見劣り姫は『調技』を教わる1
なんとか留まってくれたフィスを講師に『調技』を教わる。
情報は会話の中で引きだしたり、他人の会話を盗み聞きしたりして得るらしい。
得た情報は真偽を精査し、情報の裏付けや証拠を集めるそうだ。そのために会話術や気配隠しなどの技術を学ぶ必要がある。
聞く限りだと難しそうに思うが、コツを掴めば私もマスターできるとフィスは言う。どこまでできるか不安だけれど、レイリー卿の情報を得るためなら、たとえ火の中水の中。四の五の言わずにひたすら努力するのみ!
本音を言えば、『殿下は頑張り屋さんですね』とレイリー卿に褒めてもらいたいけれど、そもそも暗部の話はご法度だった。残念。
というわけで、さっそく情報を引きだすための会話を学ぶ。だが。
「……人は相手が高圧的な態度でやってきた時に、とっさに身構えて自分を守ろうとします。会話も同じです……殿下、ちゃんと聞いていますか?」
「あ、ごめんなさい。高圧的な行動や口調だと身構えられてしまう、という話よね?」
フィスは無駄に声がいい。せっかくの講義も、彼の美声が勝って集中できずにいる。
しかしフィスは、私が幼い頃からの影の護衛。私のことをよくわかっている。
「本当に殿下は私の声が好きですね」
「ええ。でも安心して。ファンのようなものよ」
「存じております。もし違っていたら、陛下から穴が空くほど睨まれていたでしょう。相手がレイリー卿でほっとしております。十は離れていますが、貴族間では普通ですからね。……さて、話を戻しましょう」
以降、フィスは私にわかるように噛み砕いて話をしてくれた。
例えば、世間話をしながら情報を引きだすのが鉄則だとか。姿を隠した状態なら直球で尋ねてもなんとかなるとか。とにかく、さまざまなことを教えてくれた。ごく平凡な私の理解力でもなんとかなったのは、本当にありがたい。
フィスの話をある程度頭に叩き込んだら、実技に移る。
実技は、協力してくれる暗部の人たちと会話をし、提示された情報を引きだす、というもの。
誰が情報を持っているのかわからないし、各自得意な話が違う。その中で、いかに気づかれないように情報を引きだせるか。腕の見せどころとなる。
「実技はいいけれど、この部屋でやるの?」
「今、配下の者たちが用意をしております。殿下もご準備ください」
「準備をするって、何をすればよいの?」
フィスの言葉に首を傾げていると、側にいたヘラが「こちらです」と私を寝室に導いた。……どういうこと?
なぜに寝室かと混乱する中、ヘラが私を鏡台の椅子に座らせて、露出している肌に日焼け止めを塗り始める。
「外でやるの?」
ヘラに尋ねれば、鏡の向こうにいる彼女が一つうなずいた。
「はい。昼間ですが夜会の形式で行なわれます」
「夜会? なら暗部の人たちは招待客ね。わかったわ」
日焼け止めを塗り終えて隣の部屋に戻る。
外の準備は終わっていたようで、ヘラから傘を手渡されて王女宮の庭に出た。
準備が整った庭には演奏スペースが作られており、置かれた椅子には楽器が置かれている。本当の夜会ではないので楽団員の姿はない。
とはいえ、全体の雰囲気はばっちりだ。変なところでこだわるのね?
「さて、殿下にはこれから私の部下たちと会話をしていただき、『オークションで希少な宝石を落札した者』を見つけていただきます。姿を隠した貴族が購入したもので、それが誰だかわからない、という設定です」
「それはわかったけれど、肝心の招待客たちがいないわよね? あなたの部下はどこに……きゃっ!?」
庭には私とフィス、ヘラとメイナードしかいない。ほかの人の姿は見当たらず困惑する。
だが、辺りを見回しているうちに、目の前に人の姿が複数あることに気づいた。
驚きから小さな悲鳴を上げるのと同時に、メイナードが私と彼らの間に入ってくる。頼もしい護衛だ。
「殿下、驚かせてしまい大変申し訳ございません。彼らが私の部下たちです。危険はございませんのでご安心ください」
「部、下……?」
フィスに言われてよく見れば、確かに全員が暗部の服を着ている。彼らが今日の招待客役の人たちだろう。
それはわかったが、できればもう少し普通に登場してもらいたいわ。と、安堵とともに不満も抱く。まあ、表には露ほども出さないけれども。
「本日はよろしくお願いいたします」
立ち並ぶ暗部たちの中から、中央にいた人物が一歩前に出て頭を下げてきた。直後、ほかの者たちも頭を下げる。
秘匿されている暗部の者たちがこうして集団で集まる光景は、なかなかお目にかかれない。珍しいと思う一方で、異様だとも思う。
「ええ。こちらこそよろしくね」
軽く挨拶を交わし、すぐに細かい設定の確認をする。それが終わればいよいよ実践だ。
招待客役たちが各自所定の位置に着き、思い思いに語り出す。パーティーさながらの雰囲気で驚いた。……彼ら、意外と役者でもあるのね。
妙に感心しながら、よそ行きの笑みを浮かべて一人の男性のもとに行く。彼は公爵役だ。
「こんばんは、公爵。楽しんでいますか?」
「これは、これは王女殿下。本日はお招きいただき、ありがとうございます。素晴らしい顔ぶれに、殿下の人脈の広さを実感いたしました」
なかなか堂に入った言動だ。所作も身に付いているようで、貴族がするものと大差ない。
これは気を引き締めて挑まねばならないと、笑みを深める。
「まあ、ご謙遜を。わたくし知っていてよ。このパーティーのために公爵が他国の要人を呼んでくださったのでしょう? この功績はあなたのものだわ。わたくしはただ夜会を開いただけ」
「ご存じだったのですね。私の働きをお目に留めていただきありがとうございます」
公爵役が嬉しそうに頭を下げてきた。それを見て内心でほくそ笑む。
実はこの会話もすべて情報を得るための一手だ。
こうして相手を褒めて気分良くさせると、相手の警戒感が薄まるらしい。そのうえでほしい情報を引きだすとよいそうだ。
私もさっそく本題――情報収集に入る。
「そういえば、公爵が呼んでくださった隣国の方は、先日開催されたオークションに参加されたそうね。公爵はその話を知っていて?」
「……ああ、確かそのような話をされていましたな」
公爵役が考え込む素振りを見せたあと、何か思い立ったような表情でうなずいた。何かしら情報を知っていそうだ。
「ええ。その方はとても希少な宝石を競り落としたかったのに、負けてしまったそうなの。それで、『一目でいいからその宝石を間近で見たい、落札者を紹介してほしい』と懇願されてしまってね。でもわたくし、誰が競り落としたのかわからなくて。公爵は何か聞いていないかしら?」
「いえ、残念ながら……。私もあのオークションに参加しておりましたが、みな仮面姿でしたので、落札者はわかりません」
「あら。仮面オークションだったのね。そこまで聞いていなかったわ。確かにそれだと、落札者を探すのは難しそうね……。どうしたものかしら」
設定では、要人が見たのは茶色い髪の男性となっている。
だが、この国で茶色い髪を持つ者は多い。暗部の者たちも茶色い髪ばかりだ。公爵役の男性は黒に近い茶色だし……。困ったわ。
私がうーん、と悩んでいると、見かねたらしい公爵役が一つヒントをくれた。
「そういえば、西の伯爵が落札者の近くにいましたな。伯爵の髪色は珍しいので間違いないでしょう」
「まあ! さすが公爵ね! きちんと周囲を見ているなんてすごいわ。わたくしならその場の雰囲気に感動して、気づかなくてよ」
「ですが、殿下も現在は周囲に目を配っておられるではないですか。私は全然ですよ」
「もう、また謙遜して。でもありがとう、感謝いたします。……では失礼するわね」
公爵役は西の伯爵役に話をしろと振ってくれた。
ありがたく指示に従い、西の伯爵役を探す。
アッシュグレイの髪色は珍しいからすぐに見つかった。




