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第14話:可哀そうだと思ったから

 その後、入稿までの段取りや挿絵の相談など交わしているとあっという間に時間が流れた。時刻は午後五時、もうそろそろ夕飯の時間だ。


「未来は夕飯の予定は?」

「特にないですね。帰りにスーパーに寄ろうかと思ってました」

「なるほど……なら一緒にピザでも食べるか」

「――――ピザですか⁉」


 未来の返答は異常なほどにうわずっていた。何かとんでもない地雷を踏んでしまったのかと、俺は恐る恐る言葉を続ける。


「もしかして嫌いだったか?」

「い、いえ、そのお恥ずかしながら……私、ピザって食べたことないんですよね」

「えっ、今まで一回もか」

「はい。ピザどころかデリバリー系を頼んだことって一度もありませんね」

「あー、でも地域によってはそうだよな。俺も実家がかなり田舎だから、そもそもデリバリーの配達範囲外だったしな」


 だがデリバリー関係なく、一度もピザを食べたことないのは少しだけ驚きだ。


「部の飲み会とかで出たりしなかったのか?」

「飲み会はその……ちょっとお値段が高くて……」

「あ~、なるほどな」


 俺たちの時代は飲み放題含めて三、四千円くらいだったがこの物価高だ。今の飲み会は一人暮らしの学生にはかなりのダメージだろう。


(前にバイトの話をしていたけど節約できるところはしたいもんな)


 そんな中、俺を探すためにイベントをはしごしたり、新刊既刊を全部買ってもらったり、さらに一時期はコスプレのイベント代を全額負担しようとしてくれたのだ。未来のことを知れば知るほどエレナに対しての彼女の本気がどんどん伺えてきた。


 俺はうんうんと頷くと、未来は申し訳なさそうに手を上げた。


「ですがピザはかなり高価なのでは」

「ああ、それなりにな。だがそれはデリバリーした場合だ」


 俺はピザ屋のメニュー表を取り出すと赤背景に白字ででかでかと書かれた文字を指さす。


「持ち帰りならなんと半額だ!」

「―――そんなこと許されるんですか⁉」

「それだけ宅配が大変なんだろうな。だが何と、俺のアパートからピザ屋までは十分もかからない。と言うわけで好きなピザを選んでおいてくれ!」

「は、はい‼」


 初ピザが相当嬉しいのか、未来は目を輝かせながらメニューを眺めていく。だが。


「……………………」


 その顔に陰りが見えるのは多分見間違いではないだろう。



 外に出ると太陽はもう沈んでおり外はすっかり暗くなっていた。街灯や家の明かりがぼんやりと灯り、冷たい風が吹きつける。


 ピザ屋への移動中、俺は何となく声をかけられずにいた。するとその空気を察したのか未来は少し言いづらそうに喋り始める。


「……私、少しだけ嘘をついてしまいました」

「嘘?」

「飲み会のことです。私、こういう性格なので……場の空気を壊してしまうのが怖いんですよね……」


 なるほど。と思うが今度は声に出さなかった。未来からすればこちらの理由が本命なのだろう。未来は遠くを見るように夜空を見上げる。


「高校生の文化祭のときです。皆でお化け屋敷をやることになって、私は美術係になりました。放課後もギリギリまで一人で作業して大変でしたけど、普段クラスにとけ込めない私もクラスの力になれるって凄く嬉しかったんです。そしてクラス皆の頑張りで文化祭の人気投票で一位を取ることが出来ました」


 そう語る未来はどこか誇らしげな顔をしていた。だがそれに陰り見えたのはそのすぐ後だ。


「その後クラス皆で打ち上げに行ったんです。みんな本当に嬉しそうで、楽しそうで、でもそんな時クラスの子に言われたんです。『どうしてあんたそんなつまんなそうな顔してるの皆冷めてるんだけど』って、そんなつもりはなかったんですけだね」

「未来……」

「大きな声だったので皆が一斉にこっちに振り返って、私は愛想笑い一つ返せなくて、結局その後すぐに帰ってしまいました」


 そう言うと未来はその場で立ち止まる。


「それから、そういう集まりには行けなくなってしまって。あっ、でもサークル活動はそういうわけじゃないんですよ。でもやっぱり飲み会とか打ち上げとかそういう空気がまだ少し苦手なんですよね」


 そう未来は表情一つ変えないで言葉にしている。と今までの俺なら思っていたかもしれない。


 俺と未来が出会ってまだほんの少しの時しか流れていない。だがそれでも彼女の憤りを感じられた。

(辛くない訳ないよな)


 そんな彼女にどんな言葉をかけてあげられるだろうか。いや、当時の彼女を知らない俺がかける言葉などただただ薄っぺらなものだろう。だからこそ、俺は『今』の話しをすることにした。


「だったらさ、俺と練習してみるか?」

「練習、ですか?」

「ちょうどこれからピザを買うわけだし、飲み会風? な感じでお喋りしてさ。まあ俺も飲み会なんて大学の時と仕事先で年に数回ぐらいだから参考になるか分からないけど」

「そ、そんなこと」

「ああ、でも飲み会に出ることを無理強いしている訳じゃないぞ。最終的に行く行かないは未来の自由だ。ただ、いきなり多数が怖いなら俺がいい踏み台になれればなーってな」


 俺がそう言うと未来は恐る恐るこちらを見る。


「悠介さんは……どうしてこんなに私に気をかけてくれるんですか。私、悠介さんにご迷惑をかけてばかりなのに」


 そう言って未来は再び視線を外す。俺は「そうだなー」と顎に手を添える。


(未来はこんなにいい子なのに……どうしたら自信を持ってくれるだろうか)


 彼女の苦しみは重々理解しているつもりだ。そのトラウマが簡単に解決するとは俺も思っていない。だがそれでも彼女には少しでも前に向かってほしかった。


 だからこそ俺は正直な気持ちを『仰々しく』伝えることにした。


「可哀そうだと思ってさ」

「……可哀そうですか」

「ああ、そうだ。だって未来はこんなに可愛い女の子なのに周りが知らないなんて本当に可哀そうだ」

「そうです。私はなんてこんなに可愛いのに…………ふえっ?」

「イラストは細かいところまで丁寧に仕上げるし料理はどれも絶品。創作やアニメも熱く語れるしな!」

「ゆ、悠介さん」

「会話のキャッチボールも小気味いいんだよな。こっちの喋りたいことを喋らせつつ、ちゃんと自分の意見も聞かせてくれるし」

「悠介さん、悠介さん」

「オタクが絵にかいたような完璧な女の子なのにその魅力を知らないなんて――――」

「悠介さん‼」


 未来は頬を燃えるように赤くするとひと際多き声を上げる。べた褒めタイムもここで限界のようだ。俺は「すまんすまん」と未来を宥めた。


「い、いきなり何を言っているんですか!」

「俺は思ったことを口にしただけだぞ。だから自分なんかはって言わないで、もう一度くらい勇気を出してみてもいいとは思うけどな。大丈夫、未来は魅力的なんだからさ」


 俺がそう言うと未来は肩を丸め縮こまってしまう。


(少し荒療治だったか。だけど未来はこれくらい言わないと聞いてくれないよな)


 未来の悩みは分かる。だがそれを有り余るほど彼女は魅力的なことを俺は知っている。


(未来は俺とは違う。ほんの少し何か切っ掛けがあればきっと上手くいくはずだ。だから、今はごめんな)


 心の中で俺は頭を下げる。するとそれとは逆に未来がゆっくり顔を上げた。彼女は恨めしそうに俺を見る。


「……悠介さんから見て、私は可愛い女の子ですか」

「えっ、おお、凄く可愛いくて魅力的だと思うぞ」


 大学でその魅力に気付いてもらえれば、感情のトラウマも乗り越え、きっと素晴らし仲間や恋人にも出会えるだろう。そんなことを心の中で付け足す。


 ストレートに褒めたせいか未来は恥ずかしそうに髪で顔を隠す。そしてぼそぼそと声を漏らした。


「…………可愛いって、悠介さんが私のこと可愛いって」

「うん? ごめん声が小さくて」

「な、何でもないです! それより早くピザ屋に行きましょう‼」

「お、おう」


 背中をぐいぐい押されるがままに道のりを急かされていくのだった。


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