序章:消失 アセンションM_Sakuya
かつて、人類史の黎明において、
崇高な叡智を誇った文明が存在した。
そう──シュメール文明である。
彼らが粘土板に刻んだ天文学の見地は、
現代科学をも凌駕する精度を秘めていた。
シュメールは太陽系を“12の天体”として描き、
その中には肉眼では観測不可能な天王星・海王星までも含まれていた。
一方、現代天文学が確認した天体は
太陽・水星・金星・地球・月・火星・木星・土星・天王星・海王星、
そして準惑星・冥王星までの 10個 にすぎない。
しかし──
海王星の公転軌道には、説明不能な“わずかなズレ”が存在する。
その重力異常は、太陽系外縁部に
いまだ発見されていない巨大天体の存在 を示唆していた。
冥王星を含めても10天体。
シュメールが記した“12の天体”との差分──
11番目と12番目の惑星 は、
現代科学が追い求める ニビル と、
太陽の伴星とされる メネシス に他ならない。
不穏を秘めた名は…
古代神話に封じられたままでは終わらない。
数千年──いや、数十万年の時を超え、
いま、人類の前へと静かに姿を現しつつあった。
◆ プロローグ-1 ~消失事件発生~
メネシス遺跡内部は、
薄い霧のような光が漂い、
古代文明の残滓が静かに眠っていた。
調査隊のクルーたちは、
それぞれの担当区画へ散っていく。
「こちら、北側の柱群に入る。
構造物は想定よりも複雑だ。気をつけろ。」
「了解。南側の壁面をスキャンする。」
そんな無線のやり取りが続く中──
ひとりの少女が、
遺跡の中央にそびえる“柱状の構造物”へと歩み寄った。
アイリス。
十六歳にして調査隊に同行を許された、若き研究者。
彼女の視線が、
柱の根元に落ちている“金属片”に吸い寄せられた。
──薄い。
──平たい。
──まるで、剥がれ落ちた“プレート”のように。
「……お父さん、これ……」
アイリスは拾い上げ、
すぐ近くで計測器を操作していた父へ声をかけた。
父が振り向き、
「どうした、アイリ──」
と言いかけた、その瞬間だった。
光が弾けた。
音はない。
風もない。
ただ、空間そのものが“抜け落ちた”ような感覚だけが残った。
「……え?」
父の手が、
娘の肩を掴むはずだった空間を虚しく切り裂く。
そこにアイリスはいなかった。
「アイリス!? 返事を──アイリス!!」
叫びが遺跡に反響する。
周囲のクルーたちも駆け寄り、
消失の瞬間を見た者たちは
言葉を失って立ち尽くした。
「今……確かにそこに……」
「光が……いや、記録に残っていない……?」
「スキャン反応ゼロ……どういうことだ……?」
混乱と恐怖が遺跡内部を満たしていく。
父は膝をつき、
ただ一点──
娘が立っていた場所を見つめ続けた。
一方その頃、
遺跡の広さに散開した二人のクルーが、
計器類を携えながら計測と探知を繰り返していた。
「ああ。測定値と比べて……形が変わって見える。」
「気のせいだろ。岩だ。自然の侵食だ。」
「……そうか?」
足元の砂粒が、風もないのに流れていた。
遺跡の輪郭だけが、呼吸するように揺れている。
「計測、入る。年代は──」
「……待て。値が……戻ってる。」
「戻ってる?」
「三分前のデータが、今、出た。」
計器の故障ではない。
ただ、過去が揺らいでいた。
「……おい、今、誰か……」
「何を言ってる。俺たち三人だけだ。」
「いや……“見られてる”気が──」
機器類にノイズが走った。
モニタ画面には
【File not data
All delete】
──その文字だけが、点滅していた。
◆<序章>
あの遺跡で起きた“揺らぎ”が、
どれほどの時代の果てに繋がっているのか──
それを知る者はまだいない。
時は、C.C(Cosmos Century)100年──。
かつて西暦と呼ばれた旧時代は、
激動の七十年を経て西暦2100年をもって終焉した。
その過程で、旧国連加盟国および関連機関は、
国境を越えた紛争と資源危機に直面し、
ついに“国家”という枠組みでさえ、
限界を認めざるを得なくなった。
そして西暦2101年──。
旧国連を母体とした統一国家体制が正式に発足し、
新暦「コスモ世紀(C.C)」が施行された。
いま、その新たな時代は一世紀を迎えようとしている。
それでも
人類は地球全土を埋め尽くすかの如く増え続け、
生活圏を広げつつあった。
時代が進むにつれ、社会の歪みは人々の足元に影を落としていく。
生産性と効率を追い求めるあまり、農業政策は再生能力を失い、
遺伝子組み換え作物の普及課もまた、環境の均衡を崩していった。
それらが複雑に絡み合い、積み重なった結果として、
貧富の格差はかつてないほど膨れ上がっていった。
科学と技術の躍進は、人類の焦燥に呼応するかのように、
栄華と先進性を極めていった。
それは、地球という器からこぼれ落ちた覆水のごとく、
文明を携えて旅立つ時代でもあった。
宇宙開発、ナノテクノロジー、量子コンピューター技術の革新。
量子テレポート理論の確立と運用は、
人々の生活圏を宇宙上と押し上げていく。
かつて月面に人を送り込むだけで精一杯だったテクノロジーは、
いまや太陽系外縁部へ届こうとしていた。
そして今─ー
調査隊の車列は遺跡へ向かっている。
砂塵を巻き上げながら、ローバーたちは静かに進んでいた。
大型地上走行型ローバーを先頭に小型のローバーが続く。
その統率された動きは、一糸乱れぬまましなやかに波を描き、
まるで一つの生き物の歩みのようだった。
低い唸りを響かせながら、
砂を押し分けるように車列は進んでいく。
その上を1機ーーいや数機の偵察ドローンが、
車列と同調するように彷徨いながら飛行していた。
ふと一機が進路先の一点を捉えた。
それを合図にフォーメーションを組み、
まるで戦闘機のロックオンさながらであった。
「ビンゴ!」
「このルートで間違いない」
コントローラーを強く握る伊織・レイヴンが呟く。
「……こんなところで役に立つとは」
その声にアリサが短く応じる。
「進路そのまま! 後続車に一斉通達!ーー 遅らせないように」
「どうだ!視認できたか?」
伊織は思わず前席の肩を掴んで揺らした。
「ちょっと!落ち着いてください。死にたいんですか?」
ローバーを操縦する少年は、
一瞬操作を誤りかけながらも視線を前方から外さず、淡々と返す。
「まだ視認できません。このまま進みます」
砂丘の向こうに、遺跡らしき影がゆらりと揺れて見えた。
車内の誰もが言葉を失い、ただその輪郭を追っていた。
計器の数値が、一瞬だけ逆向きに跳ねた。
すぐに元に戻ったが、誰もその理由を口にしなかった。
彼らはまだ知らない。
これから向かう場所で、何が待っているのかを。
これはここで起きたことなのか、
それとも“どこか別の場所”で同時に起きていたことなのか──
だれにも知る由がなかった。




