表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢見る星のウタ  作者: TriLustre
第1章「見知らぬ世界の救世主」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/25

第25話「ヒゥヘイムからの依頼」

とある王国に 誰よりも優しい王様がいました

王様は 民を思い 国を思い 自然を愛していました

王様は誰よりも 国に愛されていました


国を訪れた吟遊詩人は

遠く離れた異国の地にも その幸せの詩を謡いました


しかし ある時

その詩を聞いた どこかの地の心無き王様は 兵たちに命令しました


「彼の地から幸せを奪え」


心無き王様の兵は まるで機械のように全てを奪っていきました

優しい王様は 最後まで戦いましたが 捕らえられてしまいました


そして 優しい王様は変わってしまいました


全てを奪われた恐怖から

優しい王様は 恐ろしい王様に変わってしまいました


全てを奪われないために

今度こそ 全てを守るために 王様は力を求めました


そして 王様は愛することを忘れたのです


力に溺れた王様は

民に 国に憎まれ 吊るされてしまいました


そして 深く 暗い世界におちていきました


民が愛するは王


国が愛するは王


王が愛するは全


彼の地 失われし心を持つ 夢の如く優しき国




「……うぅーん……。」

「マインさん、どうしたんだ?」


 鳥の鳴き声が室内にまで聞こえてくるほどに賑やかで、晒している肌に少しだけ冷たさを感じるほど澄み切った空気の室内にて——。

 傾いている陽さえ室内には差し込まないものの、どういった原理なのか理解し難い暖色の光を放つ石によって、マインの手元は支障無く照らされている。

 台所と居間を隔てるカウンター席に腰を掛け、書物を凝視しながら唸り声を上げるマインに、クレールは思わず声を掛ける。


「いやぁ……ヒゥヘイムさんから貰ったこの本に、何か手掛かりがねぇか見てたんだけどよ……」


 そう言ってマインが体を横に逸らすと、クレールは空いた脇から書物を覗き込む。


「ふむ……見るからに、変貌してしまった王を題材にした話のようだな。確か……レドさんがブラーヴシュヴァリエの歴史について語った際に、パクス・ディ・アールは王の暴走によって滅びたと言っていたな。」

「ああ。ブラーヴシュヴァリエの元になった騎士が、パクス・ディ・アールから生き残った民を引き連れて国を離れたって話だったよな。」

「今の話を踏まえて考えると……パクス・ディ・アールは一度、別の国から侵略を受けて……その結果、王様が力を求めた余りに変貌して、国が滅んでしまったみたいだね……。」


 マインとクレールが眉間に皺を寄せて思考を巡らせていると、横から2人の会話を聞きつけたエディーが話に加わる。

 マインが椅子の向きを変えて座り直すと、全員に見えるように本を広げて話を続ける。


「パクス・ディ・アールが滅んだ経緯はわかるんだけどよ、この童話の内容だけじゃ、歴史の細かい部分まで解き明かすのは難しいぜ。せいぜい、パクス・ディ・アールの幸せを妬んだ国に侵略されて、変わっちまった王様のせいで国が滅んじまったってことくらいだろ?」

「それは、まぁ……広く一般的に読まれているらしい童話だからな。童話の内容が真実だと仮定したとしても、表面上の経緯しか読み解けないだろう。」

「せめて、比較する他の童話とか資料があれば話は別なんだろうけど……今の俺達に、それを探してる余裕なんてあるのかなぁ……。」

「確かに……自分達の力で生き抜くと豪語したのはいいが……今の私達には、食糧を調達し、夜の寒さを耐え凌ぐ方法を模索するくらいしかできないだろう……。」


 マイン達は無意識の内に自身の腹部に手をやり、空腹を自覚する。


「うぅ……そうだ!俺達を遺跡に送り届けてくれた後に……ヴェスタさんが、植物や虫の詳細が書かれた本を持ってきてくれたんだった!俺達が遺跡に住むにあたって、害虫駆除とかのやり方の参考にして欲しいってことで持ってきてくれた本だけど……あれを見れば、食べられる木の実くらいは集められないかな……?」


 エディーが空いていた棚の上に置かれた本に目線を送るも、クレールは気落ちした声でエディーの提案を一蹴する。


「いや……一時的に木の実などで空腹を凌げるかもしれないが、それでは長期的に考えてジリ貧に陥るのが目に見えているし、それだけで1日の大半の時間を費やすわけにはいかないだろう。木の実だけでは栄養失調にも繋がり、最悪の場合は飢え死にすることになる。せめて……木の実以外で摂れる栄養素の目途と飲み水を確保しなければな……。」

「それじゃあ……湖があるし、竿を作って魚を釣るとか……?」

「釣りなら、日向の付き添いでしたことがあるし、試してみても良いぜ。ただ……その釣竿と餌をどうするかって話なんだけどな……。」

「うぐぅ……私達がまず真っ先にやるべきことは……衣食住を安定させることなのかもしれないな……。」


 3人が頭を悩ませて唸り声を重ね合わせていると、不意に玄関口から男性の声が響き、マイン達は玄関へと視線を向ける。

 玄関先では既に改修工事が進んでおり、木材を加工する音と共に、作業を行っていた男性の1人がマイン達に声を掛ける。


「おーい、お客さんが来てるぞ!」

「あっ……すぐ行きます!」


 咄嗟にエディーが男性の声に反応し、マイン達は全員で玄関へと赴く。

 玄関は改修工事のために取り外された状態であり、マイン達は枠組みだけ残っていた玄関を潜り抜けて訪問客を出迎える。


「やぁ、君達!昨夜はよく眠れたかい?」

「外出する用事ついでに、貴方達の様子を見に来ました。」

「あっ、レドさん!ヴェスタさん!」

「おはようございます。」


 マイン達を訪ねてきたのは、大きな麻袋を持ったレドと、武器を携えているヴェスタだった。

 レドが片手を挙げて会釈をすると、マインは驚きの声を漏らし、クレールは頭を下げて挨拶を交わした。


「幸いにも、ヴェスタさんが地下住居に残されていた毛布の点検と清掃を行って下さっていたお陰で、よく眠ることができましたし、就寝の際に凍える心配もありませんでした。」

「そうでしたか……何事も無く休めたのであれば幸いです。」

「しかし……やはり経年劣化は避けられないようですので、ベッドフレームなどの一部の家具は新調しなければなりませんね。」

「そうでしょうね……。急を要する問題では無いと思いますが、居住区内の各所と同様に、少しずつ改修と新調を行うべきでしょう。……それで、現時点で不明な点などはありますか?」


 ヴェスタがさり気なくマイン達に問い掛けると、マインは明るい笑顔で言葉を返す。


「今はこれと言って不明な点とかはねぇんだけど……その内、3人で個別の部屋を作ろうって話にはなってるぜ。」

「ほう?それはまたどうしてだい?」


 レドが興味津々な様子で会話に加わると、マインはレドに視線を移して話を続ける。


「ほら……今は3人で同じ部屋を使って休んでるんだけどよ……書斎の隣に、大きさが似てる部屋が3つ並んでて、各々の個人部屋にするのにすげぇ良さそうだったんだ。お互いの顔が見えねぇ時間ができちまうのは、正直なところ……不安に思う気持ちもあるんだけどよ……こういう時だからこそ、1人で物思いに耽ったり……落ち着くための部屋が必要だなって思ったんだ。それで、3人で話し合って、個人部屋を作ろうってことになったんだぜ。」


 マインが経緯を説明すると、ヴェスタは納得したように頷く。


「なるほど……確かに、お互いの位置が把握し切れない部分も出てきてしまうかもしれませんが……それは、1日の生活規則を作ったり、どこへ行くかなどの報連相を徹底すれば、さほど大きな問題にはならないでしょう。お互いに窮屈だと不満を抱かないためにも、1人になる時間は大切だと思いますね。」

「だろ?いくら俺達の仲が良いからって、こんな長期的に同居生活を始める必要があるなんて思わなかったんだぜ?だから……いくら仲が良くても、お互いの時間を大切にしようって結論に至ったんだ。勿論、1人で解決できねぇ悩みは相談するっていう前提でな!」

「ああ。同居生活を始めるからには、お互いに尊寿すべき規則を設けようと考えています。私達が無事に……全員で元の世界に戻るためにも、わだかまりを生むわけにはいきませんからね。『親しき中にも礼儀あり』、ということです。」

「普段から仲の良い君達だからこそ、そうやって最初から話し合うことが出来たのだろうね。お互いの気持ちに寄り添えている君達なら、この先もきっと大丈夫さ。」


 レドが心の底から安堵した様子でにこやかに笑うと、不意にエディーが首を傾げて2人の訪問者に声を掛ける。


「……それで、レドさんとヴェスタさんは、どうして俺達の所を訪ねて来たんだ?もしかして、俺達……何か忘れ物でもしてたのかな……?」


 エディーが話を切り出すと、レドは肩に掛けていた麻袋を下ろしてマイン達に差し出す。


「あぁ、そうそう!忘れちゃいけない届け物があったのさ!良かったら、中身を見てくれるかい?」

「……?……これは……!レドさん!こんなに頂けません!まだ……この世界の貨幣を少しも得ていないと言うのに……」


 マイン達が協力して麻袋の中身を取り出し、包装紙代わりに巻かれていたいくつかの大きな葉っぱを捲ると——そこには、狩りの成果と思しき獣肉が収められていた。

 失礼を承知で贈り物を突き返そうとしたマイン達だったが、レドは受け取る気を微塵も感じさせず、飄々とした態度でウィンクしてみせる。


「いやいや、君達もいきなり3人分の食糧がどうにかなるとは思っていないんだろう?だったら、昨日の俺が言った通りに、狩りのお裾分けを受け取ってくれ。」

「ちなみに、俺も家から野菜を少し持参してきました。どの道、1人では食べ切れる量ではありませんし……フロワドゥヴィルに売買しに行く手間も省けるので、どうか貰って下さい。」

「そんな……俺達、あんなに厚意に甘えるわけにはいかないって言ったのに……。それに、フロワドゥヴィルに売買しに行ってたなら、収入源でもあるんじゃ……?」


 エディーが申し訳なさそうに眉を下げて問い掛けると、ヴェスタは真顔のままエディーからの質問に答える。


「ええ、勿論。ですが……俺の本業は墓守で、農家では無いんです。正直に申し上げると……俺の家はフロワドゥヴィルから少し離れた場所にありますので、野菜を売るために街まで行くのが億劫なんです。売買交渉も苦手ですし、収入は墓守として街から支給されている額で事足りています。なので、一々売りに行く必要も無いんです。ただ……1人では食べ切れない野菜が勿体なくて売りに行っているだけですので、貴方達が貰ってくれるのなら、こちらとしてもありがたいんです。それに……貴方達はまだ、この世界の貨幣を持っていないじゃないですか。いくら貴方達が自力で生活すると決断していたとしても……その事実を知っているというのに、急に放り出して何も支援しないわけにはいきませんよ。」


「そうそう、まずは君達が満足に食べられていることが重要であり、今は何より優先すべきことなんだ。俺も自分の食糧を狩りで手に入れて、それを物々交換したりしてるんだが……害獣駆除の依頼料で、生活自体はしていけるのさ。何てったって、武具の手入れと食べること以外に使い道が無い独身だからね!俺の所で余らせておくより、君達の役に立てた方がよっぽど嬉しいのさ。君達が厚意に甘えることを謙遜する気持ちは分かるから、もし……君達の生活に余裕が出来て、金銭も得られるようになったら……正式に取引開始といこうじゃないか。それまでは、君達の世話を焼かせてくれ。」


 ヴェスタは脇に下ろしていた野菜入りの箱を持ち上げ、マイン達の前に差し出す。

 最初の内はマイン達も酷く躊躇っていたものの、エディーが鳴らした腹の音に観念し、マイン達は2人からの贈り物を受け取ることに決めたのだった。

 マイン達の胸の内は温かさと罪悪感で圧し潰されそうだったが、しっかりと顔を上げて2人に感謝の言葉を伝える。


「ありがとな……2人とも。実は……マジで腹が減って仕方が無かったんだよな……。」

「うん……必ず、2人に恩返しできるように頑張るから……。」

「困った時はお互い様さ!これから先も、どうしても食糧にあり付けない時には……遠慮せず、俺の所においで。飛びきり美味しい料理を御馳走するか、食糧を分けてあげるからさ!」

「くぅ……本当に、ヒゥヘイムさんやレドさん……ヴェスタさんには世話になりっぱなしで、3人はなんて寛大な人達なんだ……。これは早急に食い扶持を……仕事を探さなければならないな……。」


 瞼を閉じ、悩ましそうに俯いて独り言を呟くクレールの姿を見つめ、ヴェスタはマイン達にとある提案を持ち掛ける。


「そうですね……貴方達には、今すぐにでも貨幣を得るための方法が必要でしょう。そこで、提案なのですが……ヒゥヘイムに相談してみては如何ですか?」

「え?ヒゥヘイムさんに?もしかして……フロワドゥヴィルの中で仕事を貰うとかか……?」


 マインが首を傾げてヴェスタに問い掛けると、ヴェスタは首を左右に振ってから質問に答える。


「いえ、今のフロワドゥヴィルでは仕事にあり付けないでしょう。街の人々は悲しみに暮れていますし、復興のことで頭がいっぱいかと思います。」

「そ……それもそうだよな……。俺としたことが……今のは失言だったよな……。」

「そこまで神経質になる必要はありません。近い内に、復興に着手するための人手が必要になるでしょうし、その際には是非復興に手を貸して頂ければと思います。今回、俺がヒゥヘイムに相談するように進言したのには、きちんとした理由があります。」


 ヴェスタは一度そこで言葉を区切ると、マイン達が口を閉ざして話に耳を傾けている様子を確認し、再び口を開く。


「実は……ヒゥヘイムは近頃、交友関係にある隣町を訪問する予定だったんです。しかし、黒い亀裂による襲撃によって予定は頓挫し、今も尚……街中で起こる問題や混乱の対応に追われている身です。今のフロワドゥヴィルの状況からして、ヒゥヘイムが街を離れることは出来ませんし……兵士達も皆、生ける屍の残党への警戒と、街の混乱の鎮静化で手が離せない状況です。故に、隣町への訪問と報告が遅れてしまっているのが現状なんです。なので……貴方達が最初に請け負う仕事として、ヒゥヘイムから『隣町に書簡を届ける』という仕事を受けてみては如何でしょうか?……勿論、提案したからには俺も付いていきますし、いきなり貴方達を土地勘の無い場所に放り出すわけではありませんので、ご心配なく。」


 ヴェスタが仕事の話を切り出すと、マイン達は驚いた表情を浮かべ、疑問を口にする。


「そっか……ヒゥヘイムさんの今の状況だと、外に出れないのも頷けるよな。でも……いきなり街の住人でも無い、見ず知らずの俺達が訪問しても、相手側は信じてくれるのか?最悪の場合、信じて貰えずに……交友関係に溝を生み出し兼ねないんじゃ……。」

「その点に関しては、問題無いと思います。ヒゥヘイムが正式に書簡を作り、街の住民の1人である俺が同行すれば、疑う余地は無くなりますので。」

「それでも……今、大変な状況に陥ってるヒゥヘイムさんからお金を貰うために仕事をするなんて……何というか、気が引けるというか……。」


 エディーがしどろもどろに言葉を紡ぐと、ヴェスタは思わずマイン達を軽く叱咤する。


「何を言っているんですか?今の貴方達には、仕事を得るための実績が必要なんです。」

「それは勿論、わかってるけど……そんな大事な書簡を、俺達が預かっても良いのかなって……」

「問題があるようでしたら、そもそもこんな話はしないんですよ。今の貴方達は、実績も素性もわからない……無名も同然な放浪者なんです。早急に仕事を得るためにも……フロワドゥヴィルの領主からの仕事を請け負い、成功させたという実績が必要です。この依頼を成功させれば……貴方達の実力や評価の基準が作られますし、より強固になったフロワドゥヴィルとの信頼関係が貴方達を助けてくれるはずです。」


 ヴェスタがエディーに視線を向けると、エディーは思わず目を丸くし、口を噤んでヴェスタの顔を見つめ返す。


「無論、貴方達が黒い亀裂からフロワドゥヴィルを救ったという実績は素晴らしいものですが……その実績と、エディーの異能は切り離せないものです。貴方達には、エディーの異能を周囲に曝け出すつもりが無いのでしょう?」

「それは当然のことだぜ!」

「ああ、エディーさんの異能を暴露した日には……私達は、エディーさんに『友』として顔向けできなくなる上に、必要以上にエディーさんの身を危険に晒してしまう。」

「貴方達のその判断に間違いはありません。故にこそ、今の貴方達には公にできる実績が無いも同然なんです。ヒゥヘイムから仕事を受けることに抵抗がある気持ちも理解できないわけではありませんが……悪いことは言いません、ここは割り切ってヒゥヘイムからの仕事を受けるべきです。」

「俺からも頼むよ。ここ最近、ヒュムは色んな仕事に追われて手一杯の状態なんだ。俺も、ヒュムの仕事を手伝ってやりたいんだが……俺には、政治に関する事とかの難しい内容は理解できなくてね……。それに、襲撃の際に荒れ果てた畑を元に戻す手伝いをしたり、食いっぱぐれてる住民達のために食糧を調達しなければならなくて、あまり遠出は出来ないんだ。どうか、君達の力を貸してくれると嬉しいよ。」


 レドとヴェスタから必死に説得されると、マイン達はお互いに顔を見合わせて相談を始める。


「これは……良い方向に捉えるなら、ヒゥヘイムさん達に恩を返すチャンスじゃねぇか?」

「ふむ……お互いに利があり、ヴェスタさんの指摘にも一理ある。今の私達には……仕事を請け負うための最低限の実績すら無く、1から信頼を積み上げるのは茨の道だ。ましてや、私達は素性も分からない放浪者——悪く言えば、どこの馬の骨かもわからない余所者だろう。アニメや漫画の話に当て嵌めるのであれば……所謂、『無名の冒険者』なのだから、最初の依頼が肝心だということだろう。」

「俺達が仕事を受けるための信頼と実績を重ねるためにも……ヒゥヘイムさんの苦労を減らして、少しでも恩返しするためにも……ヴェスタさんの提案を受けた方が良いってことだよね……?」

「ああ。そして……外の世界を旅することは、私達が帰るための方法を探す第一歩にも繋がる。」

「よし……ここで考え込んでても仕方がねぇし、ここはいっちょ……ヴェスタさんの提案に乗るとすっか!悩んで立ち止まるより、一歩ずつ前に、だ!」


 マインは気合を入れるかのように拳と掌を合わせ、全員でヴェスタ達に向き直る。


「どうやら、結論が出たみたいですね。」

「おうよ。ヴェスタさん達の提案を呑んで、ヒゥヘイムさんから依頼を引き受けることにするぜ!」

「それは良かった!きっと、ヒュムも君達の助けを借りられることに安心するはずさ。そうと決まれば早速、フロワドゥヴィルに戻って……」


 レドがそう言った、次の瞬間——エディーの腹部から再び唸り声が響き、エディーは腹部を抑えて気恥ずかしそうに困った顔を見せる。


「あはは……そういえば、お腹空いてるんだった……。」

「おっと、俺としたことが……急ぐ余り、君達が空腹だということを忘れてしまっていたようだね。折角、肉と野菜が揃っているし……まずは君達の腹ごしらえからだ!」

「はい、お言葉に甘えて、そうさせて頂きます。『腹が減っては戦はできぬ』と言いますし、ここはしっかりと英気を養い、依頼に備えることにします。」

「じゃあ、俺は火を熾せるように枯れ枝を集めてくるよ!」

「あっ、お前だけで行かせるわけにはいかねぇだろ?俺も一緒に行くから、少し待てって!」


 余程空腹なのか、エディーは張り切った様子で枯れ枝を集めに飛び出して行き、マインも後から走って付いて行く。

 「やれやれ、元気な2人だ……。」と、クレールは半ば呆れ気味に肩をすくめ、レドとヴェスタと共に食材の調理に取り掛かる。

 決して、様々な調味料や豊富な食材を用意した食事では無かったものの、獲れたての獣肉から溢れる肉汁や、新鮮な野菜の甘味と歯応えが感じられる料理を深く噛み締め、満足のいく食事を平らげる。

 マイン達の空腹が満たされると、一行は王国の遺跡から立ち、フロワドゥヴィルの関所を潜り抜けて領主邸へと真っ直ぐに向かう。

 領主邸に辿り着くと、マインが代表して扉をノックし、中からヒゥヘイムが姿を現して驚いた表情を見せる。


「おや……皆様、お揃いで……本日はどうかなさいましたか?」


 心なしか、ヒゥヘイムの顔からは疲労感が漂っており、マイン達は思わずヒゥヘイムの体調を気に掛ける。


「あの……ヒゥヘイムさん、大丈夫か?」

「お体に不調をきたしているのでは……?」

「あっ、いえ……申し訳ありません。お客様の前で見せるべき表情ではありませんでしたね。どうかお気になさらないで下さい。」

「そうはいきません。私達は、ヒゥヘイムさんのお役に立てればと思い、訪問した次第です。」

「はて……?私のお役に立つとは、一体どのような要件でしょうか?詳しい話をお聞かせ願えますか?」


 ヒゥヘイムはクレール達の言葉に首を傾げ、頭に疑問を浮かべている様子だった。

 マイン達の代わりに、ヴェスタが一歩前に歩み出ると、そのままヒゥヘイムに経緯を説明する。


「実は……ヒゥヘイムの方から、彼らに最初の仕事を与えてやって欲しいんです。」

「最初の仕事……と、言いますと?」

「領主様。隣町への書簡の件、誰に届けさせるかでずっと悩んでいただろう?マイン君達に任せてみるのはどうだい?」

「えぇっ!?あの書簡を……マインさん達に届けさせると言うのですか!?マインさん達はフロワドゥヴィルの住民では無い上に、大事なお客様なのですよ!?」


 ようやく状況を理解した様子で、ヒゥヘイムは思わず驚きの声を上げる。


「客人に正式な書簡を届けさせるなんて……領主として、あってはならないことです!その点に関して、お2人が考慮しなかったわけではないでしょう?一体全体、どういった経緯でそのような話に発展したのですか?宜しければ、より詳細な話をお聞かせ下さい。」

「ええ。ヒゥヘイムが動揺する理由も分かりますし、俺自身としても……少々強引なやり方だと自覚してはいます。ですが……彼等が今後、仕事を引き受けて生活していくために、早急に実績を作る必要があると判断したんです。」

「フロワドゥヴィルの領主様から、直々に依頼を引き受けて成功させたとなれば……マイン君達の評価も鰻登りで、実績として申し分ないものになるだろう?」


「え、ええ……まぁ……確かに、理屈は理解できるのですが……本当に、皆様を隣町まで派遣しても宜しいのでしょうか……?マインさん達にとっても、唐突なお話でしたでしょうに……。決して、お2人が忘れているとは思っておりませんが……マインさん達は、この世界に来てまだ日が浅いのです。加えて、戦闘経験もゼロに等しかった上に、所謂『冒険者』としての仕事も今回が初めてなのでしょう?慣れない仕事をお任せした挙句に……皆様が土地勘の無い場所に放り出されて、魔物や生ける屍に襲われたとなれば……私は、領主としても、人としてもマインさん達や隣町の方々に顔向けできなくなります……。」


 この世界では、『冒険者』としての仕事が確立されているのか——と、クレールは若干冗談のつもりで冒険者稼業について言及していたものの、実在していると知って目を丸くする。

 ヒゥヘイムが心配そうな目付きでマイン達の顔を順繰りに見つめていると、ヴェスタは更に言葉を重ねて説得を続ける。


「ヒゥヘイムが、マイン達の身を案じる気持ちもわかります。ですが……彼等がフロワドゥヴィルを救ったという実績は公にできないという事情も理解しているはずです。」

「ええ、それは勿論です。エディーさんの異能が多くの方に知られてしまったら……それこそ、世界規模の混乱を招きかねません。それだけ、エディーさんが持つ異能は特殊で、『異質』なのです。あの黒い亀裂を退けるほどの力なのですから、公表を避けなければならないのは無理もありません……。」


 ヴェスタとヒゥヘイムが議論を繰り広げている傍らで、エディーは視線を落とし、口を噤んでしまう。


「ヒゥヘイムが今言った通り、彼等を守るためにも、異能に関しての情報は伏せておくべきです。よって、彼等には実績が無いということになります。唐突に他所の世界に放り出された彼等が生活していくためにも、別の実績が早急に必要なんです。なので、一度は考えてみてはくれませんか?」

「領主様、親友である俺からも頼ませてくれ。何も、マイン君達だけで送り出そうってわけじゃないんだ。」


 レドが再び加勢してヴェスタの顔に視線を移すと、ヒゥヘイムは何か思い出した様子で声を漏らす。


「と、言うと……もしや、地下遺跡へ治療薬の材料を取りに行った時と同じように、ヴェスタが同行するということですか……?」


「ええ、提案者であるからには、俺が彼等に付いていきますので安心して下さい。隣町への道も分かりますし、ある程度なら魔物の痕跡から棲み処を特定して避けることもできます。生ける屍への対処は……先日、ヒゥヘイムが伝え聞いた通りですし、何も問題はありません。今では、生ける屍への対処は彼等の方が適任ですし、彼等はヒゥヘイムが思っている以上に戦えますので、心配には及びません。俺の仕事に関して心配しているのであれば、墓守としての仕事は早朝の内に終わらせておきましたし……現状では、ヒゥヘイムやレドよりかは俺の方が自由に動けるはずです。なので、2人は街中の仕事に専念して下さい。俺が必ずマイン達を無事に帰還させると約束しますので。」


「俺達からも頼む!ヒゥヘイムさんの仕事を手伝わせてくれ!」


 ヒゥヘイムが決めあぐねている様子で顎に手を当てていると、すかさずマインが身を乗り出して声を掛ける。


「俺達、ヒゥヘイムさん達の役に立ちたいんだ!」

「ですが……これはフロワドゥヴィルの領主である私が背負うべき問題ですし、大事なお客様である皆様に助力を乞うわけには……」

「いいえ、私達は既に……この街とは全くの無関係では無いはずですし、ヒゥヘイムさん達から受けた恩義も充分に返せているとは考えておりません。」

「必ず無事に帰るって約束するから……俺達を信じて、仕事を受けさせてくれないかな……?隣町の人達にも無礼を働かないって約束するから……!」


 クレールとエディーも話に加わり、必死に説得を試みる。

 その瞬間、不意にヒゥヘイムは昨日に言われたヴェスタの言葉を思い出し、瞼を閉じる。




——「……この街には、頼れる人々が沢山居るんです。1人だけで抱え込まずに、時には住民達に頼るのも、領主として立派な姿ですよ。」——




 ヒゥヘイムは考え込むように俯いた後、やがて——少しの間を置いて瞼を開き、軽く息を吐きながら困ったように笑みを浮かべる。




「……わかりました。そこまで仰って下さるのであれば、お任せ致しましょう。」




「……!本当か!?ヒゥヘイムさん!」

「ええ。事実……これ以上、隣町への訪問と報告が遅れてはならないことも確かですし、皆様が無事に戻ると約束して下さるのであれば……皆様の言葉を信じ、この書簡を託そうと思います。」


 そう言ってヒゥヘイムが懐から1通の封書を取り出すと、それをマイン達の前に差し出して見せる。

 その封書には、ヒゥヘイムの家系を示すであろう紋様が刻印された蝋が押されており、クレールが代表して書簡を丁重に受け取る。

 封書の表面はまるで絹のようにさらさらとした触り心地であり、四隅に描かれた植物のような模様は上品さを醸し出し、封蝋には『桜』を連想する花が描かれている。

 なぜ、マインやクレールにとって馴染み深い桜と思しき封蝋が押されているのか——多少なりとも疑問を感じたものの、ヒゥヘイムから正式に了承を得たのだと実感したマイン達は改めてヒゥヘイムの顔を見やり、嬉しそうに笑い返した。


「おう!俺達に任せてくれ!」

「絶対に、隣町の偉い人に渡すって約束するよ……!」

「ありがとうございます。くれぐれも無理はなさらず、必ず無事に戻って来て下さいね……?」

「はい、ヒゥヘイムさん達からの信頼を裏切るわけにはいきません。交わした約束は、必ず守ってみせます。」


 3人が張り切って言葉を紡いだ後、ヒゥヘイムはまるで肩の荷が下りたかのように力を抜き、安堵した声を漏らす。


「正直に告白しますと……最初の内から、皆様が書簡を届けて下さることに感謝してもし切れないくらいでした。しかし……ここで手放しで喜んでしまっては、領主としての建前上、宜しくないと自戒していたのです。なので、例え皆様に助力を乞えなくても、私自身で隣町を訪問する予定でした。ですが……皆様が必死に私を説得して下さっていた時に、昨日にヴェスタから伝えられた言葉を思い出しましてね……。」

「もしかして、もっと人を頼れという忠告のことでしたか?」


 ヴェスタが何食わぬ顔で図星を突くと、ヒゥヘイムは苦笑いを浮かべてヴェスタの指摘を肯定する。


「ええ、ご明察の通り……私は、いつの間にか全てを自分1人で抱え込もうとしていたのです。ヴェスタから忠告されていたにも関わらず、ですね。これでは……領主としての面目が立ちません。」

「いやいや、何言ってんだよ?ヒゥヘイムさんが言ってたことだって、一理ある話だったぜ?それを俺達が半ば強引に説得したんだし、あんまり自分を責めないでくれよな!」

「ふふっ、そうですね……お言葉に甘えて、今回ばかりは皆様の熱意に折れたのだと……そういうことにしておきますね。」

「……よしっ、話は纏まったみたいだし……早速、君達を冒険へと送り出そうじゃないか!」


 ヒゥヘイムが口元に笑みを浮かべ、依頼に関する話し合いが纏まったと認識すると、レドが懐から小さな鞄を取り出してマインに押し付ける。


「これ、火打ち石と火打ち金と干し肉が入った鞄さ!旅のお供として、是非受け取ってくれ!」

「こ、これどっから出したんだよ!?っていうか、なんでもかんでも世話焼き過ぎだろ!?」

「良いって!これは性みたいなものさ!隣町は夜通し歩かなくちゃならないほど遠くは無いんだが……いざという時のために、持っていてくれ。」

「こんなに沢山の物、受け取れな…………ううん、ありがとう、レドさん。」

「そうそう、そうこなくっちゃな!エディー君は、もう俺の使い方がわかったようで、感心感心!」

「……はぁ、貴方が簡単に引き下がらないほどのお人好しだと知って、諦めて受け取っただけだと思いますよ……。」


 慌てるマインと感謝を伝えるエディー、そして喜ぶレドと呆れるヴェスタ——三者三様の様子を見つめて、クレールは苦笑いを浮かべ、ヒゥヘイムはくすりと微笑む。

 会話が一段落した頃を見計らって、ヒゥヘイムが改まった様子でマイン達に声を掛けると、マイン達もヒゥヘイムに向き直って言葉を紡ぐ。


「では……皆様、よろしくお願い致しますね。」

「おうよ!首を長くして待っていてくれ!」

「それを言うなら、大船に乗ったつもりで待っていて欲しいではないか?」

「あはは……どっちも大して変わらないと思うなぁ……。……それじゃあ、ヒゥヘイムさん、レドさん、行ってきます……!」

「ああ、気を付けて行って来るんだよ。」


 マイン達はヒゥヘイムとレドに別れを告げると、ヴェスタと共に領主邸を後にし、マイン達が初めてフロワドゥヴィルに足を踏み入れた際に潜り抜けた門へと足を運ぶ。

 以前にも通った記憶のある門の前に辿り着くと、鉄で縁取られた木製の門には真新しい傷が付いており、深く考えずとも黒い亀裂の襲撃の際に付いた傷なのだと悟る。

 ヴェスタが門番に話を通し、開かれた門からフロワドゥヴィルを取り囲む赤いレンガの塀の外に繰り出すと、マイン達は北の方角に伸びる道に沿って歩き始める。


 この世界における、マイン達の初仕事——冒険の旅が始まったのだった——。


次回投稿日:8月7日(金曜日20時頃)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ