第13話:貴方の部屋に私の居場所を
次の日の日曜日、相も変わらず未来は俺のアパートに来ていた。硝子テーブルにコーヒーを置くと未来も同時にマフィンを取り出す。何とこれも前回の物も未来の手作りらしく随分と驚かされた。
マフィンを口に運ぶ。ふわふわとした生地が口の中で溶け、チョコチップの甘さが広がると自然と顔がほころんでしまう。だがすぐに俺は申し訳なさで顔をしかめてしまう。
「それに比べて俺は何だかな~」
「どうしました悠介さん?」
「いや、お湯で溶かしただけのコーヒーしか出せなくて申し訳ないなって」
そう言って『お椀』を掴むとコーヒーを口に運ぼうとする。するとその姿を見て未来はブンブンと首を横に振った。
「そんなこと言ったら…………私がマグカップを使っているせいで悠介さんにはご不便をおかけしてしまって」
「いやいや全然。これで飲むのは慣れてるし」
実際コップ一つで洗剤を使ってしまうのももったいなく感じ、他の食器で代用することは日常茶飯事だ。そう言って俺はズズズーっとコーヒーを口に運ぶ。その姿を見て未来は複雑そうな顔をした。
(でもまあ確かに、家主にお椀でコーヒーを飲ませてたら居心地悪いよな)
今度仕事帰りにでも百均に寄っておこう。俺がそう思うと同時に未来が声を上げる。
「悠介さん、もし良かったらこれから食器を買いに行きませんか」
「俺は大丈夫だけど未来はいいのか?」
「はい、今日予定だった挿絵の確認は昨日もうしてますし、駅前のスーパーなら十分もかかりません。それに……やっぱり私が気になってしまいまして」
「……まあそれはその通りだな」
特に反対する理由もないので俺と未来は駅前のスーパーに向かうことにした。
◆
この地域唯一のスーパーマーケットは俺も含め地元の人間には欠かせない存在だ。かくいう俺も仕事帰りに半額弁当を狙いに来ることも多い。そのスーパーに併設している百円ショップは店舗としてはあまり広くないが、その分ジャンルを家庭用品に絞り所狭し並んでいる。俺と未来は肩を並べ食器コーナーを眺めていた。未来は顎に手を添えると右から左へと視線を動かす。
「これだけいっぱいあると困りますね。悠介さんはどれがいいと思いますか?」
「えっ、俺⁉ いや、別にどんなマグカップでもいいとは思うけど……」
「でもあまり可愛らしい物が置いてあったら困ったりしませんか?」
と言って未来はチラチラとこちらを伺ってくるが話の意図が見えてこない。
「別にどんなマグカップが置いてあっても困ることはないけど……いやほんと好きなの選んでもらって大丈夫だぞ」
「本当にですか?」
「えっ、あ、おう。本当にだ…………???」
もしかして俺が知らないだけでマグカップというのは何かの隠喩なのだろうか。そう疑わざる得ないほどの念の推しようだ。結局俺は言葉の意味のままに首を縦に振ることしか出来なかった。
俺の反応を見て未来は「そうですか」と答える。無表情な顔とは裏腹にその声は何かを安堵しているようにも聞こえた。
「なぁ、今のはどういう意味が――――」
「これにしようと思います。お花の柄が綺麗なので」
俺の言葉に被せるように柔らかなピンク色の花々が描かれたマグカップを見せてくる。
(…………まあ別にそこまで気にすることでもないか)
俺はそのマグカップを受け取るとそのまま会計へと向かう。今は百均もセルフレジの時代か。そんなことを思いながら財布を取り出していると、その隣のレジに未来が並んだ。
「何か買い物か、ってそのマグカップは?」
未来が手に持っているのは今俺が持っている物の色違いだ。青色の花々が描かれたマグカップのバーコードを機械に読み込ませていく。
「これは私から悠介さんにプレゼントです。と言いますか私が使うカップなのに悠介さんがさっさと持って行ってしまったので……」
「いやいや、たかが百十円だし気にすることないに」
「だったら私のプレゼントもたかがその値段です。マグカップ一つでは何かと不便だと思いますし受け取ってください」
そう言って未来は一足先に会計を済ませる。俺もそのすぐ後に会計を済ませるとその背中をすぐに追いかけた。
百円ショップから少し離れると未来は買ったばかりのマグカップを俺に手渡してくる。それに習い俺もマグカップを渡すと未来は大切そうに胸に抱え込んだ。
「ありがとうございます悠介さん」
「いやこちらこそ」
「…………ふふっ」
いつものように未来の顔にはさほどの変化はない。だがそう声を漏らす未来の唇は少しだけ微笑んでいるようにも見えた。
◆
マグカップも新たに再び俺のアパートに戻ってくる。俺はテーブルの二人が見える位置にノートパソコンを置いた。
「さてElena/zeroの本を作るのは決定として聞いておきたいことがいくつか。まず一つに未来はサークル参加経験はあるか? 誰かの付き添いでも構わないが」
「ありませんね。それらしい経験と言えば先月の学園祭くらいでしょうか」
「今でも部活では部誌を売ったりしてる感じかな?」
「そうですね。と言っていろんな部活動が合体しているからか統一感はあまりありませんね。イラストを売る人や漫画を作る人、有志で短編を集めて一冊の本にしてる人など様々です」
「未来は?」
「私は知っての通り模写でしか作品を描けませんので……当日は展示のみとさせてもらいました」
「…………ふむ、なるほど」
俺は少しだけ思案すると視線をノートパソコンから未来へと移す。
「じゃあ次に二つ目の質問。俺たちでElena/zeroの本を作るということはもう決めている。それを踏まえてイベントに参加するかどうかってことだな」
「と言いますと?」
「初めて俺と会った時、未来は自分が納得できるエレナを描くことが出来ればそれで良いと言っていた。俺たちが納得する本を作るだけなら別にイベントに参加する必要もないんじゃないかと思ってな」
と口にした瞬間、モヤッとした気持ちが心を締め付ける。これは意地悪な、いや『意気地』のない言葉選びだ。
(今までの努力のかいもあって未来のイラストは既に上手いし、このたった数週間でドンドンと魅力的なものになっている。この調子なら一年もしないうちに物凄い絵描きになるはずだ)
ほぼ確信的なその姿を想像できるからこそ、未来にはこの本が完成した後の苦しみを味わってほしくなかった。
(きっとこのElena/zeroはかなりいい本になるだろう。だけどその凄さは他人には多分伝わらない。伝わるどころかその存在すらほとんど認知されないだろう)
マギカナイツで二次創作を始めて十数年、俺はジャンルから離れていくサークルと読者をリアルタイムで見続けてきた。
イベントの度に分厚い漫画を描き上げるもの、人を集めアンソロジーを発表するもの、圧倒的クオリティで一点物のイラスをと販売するものなど様々にいた。
だが公式から供給はもちろんなく、それ故の読者離れに創作意欲保てずそのほとんどは引退してしまった。俺自身が一番認めたくはない。だが現実としてマギカナイツはとっくの昔に終わっているジャンルなのだ。
(未来はこれからドンドン成長していく子だ。だからこそここで変に自信を無くしてほしくないんだよな)
俺がそんなことを思っている間に、未来もまた考えを巡らせていたようだ。だがその考えもまとまらないようで、困ったように小首をかしげる。
「うーん、そうですね…………悠介さんはどう思いますか?」
その言葉を聞いて俺はしめたと口を歪ませる。この流れでイベントに出る必要はないと言えば、未来は要らぬ痛みを負う必要もなくなる。
(それでいい。俺とElena/zeroはあくまで未来の成長のための踏み台だ。未来がこれからも楽しく創作をするにはそれが最善だ)
そう思い俺は口を開こうとする。だがそれよりも先に未来が言葉を続けた。
「私は正直どちらでも構わないんです。悠介さんと最高のエレナ様を表現出来たらそれで本当に満足なので」
未来の顔には気負いも焦りもない。純粋で、その眩しさに思わず目を背けたくなるほどの真っ直ぐな想いが存在していた。その表情を見た瞬間、俺の胸は激しく握り潰されそうになる。
(俺はいったい……今まで彼女の何を見てきたんだ……)
彼女の為と体のいい言葉を並べて、結局ただエゴを押し付けようとしているだけではないか。俺が大学生の頃、Elena/zeroを書いている時に何を考えていた。
(数年後の自分の姿か? 本の売り上げか? 違うだろう。俺はあの時、ただ純粋に大好きなエレナの物語を書けることが嬉しかったんだ)
その結果、部活内で『いざこざ』があり俺の本は未来の持っている一冊を除き部活から排除された。あの時は本当に悔しかった。だがその悔しさがあったからこそ、俺は今日までエレナ・アイスハートと共に歩くことが出来た。
未来だってイラストで有名になりたいわけでも大量の部数を捌きたいわけでもない。ただ自分の好きなエレナ・アイスハートのイラストを描きたいだけ、自分の大好きを表現したいだけなのだ。
その過程でもし未来が傷つくことがあるのなら俺が力になればいい。それこそが俺が本当にすべきことだろう。
「―――――馬鹿か俺は」
俺は両頬を力いっぱい引っ叩く。そのあまりにも盛大な音に未来は目を白黒させた。
「ど、どうしたんですか悠介さん⁉」
「いや、クソみたいな自分に活を入れてたんだ。なぁ、未来」
「は、はい」
「…………一緒にイベント出てみるか」
ここまで考えてビシッと言えないのは何とも自分らしいがこれが精いっぱい。だが実際未来はどう思っているのだろうか。実は盛り上がっているのは自分だけで、彼女自身そこまでイベントに興味がないかもしれない。
俺は窺う様に未来を見る。すると彼女は目を輝かせこちらを見ていた。
「はい、一緒に頑張りましょう悠介さん!」
そう答える未来の声はどこか弾んでいる気がした。もしかしたら彼女自身背中を押してもらいたかったのかもしれない。
(まあ俺がそう思いたいってだけかもしれないけどな)
相も変わらず表情から未来の感情を伺うことは出来ない。だからこそ彼女の言葉を信じて、俺も気持ちを切り替えていった。
俺は改めてノートパソコンに目を向ける。
「それで俺なりに今後のイベント予定を調べてみたんだけど、私的にはこのイベントがいいと思うんだ」
そう言ってカチカチとマウスをクリックする。開かれたページには今話題沸騰中のフリーレンや俺が生まれる前の作品のサリーなど、年代問わず様々な魔法少女が描かれていた。そのサイトには大きく『まじケット』と書かれている。
「魔法が関係してる作品なら何でもおっけーのイベントだ。規模も大きすぎずゆっくり全サークルを回ったとしても一時間もかからないぐらいだ」
そこで一度言葉を切ると俺はトップページのフリーレンのイラストにマウスポインタを当てる。
「もともと安定して人が見込めるイベントだったけど、フリーレンの影響もあって次のイベントにはかなりの人数がイベントに足を運ぶと思う。SNSに疎い俺たちはとにかくその場で作品を見てもらうしかない。だが多すぎても他に埋もれてしまう。多分これぐらいのイベントがベストだと思うがどうだろうか?」
「私もそれがいいと思います。イベントは三月、期間的にもちょうどいいと思います」
未来は「ちょうどいい」と口にするが体が強張っていることを俺は見逃さなかった。だがそれは当たり前だ。
初めての同人誌、初めてのイベント、そして彼女自身のイラスト制作に対しても問題、不安に思わないと言う方が無理な話だろう。俺はパソコンから視線を外し未来を見た。
「そんなに気負うことはないぞ。最悪、俺の既刊がいくらでもあるから当日穴を開けるなんてことはないからさ」
「そ、そうですよね」
そう言って未来は強張った顔で俯いてしまう。ああ、分かっている。今までの俺は彼女の為にとあれこれと勝手に先回りしてしまっていた。だが補助輪を用意することと、後ろで支えてあげることは似ているようでまるで違う。俺は未来を見つめたまま言葉を続ける。
「どんな形になっても当日は問題ない。だからこそ未来には全力で創作活動に打ち込んで欲しいんだ」
「……悠介さん?」
「俺に手伝えることなら何でもする。だから未来には自分の納得のいく最高の一冊を作ってもらいたいんだ。俺自身が……未来のイラストを一番楽しみにしてるからさ」
「―――――‼」
俺の言葉を聞いて、未来は驚いたように顔を上げる。だが俺の真剣な眼差しを見るとの顔に熱意がこもる。未来は胸に手を添えると「スゥー、ハァー」と呼吸を整えた。
「悠介さん、私、頑張りますね!」
「おうっ!」
未来の熱意に俺は笑みで応える。目標は決まった。そうして俺たちは今後のスケジュールについて話し込んでいくのだった。




