夏休みの始まり
ブクマしてくださる方、ポイントを下さる方ありがとうございます。1人でも読んで下さる方がいるので頑張れます!
快適な講堂での集会が終わり、いよいよ夏休みが始まる。講堂から教室へ帰る生徒たちの足取りも軽い。
今日は午前中で授業も終わりだ。
寿々も、開放感に頰を緩ませながら帰り支度をした。先ほど受け取った成績表の内容も上々だ。それでも、成績を維持しないと学園に残れなくなるのだ。夏休みでも気をぬくのは厳禁だと、自分で自分を戒めた。綾と出かける日程を確認し、軽く挨拶して教室を出た。綾は部活だそうだ。
近年の夏は暑いと連日テレビで放送されているが、寿々は夏が1番好きだ。太陽も木も草も何もかもが元気に見えるから、寂しくない。薄手の服でいられるのよいい。
うだるような暑さの中、春とは打って変わって青々と葉が茂る桜並木を駅の方まで歩いていく途中、進行方向のにいかに高級そうな黒塗りの車が停まった。その後部座席のドアが開き、中から背の高い男性が降りてきた。寿々の進行方向なので、何とは無しに見ていたが、男性は寿々を見ると、人好きのする笑みを浮かべながら寿々の方へ歩いてきた。
「君は橘寿々さん?」
名前を呼ばれ、寿々は足を止める。明らかに不審者だ。しかも寿々の名前を知っている。答えようかどうか迷っていると、怪訝そうな様子の寿々に不審者だと思われてることがわかったのだろう。男性は慌てて名乗った。
「突然ごめんね。俺は真咲の叔父で、東條芳宏です。」
そういうと、男性ー東條芳宏氏は名刺を出してきた。
反射的にその名刺を受け取り、初めて名刺を渡された寿々は、しげしげと手に持ったそれを眺めた。そこには、『東條ホールディングス 社長第1秘書室 室長 東條芳宏』とあった。東條ホールディングスはテレビのCMでも見る有名な会社だ。この人が叔父だということは、さしずめ真咲の父は社長といったところか。真咲の叔父などと聞けばすぐにわかる嘘はつかないだろう。しかし、要件がわからず寿々は芳宏をみあげた。スーツではなく、ラフなポロシャツではあるが、30代といったところで、黒い髪は短めで真咲より更に背が高い。端正と言うよりは精悍という感じだ。ノンフレームのメガネの向こうから切れ長の鋭い目がまっすぐこちらを見ている。
「…どう行ったご用件ですか?」
「うん。ここだと人目があるから、すこしそこの喫茶店にいかないかい?」
さてどうしたものか。初対面の人と喫茶店。でも、真咲の親類。すこしの間考えたが、身元がわかっていて、人目のあるところで無理やりどうにかされることはないだろうと考えた。すこしだけならと返答し、連れ立って喫茶店へと向かった。
喫茶店に入り、衝立で軽く仕切られた先に向かい合って座った。芳宏は背が高くがっしりとしているので、喫茶店の椅子はすこし狭そうだ。寿々は飲み物はいらないと言ったが、何も頼まないのは店の人に悪いと言われ、渋々ミルクティを頼んだ。同じくホットコーヒーを頼んだ芳宏は、2人分の飲み物が来たところで話し出した。
「俺は真咲の叔父だが、多忙な真咲の父の代わりに真咲と関わることが多いんだ。真咲から何か家族のことは聞いているかい?」
寿々は首を横に振る。お互いに家族のことは話したことがなかった。
「そうか。真咲は子どもの頃に母親を亡くしていて、父親が育てているんだが、多忙なので、俺たち夫婦が主に関わって育てているんだ。真咲の父親と俺の妻が兄妹でね。」
芳宏が頬杖をついた。そのとき、頬杖をついた手首の内側に、時計のベルトに隠れて紅い紋様が見えた。手首を見ている寿々の視線に気づいた芳宏は時計のベルトを外して、そこを寿々に見せた。
まるで翼のような形をした紋様は寿々にもある紋様と同じ紅色だった。
「俺と妻はつがいだ。真咲から君のことを聞いたよ。真咲と君にも同じような紋様があるだろ?」
「はい。」
真咲が話したなら隠すこともないので、素直に寿々はうなずいた。
そういえば、以前叔父夫婦がつがいだと真咲は言っていた。
「真咲から、君のことを聞いて、会ってみたくなったんだ。どんな子かと思って。申し訳ないけど、すこし事前に調べさせてもらった。だから、書類上のことは多少知っているよ。あと、真咲の気持ちも。」
「そうですか。私のことをご存知なら、私が東條先輩には釣り合わないこともご存知ですよね。」
「何を基準に釣り合わないと言っているかはわからないが、君が自分の境遇にへこたれていないのは知っているよ。それに、もし家が金持ちかどうかで判断するなら、俺も東條家にはふさわしくなかった。」
芳宏は再び時計のベルトを手首にはめた。
「俺も大して君と変わらないんだ。施設に行ったことはなかったけど、ロクでもない親をもっていて、その境遇でグレてた。金髪にして、よくない連中とつるんで、ケンカばっかで高校すらでてなかった。そう考えると、俺より君の方が立派だな。」
なんだか意外だ。昔はスポーツマンだったと言われてしっくりくるような見た目なのに。
「そんなとき、いろいろあって妻と出会ったんだ。お嬢様と不良なんて、マンガみたいだろ?」
話し方や、おどけた時の表情はどこか真咲に似ていた。。顔がというより、表情の作り方が似ている。血が繋がっていなくても、真咲の親代わりというのはうなずける。
「まぁ、つがいであることがわかって、いろいろあって俺の親は本当に救いようがなかったから、縁を切って東條家に入ったんだ。君の親は実際どうだかわからないが、うちは本当にロクでもなかった。それでも、お互いに愛し合って、結ばれた。東條家はつがいを見つける確率が高いみたいで、つがいであるならあまり家の格とかは考えないよ。本人がとんでもないとちょっと大変かもしれないけど。」
俺も随分しごかれた、と芳宏は苦く笑った。
「私の親もロクでもないです。男の人ができると子どもを作って、育てられないからって次々と施設に預けるんですよ。兄弟と言っても父親は違うみたいだし、会ったこともないので他人と一緒です。母親とは片手で数えるほどしか会ったことないです。男の人をつなぎとめるために子どもを作ってるでしょうね。幼くてもわかるほどに子どもに関心がありませんでした。最後にあったのは小学校に入る前です。私の中ではあの人も他人なんですよ。」
芳宏の話を聞いたからだろうか、寿々も珍しく素直に自分の気持ちを話した。
芳宏は「そうか。」と短く言った。
「実はね、今日はもう1つ話があって来たんだ。俺が君と会ってみたかったのもあるんだが、妻も君と会ってみたいと言っているんだ。」
寿々は首を傾げた。
「妻も真咲の親代わりだからな。真咲のつがいの話を聞いて、会ってみたいと。まぁ実際の君を知らないから、まずは俺が君に会いに来たんだ。真咲とどうなりたいかは君の意思だから強制はしないが、それとは関係なく、妻に会ってみてもらえないかな。」
ちなみに、うちは真咲の家と同じ敷地だけど別棟から、真咲とは会わなくてすむよ、と芳宏は笑っていった。
「何で僕より先に芳宏さんが呼ぶんだよ。」
突然声がした。驚いて振り向くと、不機嫌そうな真咲が腕を組んで仁王立ちしていた。
「バレないように喫茶店に入ったんだけどな。」
芳宏が苦笑している。
「通りすがりに見えたんだ。抜け駆けするなよ!」




