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8.ハチの専門家

 筑波ホビークラブに戻ると、受付で愛が微笑みながら待ち構えていた。

「いかがでしたか、久し振りの捜査は?」

「いやいや、大変でしたよ。私たちもスズメバチの大群に襲われてしまったんだから」

 少し洋介を冷やかすような態度だった愛は途端に心配そうな顔になって訊いた。

「えっ、スズメバチに刺されたんですか?」

「いや、防護服とヘルメットを着用していたんで刺されはしなかったけど、毒液を沢山振り掛けられちゃいましたよ」

「ああ、良かった。あまり無理しないでくださいね」

「はいはい、分かりました。何だか、母親に叱られているみたいだな」


 面白そうに笑っている愛に向かって洋介は申し訳なさそうな顔で付け加えた。

「愛ちゃん、帰ってきたばかりで申し訳ないんだけど、また明日朝から外出したいんだ。このハチの鑑定を友達にしてもらいたいんでね」

「ダメと言っても洋介さんのことだから行くのでしょう? 幸い明日は午前中授業がありませんからここは私と源三郎小父様で大丈夫です。安心して行ってきてください」

 再び冷やかし顔になった愛はそう答えた。



 翌朝、洋介は古徳ことく真由美が勤務するH研究所の受付にいた。真由美は洋介と同じ高校の同級生で、女性にしては珍しく当時から生物クラブに入る程の虫好きであった。大学、大学院と生物学を専攻し、このH研究所に就職してハチ類全般の研究を行っていた。何年か前の高校の同窓会で会った時、ハチの話をしたことを洋介は覚えていた。

 前夜は休日であったため電話できなかった。仕方なく朝一番で電話して押し掛けてきたので、直ぐに面会させてもらえるかどうか不安であったが、受付でお願いすると前のロビーで座って待つように言われた。しばらくすると真由美が現れた。

「神尾君、おはよう」

「やあ、古徳さん。休日明けの朝に突然電話した上、忙しい所に押し掛けてきて申し訳ない」

「いいえ、私の研究について興味を持ってくれる人は珍しいから歓迎するわよ。それで、一体どんなことが知りたいの?」


「実は、これなんだけど」

 持ってきたポリエチレン袋を真由美の目の前に差し出してそう言った。真由美はその袋を受け取ると顔を近づけていくつかの角度から一通り観察した。

「この二頭いる大きい方はオオスズメバチで、五頭いる小さい方はキイロスズメバチに間違いないわ。どちらもこの辺でよく刺傷事故を起こす張本人たちだわ」

「ああ、そうなんだ。小さい方はキイロスズメバチなんだ。僕はてっきり小さいからコガタスズメバチかと思った」

「この辺で見られるスズメバチの中で一番小さいのはキイロスズメバチなの。働きバチで二十ミリ前後しかないのよ。コガタスズメバチはキイロスズメバチより少し大きくて二十五ミリ前後で、オオスズメバチは三十五ミリ前後ね。もちろん、女王蜂ならもっとずっと大きくて、オオスズメバチで四十ミリ以上、キイロスズメバチだと二十六ミリ前後かしら」

「そうなんだ。やはり専門家は違うね。直ぐ分かるんだね」

「私の研究室に行かない。標本や文献もお見せできるし」

「いいんですか。それじゃ、お願いします」


 真由美の後を付いて独特の臭いがする彼女の研究室の中に入った。標本の保存剤が発している臭いなのかも知れないと洋介は思った。研究室内は整然としており、真由美の机の上にはブックエンドの中の数冊の本とクリアフォルダーに入った書類以外のものは一切置かれていなかった。

 通路を挟んで机の反対側にある実験台の上に洋介が持参したハチの死骸を袋に入れたまま置くと、壁際に設置されている本棚から一冊の本を取り出し、あるページを開いて洋介の目の前に置き、二種類のハチの写真を指差しながら説明した。

「スズメバチとアシナガバチの区別は付くでしょう。飛んでいる姿を見れば直ぐ分かるわね。アシナガバチは後脚をダラっと垂らして飛んでいるから。あとは、胸部と腹部との間のくびれ方が違うの。スズメバチは括れが非常に明確だわ。アシナガバチではなだらかで、体全体が細い感じ」

「なるほど。この違いは僕にも分かるよ」


「次はスズメバチの見分け方よ。先ずお腹の模様を見るの。縞模様が見えなくて黒褐色なのがチャイロスズメバチ。黄色と黒の縞模様が付いていて、お腹の先っぽが黒い色をしていたらヒメズズメバチ。お腹の先っぽが黄色いものは顔で見分けるの。ほら、神尾君が拾ってきたハチの顔を見てみて」

 そう言われて洋介は持参した二種類のハチが入ったポリエチレン袋を両手で持って自分の目の前にかざし、よく眺めてみた。

「顔の両側に大きな眼が左右に二つ付いているでしょう。これが複眼。沢山の個眼が束状に集っているのよ。これらの複眼の間の上の方、つまり頭の上の方に小さな三つの点状のものが見えるでしょう。上に二つで下に一つ」

「ああ、あるある」

「それが単眼なの。単眼の周辺の色を見て。大きい方は黄色で、小さい方は黒いでしょう」

「ああ、本当にそうだ」

「単眼周辺が黄色のものはオオスズメバチかコガタスズメバチなの。それで単眼周辺が黒いものはモンスズメバチかキイロスズメバチになるの」


「それぞれ二種類の見分け方はどうやるの?」

「先ず、黄色の方ね。顔の真ん中に鼻みたいに見える所があるでしょう。これは頭楯とうじゅんって言うの。基本的には上に間延びした六角形なんだけど、下の所、つまり、六角形の底辺の部分の角がちょっと尖がっているでしょう。今神尾君が持っているのはこの突起が左右で二つでしょう。それがオオスズメバチ。六角形の底辺の二つの突起の真ん中がさらに尖がっていて、つまり突起が三つね、それで体が小さいのがコガタスズメバチよ」

「ああ、本当に底辺の所が左右に尖がっている」


「それから、単眼周辺が黒い方は、胸部の下の方を見るのよ。括れている部分の少し上の所。分かる?」

「どこ? ここかな」

「そう、そこ。横に細い縞のようになっているでしょう。二つに分かれているように見えるかもしれない。そこを小楯板しょうじゅんばんと呼ぶのよ。その色が黄色だったらキイロスズメバチ。茶褐色だったらモンスズメバチよ。神尾君の持っている小さい方は黄色でしょう。だからそれはキイロスズメバチなのよ」

「ああ、そうなんだ。よく分かったよ。有難う」


「区別が付くようになったところで、あそこにあるスズメバチの標本を見て。しっかりと違いが分かるかな?」

 真由美は研究室の奥の方を指差した。そこにはガラス戸が付いた本棚みたいな標本展示棚があり、沢山の昆虫が展示されていた。近づいてみるとほとんどがハチの標本であった。洋介はスズメバチのコーナーに行き、じっと観察してから口を開いた。

「なるほど。六種類のスズメバチが直ぐに区別できるようになったよ。流石専門家の指導は違うなあ!」

「ところで、どうしてまたスズメバチの死骸なんて持って来たわけ?」


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