第13話 これが聖女の里の流儀(クラウス視点)
圧倒的な数の【聖獣】たちに包囲され、私は背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
一匹一匹が並の騎士団では到底太刀打ちできないほどの威圧感を放っている。
これが、この森の真の姿だというのか。
私が剣の柄に手をかけ覚悟を決めた、その時だった。
結界の向こう側から、一人の女性がまるで散歩でもするかのような気軽さで歩み出てきた。
燃えるような真紅の髪を無造作にポニーテールにまとめている。
着ているのは動きやすそうな革鎧とズボン。貴族的な優雅さはないが、その立ち姿にはそこらの将軍など比較にもならないほどの覇気があった。
間違いない。この人物こそが、この結界と聖獣たちの主だ。
「あんた、王国の騎士だな。こんな結界のど真ん中まで何の用だ?」
女性は私を値踏みするように見つめながら問いかけてきた。
その声は若々しくも、有無を言わせぬ力強さを持っている。
私は騎士としての礼を尽くすべく、背筋を伸ばした。
「私はアステリア王国近衛騎士団所属、クラウスと申します。北の森の調査のため参りました」
「調査、ねえ」
女性は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「近頃この森の周りを嗅ぎ回るネズミが増えているとは思っていたが……まさか王家直属の犬が来るとはな」
その言葉には王国に対する明確な敵意が込められている。
どうやら穏便に話が進む相手ではなさそうだ。
だが私には果たさねばならぬ使命がある。
「あなた方がこの森の主とお見受けいたします。私はあなた方に敵対する意志はありません。ただお聞きしたいのです。ひと月ほど前、この森に追放されたリリアという女性の行方をご存じないでしょうか」
リリア様。
その名を口にした瞬間、女性のまとう空気がぴりりと張り詰めた。
彼女の碧い瞳が剃刀のように鋭い光を宿す。
「……リリアを、知っているのか」
「はい。私は彼女を……リリア様を、お探ししております」
「探してどうする? またあのくだらない王宮に連れ戻すとでも言うのか?」
一歩、彼女がこちらへ踏み出す。
ただそれだけで凄まじい圧力が私の全身にのしかかった。
空気が重い。呼吸が苦しい。
だがここで引くわけにはいかない。
「左様です。彼女は王国に必要な御方。何としてもお連れせねば……」
私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、女性は心底うんざりしたように深く息を吐いた。
「……話にならんな」
彼女はそう呟くと、面倒臭そうに片手を軽く振った。
「不法侵入者にはそれなりのもてなしをしなくちゃな。少し頭を冷やしてもらうとしよう」
直後、私の足元の地面がまるで生き物のように隆起した。
「なっ……!?」
咄嗟に後ろへ跳ぼうとするも間に合わない。
土は瞬く間に私の足首に絡みつき、膝を、腰を、そして両腕を固めていく。
土の魔法か。だがこれほど高速で精密な魔法など、王宮の魔導士長ですら不可能だ。
あっという間に私は首から下を完全に地面に埋められ、身動き一つ取れなくなってしまった。
王国屈指と謳われた私の実力は、この謎の女性の前ではまるで赤子同然だったのだ。
「さて、と。しばらくそこで反省していな」
女性は私に背を向けると結界の中へ戻ろうとする。
待ってくれ。これでは話にならない。
私が必死に声を上げようとした、その時だった。
「――お待ちください、エレノア様!」
結界の向こうから、凛として、それでいてどこか懐かしい声が響いた。
その声に赤い髪の女性――エレノアはぴたりと足を止める。
やがて二人の女性が結界の中から姿を現した。
一人は穏やかな銀髪の女性。
そして、もう一人は。
亜麻色の髪を風になびかせ、心配そうにこちらを見つめるその少女。
粗末な村娘の服を着ていてもその気品は隠せない。
間違いない。
「……リリア、様……?」
私の呟きに少女は驚いたように目を見開いた。
生きて、いた。
しかも王宮にいた頃よりもずっと血色が良く、その瞳には力強い光が宿っている。
その事実に安堵すると同時に私は自分の無様な姿を恥じた。
助けに来たはずが、これではどちらが助けられているのか分からない。
私はただ地面に埋められたまま、彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。




