見劣り姫は『調技』を教わる1
なんとか留まってくれたフィスを講師に『調技』を教わる。
情報は会話の中で引きだしたり、他人の会話を盗み聞きしたりして得るらしい。
得た情報は真偽を精査し、情報の裏付けや証拠を集めるそうだ。そのために会話術や気配隠しなどの技術を学ぶ必要がある。
聞く限りだと難しそうに思うが、コツを掴めば私もマスターできるとフィスは言う。どこまでできるか不安だけれど、レイリー卿の情報を得るためなら、たとえ火の中水の中。四の五の言わずにひたすら努力するのみ!
本音を言えば、『殿下は頑張り屋さんですね』とレイリー卿に褒めてもらいたいけれど、そもそも暗部の話はご法度だった。ちょっと残念。
なにはともあれ、さっそく情報を引きだすための会話を学ぶ。
「……人は相手が高圧的な態度でやってきた時に、とっさに身構えて自分を守ろうとします。会話も同じです。ですから相手に対しては……」
フィスは、私が幼い頃からの影の護衛で、私の言動を熟知している。私が理解しやすいよう、噛み砕いて話をしてくれた。
例えば、世間話をしながら情報を引きだすのが鉄則だとか。姿を隠した状態なら直球で尋ねてもなんとかなるとか。
とにかく、さまざまなことを教えてくれた。ごく平凡な私の理解力でもなんとかなったのは、本当にありがたい。
フィスの話をある程度頭に叩き込んだら、何度か問答を交わして試験をする。試験を無事に合格すれば、次は実技だ。
実技は、協力してくれる暗部の人たちと会話をし、提示された情報を引きだす、というもの。
誰が情報を持っているのかわからない中で、いかに気づかれないように情報を引きだせるか。腕の見せどころとなる。
「実技はいいけれど、この部屋でやるの?」
「今、配下の者たちが用意をしております。殿下もご準備ください」
「準備をするって、何をすればよいの?」
フィスの言葉に首を傾げていると、側にいたヘラが、私の露出している肌に日焼け止めの軟膏を塗り始める。
「外でやるの?」
「はい。パーティー形式で行なわれます」
「パーティー? なら暗部の人たちは招待客ね。わかったわ」
日焼け止めを塗り終えて一階に行く。
外の準備は終わっていたようで、ヘラから傘を手渡されて王女宮の庭に出た。
準備が整った庭にはフィスがいた。彼は私に気づくと、待っていましたと言わんばかりに口を開く。
「さて、殿下にはこれから私の部下たちと会話をしていただき、『オークションで希少な宝石を落札した者』を見つけていただきます。素顔を隠した貴族が購入したもので、それが誰だかわからない、という設定です」
「それはわかったけれど、肝心の招待客たちがいないわよね? あなたの部下はどこに……きゃっ!?」
庭には私とフィス、ヘラとメイナードしかいない。ほかの人の姿は見当たらず困惑する。
だが、辺りを見回しているうちに目の前に人の姿が複数あることに気づいた。
驚きから小さな悲鳴を上げる。その時にはすでに、メイナードが私と彼らの間に入っていて、彼らの姿は見えなくなっていた。
「殿下、驚かせてしまい大変申し訳ございません。彼らが私の部下たちです。危険はございませんのでご安心ください」
「部、下……?」
メイナードが下がり、改めて見れば、全員が暗部の服を着ていた。彼らが今日の招待客役の人たちだろう。
それはわかったが、できればもう少し普通に登場してもらいたい、と、安堵とともに不満も抱く。まあ、表には露ほども出さないけれども。
立ち並ぶ暗部のたちの中から、中央にいた人物が一歩前に出て頭を下げてきた。直後、ほかの者たちも頭を下げる。
秘匿されている暗部の者たちがこうして集団で集まる光景は、なかなかお目にかかれない。珍しいと思う一方で、異様だとも思う。
「みんな、今日はよろしくね」
軽く挨拶をして、すぐに細かい設定の確認をする。それが終わればいよいよ実践だ。
招待客役たちが各自所定の位置に着き、思い思いに語り出す。パーティーさながらの雰囲気で驚いた。……彼ら、意外と役者でもあるのね。
妙に感心しながら、よそ行きの笑みを浮かべて一人の男性のもとに行く。彼は公爵役だ。
「ごきげんよう、公爵。楽しんでいますか?」
「これは王女殿下。本日はお招きいただき、ありがとうございます。素晴らしい顔ぶれに、殿下の人脈の広さを実感いたしました」
なかなか堂に入った言動だ。所作も身に付いているようで、貴族がするものと大差ない。
ますます気を引き締めて挑まねばならないと、笑みを深める。
「まあ、ご謙遜を。わたくし知っていてよ。このパーティーのために侯爵が他国の要人を呼んでくださったのでしょう? この功績はあなたのものだわ。わたくしはただ夜会を開いただけ」
「ご存じだったのですね。私の働きをお目に留めていただきありがとうございます」
公爵役が嬉しそうに頭を下げてきた。それを見て内心で得意げに笑う。
実はこの会話もすべて情報を得るための一手だ。
こうして相手を褒めると、相手の警戒感が薄まるらしい。そのうえでほしい情報を引きだすとよいそうだ。
そんなわけで、私もさっそく情報収集に入る。
「そういえば、公爵が呼んでくださった隣国の方は、先日開催されたオークションに参加されたそうね。公爵はその話を知っていて?」
「……ああ、確かそのような話をされていましたな」
公爵役が考え込む素振りを見せたあと、何か思い立ったような表情でうなずいた。何かしら情報を知っていそうだ。
「その方はとても希少な宝石を競り落としたかったのに、負けてしまったそうなの。それで、『一目でいいからその宝石を間近で見たい、落札者を紹介してほしい』と懇願されてしまってね。でもわたくし、誰が競り落としたのかわからなくて。公爵は何か聞いていないかしら?」
「いえ、残念ながら……。私もあのオークションに参加しておりましたが、みな仮面姿でしたので、落札者はわかりません」
「あら。仮面オークションだったのね。確かにそれだと、落札者を探すのは難しそうね……。どうしたものかしら」
設定では、要人が見たのは茶色い髪の男性となっている。
だが、この国で茶色い髪を持つ者は多い。暗部の者たちも茶色い髪ばかりだ。公爵役の男性は黒に近い茶色だし……。困ったわ。
ひそかに悩んでいると、公爵役がにっこり笑った。
「そういえば、西の伯爵が落札者の近くにいましたな。伯爵の髪色は珍しいので間違いないでしょう」
「きちんと周囲を見ているなんて、さすが公爵ね! わたくしならその場の雰囲気に感動して、気づかなくてよ」
「ですが、殿下も現在は周囲に目を配っておられるではないですか。私は全然ですよ」
「もう、また謙遜して。でもありがとう、嬉しかったわ。……では失礼するわね」
公爵役と別れ、すぐに西の伯爵役を探す。すると、脇から声をかけられた。
「まあ、第三王女殿下ではございませんか」
呼ばれて顔を向けると、そこには中年の女性がいた。
女性はこちらを見て微笑んでいるが、どこか蔑んでいるようにも見える。
「……ごきげんよう、男爵夫人」
「殿下も、ごきげん麗しいようでなによりですわ。殿下のお噂はかねがね伺っております」
夫人役の言葉に、ぴくりと眉が動く。明らかに褒め言葉ではない。
さて、どうしようか。彼女程度なら言葉でねじ伏せられるだろうけれど、万一情報を持っていたら困る。
ここは一つ、“嘘の話をして真実を引きだす方法”を試してみようかしら。
素早く方針を決めて実行する。
「あら、奇遇ね。わたくしも夫人の噂を聞いていてよ。なんでも、先日行なわれた仮面オークションに愛人を連れていたとか」
「な! 仮面オークションなんて行っておりません! 私が行ったのは王都の、あ……」
今の発言で、夫人役が情報を持っていないとわかった。ならば遠慮はしない。
「まあ、勘違いしてごめんなさいね? ああ、そうそう……」
夫人役のすぐ側まで行き、開いた扇子で口元を隠すと、そっとささやく。
「わたくしを見下したかったのでしょうけれど、わたくしの方が一枚上手だったみたいね」
私の言葉に夫人役が目を見開くと、物言いたげに口を開ける。
だが彼女が言葉にする前に、衛兵役の人たち呼んで連れていってもらった。




