてフィスを見る。フィスと目が合うと、彼が一つうなずいた。
「では殿下。誰が宝石を落札したのか、ご回答ください」
「リッチ侯爵。彼が落札者よ」
自信をもって答える。するとフィスがふわりと微笑んだ。
「なるほど、リッチ侯爵ですね。それでは答え合わせです。宝石を落札した者は挙手を」
フィスの言葉のあと、すっと手が挙がった。
リッチ侯爵だろう。そう思いつつ顔を見るも、私の身長が低いせいでまったく顔が見えない。
お行儀が悪いのは承知のうえで、ぴょんぴょんと跳ねて相手の顔を見る。
その行動で相手が私の意図に気づいたらしい。こちらにやってきてくれた。
そうして、ようやく落札者の顔がはっきりと見えて、目を見張る。
「う、そ……。なぜあなたが……」
リッチ侯爵とばかり思っていたのに、そこにいたのは想像と違う顔だった。
「殿下、私がお教えしました『西の伯爵』から有益な情報は得られましたか?」
公爵役の恭しい態度がどこか嫌みっぽく感じる。誤答に誘導された私だから、よけい敏感になっているのだろう。
そうは思いながらも、ぎゅっと眉間に皺を寄せ、王女らしからぬ表情で返す。
「……いいえ。偽の情報にたどりつきました」
不満が多少声に出てしまったけれど、つんと澄ましてやりすごす。
一方の公爵役は、どこ吹く風とばかりににこやかな笑みのまま頭を下げてきた。大人の対応だ。それがまた悔しい。
「はい、では解明していきしましょう。殿下はリッチ侯爵と回答されましたが、実際は公爵の方でした。何が原因だと思いますか?」
フィスに問われて考える。だが、一向に答えは出ない。
しばらく経っても思い当たらなかったので、素直にその旨を告げた。
「わからないわ。習ったとおりにやったと思うのだけれど……」
「そうですね。殿下は私がお教えした技術を巧みに駆使しておられました。ただ、少々性急すぎましたね」
「え? 私が?」
単刀直入に尋ねたつもりはないのだけれど、相手からしたら違うのだろうか? 私がすぐに核心に迫ったと思われている?
「ええ。最初に公爵の手腕を褒め、ご自身を下に置いたのはお見事でした。ですがそのあとすぐ、本題を口になさいましたね」
自身の行動を思い返し、無言でうなずく。
フィスは私の返答に満足したようで、話を続けた。
「殿下の本題の振り方は、『話題が見つからなくてふと思い浮かんだから』と捉えられなくもないです。しかし、ひそかに購入した公爵からすれば、違う意味合いが強くなると思いませんか?」
フィスの言葉に、もしも私が公爵の立場だったら、と想像してみる。
接戦の末、なんとか手に入れた宝石。唯一無二のものだから保管にも細心の注意を払うはずだ。手にしたばかりならなおのこと、ぴりぴりしていてもおかしくない。
そんな中、称賛もそこそこに大切な宝石の話をされたら? 私なら間違いなく相手を警戒するだろう。
「なるほど。私はもう少し慎重に話をきりだせばよかったのね。よく考えると、話題もあからさまだわ」
強調するが、ようやく手にした宝物だ。安易に見せてほしいと言われて、素直にうなずけるわけがない。
私は公爵に、別の理由で宝石の話を振ればよかったのだ。
「そこにお気づきになりましたか。でしたら、もう解明は必要ございませんね。今回の失敗を踏まえ、次に活かせばよろしいかと」
「次といっても、機会が訪れる前に感覚を忘れてしまいそうだわ。今回は失敗に終わってしまったし……」
次に活かせなどと簡単に言ってくれる。成功経験がないのに、どうやって活かすというのか。まったく自信がない。
お姉様たちのまねをすればあるいはと、思わなくはないけれど、お母様にやめるように言われたから無理。
「それでしたら、もう一度実践をしてみましょう。そうですね、ヘラと同郷の者を王女宮の中から探しだしてください」
「ここ……王女宮内だけでいいの?」
「はい。ですが、今回は何も仕込みません。全員、実際にこちらで働いている者たちから情報を引きだしていただきます」
「はい?」
王女宮にいる暗部の者たちを探して聞きだすのかと思っていたら、全員何も知らない使用人だった。驚いてフィスを見る。
「そのように心配なされなくても大丈夫ですよ。殿下は私がお教えした技術を巧みに活用なさっていましたから」
「だとしても、難易度は一気に上がったわよね?」
「殿下なら、八割成功できるかと」
なぜかフィスが自信ありげに言う。言われた私の方が言葉に詰まってしまった。
とはいえ、課題を出されてしまった以上やり遂げるしかない。「おだてても何も出ないわよ」、と捨て台詞を吐きながら覚悟を決める。




