短編四 ダンジョン攻略……???
晴れているのにもかかわらず、なぜか妙に視界の悪い山肌の近く。
その地面にぽっかりと開いた、直径三メートル程度の穴。
中は真っ暗で外からだと何も見えない。そして、その中から妙にざわざわする雰囲気を感じる。
ここは戦乱の闇の森のそばにある、出来たばかりのダンジョン前だ。
つい先日アイシャからダンジョンの話が出たが、その二日後にここへ課外授業という形でやってきた。
行動力がハンパないな。
「これがダンジョンですか」
ダンジョン。
夢とロマン、そして冒険が詰まっている場所だ。
このダンジョンはまだ生まれて一ヶ月経ってないとアイシャからきいた。生まれたてである。
しかしよくこんな場所を見つけたものだ。普通はこんなところ見つけられないぞ?
コツでもあるのだろうか?
「ええ、これがダンジョンです。この大陸では非常に珍しいですね。私も実物を見るのは初めてです」
素っ気ない素振りのアイシャだが、若干顔が上気している。やっぱりこいつも興味があるようだ。
まあアイシャだとたぶん研究的な意味合いだろうけど。
「ちなみに、ここ以外だとダンジョンはあるのですか?」
「今はないですね。二百年ほど昔にあったそうですけど、生まれてすぐ魔術騎士団によって壊滅されたと記録に残っています」
うわぁ。がっつきすぎだろ?
なんていうか大人気ないって言うんだろうね。
「生まれたてですと、せいぜい低級の魔物が数匹くらいしか居ないそうですしね」
「ゴブリンとかコボルトですか?」
低級の魔物の代表とも言うべき定番中の定番の名を出してみる。
某国産ゲームだとスケルトンとスライムだけどね。
「いえ、大きなカエルや不定形生物、動く雑草など、植物、動物が少し大きくなったもの程度だったそうです」
ゴブリンすら居なかったのか。そりゃあっという間に壊滅されるよね。
ちなみに不定形生物はいわゆるスライムだ。剣だけだと非常にやっかいだが、魔術騎士団は当然魔術も使えるし、火の魔術で倒したのだろう。
「さてシャルニーア様、一つクイズを出しましょう」
突然アイシャが妙なことを言い出した。
クイズって何だろうか?
「クイズ?」
「ダンジョンを攻略するのに、一番手軽で効率のよい方法は何でしょうか?」
アイシャの口元には薄っすら笑いが見える。
ははぁ、引っ掛け問題だな。
さて攻略とは?
その目的は人間に害をなさないよう無害化させる。
そして手段の一つとして、すなわち最下層まで潜り、ダンジョンコアと呼ばれるダンジョンを構築するCPUのようなものを破壊する。
こうすることによりダンジョンの機能を無くして危険な魔物を生み出さないようにするのだ。
ダンジョン内でコアによって作られた魔物は基本的に外へ出てこないが、まれに変わり種が外へ出てくることがある。
その魔物が子を産み、そして繁殖していくのだ。それらが人間に対して害を生み出す事につながる。
しかし別にコアを破壊しなくとも、人間に対し何も出来なくすればいいのだ。
ならば俺の答えは!
「入り口を岩などで塞ぐ事です」
臭い物には蓋をしろ。
どうせ魔物なんてそうそう滅多に出てこないのだ。
蓋をしておけば、わざわざ外に出てくるような物好きもいないだろう。
しかしアイシャは、まだまだ甘いですね、と言わんばかりに首を横に振った。
「それですと攻略とは言えません。力自慢の魔物が居る、もしくは今後生まれた場合、岩程度ならすぐどかされます。またロックイーターなど岩を食べる魔物なら、餌になるだけです。ある一定期間の脅威を取り除く、という効果ならそれが一番早く労力も少ないでしょうけど。それに蓋をしてしまいますと、ダンジョンはどんどん成長していきますよ。五百年も経てば国一つを滅ぼせるような魔物も生まれる可能性がございます」
五百年後なら別にいいじゃん。
なんて思ってしまったけど、子孫に迷惑かかるよな。
「な、ならば正解は何でしょうか?」
「水責めです」
「え? 水……責め?」
どこからともなく、細い棒を取り出したアイシャはそれをくるくると回しながら説明し始めた。
なぜかメガネをかけていないのに、くいっと人差指で鼻の頭辺りをなぞった。
「水を生み出す符と魔術騎士団を総動員すれば、ダンジョンの大きさにもよりますが、生まれて一年以内の小さなものなら半月もあれば完全に水没しますよ」
「夢もロマンもないな?!」
「生まれたてなら、水対策なども殆どされていないでしょうしね。特に雨の降らない地域のダンジョンだとより効果的でしょう」
「でも水陸両用の魔物がいたらどうするのですか?」
ズゴッ○とかな!
リザードマンとか何となく水陸両用っぽいよな?
「その為、念のため見張りを立てながら半年くらい放置します。魔物だろうと生きている以上、酸素が必要です。水の中にいる魔物でも、水に溶けている酸素を取り込んでいるのですよ。なら半年程度待っていれば酸素もなくなりますから、窒息しますね。アンデッドでも低級なものなら、水の中ですしそのうち腐って動けなくなります。霊体は別ですが、生まれたてのダンジョンじゃ霊体のような中位の魔物なんて作れませんしね」
えげつねぇ。
ダンジョン内の魔物のどざえもんがたくさんできるのかよ。
見たくないな。
「でもこれが一番効果的で、被害も少ないかと」
「ひどい話もあったものですね……。でも生まれたてなんですから、そんなことやらなくても、強い人を送り込めばいいだけじゃないのですか?」
「小さくともダンジョンはダンジョンです。怖いのは魔物だけでなく、罠もあります。中に入ると、一歩間違えば死が待っています。事実二百年前のダンジョンでも一名怪我を負った人がいたそうです」
なるほど。
それも確かに一理ある。
「暗くて足下が見えずに、転んで膝をすりむいたと書いてありましたが」
「それって怪我?!」
というかその程度を本に書くなよ! いや、逆に黒歴史にする為に書いたのか?
「個人、あるいは数人のチームで少しずつ攻略していく、というのは攻略が主ではなく中にいる魔物の素材、あるいはダンジョンによって生み出される宝物が目当てです。完全に攻略しなければ無限に手に入るものですからね」
「そう聞きますと、飼い殺しみたいですね。生かさず殺さずで」
「街に資源や特産品などがない場合は効果的ですよ。たくさん人が訪れればその分税などで潤いますしね」
「うちの国でもやらないのですか?」
「我が国には魔物の素材など必要のないものですから。またこの辺りは戦乱の闇の森に近いですし、町を作るのも一苦労するでしょうしね。それにこの辺りは将来シャルニーア様の……いえ何でもありません」
「何ですか? 何か言いましたか? 私の名が出たような気がしたのですが」
「何でもありませんよ」
将来、俺の何なんだよ?
まさかこの辺に引っ越すつもりか?
こんなゴーストがうようよいる森の近くになんて住みたくないが。
ま、それよりこのダンジョンをどうするんだろ。
「ではここのダンジョンは水責めするのですか?」
「それも良いのですが半年以上かかりますし、今回は別の手を使います」
「別の手……?」
そういったアイシャは懐から一枚の大きな符を取り出した。
普段はスマフォくらいの大きさしかないのに、今回はかなり大きめだ。A4サイズくらいあるんじゃないかな?
ちなみに符は大きければ大きいほど効果も多く、そして必要な魔力も大きい。
「それは何の符ですか?」
「これは地割れ符と言います」
「……地割れ?」
「ダンジョンは地下にあります。全て埋めてしまいましょう」
「…………」
この女、最低だな!
蓋をするんじゃなくて、全部埋めるのかよ!
「この符は地震を局地的に起こすものです。下手をすれば町一つ壊滅させるほどの威力がありますので、取り扱いには非常に注意が必要です。ですが、非常に大量の魔力が必要となりますので、滅多に使われる事がありません。でも、シャルニーア様であればきっと大丈夫ですよ!」
「…………私、魔力タンク役?」
「何を今更おっしゃっているのですか」
「おいっ! いい加減泣くぞ?!」
「ああ、その顔素敵ですね。もっと見せてくださいませ」
薄ら涙を浮かべる俺に対し、アイシャは喜色と言っていいほど満面の笑みだ。
こ、このドSが!!
「さ、シャルニーア様。どうぞ」
「………………」
渋々俺は符を受け取って、魔力を注ぎ始める。
「そういえば地震を起こしたら、私たちまで巻き込まれますよ」
魔力を注ぎ込みながら、ふと思ったことを伝える。
「地面にいるからだめなのですよ。飛行の魔術で空を飛んでいれば安心です」
「……さようですか。はい、注ぎました」
「さすがシャルニーア様。まさか本当に発動できるとは」
「もうそれはいいから!」
「さ、次は飛行の魔術符です。どうぞ」
「………………」
こうして生まれたばかりのダンジョンは、魔術によって生み出された大きな地震によって崩れ、最深にあったダンジョンコアも落盤で壊れてしまった。
ダンジョンの奥から、動物のようなうめき声や叫び声が聞こえてくるのが切なかった。
身も蓋も無いやり方で、なんかごめん。




