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第14話 招かれざる客

 エレノア様が結界の外で誰かと揉めている。

 そんな騒ぎを聞きつけて、私はフィオナさんと共に家の外へ出てみた。

 一体何事だろうか。


 結界の外には一人の男性がいた。

 高価そうな騎士の鎧は泥と葉で汚れ、その表情には疲労の色が浮かんでいる。

 だがそれよりも私が驚いたのは、彼のその姿だった。

 地面から首だけが出ている。

 まるで畑に植えられた大根のようだ。

 十中八九、エレノア様の仕業に違いない。あの人は時々こういう乱暴な悪戯をするのだ。


「――お待ちください、エレノア様!」


 私は慌てて声を張り上げた。

 どんな理由があるにせよ、客人に対してあまりにも失礼だ。


「まずは、お話を聞きましょう」


 私がそう言うとエレノア様は少し不満そうに口を尖らせたが、素直にこちらへ振り向いてくれた。

 そして地面に埋められた騎士が、驚愕に見開かれた瞳で私を見つめていた。


「……リリア、様……?」


 その声に私ははっとする。

 聞き覚えのある声。そしてその顔にも見覚えがあった。


「あなたは……クラウス様?」


 クラウス様。近衛騎士団に所属し、アルフォンス王子の側近を務めていた誠実な騎士。

 王宮にいた頃、数えるほどしか話したことはない。だが貴族たちが私を遠巻きにする中で、彼だけはいつもきちんと礼を尽くして挨拶をしてくれた。

 その実直な人柄はよく覚えている。


 なぜ彼がこんな所に?

 私の疑問に答えるより先に、エレノア様が呆れたように言った。


「なんだ、リリアちゃんの知り合いか。だったらそうと早く言え」

「え、ええ、まあ……」

「ちっ。だったらもう少し丁寧に埋めてやったのによ」


 そういう問題ではないと思う。

 エレノア様がぱちんと指を鳴らすと、クラウス様を拘束していた土が魔法が解けるようにさらさらと崩れていった。

 自由になった彼はよろめきながらも立ち上がり、必死に服の土を払っている。


「申し訳ありません、クラウス様。エレノア様に何か失礼を?」

「い、いえ、そのようなことは……。ただ私が事情を上手く説明できず……」


 彼はちらりとエレノア様を見て口ごもった。

 無理もない。彼女の威圧感は並大抵のものではないのだから。

 私は改めて彼に向き直った。


「ようこそ、【サンクチュアリ】へ。ささやかですが、お茶でもいかがですか」


 私は客人をもてなすように、にっこりと微笑んでみせる。

 それが今の私にできる精一杯の礼儀だった。


 ◇     ◇     ◇


 クラウス様を私のコテージへと案内する。

 彼は道中ずっと落ち着かない様子で周りを見回していた。

 まあ仕方ないだろう。

 庭先をユニコーンが横切り、空をペガサスが飛び交う光景は、初めて見る者にとっては衝撃が大きすぎる。

 彼は何度も自分の目をごしごしと擦っていた。


「さあ、どうぞ。お掛けください」


 テーブルについても彼はまだ緊張で体を硬くさせている。

 フィオナさんが淹れてくれたハーブティーと、私が今朝焼いたばかりのクッキーを彼の前に置いた。


「……これは」

「お口に合うかわかりませんが」


 彼は目の前のクッキーと私の顔を交互に見つめている。

 その瞳には困惑と安堵、そして何かを確かめるような真剣な光が宿っていた。

 やがて彼は意を決したようにクッキーを一つ手に取った。

 そしてゆっくりとそれを口に運ぶ。

 次の瞬間、彼の瞳が驚愕に大きく、大きく見開かれた。


「こ、この味は……! この聖なる力は一体……!」


 彼はクッキーを持ったままわなわなと震えている。

 うん。その反応はもう見慣れたものだ。

 私はにっこりと微笑みかける。


「さてクラウス様。落ち着いたところで、お話を伺ってもよろしいでしょうか」


 なぜあなたがここにいるのですか、と。

 彼の口から語られるであろう言葉が、私にとってとうの昔に捨てたはずの過去からの伝言であることに、私はもう気づいていた。

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― 新着の感想 ―
数度話したことがあるだけのやつを客人として迎え入れるなんてお優しいねぇ
随分とリリアは自分勝手。初代と2代目の追放聖女の楽園でもある場所につい最近来たばかりのリリアが自分も追放し、なお初代と2代目が敵意を持ってる国の人間を確認も取らずに結界内に入れるって自己中過ぎでしょ!
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