見劣り姫と家族
翌朝、いつものようにリビングルームで食後のお茶を楽しむ。家族全員の前だけれど、隠す必要はないのでその場で話をきりだした。
「お父様、お話がございます」
「あらたまってどうしたんだい、リア?」
お父様が綺麗な青色の目をこちらに向けて問うてくる。
同時に首を傾げたため、一つに束ねた、私と同じ金色の髪が重力に従ってさらりと動く。
その光景を目にして、私の髪はお父様と違って癖があるから、ふわふわと揺れるわね。と、わりとどうでもいいことを考え、でもすぐに気を引き締めた。
「調べたいことがあるのです。ただ私的なことですので、暗部の者には頼めません。それならいっそ自分で調べればいいと思いまして、暗部の者に技術を教わりたいのです。どうかお父様の許可をいただけませんか?」
本気なのだと、お父様の目を見てはっきりと告げる。同じ青がしっかりと互いを捉え、逸れることはない。
「ごく一部だけが知る、隠された技術を駆使するリア。なんて神秘的なのかしら。ねえ、お父様。よろしいのでは?」
しばし続いていたにらめっこは、横から声をかけられたことで終わりを迎えた。
どちらからともなく声の主に視線を向ける。声の主は上の姉だ。
姉の現実離れした美しい顔はお母様と瓜二つ。金色のふわふわした髪は、上半分だけ複雑に結わえられている。その華やかな見た目は、朝から目の保養と言っても過言ではない。それが、ヘンリエッタ――エッタ姉様だ。
エッタ姉様は黄色みがかった緑色の瞳をキラキラとさせて、前のめり気味にお父様に迫っている。お父様は苦笑いだ。
「父上、人払いをした王女宮なら問題ないのではないですか? それでも悩むようでしたら、ほかにも条件を付ければよいかと」
私の望みをあと押ししてくれたのは、長兄のウィルバート――ウィル兄様。王太子の肩書もあるためか、エッタ姉様よりも現実的な意見だ。
そんな兄様は、お父様にものすごく似ている。癖がない金色の短い髪に、端整な顔立ち、瞳の色も一緒で、お父様を若くしたらこのような姿だと容易に想像できる。
ただし容貌の話題は禁句だ。ウィル兄様は、妹のエッタ姉様よりも若く見えることをかなり気にしている。
「ふむ。ちなみにリアは何を調べたいんだい?」
「え?」
ウィル兄様のことを考えていたらお父様に話を振られた。想定していた質問だけれども、できれば訊かないでほしかった。……だって、ねえ?
暗部の技術を教わるのだから、素直に答えた方がいいとわかっている。
でも、レイリー卿を上から下まで徹底的に調べたい、なんて言えるわけがない。平たく言わなくても変態行……奇行だもの。たとえそれが、百パーセント純粋な恋心からくる想いであったとしても、他者から見れば間違いなく邪念に違いない。だから言えない。
とってもいい笑顔を作り、『訊かないで』という思いをぎゅっと詰めてお父様を見つめる。その間、数秒。すぐにエッタ姉様からの援護が入った。
「いやだわ、お父様。乙女の秘密を暴くのは美しくないですわよ」
「いや、しかしだね……」
「あなた、子供たちの可能性を潰してはだめですよ。それとも、リアが悪用するとでも思っているのですか?」
にこやかな顔でお父様に注意をしたのは、王妃であるお母様だ。
ウィル兄様が二十二歳だから、ある程度の歳なのだけれど、年齢を感じさせないくらい若くて美しい。まあ、要するに娘の私から見ても年齢不詳の女性だ。
ふわふわとしたハニーブロンドと、黄みがかった緑の瞳は温かい印象を与えるし、実際性格も明るい。ただ、やられたら倍返しの思考がある時点で、温和ではないとわかるけれど。
「そ、そんなことはない。だがね、暗部は秘匿された機関だから扱いが繊細なんだよ。わかるだろう? あ、みんなそんな目で見ないで。……い、いくつか条件を出せば大丈夫かな!?」
「はい。ありがとうございます! お父様、大好き!」
両手をさっと合わせて、右頬の脇に持っていく。いわゆるおねだりポーズだ。完全に出遅れたポーズだけれど、お父様が嬉しそうにデレっとした顔をしているから問題ない。
お母様はお父様を軽く肘でつつきながらも、よかったわね、と私に笑いかけてくれる。
ウィル兄様とエッタ姉様も同じだ。下の兄と姉も見守るような優しい笑みを満面に湛えている。
うちの家族はいつもそう。とても仲が良いし、相手の意見を否定したりしない。
何か問題がある時は、相手を立てながらデメリットを説いてくる。
それでも、極力やりたいことをさせてくれるのだ。だから今の私がいる。ありがたいしみんな大好きだわ。
だんらんの時間も終わり、護衛を連れて自室に戻る。
小鳥をかたどった可愛らしい呼び鈴を鳴らすと、澄んだ鈴の音のあとにヘラとメイナードがやってきた。
「姫様おかえりなさいませ。いかがでしたか?」
許可はもらえたのかと心配そうに見てくる二人に、にっこり笑って見せる。
それだけで結果はわかるけれど、ほかにもいろいろ伝えたい。
「お母様やウィル兄様たちの援護があったから、思ったよりもすんなりと許可をいただけたわ。でもね、条件があるの」
お父様から出された条件は、『人目に触れない場所で習うこと』『及第点になるまでは実践しないこと』『暗部の存在を人に話してはならないこと』『暗部の者の指示に従うこと』『他人に迷惑をかけないこと』『怪我に注意すること』。
専属護衛など例外はあるものの、暗部はごく一部の者だけが知る機関だから、条件は秘匿することに関してのものが多かった。
ヘラたちにも条件を知ってもらい、すぐに学べるよう準備を進めてもらう。
メイナードは自分以外の護衛を下げ、ヘラの指示で王女宮の周りを暗部の者たちで固める。
自室の机に向かって座っていると、いつの間にか現れた暗部のフィスが、私の側ですっと跪いた。
「待っていたわ。約束どおり教えてくれるわね?」
「はい。お約束をいたしましたゆえ、殿下に我ら暗部の諜報技術、『調べるための技』をお教えいたします」
「……なんて?」
聞き間違いだろうか。とてつもなくよろしくない名称だった気がする。
私の動揺をよそに、再びフィスがその名を口にした。
「暗部の諜報技術、『調べるための技』をお教えいたします、と申し上げましたが?」
「……『調べるための技』?」
「さようにございます」
頬が激しく引きつる。
もっといい名はつけられなかったのだろうか? 思いきり問い詰めたいけれど、それよりももっと先にすべき課題がある。名称を変える、という重要な課題だ。
私が教えを乞う間、必ずその名を口にする。何度も、何十回も。そうしたらどうなるか。決まっている。私の心が絶対に病む。レイリー卿のことを知りたいという強い思いがあっても、それとこれとは別のものだ。早急に変えなくてはならない。
習う前の私でさえ憂えがあるのに、暗部の者たちはその名でよくやってきたものだわ、とヘラとフィスを見る。あ、目が死んでいる……。
「あなたたち、これからもその名でやっていけるの?」
「……」
ヘラとフィスが沈黙する。答えを言っているようなものだ。
「私はね、少し長いと思うの。もっと短くして『調技』、とするのはどうかしら? ……だめ?」
私が提案した瞬間、二人の目が輝いた。やはり変えたかったのだろう。これで私も抵抗なく覚えられそうだわ。
一人満足していると、あちこちから拍手の音が聞こえてきた。メイナードが驚いたような顔で辺りを見回す。つられて私も見回すが、どこにも人の姿は見えない。
……前から思っていたけれど、暗部の人たちって神出鬼没なのよね。どこに隠れているのか、気づいたらそこにいるのだから不思議。でもどこか憎めないのよね。
結局、私の提案は笑顔の二人に受け入れられた。
フィスが「今から変更いたします!」と嬉しそうに部屋を出ていきそうだったので、慌てて引き留めた。教えてもらう前に立ち去られるところだったわ。




