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半身転生  作者: 片山瑛二朗
第5章 第十五次帝国戦役編
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第407話 誤差

 公国中央からミラ丘陵地帯への補給線の内、もっとも近い拠点であるレイクタウンは10月10日をもって陥落した。

 ではミラへの補給が無くなってしまうのかと言えばそうではない。

 兵站は戦線を維持するために最も重要な、まさに生命線、当然冗長化は済ませてある。

 レイクタウンを通るルートを除いて、公国軍は3つの補給路を有していた。

 見張りの兵士たちを置き、異変があれば即座に狼煙を上げる。

 そういう意味では、何も知らぬ間に全ての補給路が断たれるという事は考えづらかった。

 補給に使われていない道だっていくつもあるわけだし、兵站を完全に遮断するよりも正面の公国軍を打ち破る方が遥かに容易い。

 だから、物資運搬に付ける兵力が必要最小限になることもまあ仕方のないことだった。


「あと30分で出られるように準備してくれ」


 抑揚の無いアラタの声が辺りに通る。

 上官の戦死に伴って中隊を受け持つことになったアラタは、あの日以来どこか空っぽに見えた。

 あの日というのは、ハルツが死んだあの日のことだ。

 ハルツが死に、エクストラスキルホルダーを仕留め、後日裏切り者だった部下を処断した。

 大切な人が死に、自分と同じく神に呪われた少年兵を殺し、何度も共に戦ってきた同僚を殺害する。

 1人の人間が背負いきれるストレスではないのは明白だった。

 無関心にならねば、頓着しないようにしなければ、心揺り動かされぬように振舞わなければ、彼の心は粉々に砕け散ってしまうから。

 だから、彼は徐々に感情を殺していく。


「エルモ~、サボるなよ~」


「わ、分かってるよ!」


 一体いつになったらちゃんと働くのだと、アーキムが怒鳴り散らしている。

 当の本人はいつものようにどこ吹く風……というわけにはいかなかった。


「見えてんのかなぁ」


「エルモさん、そろそろ真面目に働いてよ」


 流石にさぼりも目立ち過ぎていて、最年少のキィに小言を言われる始末。

 エルモは自分が悪いと分かっていつつ、まだ斜に構えていた。


「うっせーなぁ。俺はこんな仕事よりも高尚な悩み事に頭を悩ませているのだよ」


「ふっ、どうせ大した問題じゃないでしょ」


 付き合うだけ無駄だとどこかへ歩いて行ったキィの判断は正しい。

 倍以上歳の違うキィに格の違いを見せつけられたエルモの傍には、同じ隊のバートンとアーキム、それからデリンジャーがいた。


「デリンジャー、聞いてくれよ」


「うわっ」


「なぁ、アラタ最近ヤバくね?」


「え、いや、まぁ。あまり落ち込み過ぎないと良いのですが」


「ちっげーよ。雰囲気鋭すぎない? ってこと」


「あー」


 彼にも思い当たる節があったのか、エルモの問いに同意した。


「ちょっと怖いぜ、あれ」


「2人とも黙って手を動かせ」


 分隊長のアーキムが軽く注意したところで、デリンジャーは作業に戻る。

 言うことを聞かないのはエルモだけだ。


「さっきだってよぉ、確かにサボってはいたぜ? でも、あの位置ならバレないだろ」


「黒鎧をそんな目的に使いやがって。いいから働け」


 2度目のアーキムの注意も、エルモには届いていないようだ。


「だいたいよ、シリウスとサイロスを1人で相手して瞬殺って普通にヤバくね? 一応1192小隊だったんだぜ?」


「確かに」


 保存用に長持ちする堅いパンを詰め込んだ箱を数え終わったところで、バートンも会話に入ってきた。

 彼も思うところがあるらしい。


「隊長、最近寝てないらしいな」


「んだそれ。眠れない的な?」


「いや、1人で訓練してるらしい」


 大真面目な顔で噂話を展開するバートンに、一同は『まさかぁ』と返す。

 戦闘経験豊富な彼らが疲弊して泥のように眠るくらい、今の戦場には戦いが溢れている。

 同じかそれ以上に動いていたアラタが夜まだ自主練習とは、にわかには信じがたい情報である。


「誰が見たんだよ」


 いつの間にかアーキムも参戦してきて、1192小隊第2分隊はまるで作業が進んでいない。

 アラタが残り時間30分と通達したところから、もう10分が経過しようとしていた。


「誰か直接見たのはいるのか?」


 再びアーキムが聞く。

 彼が脳内で思い描いていた流れとしては、結局のところ噂は噂でしかなく、アラタが夜間練習に勤しむ姿を見たものは誰もいないというオチだと思っていた。

 冗談を言っていないでさっさと働け、そう繋げたかったに違いない。

 だから、数秒後に挙手が出そろった時にアーキムはその双眸を疑った。

 まさか自分以外の全員が目撃していようとは、考えもしなかったのだ。


「え、お前らもか?」


 エルモが目を丸くする。


「いや、こっちのセリフだが」


 バートンが反応した。


「みなさん夜遅くまで起きているんですね。俺なんかトイレに行こうとしたときに見たんですけど」


 デリンジャーはどこか視点がズレている気もするが、とにかく夜中にアラタを見かけたらしい。

 そうなると見ていないのはアーキムだけ。


「ま、お前は寝るの早いしな」


「夜番くらい担当するが」


「たまたま当たらなかったんだろ」


 エルモのいう通り、アーキムが夜の見張りに立っている日もアラタは訓練に明け暮れていた。

 ただ、アーキムに見つかると小言を言われそうだからアラタの方から避けていたということを彼は知らない。

 秘密は秘密のままにしておくのが一番で、エルモはそろそろ話を畳みに入った。


「とにかくうちの隊長はヤバい、超ヤバい」


「ですね」


 デリンジャーは荷台に載せた木箱の数を数え直しながら生返事を返した。

 先ほどまで順調に数え上げていたのに、途中で会話に参加したせいで一から数え直していた。


「おい」


 そんな彼らの方向に、無機質で無味無臭な声がかかる。


「時間、減ってるよ」


「は、はーい……」


 言葉遣いは優しく、言い方も柔らかい。

 それでもアラタの声に冷たさを感じてしまうのは、エルモの感覚が鋭すぎるだけなのだろうか。

 午後2時半、第206中隊は補給拠点からミラ丘陵地帯に戻る為に街を出発した。


※※※※※※※※※※※※※※※


 平地と言っても、まったくアップダウンが存在しない土地なんてそうそうない。

 ごく限られた狭い土地の中という条件がつけば、そのような地形もあるだろう。

 しかし通常、数キロ先まで標高がほぼ変わらないというのは中々珍しい地形だ。

 だから、少し登り、そしてまた下る。

 そんな小さな上がり下がりを生み出す地形を前にして、アラタやキィの危機管理センサーが反応したのは自然な成り行きだった。


 何も敵の存在を感知、発見するばかりが警戒のスタートではない。

 アンブッシュ、つまり敵が待ち伏せに使いそうな地点に近づけば、兵士たちは警戒レベルを引き上げて周囲の索敵を行う。

 正面に上り坂、左には林、右には小川、後方は数キロ先まで平坦で逃げ場と隠れ場が無い。

 行きも薄々分かってはいたが、気になる地形だった。

 もはや習性と同レベルに自動的に警戒を強めるアラタは、近くにいたリャンに声を掛けた。


「連絡を」


「はい」


 聖火リレーのバトン、というよりはソフトクリームのコーン。

 円錐形をした金属の塊を逆さに持ち、下へ向かって尖がった先を掌で押し込む。

 すると先端を起点にリャンの魔力を吸い取り、使用に必要な魔力量を充填する。

 人口の魔術回路を駆ける無属性の魔力は、複雑に計算された機構を潜り抜けていくことによって特定の属性を持つようになる。

 今回は火属性、そして魔道具の中にはサタロニア松の葉とフォレストウルフのフンなどの燃焼材が詰められている。

 あとは徐々に熱せられた材料に火が付くのを待つだけ。

 数秒もすれば、モクモクと明らかに体に悪そうな色をした狼煙の出来上がり。

 持ち手は工夫されていて、煙が上がってからも保持し続けることが出来るのだが、煙の臭いと材料のせいでとても持つ気にはなれない。


「ケホッケホッ。置いときますね」


「……キィ、索敵」


「うん」


「それからルークさんの班にも周囲を警戒させろ」


 指示を受けてアーキムの馬が走り出す。

 アラタ直下の精鋭が第1192小隊なのだが、現在は第206中隊の中心的立場にいる。

 自然、中隊長アラタの声を届けたり、逆に下からの意見を集約して報告したり、彼の意思決定を補助する仕事が多くなっている。

 それでも戦闘の機会が巡ってくるくらいには、敵の勢いは強い訳だが。


 リャンが狼煙を上げて数分間。

 まだ返事の狼煙なり、接近なりは行われていない。

 たまたまボーっとしていてただいま準備中、そう思えなくもないほどのタイムラグ。

 小隊規模なら大声で叫んで反応があればヨシ、さもなくば……という考え方だったがこれはこの先通用しない。

 単に遅れているだけならいいのだが、とアラタの脳裏に再びアンブッシュの可能性が沸き上がる。


「中隊長に伝達。戦闘準備をして命令待機、交戦命令を出すまでは逃げに徹しろ」


 バートン、エルモ、デリンジャー、キィの4名が伝えに走る。

 待ち伏せられているとするならば、この辺りは既に敵の支配下にあるということになる。

 何も知らずのこのこ物資を持ってやって来た鴨葱が第206中隊ということになる。

 物資を奪われるのは手痛い打撃で、ここでアラタたち中隊を失うのもかなり痛い。

 そして何より、こんな場所に展開可能な敵がいるとは聞いていない。

 明らかに公国軍の眼を欺いた敵の行動が発生しているということになる。


 そこまで隊員たちの頭が回ったところで、まるで狙い澄ましたタイミングをもって報告が入る。


「敵襲! 敵襲です!」


「数ぅ!」


「不明! 正面に200が見えます!」


 200……戦えない数ではないとアラタは判断する。

 こちらは戦闘員が100名、実力差を考えれば十分蹴散らせる。

 しかし、足の遅い荷物を守りながら、敵の増援にも怯えなければならないのは性に合わない。

 うぅん、とアラタは悩む。


「隊長! 前の方が交戦許可を求めてます! 時間無いです!」


「ルークさんたちはどうなってる!」


「不明!」


「分かんないことだらけだな」


「アラタ、横からも来てる」


「チッ」


 キィが敵の存在を察知したという事は、数分もあれば敵はこちらと接触する。

 アラタの思考に時間制限が設けられ、思考の幅を狭めていく。


「隊長!」


「アラタさん!」


「アラタ隊長!」


 口々に決断を迫る部下たちは、もう逃げたくて仕方がない。

 どれだけの敵がいるのか分からないのだから、出来るだけ体力を温存しつつ味方と合流したいわけだ。


「アラタ、時間が無いです」


 リャンが決断を迫る。

 戦うか、逃げるか。

 以前のアラタなら間違いなく戦うと言っていた。

 しかし今は背負うものが多すぎる。

 小隊や、一般兵の命を預かるだけではない。

 わざわざ志願してきた冒険者たちの命を預かっている。

 命を出し惜しみしていては勝てるものも勝てないのは百も承知。

 それでも、今はその時ではないと考えるに至る。


「……逃げるぞ。荷物は置いていく」


「退却! 陣形を解いて走るぞ!」


 すかさず1192の隊員たちが伝令に走った。

 もう決定を変えることは出来ない。


「いいんですね?」


「仕方がない。ただし、騎馬半分を先行させて歩兵の速度に合わせろ。ここを迂回してミラに入るまで、俺たちが殿(しんがり)で敵を削る」


「また楽できそうにないですね」


「今に始まったことじゃない」


「だから”また”って言ったんですよ」


 アラタは腰の刀ではなく、騎兵が使う太く長い槍を手にした。

 黒光りする柄に、戦場で鍛え上げられた穂先。

 明らかに【身体強化】ありきで設計された異世界基準の武器。

 この戦争何度目になるか分からない、撤退戦だ。


「動け! ルークさんたちに続け!」


 数百の伏兵を隠していたのは見事。

 だが、その内訳がどこから来るものなのか、アラタは考えが至らない。

 計測の誤差と捉えているその考え方が致命傷にならないことを祈るばかりだ。

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