ゲイルムーヴ・ドリームライフ その15
町を駆け抜ける二輪の鉄製の馬に跨がり、リージェスは疾走する。彼は急いでいた。
「間に合う筈だ! 俺とお前なら!」
愛機を信じて見知った町を駆け抜ける。町を知り尽くしたリージェスだからこそ、人通りの少ない安全な道を選択できる。そして町を知り尽くしたリージェスだからこそ、これから起きる事件を未然に防ぎたいのだ。
唸りを上げ疾走する。しかしその焦りを共有した者はいない。リージェスが人を信用していないという訳ではない。セーベルに自身の推理を伝えれば状況を整理して答えをくれることは間違いない。会ったばかりとはいえ推理と調査を独自に行ってドミナディの盗掘の無実を証明してみせたバースライトの抜け目の無さも評価していた。
リージェスは地域のNPCの親密度が一番高い。バースライトが何をしていたかも大体把握している。聞かれたことを聞く、ということが出来るのは大きい。バースライトが何を掴んだのかも理解したし、ドミナディがあえて証拠を掴ませていたのも怪しいと判断した。
後一人、単独でスタンピードを解決した男がいるが……何よりも今回のイベントは報酬が無い。力を借りるのを渋るくらいにはこちらから出せるモノもない。無償で頼むにはゼノンはこの町に思い入れも無い。
ふと、グイネヴィア側の海岸で遊んでいた子供たちの言っていたことを思い出した。
『リージェスと鳥の兄ちゃんがいれば無敵なんでしょ?』
『鳥の兄ちゃんが言ってた! リージェスと俺がいれば最高に最強だって!』
子供たちを不安にさせないように言ったのだろう。しかしその言葉は一人で抱え込もうとしている今のリージェスには強く心に刺さる。
頼っていいのではないか。託していいのではないか。報酬も何も無くても手を貸してくれと頭を下げれば良かったのではないか。
ぐるぐると空回りする思考を頭を振って打ち消す。しかし強化された羽流登賦利兜の真の力を引き出すためには現段階ではただ馬力に頼るだけでは届かない。それこそあの、直進行動に補正がかかるという猪の服の力にでも頼らなくては……。
うだうだと考えるのは俺らしくない、と再び袋小路に入る思考を打ち消そうとハンドルに力を込める。とそこへその暗闇を掻き消すように
「見つけたぜリージェス! あれ!? バイクイメチェンした!?」
空から声が降ってきた。
リージェスと合流できたのはラッキーだった。なんかバイクがゴツくなってるけどこれは俺の売った猪将軍のアイテムで強化したってことなのかな? 厳つさが増したなぁ……。世紀末感も出てるな。まぁいいや本題本題。
急ブレーキで止まってくれたリージェスに近づいて単刀直入に本題をぶつける。
「リージェス、力貸せ!」
「いきなりだな、何をだ。今はそれどころじゃ、」
「グイネヴィア側は俺が何とかする。でも敵次第じゃ今の装備じゃキツい、この千鳥駆のメモリアークの力にかけるしかねぇんだ。それにはリージェスとバルトフリートの力が必要だ」
「っ!」
俺の言葉を聞いて言葉を詰まらせたリージェス。俺が自分と同じ考えに至っていたことが分かって驚いたんだろう。ああ、そうだ。今回のイベントは想像していた以上に戦闘が重要になっていたんだからな。
「なんでだ」
「ん?」
「なんでそこまでする? 今回のイベントは報酬の話なんてない。リソーストレイトがどうなろうと島暮らしのお前には関係がない。一人で戦いに出向く理由は何だ?」
へー、リージェスもそんなこと気にするんだな。もっと直情的だけど真っ直ぐな性格だと思ってた。別に俺が何を考えてようと気にしない、豪快さを持ってると思ってたわ。
まぁでも、言われてみればそうだよな。別に俺がこの町を守る必要なんて無いし、他のプレイヤーに推理語って人を集めてもいいもんな。まぁ、そこまで推理に自信があるって訳じゃ無いんだけど。それに理由ならもうあるんだよ。
「そんなの、約束したからだろ」
「子供たちとか?」
あれ? そんなことまで知ってるのか。まぁ、それも約束ではあるけども、最強も無敵も確約できるようなことじゃないんだよね。あれは見栄を張っただけだ。そっちとは別の、もっと最初の約束だ。
「忘れたのか? リージェスとだよ」
「俺と?」
「兄弟子と師匠を助けてくれって、そう頭を下げただろ? ならコンテストを無事に終わらせるのも助けるの一環だろ?」
俺は笑いながらリージェスに拳を差し出す。
「力貸せ、リージェス。この島ごと守り抜いて、コンテストは無事に開催無事閉幕だ。最高のハッピーエンドにしてやろうぜ」
一人じゃ無理でもここには二人いる。手分けすれば二ヶ所で戦える。こんなお得なことは無いだろう?
俺の言葉を聞いて決心したのか、リージェスは一つ息を吐いてから拳を差し出してきた。その表情は曇りから一転、晴れ晴れとしている。うんうん、それくらいが丁度いいぞ。これから暴れようって奴が悩んでたって仕方ないからな。
「分かったよ。代わりに俺にも力を貸せ、ゼノン!」
「ああ!」
拳と拳をぶつける。これで俺たちは一蓮托生。二人でこの島を守るなんていう大言壮語を実現させるバカ野郎たちだ。笑われるかもしれないが、まぁなんてことはない。最速で全てを終わらせて、何事もなかったかのように日常に戻るだけだ。
最速で最高の結末にしてやろう。生憎人間にブレーキは付いてないからな。
バイクに乗って疾走する俺とリージェス。ついでにフラム。
「みゃう」
うーん、3人乗りは違法かな? そもそもこの世界の道路交通法は馬車が対象だろうし関係ないか。2人と竜だからカウントの仕方が分からんな。
俺はとある理由で貸した猪王の突貫服を着たリージェスと推理を擦り合わせておくことにした。
「それで? リージェスはどこまで掴んでるんだ? 俺はドミナディが深海からリソーストレイに進軍していると睨んでるんだけど」
「大体同じだ。ただ同時に橋からも攻めてくると見ていい。海底調査のゴーレムは恐らく無人で、陽動に使うのが限界だろうしな」
「でもオールド・リバイアサンを追い払う程度には数と武力があるみたいだよ、オールド・リバイアサンの鱗は斬られたような傷があったから」
「だが斬るだけだ。深海の水圧に耐えられても遠距離装備はないハズだ。カタログスペックだがあのゴーレムは移動速度も低いし細かな挙動は出来ないらしいからな」
遠距離装備は無いか。確かに水陸両用と言えば聞こえはいいが元は調査用ゴーレム。深海の水陸に耐える構造を維持したまま砲撃が出来るように作り替える、または水圧に耐えられる砲身と機構の作成なんてそんな簡単に作れるモノじゃ無いだろうし。オールド・リバイアサンが見付かったのが最近のことなら尚更準備期間は短かっただろうしな。
「それにしても、このイベントはどういう意図があると思う? ストーリーとしてじゃなく、シナリオとしての話だ」
リージェスの疑問は尤もだと思う。だが俺はなんとなく意図を理解したつもりだ。
これはリージェスのように一人でパズルのピースを揃えられたプレイヤーでは分からないだろうし、あのスタンピードに参加していないプレイヤーにも分からない。なんだかんだ俺のピースの集め方が一番運営の理想系だったんじゃないかと今なら納得すら覚える。
「このイベントはそもそも、コンテストに参加する生産職と、そのパトロンになろうとする戦闘職で別れるようになってる。でもそこがもう違ったんだ」
「どういうことだ?」
「戦闘職で強制労働になったプレイヤーが出たことでパトロン希望の金策も隠れてこそこそやったり、逆に目立つくらい儲けた奴が出てきてただろうけど、これはプレイヤー同士の繋がりが少なくなる要素だ。
それこそ生産職しか知らない海底調査用ゴーレムの話や、NPCに聞かないと分からないスタンピード前のスライムの大量発生やオールド・リバイアサンの生息地なんかもそうだ。ただ金策の為とか、コンテストの為になんてやっててもパズルのピースは揃わない!」
それこそ俺だってバースライトにドミナディの話を聞かなかったら国の事情なんて忘れてた。でもそれも無実の証明しようと他の国のことを調べてたら分かったんじゃないか? 海底調査用ゴーレムを作ったガルウィンド王国が払えない量の資源を求められてドミナディに侵略するぞと脅されているとか、ドミナディはガルウィンド王国の技術にえらく興味を示したとか、そういう情報がさ! 実のところは知らないが現状そういうことだろうさ。
「スタンピードも今思えば見てるだけの戦闘の苦手な生産職が多かった。もし町に被害が出ていればNPCのプレイヤーを見る目が変わっていたかもしれない。居ても何もしないとか、金儲けしかしないとか、少なくとも参加していない奴はマイナスになってただろうな」
「なるほどな。しかもオールド・リバイアサン倒して素材を手に入れたとしても、それを生産職やそれこそ師匠のようなNPCに見せないと付いていた傷の話なんて出ないだろうな。
状況やメリットでプレイヤーを分断した上で、そのプレイヤー同士で協力しないとドミナディの侵略まで辿り着かないようになってるってわけか」
ドミナディの侵略。以前リージェスが逆に攻め込むことで時間を稼いで未然に防ぐことができたらしいが、諦めていなかったってことだ。
「でも根拠は!? 自分で言っといてなんだけど、状況証拠でクロってだけでガルウィンド王国がオールド・リバイアサンを追い払って海底で資源の採掘始めたって可能性も残ってるよな?」
「そこは住民に聞きゃ分かることだ! ガルウィンド王国の海底調査はリソーストレイトからも素材や技術面での協力が約束されてるんだよ! それを反故にしようもんなら資源供給が止まって終わりだ。あるか分からん海底鉱山に賭ける程危ない橋は渡らないだろうよ!
オールド・リバイアサンがグイネヴィア側の海岸に出たのも、ドミナディ側から追い立てたのなら納得できる。浅瀬でオールド・リバイアサンが目撃されるのは縄張り争いで負けて傷を癒すときだって爺さん婆さんが言ってたぜ」
うわぁ、そんな情報あったのか。住民の好感度の高いリージェスくらいしか手に入らない情報なんじゃ? いや、イベント限定のクエストとかがあるって聞いたしそういうので好感度を上げたプレイヤーがオールド・リバイアサンの討伐やスタンピードを鎮めていたら話聞けたのかもしれないな。
「じゃあ間違いない、今回のイベントはプレイヤー間の協力とNPCと関わること、そのどちらも満たしてやっと侵攻に気付けるようになってる。
下手すりゃ冒険者ギルドなら答えすぐ出たんじゃねぇの!? 村人よりか魔物に詳しいだろ!?」
「確かにな! 戦闘職はスライムだらけの海岸見て早々に盗掘に勤しんでたからな。お陰でレッドネーム化して使い物にならなくなった。盗掘については実は注意書き の立て札があったんだけどな」
「なら自業自得じゃん!」
プレイヤー同士でも情報渋って金儲けしようとしていた奴は多いだろうし、バースライトみたいに無実の証明狙ったやつも情報交換なんてしないわな。独り占めしたいもの。そもそも今回のイベントは報酬で明記されたものがない。市民権? がせいぜいだろう。足並みもバラバラになるわ。
個人じゃなく「全員でこの町を守りましょうね」なイベントだったとは。何がゲイルムーヴ・ドリームライフじゃ。いや、夢の日々から一転して転落人生になっていた可能性もあるけども!
「そろそろ橋だ! バリケード越えるぞしっかり掴まっとけよ!」
「おう! ってバリケードもゴツくなってないか!? 越えられるのかあれ!」
「そこはゼノン次第だ! オラァ!」
「マジかよハンドル任せたからな!?」
空に飛び立ったバイク。俺はリージェスの肩を掴んで立ち上がりウィンドアンカーの鳥足でシートを掴み『アンカーフッド』を起動し右足を座席に固定する。そして残った左足で『空踏み』をして虚空を蹴る。
反動で押し出されたバイクはバリケードを越える。そしてリージェスは傾いた車体を押さえ込み無事着地してみせた。
「ハッハー! やるじゃねぇのゼノン!」
「おいこれ心臓に悪いんだけど! 普通に事故ったら一発アウトだろ!」
「倒れなければ問題ないんだよ!」
問題しかないわ!
「たくっ、そんだけバルトフリート信用してんのに、なんでコンテストに出さなかったんだ?」
「あん?」
「聞いたぜ? 鍛治技術なら優勝間違いなしだって。でもここにあるってことはコンテストに出してないだろ? どうしてなのか聞いていいか?」
ここら辺はガトーショコライトさんに聞いたことだけど、コンテストに登録したアイテムはコンテスト終了まで手元に戻らないそうだ。だが俺とリージェスはこうしてバルトフリートに乗っている。リージェスがコンテストにバルトフリートを出品していないのは明らかだ。それが気になった。
「ハッ! コンテストだパトロンだなんだ、要するに量産しろってことだろ!? 俺は認めたやつにバイクを作るのはいいが、誰かも分からねぇ野郎に作るつもりはねぇよ!」
そう言ったリージェスの声にはこれだけは譲れないという強い思いが込められていた。
「バイクは危険な物だ。それを理解してねぇ奴に、あるいは理解して悪用しようとする奴に渡さねぇ。渡しちゃいけねぇのさ」
その言葉を聞いて、リージェスはただバイクを作った訳じゃないと俺は感じた。勿論好きだからという情熱がそこにはあっただろうけど、それだけじゃない。自分じゃない誰かが作って、大好きなバイクが人を傷付けることが無いようにバイクの恐ろしさを町を救ったという武勇伝と共に喧伝する。
リソーストレイトの子供たちを乗せるのもバイクに親しんで欲しいだけじゃなく、速さと力強さを体験させて危ないものだと感じさせていたんだろう。
「それがリージェスの戦う理由か」
「そんな大した理由はねぇよ! 物作りの意地だ。最高の物を作るなら正しく理解してもらいたいってだけのな!」
物作りの意地ね。そう言ったリージェスの顔は見えないが、声には熱意を感じた。この男が物作りの町に生まれ落ちたのは完全なる偶然か、あるいは運営によって仕組まれたことだったのか、少しだけ気になった。リージェスといいセーベルさんといい、リソーストレイトに居なかったら無名のまま埋もれていたかもしれないんだから。
篩に掛けられて残ったプレイヤーだからこそ、より強く個性を発揮できる。これからもそんなプレイヤーにたくさん会えることだろう。このゲームをプレイするのが俄然楽しみになった。
「で? ゼノンはどうなんだ? お前は何故約束の為に戦う?」
リージェスの問いかけ。ちょっと恥ずかしいかもしれないが……俺も意地ってことでよろしく。
「俺は約束を守る男だ。でも約束を果たした後に後ろを振り向いたとき、ダサい道を歩いてた、なんてのは御免なんだよ」
ただ約束を守るんじゃない、その過程も大事にしたい。今の俺の一番の約束はアークファウンに勝つことだけど、だからってアークファウン以外を無視して進めるわけがない。それに胸張って言いたいだろ。お前を倒すって。
俺はまだ何も成してない。ドラゴンにおんぶに抱っこだっただけの人間だ。そのドラゴンが勝つことを諦めさせた人間だ。ただの人間が、胸張ってレイドボスにお前を倒すって言えるか? 言えないわ恥ずかしいだろ、そんなの。
偉業を成して自信をつけて、やっとスタートラインだ。ただの1プレイヤーで終わるわけにはいかないんだよ。
俺の言葉に何を思ったのかは察することはできないが、リージェスは何も言わず橋の前方を見据える。そして俺も前を見た。長い橋の先にいたのは甲冑を纏った兵士たち。既に進軍は始まっているようだった。
「軍隊のお出ましだ! ゼノン! 準備はいいな!」
「任せろ! リージェスもハンドル頼むぜ!」
「任された!」
俺は立ち上がり『アンカーフッド』で左足を座席に固定する。そして空いた右足で『空踏み』を起動し何もない空中を蹴る。すると少しだけバイクが加速したように感じた。そして『空踏み』のリキャストタイムが『リブート』で短縮され使えるようになる度に繰り返す。
ぐんぐんと速度を上げるバイク。リージェスの着ている王猪の突貫服によって前進行動に補正が入るということはこういう無茶な加速もできるということだ。
だが流石に距離が短かったようだ。
「おいどうする! このままだと敵陣に突っ込むぞ!?」
「ビビるな! 寧ろこっちから行くぜ! 『前進全霊』! 『人馬一体』!」
バルトフリートが炎のように力強く揺らめく青い魔力を纏い更に加速する!
「『王魂覇気衝』!!!」
その言葉と共に炎の揺らめきは巨大な猪となって俺たちを包み、そのまま加速を続け、俺たち諸とも兵隊に向かって一直線に突撃した。吹き飛ぶ人間との打撃音と鎧や武器が壊れる破砕音が響き渡る中で俺は確かに、
《一定速度を観測しました。『千鳥駆のメモリアーク』が記憶装帰状態に移行します》
そのアナウンスを聞いた。
そしてそれはリージェスも同じだった。
こっから先は最速の男たちの防衛戦。容赦なくぶっ倒して行くんでヨロシクぅ!!




