第9話 宣戦布告
《ログインしました》
高城と別れてそのまま家に帰ってきた。ログインするとそこは森。リスポン地点が変更できてないからな。くっ、今は夕方、もう一回海岸まで行けるか……?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「野犬の群れ、活発すぎない!?」
6回森の中で死にました。嘘だろおい、多分初日に襲ってきた群れの四足動物。あれが夕方から活発に活動してやがる。見た目は犬とかハイエナとかが近いだろうか。
「噛みつきと体当たりくらいしか無いのが優しさなのか……?
でも何より統率された死角への攻撃連打、あれがきつい」
あの野犬たちは一匹が吠えて獲物の視線や意識を向けさせて、他の仲間が隙を付く、という狩りをする。あえて反応せずに止まってみたが三匹に噛み付かれた。死角がダメなら数の暴力ということだろうか。容赦が無い……。
でも収穫はあった。
「えーっと、これだ。名前は《???》だから鑑定できてないな。見た目は紫色の……花」
なんかこうふわふわしたバラというか、見たことあるんだよな。あー、あれだ! 母の日で渡すやつ。
「カーネーション! カーネーション……カーネーション?」
名前は出てきたけど結果合ってるかは自信がない。なかなかしっかり見たことないしな……。
この花、結構な数収穫できた。7つか。全部紫色。少し淡い水色が花びらを縁取っている。綺麗ではあるけど、怪しさが勝つな……。怪しくて妖しい。毒がありそうだけどどこか気品もあるような。
「高く売れそう。見かけたら集めよ」
売る場所があるかどうかは置いといて!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
良い子は夜に出歩いてはいけない。
俺は悪い子ではないが良い子でもないので、ゲームの中では夜行性だ。夜目も利くし。
ドッドッドッド
足音がする、それも大型の。後ろか!
待ちわびたぜデカブツ!
「ギィヤァァァァア!!」
前回の一撃目は俺の体を貫くような、そういう爪の軌道だった。ただの大振りじゃない、爪で抉るようなピンポイントな攻撃!
だからこそ! お前の右前足のスイングは大きく後ろに飛べばかわせる!!
「よしっ!」
かわせた! よしよし! 良い感じ、次の攻撃も覚えろ。前と比べろ、比較して最善を探れ。
「ガァ!」
読んでいたかのように一瞬も止まらないドラゴン。奴は右前足を振り下ろした勢いのまま左の前足を軸に体を回す。そして木々を薙ぎ倒すように俺の前方、左側から太い尻尾が弧を描いて向かってくる! 剣で受けるには面積が広すぎる!
「ぐっ!!?」
とりあえず受けてみたけど案の定、足にも当たり判定あるわ。また木にぶつかるまで吹き飛んだ。これ衝撃が二回になるからいやなんだよなー。痛いし。
「ギシァ!!」
おん? 何笑ってんだてめー。
言っておくがレベル1相手に2回も攻撃してんだぞ? なっさけないだろドラゴンがよぉ!! 爪に至っては2回目でかわされちゃってんだぞ? ダサくないかぁ!!
負け惜しみ? いやいや、負けて当然! 何を惜しむことがある? 何を怖れることがある? 俺は全身全霊! 遠回りしてでもゴールする!
「待ってろドラゴン。お前は俺の獲物だ」
意識を失うまでの一瞬、奴に向けて言葉を放つ。これは宣戦布告。
「グルルァァア!!!」
奴は上等だと言わんばかりに既にポリゴンとなって消え始めている俺に向けて右足を真上から振り下ろした。
一方的な捉え方かもしれないが、俺たちは捕食者と餌の関係ではなく、お互いに敵対関係になったってことかな?
まあ腹が減ってなかっただけかもしれないが、気にすんな。俺の主観がこの世界を彩るんだ。良い捉え方をすればするほど、俺のモチベーションは上がるのさ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ドラゴンが少年を叩き潰す映像を映すディスプレイを眺めながら、男は呟く。
その呟きには歓喜が含まれていた。
「この少年、ドラゴンを倒そうとしている」
「ほんとか? できるか? レベル1だろ?」
「できるできないじゃないでしょ総蓮。やろうとしているのがいいんじゃない
。」
総蓮と呼ばれた身長2メートルはあろうかという大男は女からの指摘に対し、
「ハッハッハ!」
と豪快に笑う。
「そうだったな雀菜。んで、健次郎から見て勝ち目はあんのか?」
ディスプレイを見ていた男は総蓮に振り向き、何でもないように言う。
だがこの男、冷静なように見えてAIプログラマーなので絶賛興奮中である。
「勝ち目がない勝負も挑まないなら負けしか選べない」
「はいはい、健次郎はその良いこと言った感やめてね」
雀菜は呆れ顔だ。
「3人とも、こっちに来て手伝ってよー!」
その3人に女性から声がかかる。
「そうだぞ! お前らだけサボってんじゃねー!」
「特に雀菜! お前抜きで謝罪文なんて考えられるか!」
「なんで? それっぽいの書いといたじゃない。だから休憩中なのよ」
雀菜は大勢にジト目を向けられても知らん顔。表情がコロコロ変わるのは橋垣雀菜のチャームポイントである。
「総蓮はサボりだろ! こっち手伝え!」
「俺が謝罪すると思うか?」
「いやしろよ! ただのクズ野郎じゃねえか!」
大平総蓮は手伝う気もない。確かに頭を下げているところは見たことがないと、周りも思い出す。
「じゃあ健次郎!」
「今日は参観日だから」
「いや毎日見てんじゃん! 明日だぞ会見! 予定調和だけど事前準備は大事だろ!」
暖簾に腕押し、糠に釘。男女問わず集まる彼らは烏合であり、騒ぐ姿は学生たちの集まりのような気軽さである。
もれなく30を過ぎたいい大人なのだが。
「頭を下げる僕の身にもなってくれないか、大平くん?
そして参観日は皆で共有すべきだよ津田沼くん」
「「先生……」」
「今は社長のはずなんだがね」
先生と呼ばれた初老の男性は微笑みを絶やさない。が、その無言の圧力を感じ取れないほど二人は鈍感ではなかった。
「手伝います」
「俺は手伝えないけど質問パターンくらいは考えるぜ」
「よろしい」
質問への回答。スムーズに答えるために話し合う。スポーン地点の変更、ドロップアイテム、マップ、メンテナンス。様々なゲーム用語が飛び交う。
「詫びアイテムは無しでいくのか?」
「ああ、このままスキルポイントでいい。そうじゃないとつまらない」
「ま、そういうゲームにしたんだしな」
ここは【ピッキングアウト】を作ったゲーム会社。それは英雄を求める少年少女の夢が形作った会社。
彼らが作ったのはゲームであり、ステージ。
彼らは創造神であり観測者。
舞台は整えた。
英雄よ、英傑よ、新たな物語を作れ。