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夢見る星のウタ  作者: TriLustre
第1章「見知らぬ世界の救世主」

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第24話「新生活の幕開け」

 翌日の朝——マイン達はヴェスタと共に王国の遺跡を訪れると、結晶化した大樹の根元で体を丸めているラウルとフィルのもとへ向かう。

 穏やかな風が吹く中で、2匹……いや、2人は体を丸めて休んでおり、改めて見ても普通の犬や猫と変わらないのではないかという錯覚を覚える。

 しかし、昨日と同じく——2人はマイン達の気配に気が付くと、丸めていた体を起こし、腰を落ち着けてマイン達に声を掛ける。


「いらっしゃったのですね。昨夜は、よく眠れましたか?」


 犬の姿をした『守護獣』——ラウルはそう言って口元に笑みを浮かべる。


「おう。ヴェスタさんのお陰で休めたぜ。」

「それは安心しました。昨日は……いえ、この遺跡で目覚めてからは、様々な事件に巻き込まれて大変でしたでしょうから……少しでも休めたのであれば何よりです。」

「はい、お蔭様で……ラウルさん達の助言の通り、今までに起きた事を落ち着いて整理する時間も取れました。私達はこれまで帰宅を焦り、とにかく前に進むことばかり考えて日々を過ごしてきました。そんな私達にとって……一度立ち止まって冷製に物事を見つめ直す時間を作れたことは、とても有意義だったと思います。」

「ええ、人は混乱した思考に惑わされ、正常な判断がつかなくなってしまいますからね。しかし、皆さんがこれまでに間違った道を歩んでしまったとは思っておりません。それでも、尚……混乱した頭の中を整理し、俯瞰して物事を見つめ直すための時間は、決して無意味な時間では無かったでしょう。」

「はい。そのお陰で、より詳細にお互いの体験を共有し、擦り合わせを行うことができました。」

「……して、お前達はただそれを伝えるために来たわけではないのだろう?話し合いの末に……肝心な決心はついたのか?」


 フィルが単刀直入に話を切り出すと、エディーは即座に返事を伝える。


「うん……俺達、ラウルさん達を信じることにしたんだ。」

「あれだけ、俺達の国の手掛かりを探そうとしても……何1つ情報が出てこなかったんだ。ここで変に意地を張って信じないより……協力してくれる人達の話を素直に聞いて、前に進むことにしたぜ。」

「つきましては、ラウルさんが昨日仰っていた、『私達がこちら側の世界を訪れるきっかけとなった原因を突き止める道筋』というのを教えて頂きたいのですが……早速、詳しい話をお聞かせ願えないでしょうか?」


 マイン達から肯定的な返事を受け取ると、ラウルは口元に笑みを浮かべてこくりと頷く。


「ええ、勿論。ですが、先日もお伝えした通り……直接、皆さんが帰るための方法そのものについてお話できるわけではありません。散々、皆さんに期待させておいて申し訳ないのですが……それでも、本当に宜しいですか?」


 言葉の途中から、ラウルは申し訳なさそうに目を細めて声量を下げるも、マイン達はラウルの様子を気に留めることなく話を続ける。


「おうよ。俺達はどんなことがあっても、元居た場所に3人で帰るって約束したんだぜ?例え異世界を跨ぐことになったとしても、その思いは変わらねぇし、皆で苦難を乗り越えてみせるぜ。」

「同感だ。既に私達は、エディーさんの異能の影響を受け、この世界の問題に片足を突っ込んでしまっている。ここまで来てしまった以上、今更知らぬ存ぜぬで現実から目を逸らすわけにはいかないだろう。それでは、いつまで経っても元の世界に帰れないだろうからな。」

「うん、俺達とこの世界に関係があろうと無かろうと、前に進まないと道は拓けないままだし、出来ることから始めていくべきだよね……。」

「そういうことだからさ……。ラウル、フィル、改めて……俺達に道筋とやらを教えてくれよ。俺達の方は、いつだって準備万端だぜ。」


 マイン達が意気込みながらラウルの瞳を真っ直ぐに見つめると、ラウルは一度瞼を閉じて再び顔を上げる。


「……わかりました。私も、皆さんの想いを信じます。では、始めに……皆さんが倒れていた、この遺跡から調査しましょう。」

「え?この遺跡から?確かに……昨日の調査だけじゃ、まだまだ全然わからねぇことだらけだったけどよ……手掛かりは掴めたんだし、その手掛かりから調査するべきじゃないのか?」


 マインが首を傾げて問い掛けると、ラウルの隣で様子を見ていたフィルが口を開く。


「ラウルが言っているのは、『遺跡そのもの』についてだ。」


 フィルが一言説明を付け加えると、マインはハッとした顔で再び問い掛ける。


「もしかして、それって……この遺跡が、『平和で幸せな理想の国』——『パクス・ディ・アール』の一部だって言われてる話のことか?」

「ご明察の通りです。この遺跡は、皆さんが倒れていた……いわば、この世界に来て最初に訪れた場所であり、事の発端に関わった遺跡のはずです。この遺跡で発見された2冊の書物と共に、『パクス・ディ・アール』の歴史を調査してみては如何でしょうか?」

「ちなみに、この世界の歴史に関して疎いであろうお前達に解説してやるとすれば、『パクス・ディ・アール』は童話にも描かれるほどに一般的で有名な国だ。童話の中の話が真偽であるかどうかは別として、近くのフロワドゥヴィルにも童話の1冊くらいは置かれているだろう。まずは、その童話にでも目を通しておくと良い。」


 ラウルとフィルが今後の方針について提案すると、クレールは顎に手を当てて思考を巡らせる。


「確かに……ヴェスタさんの記憶と相違がある書物が発見されている以上、私達が異世界に飛ばされるきっかけとなった事象と、この遺跡が無関係だと決め付けるわけにはいかないですし……その理由だけで、調査を進めるには充分な根拠にも成り得ますね。」

「それじゃあ、俺達は……一先ず、この遺跡の歴史と書物の解読をすれば良いのかな?一応、本は読める字体にはなってたけど……その内容が示す意味は全くわからないままだし、もしかしたら……この遺跡の歴史にも関係があるかもしれないよね。」

「いずれにせよ、お前達には次なる目標が必要となるはずだ。当面の間は、発見した些細な手掛かりから調査していくしかないだろう。」


 フィルの言葉の通り、ほんの僅かな手掛かりと思しき兆しから調査していくしかないのだろう——。

 マイン達は示し合わせたかのように頷き合い、今後の旅の方針を決定する。


「よし……ラウルとフィルの言う通り、パクス・ディ・アールの歴史を調べて、帰るための手掛かりを探してみるぜ。」

「フィルが言ってた童話も、フロワドゥヴィルに行った時に探してみるよ。どんな内容なのか、気になるし……。」

「ええ、是非そうなさって下さい。」


 ラウルは一度言葉を区切ると、改まった様子で口を開く。


「これから、厳しい旅路が始まるかもしれませんが……皆さんの旅の無事を祈ると同時に、帰還する方法が見つかることを切に願っています。私とフィルは、皆さんに全面的に協力させて頂きますので、どうか遠慮せずに頼って下さいね?」

「助言を求めるのは構わないが……無駄話に付き合わされるのは御免だ。くれぐれも興味をそそらない、退屈な話を土産に呼び出すことの無いように気を付けるといい。」

「コラ、フィル。そうやって皆さんを困らせないで下さい。昨日は、退屈が紛れそうだと喜々として話していたではありませんか。」

「俺が、いつ喜々として話していたというのだ?それとこれとは話が別な上に、勝手に人が喜んでいたと宣うことは許されん。前言撤回をしてくれ。」

「あの……遺跡で暮らしている2人に言うことではないと思いますが……痴話喧嘩は他所でやって下さい。」


 ラウルの言葉に反応し、フィルがそっぽを向きながら抗議していると、ヴェスタが呆れたように肩をすくめて言う。

 そんなラウル達の様子もお構いなしに、マイン達は不安げな声を漏らして話し合いを進める。


「……それで、次にやるべき目標は決まったけどよ……俺達がこれからどうやって生活していくか、よく話し合っておかねぇとな。」

「むっ……確かに、マインさんの言う通り……今の私達には資金も家も無い。野宿には慣れているが、生ける屍の問題があって野宿は難しい。どう生計を立てていくべきか……。」

「うぅーん、と……どこかで使えそうな洞窟とか探す?それとも……放棄された廃墟を探すとか……。」

「それはお勧め致しかねますね。洞窟は生ける屍……あるいは魔物の巣窟と化している場合がありますし、放棄された廃墟は……殆どの確率で生ける屍に襲われた跡でしょう。」

「そ、それもそっか……。なら……一体どうすれば……」


 マイン達は今後の生活について憂い、頭を悩ませて解決策を探る。

 一度はエディーの策を跳ね除けたヴェスタだったが、直後にマイン達にとって思いも寄らない提案を口にする。


「でしたら、この遺跡を居留地として使ってはどうですか?」

「えっ!?この遺跡に住むのか!?俺達!」

「ええ、幸い地下の居住空間は機能しないわけでは無いですし、雨風も凌げて一石二鳥ではあります。雨天の際には、玄関口の排水が機能しているかの点検は必要ですが……設備が壊れていなければ、さほど難しい技術は要求されませんし、詰まっていないかを確認して掃除をするだけで大丈夫です。貴方達にとって、悪い提案では無いと思いますが。」


 ヴェスタからの提案に、クレールとエディーは戸惑いの声を漏らす。


「今後も遺跡に通い詰めることを考えれば、ヴェスタさんの提案は願ってもないものなのですが……この遺跡に暮らしていらっしゃるラウルさんとフィルさんのお気持ちは如何でしょうか?」

「そ、そうだよ……この遺跡に住んでも良いなら、それは本当に嬉しいことだけど……元々住んでたラウルさん達に迷惑を掛けるわけにはいかないし、おいそれと余所者に貸して良いものなのかな……。」


 マイン達が不安そうにヴェスタに問い掛けるも、その問いを返したのはラウル達だった。


「あら?この遺跡に住んで下さるのですか?丁度……午後の日差しが暖かく心地よい時間に、話し相手になって下さる方を捜していたのです。とても賑やかになりそうで……私としては嬉しい限りですね。是非とも!この遺跡に居住して下さいな。」

「……先程の忠告さえ厳守すれば、後は好きにして構わない。」

「……だ、そうです。つい口走ってしまった提案でしたが……俺自身としても、貴方達に使って頂けるのであれば異論はありません。ラウルとフィルも同意したことですし、遺跡への居住を考えてみては如何でしょうか?無論、強制はしませんので、貴方達が他を当たると言うのであれば止めはしません。しかし……」


 ヴェスタは言葉を区切ると、フロワドゥヴィルの方角へ視線を動かし、再びマイン達に向き直って話を再開する。


「正直な話……貴方達には、フロワドゥヴィルでの滞在を勧めたい気持ちもあります。フロワドゥヴィルは決して大きな街ではありませんし、先日の黒い亀裂による襲撃によって、必ずしも安全であるという説得力に欠けてしまいましたが……それでも、これまで一度も街中へ生ける屍を入れたことの無い街です。生ける屍などの対策は怠らず、戦闘に従事する兵士達への待遇も厚い、れっきとした安全区域に指定されています。少なくとも、塀に囲まれていない外より遥かに良い環境です。なので、貴方達がフロワドゥヴィルでの暮らしを決めた際にも、ある一定の安全は保証されることでしょう。ですが……貴方達は、連日の騒動を経て、これ以上……ヒゥヘイム達に迷惑を掛けたくないという想いもあるのでしょう?ですので、俺が知っている限り……比較的安全で、且つ居住地に向いている場所として、この遺跡を挙げさせてもらいました。後は……貴方達の意思次第です。俺からの提案を撥ねるのも、受け取るのも、決定を見送って熟考するのも……貴方達に好きになさって下さい。俺達は……貴方達の意思を尊重しますし、無理強いは致しませんよ。」


 ヴェスタとラウル達が遺跡への居住を快く受け容れ、マイン達を歓迎する旨を伝える。

 しばらくの間、そよ風すら吹かない、静かな沈黙が続いた後——マイン達は再びお互いの顔を見合わせ、改めてヴェスタに視線を移す。


「本当に良いのか?こんな立派な遺跡に住まわせてもらっても……何だか、俺達には勿体ない気もするよなぁ……。」

「何を言っているんですか。貴方達は立派な当事者ですし、ここに暮らしているラウルやフィル、管理を行っていた俺が許可しているのですから、何も遠慮することはありませんし、危惧する必要もありません。」

「でしたら、是非……ヴェスタさんの提案を受けさせて下さい。これから、何度も足しげく通うことになるであろう遺跡に滞在できるのであれば、願ったり叶ったりの提案ですし……フロワドゥヴィルに近いという利点もあります。むしろ、住まない理由の方が無いと思います。」

「確か……この遺跡は生ける屍を寄せ付けないんだよね?それなら……遺跡の中に居れば安全だし、いざとなったら遺跡に逃げ込めば良いし、当分の間は調査と準備に集中できそうだね。食い扶持を探すのは、まず真っ先にやらないといけないことだろうけど……。」

「そうだな……資金を得るための仕事も探さなきゃならねぇだろうし、取り合えず住む場所だけでも貸してもらえるってのはマジでありがたいことだぜ。それに、エディーの異能のこともあるし……人里から離れた場所に住むのが良いとは思ってたんだ。お言葉に甘えて、遺跡に住まわせてもらうとするぜ!」


 マイン達がヴェスタの提案を受け入れる決意を固めると、ラウルは満面の笑みで何度も頷く。


「ええ、ええ!是非そうして下さいな!」

「では、後で地下の居住空間について、より詳細な説明をしますね。」


 ラウルが喜びを露わにする傍らで、ヴェスタは懐から鍵を取り出し、マイン達の前に差し出す。


「先んじて、この鍵を渡しておきますね。」


 ヴェスタが差し出した鍵を見つめて、マイン達は驚いた表情を浮かべる。


「ヴェスタさん、この鍵って……確か、地下の居住空間にある書斎の鍵だよね……?現存してるのはこの鍵だけだって言ってた気がするけど……本当に、俺達に預けていい物なのかな……?」

「貴方達が遺跡に居住し、内部を調査するのであれば、自ずと必要になる鍵ですし……どの道、貴方達に託すつもりでいました。なので、持っていてもらって大丈夫です。……失くされては困りますが。」


 ヴェスタが念を押すように最後の言葉を付け加えた後、クレールが丁寧に鍵を受け取り、感謝の言葉を伝える。


「ありがとうございます。必ず、この鍵は大切に保管し、現存したままで返却すると約束致します。」

「そうして頂けると助かりますね。それと……これはお節介かもしれませんが、貴方達が遺跡に居住することに関して、1つだけ懸念事項を話させて下さい。」

「おう!俺達は住まわせてもらう側なんだし、何かあるなら遠慮なく指摘してくれ。」

「……わかりました。では……1つだけ申し上げておきますね。」


 ヴェスタは相槌を打ち、地下住居の方角へ視線を動かした後、マイン達に住居内の状況を思い返すように促して話を続ける。


「昨日、大樹の力の影響で建設に用いられている資材等の経年劣化は抑えられているものの、その力の影響を受けている箇所にはムラがあると言いましたよね?」

「おう、確か……その力の影響を受けるには、大樹の根が関係してて……根が近いか遠いかで、劣化具合が変わってるってことだよな?」

「その通りです。今まで、実際に居住する方……厳密に言えば、ラウルとフィルは住んでいたわけなのですが……俺達、人間が居住することはありませんでした。なので、補修も改修もしていなかったんです。」

「なるほどな。つまりは……俺達が安心して住むためには、少なくとも補修工事が必要だってことだな?」

「ええ。内部の居住空間は勿論ですが、外の段差を超えるために設置された石階段まで、いずれは少しずつ補修……あるいは改修した方が良いでしょう。外にある階段などは風雨に晒されていますし、いくら大樹の根の影響があったとしても、劣化は避けられないはずです。貴方達の身に危険が迫る前に、改修工事を進めていきましょう。一先ず、玄関先の改修を最優先にするべきだと思います。」


 ヴェスタが居住区内の資材の劣化を指摘すると、エディーはハッとした表情を浮かべ、思わず声を漏らす。


「そ、そっか!昨日見た限りだと……玄関の鍵は紛失してる上に、扉は叩けば壊れるような有様だったもんね……。あれじゃあ、玄関は有って無いようなものだよ。」

「エディーの言う通り、現状では家の扉を開けっ放しにしてるも同然なので、とても危険な状態だと思われます。特に、貴方達は既に盗賊から目を付けられていますし、玄関口の改修は必須でしょう。」

「た、確かに……家の扉を開けっ放しにしてる状態じゃ、狙われちまってるエディーが安心して暮らせるわけがねぇもんなぁ……。」

「ええ、なので……貴方達さえ良ければ、俺が費用を負担しますので、フロワドゥヴィルの大工に頼んで玄関口を改修してもらいましょう。貴方達の秘密は守りますし、扉を開けっ放しにしてるよりかは遥かに良い選択だと思いますので。」


 ヴェスタが更に提案を続けると、エディーは焦った様子で言葉を紡ぐ。


「そ、そんな……確かに、俺の異能が原因で盗賊達に目を付けられちゃったけど……今まで、沢山お世話になってきてるのに……改修する費用まで、ヴェスタさんに甘えるわけにはいかないよ……。」


「ご自身が置かれている状況は、貴方が一番よく理解していると思います。貴方の力は、生ける屍をも更なる脅威にしてしまうんです。その上で、黒い亀裂に対抗し得る鍵でもあることは明白なのですから……この先も、貴方の力を狙う者達は後を絶たなくなるでしょう。実際に、一度は盗賊と共に諦めたと思っていた行商人が、邪な企みを持って住民達を先導し、貴方達を陥れようとしていたのですから……幸いにも計画は失敗に終わりましたが、あの行商人は未だにエディーのことを諦めていないと考えています。なので……今すぐにでも、玄関口の改修はしなければなりません。このまま放置していては、相手に付け入る隙を与えてしまいかねませんし、俺は……貴方達の身に危険が及ぶのではないかと危惧しているんです。どうか……俺からの提案を呑んで頂けませんか?」


 ヴェスタが強く説得を試みると、エディーは申し訳なさそうに俯き、口を閉ざしてしまう。

 しかし、クレールがエディーの肩を軽く叩くと、エディーは目を丸くしてクレールの横顔を見つめ、クレールはヴェスタに向けて口を開く。


「確かに、私達は改修を行える資金を持ってはいませんし、エディーさんの身を危険に晒すわけにもいきません。しかし……エディーさんが言っていたように、これ以上……皆さんの厚意に甘え続けるわけにもいきません。ですので、せめて半分……ひいては、全額を支払わせて下さい。借金を背負うという解釈で構いません。」

「そうだな。これまで、ヒゥヘイムさんにレドさん、ヴェスタさんは……俺達の数日間に渡る寝床とか食事代を工面してくれてたんだ。これ以上、ただその厚意に甘え続けるわけにもいかないし……むしろ、今まで世話になった分を返したいくらいだ。けど……ヴェスタさんが指摘した通り、エディーが色んな奴から狙われてる以上、玄関が疎かになってるのが頂けねぇって話もわかる。だから、ここは一旦ヴェスタさんの厚意に甘えさせてもらって、後で全額返済するってのはどうだ?それなら、ヴェスタさんが懸念する問題にも対処できるし、俺達の気も済むだろ?」


 マインが代替案を提案すると、エディーは2人に賛同する形で心境を吐露する。


「うん……きっと、それが良いと思うな……。改修する費用を全部、ヴェスタさんに投げるわけにはいかないし、何とかしてこの世界の貨幣を集めるから……せめて、後から俺達に負担させてはくれないかな?借金なんて、信用に値しないかもしれないし、食い扶持の当てすら無い俺達が言っても説得力に欠けるかもしれないけど……必ず全額返すから、どうかマイン達の提案に乗って欲しいな……。これまで、色んな人の厚意に甘えさせてもらって来たけど……それじゃあ、いつまで経っても前に進めないと思うんだ。だから……」


 マイン達もまた、ヴェスタに対して強く説得を試みると、ヴェスタは顎に手を当てて考える仕草を見せる。


「ふむ……今の時点で貴方達に金銭が無い以上、支援しなければ改修がいつになるかもわかりませんし……誠に勝手ながら、玄関口の早急な改修は是が非でも推し進めたいところです。しかし……だからと言って、貴方達の意思を無碍にするわけにもいきませんね。……わかりました、貴方達が提示した案でいきましょう。」


 ヴェスタが頷いて納得すると、マイン達は安堵の息を漏らして嬉しそうな笑みを零す。


「ありがとうな、ヴェスタさん!」

「いつも我儘を言って、ごめんなさい……。」

「いえ……人を見る目があるレドが、貴方達は誠意のある人間だと言っていたんです。俺も……貴方達が約束を放棄するとは思いませんので、快く応じられるんです。もし、貴方達が信頼の置ける相手では無いと判断していた場合には、そもそもこんな提案はしません。大人しくフロワドゥヴィルへの滞在を勧めますし、遺跡への居住を認めるなんて以ての外です。なので……貴方達が借金を背負うと言うのであれば構いませんが、くれぐれも無茶をせずに……自分達の生活を第一に考えて下さい。返済は余裕がある時で構いませんので……俺への返済を優先する余り、貴方達が倒れてしまっては元も子もありませんからね。」


 ヴェスタがマイン達に釘を刺すと、クレールは真剣な表情で返事を伝える。


「はい、皆さんからの信頼を裏切るわけにはいきません。しっかりと肝に銘じて、無理をせず返済に努めて参ります。」


 クレールが約束の言葉を紡いでいると、不意にエディーがヴェスタの発言に言及する。


「ところで……今さっき、レドさんの名前が出てきてたけど……ヴェスタさんは、レドさんのことを信用してるんだね。ヒゥヘイムさんとレドさんみたいに、子供の時からの親友同士みたいな……。」


 エディーがレドの名前が挙がったことを話題に上げると、ヴェスタは鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くして視線を逸らす。


「いえ……彼とは幼い頃からの知り合いで間違いは無いのですが、友人同士と呼べるほどに親しいわけではありません。そもそも、俺はあまり家の近くから離れない生活を送っていましたし、レドの方から頻繁に顔を出して悪戯を仕掛けてきただけの話ですからね。レドが塀の外へ飛び出す度に、関係者の間では騒ぎに発展していたというのに……全く、迷惑極まりなかったですよ。危うく、俺に会うために抜け出していたと誤解されかけた時もあったんですから……レドには、過去の行いを反省して欲しいところです。ちなみに……その誤解はすぐに解けましたがね。」

「あはは……確かに、生ける屍が闊歩してるって言うのに、自分から外に飛び出して行くなんて……傍から見れば、正気の沙汰には見えないよね……。」


 エディーが苦笑いを浮かべてヴェスタの話に耳を傾けていると、ヴェスタは一度咳払いをして話題を切り替えようと試みる。


「こほん……俺とレドの話は深堀しなくていいんです。それより……今から早速フロワドゥヴィルに赴き、大工に仕事の依頼をしましょう。せめて、例の盗賊や行商人達に嗅ぎ付けられる前に改修を終わらせなければなりません。」

「そうだな……ヒゥヘイムさんとレドさんにも、事のあらましを話しておかないとだし……一先ず、皆でフロワドゥヴィルに戻るとしようぜ。」

「うん、俺達が異世界の人間だって聞いたら、2人はどんな反応をするかなぁ……。」

「それは、ヒゥヘイムさん達に言ってみないとわからないだろうな。きっと驚くとは思うが、果たして受け入れて貰えるのだろうか……。」

「貴方達が不安に思う気持ちは分かりますが、あのお人好しの2人のことですし、きっと受け入れると思いますよ。」

「だと良いんだけど……でも、ここで立ち止まって悩んでる暇は無いよね。」


 マイン達が決心した様子でラウル達に向き直ると、ほぼ同時にヴェスタも体を向けてラウル達に声を掛ける。


「それでは、俺達は一度フロワドゥヴィルに戻りますので、ここでお暇させて頂きます。後日、玄関口の改修が決まった際に、多少……人の出入りが増えてしまうかと思いますが、どうかご容赦下さい。工事とは無関係な場所への立ち入りは固く禁止しておきますので、ご理解頂けると幸いです。」

「あら、それは残念ですわね。私としては、色々な方とお話が出来るのであれば、喜んでお会いするのですが……」

「勘弁したまえ。例えラウルが許可しようと、俺は断固として反対する。」

「そうですか……フィルがそう言うのであれば、致し方ありませんね。私達の存在をひけらかして、無闇に怖がらせるべきでもありませんしね。」

「そうだ。気軽に大樹の周りに立ち入られては、おちおち寝てもいられない上に、勝手に遺跡内部を散策されても困るからな。」


 フィルがラウルに苦言を呈すると、ラウルは素直に意見を汲み取り、大人しく引き下がった。


「もし、万が一にも大工が立ち入り禁止区域に足を踏み入れた際には、遠慮なく俺に言って下さい。その場で問題に対処し、注意しておきますので。」

「それは頼もしいですわね。その言葉を信じて、万が一の際には貴方に託すとしましょう。……それでは、あまり長居していては夕暮れ時に近付いてしまいますし、やるべきことを果たすために出立して下さいな。」

「おう!そんじゃ2人とも……また後でな!」

「ええ、気を付けて行って来て下さいね。」


 ラウルが出立を促すと、マインは笑顔でラウルに答え、クレール達も会釈をして踵を返す。

 大樹が根ざす庭の階段を下りると、既に何回か往復した道を辿り、フロワドゥヴィルへと赴く。






 フロワドゥヴィルに再び足を踏み入れると、黒い亀裂に襲撃されてから日が浅いためか、時折り道端ですすり泣く声が聞こえた。

 活気に溢れるとは程遠い空気に包まれており、そう簡単に傷は癒えないものだと身に染みながら、街の中心地に向けて歩みを進める。

 街の象徴であるブラーヴシュヴァリエの近くまで辿り着くと、そこには——腕に包帯を巻き付けたまま、後片付けや被害状況の確認に追われているヒゥヘイムの姿があった。

 ヒゥヘイムは忙しなく兵士達に指示を出しており、マイン達は頃合いを見計らってヒゥヘイムに声を掛ける。


「ヒゥヘイムさん!」

「おや……皆様、帰って来ていたのですね!」


 ヒゥヘイムはマイン達の姿を視界に捉えると、口元に笑みを浮かべてマイン達を迎え入れる。


「ご無沙汰しております。皆様の元気な姿を見られて、何だか安心致しました。」

「何言ってるんだよ、ヒゥヘイムさん。俺達が街を出てから、まだ1日しか経ってないだろ?」


 マインが若干呆れたように肩をすくめると、ヒゥヘイムはハッとした表情を見せて、困ったように笑みを浮かべる。


「困りましたね……皆様が街を出たのは、つい昨日のことだと言うのに……私としたことが、既に皆様のことを恋しく思ってしまったようですね。」

「ははっ!そう言ってくれるのは嬉しいけどよ……俺達離れができてねぇのは、ヒゥヘイムさんの方なのかー?」

「ふふっ、そう思われても致し方ありませんが……あまり、からかわないで下さいね?」


 ヒゥヘイムが気恥ずかしそうに困った顔を浮かべていると、エディーも苦笑いしてヒゥヘイムの言葉に同意する。


「俺、ヒゥヘイムさんがそう思う気持ちもわかるよ。俺だって……数日間の間は、ヒゥヘイムさんやレドさんとずっと一緒に居たから……いざ離れると、寂しく感じるんだ。」

「そう思って頂けて、私としても嬉しい限りです。ところで……皆様は、あの王国の遺跡の調査に向かわれていたはずですが……もしかして、何か進展があったのでしょうか?私達に協力できることがあれば、何でも仰って下さいね。」


 その言葉を皮切りに、マイン達は口を開いてヒゥヘイムの問いに答える。


「実は、そうなんだよ!遺跡を調査したお蔭で、とんでもない事実まで判明したんだぜ!」

「つきましては、詳しい話をさせて頂きたいと考えているのですが……ここでは、あまりに人目に付き過ぎますので、可能であれば場所を移したいのですが……」

「……わかりました。クレールさんが仰る通り……ここ、ブラーヴシュヴァリエは人通りが激しいので、一先ずは私の家へお越し下さい。手隙の兵を向かわせて、レドにも声を掛けておきますね。」

「ありがとうございます。レドさんにも事情を説明したいと思っておりましたので、配慮して頂けて助かります。」

「いえ、これくらいのことはさせて下さい。皆様は命の恩人であると同時に、私達の大切なお客様なのですから、こちらが伝令を手配するのは当然のことですよ。」


 ヒゥヘイムは傍で待機していた兵士に声を掛け、レドへの伝言を託すと、再びマイン達に向き直り道を案内する。


「では、こちらにどうぞ。」


 マイン達はヒゥヘイムに導かれるままに、領主邸へと足を運ぶ。

 領主邸の中は、黒い亀裂による騒動によって荒れ果てた形跡は無く、マイン達が寝泊りしていた当時と殆ど変わらない様相だった。

 ヒゥヘイムはマイン達を食卓の席に座らせると、慣れた手付きでハーブティーを淹れ、マイン達の前に差し出す。


「ありがとな、ヒゥヘイムさん。」

「いえ、最早これは癖みたいなものです。」


 差し出されたハーブティーを嗜みながら、ヴェスタは内装を一通り見回してヒゥヘイムに声を掛ける。


「どうやら、領主邸の中には生ける屍は入って来なかったようですね。」

「ええ……幸いにも、私の家は難を逃れました。しかし……住民の中には、自宅で命を落とした方も多くいらっしゃいました……。街は塀に囲まれ、家で暖かく、安全に過ごせるはずだったでしょうに……そんな自宅で、生ける屍に襲われるなどという恐怖を味わってしまったのかと思うと、いたたまれない気持ちで一杯です……。なぜ、私の家は無事だったのかと……少し、恨めしく感じてしまうこともありますね……。」

「そんな……黒い亀裂の襲撃は、ヒゥヘイムさんのせいじゃないよ……。確かに、家の中で襲われた恐怖は計り知れないと思うけど……ヒゥヘイムさんがそこまで責任を感じる必要は無いんじゃ……」


 俯いて心境を吐露するヒゥヘイムに、エディーもまた悲しげな表情を浮かべて口を開く。


「そうだぜ!ヒゥヘイムさんの家が無事だったってのは、素直に喜ぶべきことだろうし……家が残ってんなら、出来ることだって沢山あるはずだぜ!」

「皆様……。……ええ、確かに……皆様の言う通りですね。」


 ヒゥヘイムは深く息を吐き出し、少し間を置いた後、しっかりと前を見据えて再び口を開く。


「私は、領主として再建に臨まなければなりませんし、悲しみに暮れる人々が多いからこそ……立ち止まっている暇はありません。少しずつでも、この街に残った傷が癒えるように尽力しなければなりませんね。」


 ヒゥヘイムが真剣な表情で言葉を紡ぐと、ヴェスタは冷静な声色でヒゥヘイムに釘を刺す。


「張り切っているところ、申し訳ないのですが……この街には、頼れる人々が沢山居るんです。1人だけで抱え込まずに、時には住民達に頼るのも、領主として立派な姿ですよ。」

「ええ……そうですね。1人で抱え込んでしまった挙句に、私自身が倒れてしまっては元も子もありませんからね。折角、助けて頂いた命なのですから……ヴェスタの忠告を肝に銘じ、領主としての使命を果たすとしましょう。」


 ヒゥヘイムは自身の胸に手を当てて決意を表明するも、直後にハッとした表情を浮かべ、慌てた様子でマイン達に声を掛ける。


「申し訳ありません……皆様のお話を聞くためにご招待したと言うのに……私的な話で腰を折ってしまいましたね……。」

「いやいや、俺達もヒゥヘイムさんが抱える重責と悲しみを共有して貰えて、嬉しく感じてるんだぜ?」

「ええ、是非私達にも、フロワドゥヴィルの再建に携わらせて下さい。」

「皆様……本当に、何から何までありがとうございます。皆様のお気持ちは、ありがたく頂戴致しますね。……えっと……そう仰って下さるということは、もしや……帰るための方法が見つかったわけでは無いと……?」


 そう言ってヒゥヘイムが本題に戻そうとした、次の瞬間——玄関の扉がノックされ、ヒゥヘイムは立ち上がって扉を開ける。

 玄関から顔を覗かせたのは、相変わらず快活な笑顔を振り撒くレドの姿であり、レドはヒゥヘイムやマイン達に軽く手を挙げて声を掛ける。


「やぁ、遅くなってしまったようで申し訳ないね。」

「レドさん!体の調子はもう大丈夫なのか?」

「ああ、この通りピンピンしてるよ。君達が重傷者用の治療薬を取って来てくれたお陰さ。」


 レドは食卓の前まで歩いて近付くと、腕を広げて無事をアピールして見せる。

 マイン達がレドの仕草に安堵の息を漏らす中で、ヴェスタは眉間に皺を寄せてレドに着席するように促す。


「元気なのはわかりましたから、とにかく落ち着いて座って下さい。」

「はいはい、ヴェスタは相変わらず俺には手厳しいなぁ。」

「まぁまぁ、全員揃ったことですし……早速、皆様の話を聞かせて頂いても宜しいでしょうか?」

「はい、まずは遺跡で遭遇した出来事について、詳しく説明しようと思います。」


 ヒゥヘイムが経緯を尋ねると、クレールが中心となって順を追って説明し始める。

 一通りの説明を終えると、ヒゥヘイムとレドは明らかに驚愕した様子で目を見開き、クレールが説明を終えるなり口を開いて驚きの声を上げる。


「君達が、異世界から来た人間だって!?」

「そ、そうだったのですね……。しかし、そうであれば色々と合点がいきます。皆様が王国の遺跡を訪れた記憶が無かったのも、皆様が暮らしていた国の名前が歴史書に記されていなかったのも、全ては異世界からの来訪者であったが故に、そういった記憶や記録が一切存在していなかったから……そういうことですね?」

「ええ、私達も……まさか自分達が異世界に来ていたとは思いも寄りませんでした……。」

「そして……その原因は俺が持ってる異能にあって、俺の力が俺達をこの世界に引き寄せてしまったみたいなんだ……。」

「『繋がりを得る』という、特別な力か……。それで、君達は帰るための方法を探すために、この世界に引き寄せられてしまった原因を探さなければならないんだね?」

「ご明察の通りです。私達は、遺跡に現れた僅かな手掛かりをもとに、帰るための方法を探さなければならないんです。」


 怒涛の報告に頭を悩ませつつも、ヒゥヘイムは顎に手を当て、レドは腕を組みながら真剣な表情で話に耳を傾け続ける。


「そのために、俺達はヴェスタさん達から許可を貰って、王国の遺跡に住まわせてもらうことになったんだぜ。あそこなら、生ける屍も寄り付かないって言うし……フロワドゥヴィルにも近くて、色々と利便性がありそうだったからさ。どの道、あの遺跡の歴史を調べなくちゃならないんだし、好条件が重なってるってことで、ヴェスタさんの提案を受けることにしたんだ。」

「そうか!あの遺跡に住むんだったら、これからも気軽に会いに行けるだろうし……明日にでも、狩りのお裾分けに行かせてもらうよ。」

「と、とんでもない!きちんと対価を支払えるように努力しますので、あまり私達を甘やかさないで下さい!」


 クレールが慌ててレドを制止すると、レドはにこにこと笑って言葉を紡ぐ。


「そんな遠慮することはないさ。俺と君達との仲だろう?」

「はぁ……またそうやって、お節介を押し付けないで下さい。レドは子供の時から変わっていませんね。」

「性分なんだ、仕方ないだろ?」

「まぁまぁ、この場に居る誰もがお人好しかと思いますがね……。」

「そう言うヴェスタさんだって、俺達の世話を焼いてくれるじゃないか。」

「マイン君の言う通り、ヴェスタだって彼等に寝床や住居を提供しているじゃないか。俺達は皆、似た者同士さ。」

「……貴方にだけは言われたくありませんね。」


 マインとレドに図星を突かれると、ヴェスタは瞼を閉じて思わず顔を背ける。

 そんなやり取りにヒゥヘイムは若干肩をすくめて笑うも、マイン達に向き直って声を掛ける。


「皆様が抱えている事情はわかりました。わざわざ、私達のためにお越し頂いてありがとうございます。引き続き、私達は皆様に協力する所存ですので、何かあればすぐに仰って下さいね。」

「ありがとうございます。ヒゥヘイムさん達のご厚意には、いつも助けられていますし、とても心強いです。」

「でも……俺達が異世界から来たって、なんで信じてくれるのかな……?普通に考えたら、有り得ない話なんじゃ……?」


 エディーが不安そうに問い掛けると、ヒゥヘイムは本棚から1冊の本を取り出してマイン達の前に差し出す。




「それは……『異世界』という言葉が、有り得ない話では無いからです。」

「え?それって、どういう……」




 マインがヒゥヘイムから書物を受け取り、表紙に書かれた題名を読み上げる。

 題名には、『遠き昔の王様』と書かれており、ヒゥヘイムはマイン達が題名を確認した後に話を続ける。


「その本は、ある話を童話にして書かれているものなのですが……その童話の中に、『異世界』ではないかと思われる記述があるのです。無論、そう明言しているわけではありませんが……童話の記述といい、黒い亀裂といい、私達の世界では『異世界が存在しているのではないか?』という見識が一般的に広まっているのです。なので、皆様が異世界から来たと仰った際に驚きはしましたが、不思議ではありませんでした。もし宜しければ、その童話はお譲りしますので、後で内容を確認して頂ければと思います。皆様が、あの王国の遺跡……パクス・ディ・アールの歴史について調べるのであれば、童話の内容がお役に立てるかもしれません。」


「それって……もしかしなくても、この童話はフィルが言ってた本か!」

「ええ、フィルが示した本で間違いありません。」


 マインは再び本の表紙に目線を落とした後、再び顔を上げてヒゥヘイムに問い掛ける。


「そういうことなら……この本は、俺達が持って帰ってもいいか?」

「ええ、勿論です。この様に、些細なお手伝いしか出来ないかもしれませんが……例え少しでも、調査のお役に立てれば幸いです。」

「本当に、何から何までありがとうございます。私達の境遇を受け容れて下さったこと……そして、童話をお譲りして頂いたこと、深く感謝致します。」


 クレールが頭を下げて礼を伝えると、ヒゥヘイムとレドは笑みを浮かべて頷き、ヴェスタはゆっくりと椅子から立ち上がる。


「それでは……ヒゥヘイム達への説明も終わりましたし、夕刻を過ぎる前に大工の家へ赴くとしましょう。」

「そうですね……玄関の改修は早急に解決するべき問題ですし、ここで引き留め続けるわけにもいきません。私も仕事が残っておりますので、ブラーヴシュヴァリエまでお見送りしますよ。」


 そう言ってヒゥヘイムとレドも立ち上がった、その時——マインが慌てた様子で腰を上げながらヒゥヘイムに声を掛ける。


「そ、そうだ!俺……ヒゥヘイムさんに1つ、返さなきゃならねぇもんがあるんだった!」


 マインはヒゥヘイムの前に佇むと、腰に下げていた剣を下ろし、ヒゥヘイムの前に差し出す。


「これ……治療薬の材料を取りに行くまで借りてたけどよ……今度こそ、返さなくちゃなって思ってたんだ。」

「そうだ……私も、レドさんに弓と矢筒を返却したいと思います。今まで、勝手にお借りしていて申し訳ありませんでした。レドさんの武器を使わせて頂いたお陰で、守りたいと願うものも守れましたし……これからは、自分達の手でこさえた武器を扱おうと思います。」

「もし、手入れとか修繕費用が必要なら、ちゃんと稼いで返すって約束するぜ。」


 マインとクレールは各々が返すべき相手に武器を差し出すも、両名とも手を挙げることは無く、揃って首を横に振った。




「いいえ……その剣は、正式にマインさんにお譲りしたいと思います。」

「俺も。その弓はクレールちゃんが使っていてくれ。」




「えっ?けど……この剣と弓は、2人にとって大事な仕事道具なんじゃ……」


 マインとクレールが戸惑った様子で呆然としていると、ヒゥヘイムとレドは2人に思いの丈を打ち明ける。


「私は、父から剣術を習ってはいましたが……仕事で使用することは殆どありませんし、この街を救って下さったマインさんに使って頂いた方が……その剣も喜ぶと思います。」

「俺の弓は確かに仕事道具なんだが……予備なら家にたくさんあるし、俺もヒュムと同じ意見で、俺達を救ってくれたクレールちゃん達に使っていて欲しいのさ。だから……君達が今後、新しく手に馴染む武器が手に入るようになるまで、その武器を使っていてくれ。街1つを救った英雄達に使い倒されるなら、俺達の武器も本望さ。」


 ヒゥヘイムとレドから正式に武器を譲り受けると、マインとクレールはしばらく迷っていた様子だったが、潔く手元に武器を戻したのだった。

 マインとクレールは改めて2人の顔をそれぞれ見つめると、まるで決心したかのように武器の柄を握り締めて口を開く。


「……わかったぜ。ヒゥヘイムさんがそう言ってくれるなら……この剣は大事に使わせてもらうぜ。」

「ええ、そうして頂けると……私も皆様のお役に立てているような気持ちになって、嬉しいのです。」

「レドさん……不可抗力だったとはいえ、正式に弓を譲り受けたからには……必ずや、この弓で失いたくないものを守り抜いてみせます。」

「ああ……君達なら、きっとできるさ。何てったって、君達は出会って1日や2日しか経っていない俺達を……命を賭して救うほど、お人好しなのだからね。」

「それを、レドさんが言うのかぁ?」


 マイン達は思わず笑いを零し、ひとしきり笑った後で玄関先へと赴く。


「それじゃ……またな!ヒゥヘイムさん、レドさん!」

「ああ。近場とはいえ、気を付けて帰るんだよ。」


 ブラーヴシュヴァリエに辿り着くと、マイン達はヒゥヘイムとレドと別れ、大工の家へ向かう。

 傷付いたフロワドゥヴィルの街並みは冷え切っていたが、それでも明日は巡り、朝日が昇ってくる。

 マイン達もまた、元の世界に残して来てしまった家族や友人の安否を憂いながらも、止まることの無い時を無駄にせず、前に進み続けようとしていたのだった。


 こうして、マイン達の「元の世界に戻る」という、細やかで壮大な新生活は幕を上げたのだった——。



次回投稿日:5月29日(金曜日20時頃)

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