【後篇】
君との出会い?
よく、覚えているよ。
君は、胸にテディベアを抱いて立っていた。
『こんにちは』
めんくらっている僕を意に介することなく、四歳児だった君は礼儀正しく腰を折った。
きょうは飛行機が低く飛んでいる。
轟音が頭にモヤをかけて、思考をあいまいにする。
千佳ちゃん、千佳ちゃん、千佳ちゃん、千佳ちゃん……。
「呆けているな、北原」
口を閉じろと、教育係の村瀬に小突かれる。
そういえば、仕事中だった。
社長は僕の顔を見るなり、今日は商談の場に控える必要はない、と切って捨てた。
まあ、当然だけど。
「若旦那、お使い行ってきて」
いつまでも手を動かさない僕を見て、同僚達も使い物にならないと判断したらしい。
まあ、これも当然か。
メモを差し出されて、外に出た。
湿気が肌にまとわりつき、うだるような暑さに足が鈍る。
制服を着崩した学生たちが、背広の自分を追い抜いていく。
そういえば、君ももうすぐ夏休みだとはしゃいでいた。
プールに、お祭りに、花火に。
友達と遊ぶのだと君は笑っていた。
その前にテストがあるとか、水着はどんなのを着るのかとか、浴衣を新調しようかとか、からかって遊ぶのは楽しかったな。
『優治さんも、一緒に行く? 』
遠慮がちな言葉に僕は否と首を振った。
そう、一緒に行くわけにはいかなかった。
僕は、君の後をつけるつもりだったんだから。
せっかくの夏のイベントに大人がしゃしゃり出たところで空気を壊すだけだ。
子どもは子ども同士で友好を深めるべきだ。
サカガキくんとのラブイベントもあるかもしれない。
そして、僕はそれを陰からニヤニヤ見たかった!!!
思わず拳を握ったが、殴る壁が無かった。これだから、都会は……。
高校生だ、高校生なんだ。
どうして社会人につきあって青春を棒に振ろうとする。
学校行事や勉強を頑張って、部活を楽しんで、友達と遊んで、なにが不足なんだよ。
僕を好きになったところで、何もない。
思いを向けられても、しょうがない。
こんなことで、時間を使うなんてバカだ。
きょう、何度目かの苛立ちを深呼吸で追い出す。
はっきり言って僕は千佳ちゃんが好きだ。
目に入れても痛くないほどにかわいい。
それは、君が四歳の頃からかわらない。
だから、君を傷つけるなんて嫌だ。ご免こうむりたい。
でも、無理だ。
そんなの無理だ。
僕は逃げる。君から逃げる。全力で逃げてやる。
君が僕を嫌うように、切れるカードもきってやる。
櫻の会社も捨てよう。
胸糞悪いが、実家の権力も利用しよう。
『ツグ兄さまはそれでいいの? 』
昨夜の百合の言葉が耳に残っているのは、気のせいだ。
決戦まで、あと少し。