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記憶2

「昔は・・・、王族になんて生まれなければよかったと思っていたんだ・・・」


 ゆっくりとアルが語りだす。その表情は憑き物が落ちたかのように晴れやかだった。


「学問に始まり礼儀作法、政治、経済その他諸々、うんざりするほど毎日毎日勉強させられてろくに遊ぶこともできなかった。城の外に出るどころか城の中でも毎日決まったところを往復するだけで、もううんざりしていたんだ・・・」


 アルは王家に久しぶりに誕生した子どもとしてとても大事に、悪い言い方をすれば過保護に育てられたと聞いている。確かに初めて会った時のアルは、なんというか世の中わかってますとでもいうような態度の生意気な少年だった。


「でも君に連れまわされて城内の色んな所に行き、色んな者たちと話した。正直・・・、この城がこんなに広いなんてそれまで知らなかったし、使用人たちに感情があることすら知らなかったんだ」


「使用人たちと直接話をすることなどなかったし、私は彼らが働く姿を遠目に見るだけだった。だから直接話をするまで、彼らの事をただ働くだけのモノだと・・・無意識にそう思ってしまっていたんだ」


「君と一緒に城内の様々な所を訪れ、皆と話をした。そうしてようやく私は・・・彼らを人として認識することができたんだ」


 あー・・・その頃の私は、なんか生意気な奴だから悪戯に付き合わせて一緒に怒られて泣き顔を見てやろう・・・くらいにしか考えていなかったんだけど。まあ、あれだ! 結果良ければなんとやらと言うし、いいんじゃないかなー?


「そして君から城の外に生きる者たちの話を聞き、大きくなってからは公務で直接彼らと話をし、その生活を間近で見ることができた。そうして初めて彼らを認識できたんだ・・・教えられた情報としてではない、この国に生きる人々として・・・」


 私と色々な遊びや悪戯をする中で、アルはどんどんと表情豊かになっていった。私が彼に好意を感じ始めたのはこの頃だ。その前から、なんだかんだで私の遊びに付き合ってくれる優しい人だという意識はあったが、一緒に馬鹿なことをやりつつも考え無しな私の行動を上手く補ってくれた彼の聡明さ、それに惹かれたのが切欠だったように思う。


「国民というものがはっきりと見えるようになって、昔からお爺様や父様から言われていたことがようやく本当の意味で理解できるようになった」


『この王冠は国民総てと共にある。か弱き者たちを守るのがこの地を治める者の責務なのだ』


 私もアルと一緒に国王陛下のその言葉を幾度となく聞いた。私も貴族に生まれたものとして、その理念を深く胸に刻み込んだ。


「将来、憧れのお爺様のような立派な王になりたかったのだっ! 王位に就けなくともせめて王族としての責務を立派に果たしたかった! だが・・・、それはもう叶わない・・・、私は・・・戦う力を得ることが・・・できなかったのだ・・・」


 アルが俯く。ようやく・・・ようやくアルの心の底を聞くことができた。正直、少しだけ不安があった。今までアルが私を拒絶したことなんてなかったから。もしかしたらアルが変わってしまったんじゃないかって、そう不安になったのだ。


 でも安心した。アルは何も変わらない。私の大好きな、高潔でひたむきで、でもちょっと真面目過ぎるところが玉にきずなアルのままだった。


「ねえアル、私・・・貴方が好きよ」


 私の言葉に彼がビクリと反応する。でも顔は上がらなかった。


「他人の幸せに、本当に嬉しそうに笑う貴方の笑顔が愛おしい」


「誰よりもひたむきに他人を思いやれる貴方が好き」


「ちょっと真面目過ぎるのは欠点だけど・・・そんなところも含めて全部大好き」


 いつのまにか私も涙を流していた。でも、それは悲しくて出る涙ではない。もちろん嬉しくて出る涙でもない。ただ、どう表現していいか分からない感情が胸の中で溢れ、それが涙となって流れ落ちていた。


「そんな貴方が・・・なりたいものを諦めるなんて、絶対に嫌なの。ねえアル、私の力を使って。私が得たこの力はきっと貴方のために授けられたものだって、そう思うの」


 私の力を彼に捧げても、それで問題が解決するかなんて分からない。でも、私はあきらめが悪い女なのだ。可能性があるのにやる前から諦めるなんて死んでもゴメンだ。


「君の・・・ちからを・・・」


 ようやくアルが顔を上げてくれた。


「ええそうよ、それとも・・・私なんかの力は使いたくない?」


 少し意地の悪い聞き方をする。ここで断られたらきっと私も立ち直れなくなる。だから私も必死だ。


「そんなことは・・・でも・・・」


「でも・・・なに? 貴方らしくないわ、はっきり答えて」


 じっとアルの目を見る。


「そうだな・・・うじうじと悩むなんて確かに私らしくもない」


 アルの目が私を見返す。私の大好きなひたむきな眼差しで。


「リーゼロッテ、君の力を私にくれ」


 そう言いながら彼は左手を・・・手のひらを上にして私に差し出した。それはこの国では・・・男性が女性に求婚するときの仕草だ。


「いいわ、私の力を・・・いいえ、私のすべてを貴方にあげる」


 アルの左手に、私の左の手のひらを乗せる。これが承諾の合図。





 これが私たちが結んだ婚約。


 誰に決められたわけでもない・・・私たち自身が結んだ契り。


 そんな約束は・・・前世での最期のとき、破られてしまったのだろうか。


 彼を信じたい・・・いえ、今でも信じてる。でも、見放されてしまったんじゃないかって不安もあった。


 だからだろう・・・今世でまた彼に巡り合い、前世で彼に何があったのかようやく聞ける、その直前になって膨らんだ不安が私を縛った。


『リーゼロッテ』


 彼が私を呼ぶ声がする。


 意識がだんだんと覚醒していく。喜びと不安を胸に、私は愛しい思い出に縋り付いていた、その手を放す。


 ああ・・・これでようやく―――愛しい貴方にまた会える。


 ねえアル、おねがいだから・・・わたしを・・・みすてないで。

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