第一章 不変のない生活
私は、来る日も来る日も原稿を綴るために、自作コンピューターの前に座っるも文章が頭に浮かばない。無理やりキーをたたいて見せても原稿を入力する手が止まってばかりいた。そのいらだちを隠すように窓の外を眺める時間が多くなり、推考を整理しようと部屋に籠りっきりでいるのも飽きてくると、次第に煩わしいと思い始めていた。
進まない推考というのは、「日本と秘術口伝書・古文書」についての考察で、本来は異端とされる考古学と来たから、確固たる文献や学術書などの資料が乏しい状態だ。何故そのようなものに首を突っ込み始めたのかといえば、お世話になっている出版社が過去に”封印”していた企画があった。企画そのものがリークされていた訳ではないが、取材力が足りなくて時間を労していた。すると、他社で出版されてしまい、二番煎じでは適わぬと踏んだのか、泣く泣く”お蔵入り”になっていた。ところが、人事刷新で編集長のポストに就いた級友が、気まぐれと興味本位で掘り起こしてしまい、装いも新たに立案されたのが事の発端だった。
「<ruby>京<rt>きょう</rt></ruby>ちゃん面白い話が(企画)有るんだけどな。一つ噛んでくれないか?」
友人からかかってきた電話の第一声だった。
"京<rt>きょう</rt></ruby>ちゃん”というのは学生時代からの愛称で、名前は<ruby>神武京一<rt>かみたけ けいいち</rt></ruby>と云い、紛れもなく私の本名である。仕事は一介の個人会社の代表という立場だ。平たく言えば経営者だが役職を聞けば羽振りがよさそうに聞こえるが、個人会社などはそれほど儲かっている訳ではない。一介の中小?否
零細企業の代表者が何故の執筆活動なのかといえば、学生時代のことだが一人の国語教師に感化されて、作文を書くことが増えていた。それを教師に添削してもらうのが楽しくなり、頭に浮かび上がる文章を書きなぐり、一つ作品を仕上げてては添削をお願いしていた。そうしているうちに、教師が担任しているクラスの授業で教材として使われ、「文学少年」という綽名まで頂いた。その時に授業を受けていたのが友人である編集長なのだが、高校からの旧知の仲で、名前は確か…そんなことはどうでもいい…か…。当時のことを鮮明に覚えてたらしい。
たったそれだけの理由で、執筆を依頼するとは…何とも無謀で飽きれてしまった。一介の素人にできることなのか…?あまりにもしつこい電話に内心気が引けていたが、たっての願いと聞かされては、無下に断るわけにもいかない。引き受ける云々は後で考えるとして、まずは話を聞いてやろうと呼び出に応じることにした。
指定された場所は、通りに面したところから一つ筋を入った路地にある喫茶店だった。喫茶店といえばたいがい通路に面した入り口があるのだか、指定された場所の入り口は地下に降りる階段の先にあった。階段を下りた先にある木製の扉を開けると、程よい照明とコーヒー豆を内線した香りが漂っている。床は板張りで周囲の壁はレンガブロックと岩肌を模したコンクリートで仕上げられ、店の中央に丸い井戸がある。まるで洞窟に作られたコーヒー店を思わせる雰囲気からか、店の名を「井戸のある店」というひねりのないネーミングと内心苦笑した。その片隅にある二人掛けの角テーブルに友人が座って待っていた。
「わざわざ呼び立ててすまないね」そういって吸いかけのたばこを灰皿に押し当てて消した。
「こっちこそ遅くなって申し訳ない」待たせたことを詫びて席に着いた。
「いやそれほど待っちゃいないよ。精々小一時間ぐらいかな」着くなりメニューを手渡し少々皮肉めいた言葉で返してきた。
悪い癖と思いながらも人と屋外で待ち合わせするのが億劫だ。ほとんどの場合時間通りに事が勧められないでいるから、何度も直そうとするけど一句に直すことができないのは昔から全く変わっていない。
友人は注文を終えていたらしく、テーブルの上には飲みかけのコーヒーが置かれていた。
「何か飲むか?」>
そう促されて苦笑いしながらメニューを眺めると、すかさず店員がテーブルに近寄った来たので、私はモカブレンドコーヒーを注文した。