第12話:悠介さんは意地悪です
クレープ代を支払おうとする未来を何とか窘め、俺たちは再び公園のベンチに座り直す。
「って、普通に座ったけど公園で何か用があったんじゃないのか?」
「いえ、ちょっと外でスケッチでもしようと思っただけなので大丈夫です。冬も本番になると外に出るのもなかなか辛いですしね」
「確かに、これくらいの時間ならまだ耐えられるけど、日が落ちたら一気に寒くなるしな」
「そうですね。でも今日は外出してラッキーでした」
そう言って未来はクレープをぱくりと口に運ぶ。まるで小動物のような一口を見て俺は自然と笑みを零した。
「クレープも食べられたしな」
「ち、違います! いえ、確かにクレープを食べられたのも嬉しかったですけど、それよりも、あぅ、こほ、こほ」
急に声を上げたからか未来は小さく咳き込んでしまう。俺はどうしたものかとオロオロすると、手元にある微糖のコーヒーを思い出す。俺は急いで蓋を開けるとそれを未来に手渡した。
「微糖は大丈夫か、ほらこれ飲んで落ち着いて」
「い、いえ、これくらい大丈夫、こほ、こほ」
「ほら遠慮しないで、残り全部飲んでいいから」
「いえ、そういうことでなくてですね…………あぅ」
未来はコーヒーを受け取るとその飲み口をじっと見つめる。やはり微糖は苦手なのだろうか?
「飲みかけなのがあれだったか? 卵焼きの時に同じ箸を使っていたからあんまり気にしてないかと思ったけど」
「そ、それはその………………あぅ」
未来は顔を引きつらせながら僅かに視線を落とす。だがその後すぐに意を決したように顔を上げると煽るようにコーヒーを飲んでいった。
(逆に大丈夫か‼)
思わずツッコミを入れそうになるが、それでむせてしまっては元も子もない。俺の心配を余所に未来は無事コーヒーを全て飲み終えそれをベンチに置いた。
「……悠介さん、ありがとうございます」
未来はそう落ち着きを取り戻した声色で答える。だが俺は心配のあまり声を上げてしまう。
「無理しなくて大丈夫だからな」
「む、無理なんてしてないですよ」
「でも相当苦しかったんだろ。顔が赤くなってるぞ」
俺がそう指摘すると未来は空いている手で頬を抑える。そして彼女にしては珍しく難しい顔をする。
「…………悠介さんは意地悪です」
「うん? 今なんて??」
「むぅ……何でもないですよー」
そう言って未来はぷりぷりしながらクレープを口に運ぶ。俺はまた下手に話しかけてまた咳き込ませたら悪いと思いつつ、十一月の寒空に目を向けていった。
◆
しばらくして未来がクレープを食べ終えると、ゴミを捨て改めてベンチに座り直す。お互い口数が多い方でないので、何を喋ったものかと言葉に詰まる。
(マギカナイツの話なら無限に出来るんだけどな)
もともと干支一周分歳の離れた男女だ。話のとっかかりすら見えないでいると、未来はバッグからスケッチブックを取り出す。
「本当は明日と思ったのですが、良ければ見てください」
「明日と思ってたってことはもしかして!」
その言葉に期待が一気に高まる。俺は慎重にスケッチブックを開くと遊園地をバックにしたエレナの姿が描かれていた。
イラストと未来の顔を交互に見ると今にも興奮が爆発しそうだ。そんな俺とは逆に未来は不安げにこちらを見ていた。
「ど、どうでしょうか。コスプレ写真をほぼそのまま使ってしまったので、私にはよくわからなくて……」
「いやいやいや、めっちゃ最高だよ! 俺のイメージにぴったりだ」
「……本当ですか? 私に気を遣っていませんか?」
「気を遣うなんてないって! これだけ理想的なイラスト描いてもらったら、そりゃ手放しに誉めるもんだって」
「そうなのでしょうか……」
俺がべた褒めしても未来はまだ不安そうだ。俺は「そうだな~」と後頭部を掻くとスマホで遊園地の写真を表示した。
「多分構図としてはこの写真を使ったと思うんだ。俺もこの写真が一番見栄えが良いと思うし、それが正解だと思う。でも未来はこの写真をただトレスしたわけじゃないだろう」
そう言って俺はエレナの髪の部分を指さす。
「写真とは違って、イラストではエレナの髪が風になびいてる。これは感情の希薄なエレナの表情やポーズを変えることなく、髪を風になびかせることでエレナの心のワクワク表したんだろう」
「…………変ではなかったでしょうか」
「文章の意図に沿って本当に上手く書いてくれたと思ってる。自信を持ってくれ、未来のイラストは本当に最高なんだから」
遊園地での過ちは二度と起こさないと自分の気持ちを真っすぐに伝える。未来は人差し指で髪の毛をいじいじすると少しだけ視線を外す。
「ありがとうございます。ですが凄いのは悠介さんも同じですよ」
「俺が?」
「だって私のイラストと写真の差異にすぐに気付いたじゃないですか。流石の観察眼で尊敬します」
「そんな大袈裟な。ただ単にこの二週間、事あるごとに未来のコスプレ写真を見てただけだ」
「そうなんですね…………えっ?」
「……あっ」
(そこは別に言わなくても良かったのではないか俺!)
未来には正直な気持ちを伝えようという気持ちが完全に裏目に出てしまう。誠実であることと明け透けなのは違うというのに。
場が凍り付くのが分かる。だが言葉には本当に他意はないと急いで口を開く。
「いや、事あるごとに見てたって言うのはあくまで小説の参考資料としてだからな! 流石はオーダーメイドってこともあって衣装のクオリティーは高いし、アニメでは見れない構図もたくさんあったし‼」
(って、早口で言い訳して余計にキモ過ぎるだろ!)
学生の時も、社会人になってからも、セクハラやパワハラをするような人間には絶対になるまいと思っていた。だが身からにじみ出る気持ち悪さは拭い去ることは出来ないのかもしれない。
本当に資料として見ていたのだが何だかドンドンドツボにはまっている気がする。俺は「すまない」と深々と頭を下げるとスマホの画面を未来に見せる。
「データはもう渡し終わっているし写真はここで消すから許してくれ。えっと確か遊園地の写真はフォルダにまとめてあるから、それを丸ごと――――」
「――――駄目ですっ!」
耳元で大声をあげられるとぐわんと頭が揺れる。未来は「ごめんなさい」と言いながら俺のスマホ画面に手を添えた。
「写真を消したら絶対に駄目です!」
「いやでもいつまでも俺が写真持っているのもおかしいだろ」
「で、ですが……もしかしたら私の方のデータが何かの拍子に飛んでしまうかもしれませんし」
「パソコンにバックアップを取っておけば――――」
「もしかしたら同時にデータが飛ぶかもしれません! だからそのデータは悠介さんもしっかり取っておいてください‼」
未来にしては語気にかなり力がこもっている。俺は勢いに押されるまま首を縦に振った。
(でも黒のスパッツとはいえ、かなり際どいアングルもあるけど本当にいいのかな)
そう言葉に出そうとしたが、それこそセクハラではないだろうか。俺は頭の中で唸り声をあげるが、結局それを口にすることなく飲み込んだ。
「そ、それじゃあ写真のデータはこっちでも保管しておくな」
「保管とは言わず、私の写真どんどん使ってもらって構いませんからね」
「………………」
使ってと言うのは当然小説の資料としての話だ。そうと分かっていながらも未来のあまりの言い方に首筋から冷や汗が流れる。
(天然、何だろうけど…………この子は結構魔性なのかもな)
俺が同年代ならコロッと変な勘違いをしてしまったかもしれない。だが干支一周分離れていると、彼女の言動が逆に心配になってしまう。
(知らず知らずのうちに変な男を引っ掛けてないことを祈るばかりだな)
感情表現が苦手なだけで未来は本当にいい子だ。そんな彼女にはしっかりとした相手と幸せになって欲しいものだ。
「悠介さんどうしたんですか? 何か温かい目をしてますけど??」
「いろいろと上手くいくといいなって思ってな」
「????」
未来は小首をかしげるとキョトンとした顔をする。俺はそんな彼女をしばらくの間微笑ましく見守っていくのだった。




