見劣り姫は憧れの騎士のことが知りたい
いまだ歓声と黄色い声が続いている。
さらに、メイナードとヘラが盾になったことで、私の魂の叫びは他人に聞かれることはなかった。扇子で口元を隠していたのも一因として大きい。
もしこれが外だったら、木に止まっている鳥がいっせいに飛び立っていただろう。そのくらい、私の叫びは力強かった。
恋の力とはすごいものだ。眠っていた力が呼び起こされた気分だわ。
「もう、なんなのかしらあの笑み! 心臓が止まるかと思ったわ。かっこよすぎる!! 素敵!」
姿を思い浮かべるだけで、胸がドキドキする。
髪は青みがかった銀色だ。まっすぐ胸元まで伸びており、後ろで一つに束ねて前に流している。
遠く離れているから断定はできないが、目の色は青みが強い緑だろうか。青々とした輝きが美しい。
わずかな狂いもないほどに整った顔は、神秘という言葉がぴったりだ。少し近寄りがたさもあるが、笑った顔はとてつもなく心臓に悪かった。
体格はメイナードのようながっしりしたものではない。だが、筋肉はほどよくついていて、背がちょっと高いと思う。歳は二十過ぎくらい。
どれだけ控えめに言っても神。全身が光っているようで、本当にかっこいい。
覚えた語彙が吹き飛ぶくらい興奮しているのはわかっている。
だが、思いの丈を叫んで記憶をたどっていたことで、気持ちがだいぶ落ち着いた。王女としてのなけなしの矜持も役に立ったと思われる。
その後もマナー授業で出された課題を危うげなくこなし、自室に戻った。
そのままソファーに背中から倒れ込む。頭に浮かぶのは先ほどの笑みだ。
「はあ、素敵。あの顔で『殿下はなんて素晴らしいのだろうか。突出したものはありませんが、劣っているものもありません』とか言われたいわ」
一人称はおろか、口調も、まして声すらも知らない。けれど私の妄想力は逞しく、過不足なくいい具合に補完してくれる。あの青銀の兵士は、現実も想像上もとてもかっこいい。
「さようですか……」
壁際に立っているヘラ目が光を失っていた。
彼女の目はちょくちょく光が失せるため、気にせずに話を続ける。
「『姉君には劣りますが、それでも十分愛らしいです』なんていうのもいいわよね!」
「妄想甚だしいですが、ご自身の評価だけはやけにお厳しいのですね」
呆れ気味のヘラに、笑顔で答える。
「もちろんよ! 王族たるもの、自分を俯瞰し、律しなければいけないわ。暴君は絶対にだめよ。あの方に恥じない自分でありたいわ。……あら? そういえば、あの方のお名前はなんていうのかしら?」
今さらだけれど、青銀の兵士のことを何一つ知らないと気づいた。のぼせてしまってすっかり抜け落ちていたわ。
「イライアス・レイリーですよ。彼は騎士隊に所属しています」
ヘラの脇で、我関せずといった様子で佇んでいたメイナードが教えてくれた。彫刻みたいになっていたからすっかり存在を忘れていたわ……。
「レイリー、というと公爵家の?」
「はい。次男だそうで、王太子殿下と同じく二十二歳だそうです。家族構成は父公爵に母である夫人、跡継ぎの兄と衛士の弟ですね。前公爵夫妻は領地にいるようです」
私の質問に答えたのはヘラだ。彼女の情報力に舌を巻く。
「まあ、すごいわ、ヘラ。なんでも知っているのね。ありがとう」
「とんでもないことでございます。このくらいなら姫様にも簡単に探れますよ。ほかにも、学業は優良、まじめで努力家。脇目も振らずに剣の腕を磨いていた、などの証言もありますね」
「レイリー卿は素晴らしい才覚をお持ちなのね。騎士なのもうなずけるわ」
軍に入隊後は誰しもが見習いで、衛士を経て、騎士になる。騎士になるには難しい試験を突破しなければならない。筆記に加えて実技で馬を完璧に乗りこなさなくてはならず、受かる者は年にごくわずか。でも、受かれば騎士爵を得られる。だから衛士たちは騎士を目指して日々頑張っているそうだ(騎士隊長談)。
ただ、一つ疑問が残る。
「レイリー卿は今も懸命に鍛錬に励んでいらっしゃるのよね。なぜかしら?」
もう騎士になれたのだ。衛士たちみたいに鍛錬に明け暮れる必要はない気がする。違うのだろうか?
「確かな情報とは言いがたいのですが、どなたかの護衛に就きたいとか……」
信ぴょう性が低いみたいで、ヘラは少し自信なさげだ。
「なるほど。護衛騎士になるなら、衛士たちに交ざって鍛錬を続けるのもわかります。私もそうでしたから」
「メイナードも? 護衛騎士になるのも大変なのね。そこまでしていったい誰の護衛に就きたいのかしら。護衛ということはうちの家族よね。気になるわ」
「私どもの方で詳しく調査いたしましょうか?」
気を利かせてくれたのかヘラが言う。飛びつきたくなるくらい魅力的な言葉だ。
けれど、それはだめだと思いとどまる。ヘラが調べてくれるなら確実な情報が得られるだろう。でもヘラが調べるということは、『彼ら』を私的に動かすということ。
嬉しい提案だが、小さく頭を振る。
「いいえ。私的なことであなたたちを動かしてはいけないわ」
「でしたら侍女として私だけで調べるというのはいかがでしょう? なんでしたらマクシェーン卿もお付けしますが」
「私ですか?」
メイナードがぎょっとした顔でヘラを見る。冗談だろ? と言わんばかりの顔だ。
私からすれば面白い話だと思うが、護衛が本分のメイナードを巻き込むのは違う。ほかの侍女やメイドを巻き込むのもそうだ。自分のことなのだから、自分で調べるのが筋というもの。
それに、私よりも先に他人が彼のことを知るのは、なんだかいやだと思ってしまった。好きだから私だけが知っていたい。
「ふふ。気持ちだけ受け取るわ。メイナードに酷だもの」
そうは言ってみたものの、本当はレイリー卿のことをもっと知りたい。弱みを握って恋人になってもらう、とかではなくて、ただただ純粋に、心から彼のことが知りたいのだ。知ったらもっと彼との接点も持てそうな気がするしね。
ただ、自分で調べられるか、と言われたらうなずくのは難しい。私にはヘラたちのような技術がないから……。
そこまで考えて、ふと思いつく。
「あ、そうだわ! ヘラ、あなたたちの持つ技術を、私に教えてちょうだい!」
「え、と……ですがそれは……」
珍しく言い淀むヘラを無視して、部屋のあちこちを見ながら声をかける。
「フィス! フィスはいない?」
「……御前に」
気がつけば目の前に白髪交じりの中年男性がいた。痩身で、猜疑心が強そうな印象だ。
「話は聞いていたわね? あなたたちの諜報技術を私に教えてちょうだい!」
右手のひらを天に向け、フィスの方に勢いよく差し出す。
私の命令に忠実に動いてくれる彼だ。今回も教えてくれる……かと思いきや、現実は甘くなかった。
「申し訳ございません。お教えするには、陛下のご許可をいただく必要がございます」
すげなく断られてしまった。でもめげない。理由はわかっているもの。
彼らは『暗部』と呼ばれる影の集団。主の命を受けて秘密裏に情報を集めたり、敵をかく乱、時には王族の護衛をしたりする。
実権は王であるお父様が握っており、第三王女である私に決定権はない。
そのうえ、お父様に『なるべく私的に使わないように』とも言われている。
だから今回の諜報技術を教わる願いは、ちょっと判断が難しい。これはお父様にお伺いを立てた方が無難だろう。
「わかったわ。お父様に訊いてみるわね。もし許可が出たら教えてくれる?」
「ええ、喜んでお教えいたします」
言質はとった。嫌だと言っても、絶対に教えてもらおう。




