お宅訪問
その日はあっという間にきた。あれから1週間。今日は芳宏真澄夫妻に会う日だ。この前真咲と出かけるために買ったワンピースを着て、髪を軽くまとめた。玄関脇の事務室に声をかけて建物を出た。
少し離れたところに先日の高級車が停まり、中から芳宏が降りてきた。今日もラフなポロシャツだ。
芳宏の家は大きかった。しゃれた煉瓦造りの洋館だった。家というよりは屋敷といったほうがいいかもしれない。中学校の修学旅行で行った神戸の異人館のようだ。しかも別の建物といっても、玄関は別にあるものの本邸とは廊下で繋がっていて、真咲や芳宏夫妻は自由に出入りしているらしい。
緊張しながら中に入ると、入口のホールにほっそりした黒髪で少し垂れ目の綺麗な女性が待っていた。彼女が真澄なのだろう。
「ようこそ。わがままを言ってきてもらってごめんなさいね。私が東條真澄です。」
そう言って頭を下げた。慌てて寿々も自己紹介をした。
「お招きいただきありがとうございます。橘寿々です。」
真澄はおっとりと笑うと寿々を応接室に案内した。
「今日が楽しみで、最近とても体調が良かったの。寿々さんのおかげですわね。」
「むしろはしゃぎすぎて熱を出さないかと心配したんだけどな。」
話してみると、真澄はコロコロとよく笑う人だった。真澄の隣にいる芳宏も優しく真澄を見ている。とても大事にしているのだろう。
話を聞くのも上手く、寿々は自分の生活や真咲の学校での様子を珍しく饒舌に話した。なんとなく波長があうというか、お互いに話しやすいタイプなのだろう。
2時間ほど話したあと、寿々は東條邸をでた。また次の週に来て欲しいと真澄に言われ、寿々も了承した。
帰りも芳宏に送られた。真咲は本邸と別邸を繋ぐ廊下の前で足止めされたらしい。あんなに楽しそうな真澄は久しぶりだったと芳宏にも感謝された。
次の日は学校へと向かった。お弁当をもって、いつもと同じくらいの時間に図書館で勉強する。ふと振り返ると、真咲がいた。図書館入口のところにある話ができるスペースに出る。夏休みなので人はほとんどいない。
「昨日はどうだった?顔を出そうと思ったら使用人たちに邪魔されて行けなかった。」
心なしか頰を膨らますようにして話している真咲が面白くて、くすりと笑うとさらにむくれられた。
「とてもよくしてもらいました。先輩の子どもの頃のいたずらのお話もききましたよ。」
真咲の口がへの字に曲がる。だから嫌だったんだとブツブツ言っていたのは聞こえないことにした。
「で、僕とはいつ出かけてくれる?」
「来週また真澄さんのところにお邪魔する以外は予定もほとんどないのでいつでも。」
そう言うと、プラネタリウムに誘われた。2週間後に出かける約束をした。
今日は生徒会の仕事があるからと生徒会室にいく真咲に帰りも送っていくから待ってるようにと念を押され、真咲は名残惜しそうに図書館を出て行った。
入れ替わりに綾がやってきた。
「あれ?副会長?寿々知り合いなのぉ?」
「あ、いいえ。綾は部活だと言っていませんでした?」
「午後からだから、午前中課題を片付けようと思ってぇ。寿々の席どこ〜?」
話題をすり替えることに成功し、寿々はほっと息を吐く。そのまま綾と連れ立って歩き出した。
そうやって勉強したり、芳宏真澄夫妻の家を毎週訪ねたりしながら寿々の夏休みは例年になく慌ただしく過ぎていった。真咲はなぜかむくれていたが。




