見劣り姫のお茶会4
急いで体勢を立て直して、音がした方を見る。
目に入ったのは、激しくうねるウィップだった。
即座にウィップの先から手元に向かってたどっていく。すると、少し離れた茂みから体をのぞかせる怪しい人物がいた。
その人物はローブを纏っており、口元が布で覆われている。手もグローブを着用しており、肌がいっさい見えない。
ただ、背格好から男性だと思われた。
……これだけ兵士がいるのに、誰も存在に気づかなかったの? いったい何者?
男の一挙手一投足に神経を尖らせつつ素性を探る。
そんな中、ローブの男はウィップを回収し、身をひるがえした。逃げる気だ。
「追ってちょうだい!」
私の指示で、手の空いていた兵士が不審者のあとを追う。
その光景を見ていると、先ほど駆け寄ってきたヘラとメイナードが、心配そうに尋ねてきた。
「姫様」
「大丈夫よ、怪我はないわ」
返事をしながら、ウィップに打たれた地面を見る。
私がいた辺りの草の色が、紫色に変色していた。おそらく皮膚から吸収されるタイプの毒だろう。暗器術を習う前の、ただ護られているだけの自分だったらと思うとぞっとする。
というのも、ウィップは軌道が読みづらい。身を挺して庇わない限り護りきるのは難しく、ともすれば負傷者が出ていたはずだ。
そう考えると、暗器術を習ってよかったと心から思う。なぜ私なのかと思わなくもないけれど。
「明らかに私を狙っていたわね。恨まれる心当たりはないのだけれど……」
私は第三王女で末っ子だ。王太子のウィル兄様を狙うのならまだしも、私の命程度で国は揺らがない。
それなのに私の命を狙ったのはなぜか、皆目見当がつかない。
けれど、これだけは言える。今後私の周囲は過保護になる、と。
兵士がいるから大丈夫、とメイナードたち護衛を下がらせていた代償はあまりにも大きかった。
これからのことを思うと気が重くなる。だが、憂鬱になる前にやらなければならないことがある。
とりあえずヘラの手を取り立ち上がると、小包を近くの騎士に渡した。
それから現状を確認する。テーブルを倒したことでカップが割れてしまったものの、人的被害はない。あとはローブの男が捕らえられるのを待つだけだ。
ドレスに付着した土をヘラに払ってもらいながら、衛士たちに連れていかれるカイリーを見送る。
そのさなか、再び甘い匂いが漂ってきた。
証拠のクッキーは持っていかれ、地面に散らばったクッキーはそこまで甘い匂いを発していない。いったいどこからだと辺りを見回す。
「これは……立て込んでいたようですね」
背後から声をかけられて勢いよく振り返る。
いかにも高貴とわかる青年が、彼と同世代の侍従や屈強そうな護衛たちを引きつれて私のすぐ側にいた。
年齢はランディ兄様と同じくらいで、とても優しそうな印象の青年だ。
紫を帯びた黒い髪は短く、無造作にアレンジされている。
端整な顔は穏やかな表情を湛え、こちらを見る瞳は紫色だ。けして淡いわけではないのに、キラキラ輝く紫の瞳は暖かく感じる。
青年は、私と目が合うとにこりと微笑んできた。
青年の登場に驚きつつも、表には出さずに微笑み返す。
「まあ、エーレンフルスの……。たった今、用が済みましたので問題ございません。改めてご挨拶させていただきますね。第三王女グロリアーナ・サンメドゥと申します。こちらには何かご用がおありでしたか?」
彼は次姉ミルドレッド――ミリー姉様の婚約者で、南西隣の国、エーレンフルスの第四王子だ。姉様とは三歳差で名前は確か……。
「名乗らずに失礼いたしました。ナハト・エーレンフルスです。本日は殿下の姉君とお茶をご一緒しまして、今は客室に戻る途中でした。ですが、あまりにも庭が素晴らしかったもので、我儘を言って散歩していたのです」
ミリー姉様は、今日庭園で婚約者とお茶をすると言っていた。しかし、なぜここにナハト王子がいるのだろう。
ナハト王子は少数の護衛しか連れてきていない。
お父様は万一のことを考えて、王子がサンメドゥに滞在中はこちらの護衛もつけるようにした。
その護衛に、今日は訓練場の近くには来ないよう口酸っぱく告げていた。それなのにここにいるとは……。ナハト王子は案外押しが強いようだ。
とはいえ、来てしまったものは仕方がない。カイリーからは自供を引きだせたので目的は果たしている。問題はないと気持ちを切り替えた。
「そういうことでしたか。それで殿下から甘い匂いが漂っていらしたのですね」
先ほどの甘い香りはナハト王子から発せられていた。ミリー姉様は甘いお茶が好きなので、その匂いが移ったのかもしれない。
「……甘い匂い? ……ああ、そうなんです。甘いものに目がなくて、ついつい食べすぎてしまって。お恥ずかしい限りです」
ナハト王子の言葉に合わせて、彼の側にいた侍従が持っていた包みをこちらに見せる。中は焼き菓子だ。クッキーよりも甘い香りが漂う。
一方、ナハト王子はお菓子好きだと知られたくなかったらしく、目を伏せてきまりが悪そうだ。
私よりも年上なのに、こうしている姿は可愛らしい。あとでミリー姉様に報告しておこう。
「ふふ、恥ずかしがる必要などございませんわ。甘いものが好きなことに性別や年齢など関係ございませんもの」
ミリー姉様のお茶の匂いかと思っていたが、実際はナハト王子のお菓子好きという理由だった。
別におかしなことではないし、疚しいことは何もない。お菓子が好きなら堂々としていればいい。
「そう言っていただけるとありがたいです。……それでは、もう少しこちらの庭園を回ってきますね。お話しができて光栄でした」
「こちらこそ。どうぞ楽しんでいってくださいませ」
ナハト王子が軽く会釈をし、来た道を戻っていく。
その姿を見送ったあと、周囲に気づかれないほどの小さなため息をついた。
「疲れたわ。部屋に戻ります。騎士隊長、あとのことは兄様……ウィル兄様に報告してください」
騎士隊長に指示を出し、くるりと向きを変える。その際に、すぐ側にいるイライアスと目が合った。
お茶会の間、彼は離れた場所にいたはずだ。いつの間に近くに来ていたのか。目の前のことに必死すぎて、イライアスの存在を頭の外に追いやっていたようだ。なんてもったいない。
心の中で激しく後悔しつつも、気取られないようすぐに視線を逸らす。
でも、やはり気になってちらっと目を向ける。
イライアスはまだこちらを見ていた。その表情はなんだかつらそうだ。私を軽蔑しているのかとも思ったが、あの顔はたぶん違う。
いったいどんな心境なのか。イライアスの気持ちを知りたいとは思う。
だが、そこまで親しくないのに、面と向かって訊くのは憚られる。
いつか訊けるだろうか。そう淡い期待を抱いていると、側にいたヘラに声をかけられた。
「姫様、いかがなさいましたか?」
「……いいえ、なんでもないわ。行きましょう」
ゆるゆると首を振り、歩きだす。
後ろからの視線を感じていたけれど、振り返ることはしなかった。




