第三章・水没した町 (9-2)
そしてトモエは立ち上がり、愛稀とまどかの方へと歩いていった。
トモエの姿を見て、まどかはギョッとなった。トモエは邪獣の返り血を大量に浴びていた。しかし、彼女が変身を解くと同時に、顔や腕についた血もきれいさっぱり消え失せた。
トモエはまどかに対し、厳しい口調で云った。
「魔法少女として戦うってこういうことなの。あなたの戦い方は、甘い」
まどかはしばらく呆然としていたが、やがておそるおそる口を開いた。
「でも……、あんな化け物、見たの初めて」
「初めて?」
と、トモエは怪訝そうな表情を浮かべた。
「じゃあ今まで、どんなものを相手にしていたの?」
「森にいる動物とか、結構凶暴なのもいるから……。お父さんが襲われないように追い払ったり倒したりしてただけ。あの化け物も、けものたちの中で相当強い部類、ってくらいに考えてた」
「でも、あなたも“宇宙の意志の権化”と、魔法少女の契りを交わしたんでしょ? その時何も云われなかった?」
まどかは首を横に振った。
「私、そんな契り交わしてない」
「交わしてない、って……」
トモエは信じられなかった。魔法少女は皆、自分のように“宇宙の意志の権化”と契りを交わすことでなるものだと思っていた。けれど、まどかはそうではないと云う。じゃあ、どうやって魔法少女になれたのだろう。愛稀のように、もともとユメのセカイにつながる潜在能力が備わっていたため、自然に変身できるようになったのだろうか。
思えば、高島アイラが魔法少女になったいきさつも、トモエは聞いていなかった。もしかすると彼女も、トモエとは違うきっかけで魔法少女になったのかも知れない。
とりあえず、トモエはその件は保留にすることにした。
「まぁ、それはいいとして――。それじゃあ、宝の持ち腐れだよ。あなたのもつ力は、本来魔法少女としてこの世にはびこる悪意の化身と戦い、世界を救うために使うべきもの。個人的な都合のためだけに使うなんて、もったいない」
「でも私、自分が魔法少女だなんて意識したこともないし」
まどかはなおも食い下がった。
「なら、なおさらその力を使うべきじゃない。この力を使うということは、これからもああいう敵と命をかけて戦うことを意味するの。そのことをちゃんと理解しておいた方がいい」
人並み外れた力を持つということは、それ相応の役割を担うことである。力だけを持ち使命を放棄することは、不義理に値し本来許されるべきではない。
「ま、でもあとはあなた個人で考えるべき問題ね――。でも、これだけは多分はっきり云えるよ。あなたはれっきとしたお姉ちゃんの妹だ」
トモエは愛稀とまどかを交互に見比べながら云った。
「お姉ちゃんの能力をあなたも受け継いでる。それはおそらく、あなたのお母さん由来のものだろうけど――、ユメのセカイにアプローチし、なおかつ向こうの現象をこの世界に具現化できる人って滅多にいないの。あなたも見ていたでしょう、お姉ちゃんは魔法少女じゃないけど、あれだけ強烈な力が使える。それは、あなたも受け継いでいる、あなたのお母さんのDNAが成せる業なんだよ。あなたが何を云おうと、その事実は変わることはない」
数時間前、まどかは愛稀のことを肉親とは認めないと云い放った。けれど、互いのもつ能力が物語っている。お前たちは血を分けた姉妹なのだ、と。トモエはそのことをまどかに伝えたかった。
「やれやれ、こんだけ騒然となってちゃ、温泉入らせてもらえないかも知れないな。昼間から汗いっぱいかいて気持ち悪いのに……。仕方ない、民宿のシャワー使うか」
それからトモエはひとり言を云って、さっさと民宿の方へと引き返していった。愛稀はふと、傍らで座り込んでいるまどかを見た。彼女は悔しいのか、去りゆくトモエの後ろ姿をじっと見つめながら唇を噛んでいた。




