第40話
ジャスト40話!……言ってみたかっただけです。
村雲の腕が抜けると同時に、その場に倒れ伏す豊姫と依姫。
「そ、そんな……」
鈴仙は信じられなかった。豊姫と依姫は月で最強と言っても差し支えのない実力者。その二人が不意討ち気味とはいえ、ここまで簡単に倒されるとは思わなかったのだ。
「邪魔だ」
「あぁっ!?」
ゴミを見るような目で鈴仙を片手で吹き飛ばす村雲。勢い良く飛ばされた鈴仙は、そのまま壁に背中から叩きつけられてしまう。
「げほっ……えほっ!」
衝撃で骨が軋み、呼吸が乱れる。そんな状態でも鈴仙の目は、この状況を作り出した元凶である村雲をしっかり捉えていた。
「後は最後の仕上げだけだが、ここでは味気無いな。場所を変え……む?」
この部屋に入ってきた時のような人を小馬鹿にした態度は消え失せ、今は氷の如き冷酷さと禍々しい気配を感じさせる村雲。彼が少し考える素振りをしていると、何か気付いたように豊姫と依姫の方を見る。
「……うぅ」
「ほう、まだ生きていたか。だが、今の貴様達には我が直接手を下すまでもなかろう」
小さく呻き声を上げる豊姫と依姫。どうやら二人は気を失っているだけで、重傷ではあるが死んではいないようだ。それを見た村雲は突如自分の手を手刀で傷付ける。
「っ!?」
「ククク……」
訳が分からないという表情の鈴仙を尻目に、邪悪な笑みを浮かべて床に血を垂らす村雲。血がある程度床に溜まったところで変化は起こった。それはまるで生物のように動き始め、トカゲのような怪物が次々と生まれていったのだ。あまりにおぞましい光景に鈴仙は言葉が出ない。
「精々我が分身に八つ裂きにされるがいい。この建物に居る他の人間共々な!」
「ま、待ちなさい!」
村雲は冷笑と共に輝夜を脇に抱えて、鈴仙の言葉に耳を貸すことなく天井を突き破っていった。その間にも怪物は数を増やしながら壁を破壊して移動していく。そして、その内の三体が鈴仙達に近付いてきた。
「ギギギ」
「……やるしかないみたいね」
村雲の人間とは思えない行動や目的など、今は分からないことだらけ。しかし、やるべきことは分かっている。それは目の前で増殖を続けている脅威を打ち払うことだ。
「私が相手になるわ!豊姫様と依姫様にこれ以上手は出させない!」
「シャアァァ!」
覚悟を決めて高らかに宣言する鈴仙。彼女はそれと同時に懐から拳銃を取り出し、 二人に向かっている怪物の体を狙って数発撃ち込む。まずは敵の注意を引き付けなければならないからだ。
予想通りに怪物は標的を鈴仙に変更すると、三体が一斉に鋭い爪の生えた腕を振りかざして飛び掛かってきた。
「単純な攻撃パターンね」
「!?」
冷静に呟いた鈴仙は怪物と床の間をスライディングの要領で抜けつつ、怪物の頭を狙い撃ちにする。さっき怪物の注意を引くために撃ったものとは違い、玉兎である自身の妖力を込めた強力な弾丸を食らわせたのだ。
弾丸を受けた三体の怪物は頭を破裂させ、勢いをそのままに床へ倒れる。
「ふぅ、こっちは終わった……なっ!?」
「ガァァッ!」
鈴仙が今度は血溜まりを処理しようとしたその時、背後から殺気を感じて振り返る。そこには倒したはずの三体の怪物が、自分を爪で切り裂こうと迫っていた。気付くのが遅かったせいで、とても自力で避けられるような距離ではない。
自分の命運もここまでかと思い、衝撃に備えて目を瞑る鈴仙。しかし、衝撃も痛みも襲ってくることはなかった。
「ァァ……」
代わりに怪物のものと思われるかすれた断末魔が聞こえ、鈴仙はそっと目を開いてみる。すると、三体の怪物が風に吹かれた砂のように消えていくではないか。
「ふふ……危なかったわね鈴仙」
何が起こったかいまいち理解出来ていない鈴仙に、弱々しい声が届く。その方向を見ると、倒れながらも扇子を構える豊姫が居た。どうやら彼女の放った攻撃が怪物を完全に消し去ったらしい。
「豊姫様!気が付いたのですね!」
「鈴仙、少し……待ちなさい……」
気絶していた豊姫が目を覚まし、駆け寄ろうとする鈴仙。しかし豊姫は彼女を止めると、おもむろに扇子を振るった。扇子からは金色の風が現れ、怪物を生み出している血溜まりにぶつかる。次の瞬間、血溜まりは先程の怪物と同じように消えていった。
「今のところはこれで良さそうね……痛っ!」
「豊姫様!その傷で立ち上がるのは危険です!」
血溜まりが消えたのを確認した豊姫は、なんと重傷にもかかわらず自力で立ち上がる。案の定傷を押さえて苦痛に顔を歪める豊姫を見て、鈴仙は慌てて彼女の体を支える。
「私は大丈夫、一人で……歩けるわ。それよりも、あなたは依姫ちゃんを……運んでちょうだい。自分じゃ……動けないみたいなの」
「はい、とりあえずは医療施設へ行きましょう!では依姫様、失礼します」
「鈴……仙。ありが…とう」
豊姫に促され、いつの間にか気が付いていた依姫をおんぶするように背負う鈴仙。施設内部に放たれた怪物達が気になるが、今は戦闘不能が一人に重傷が一人という厳しい状況だ。
鈴仙は怪物と戦うより、まずは姉妹を医療施設に連れていくのを優先すべきと考える。ならば、こんなところに長居は無用。鈴仙達は目的地に向かうべく部屋を出た。
「ウドンゲ!豊姫!依姫!」
部屋を出た直後、耳に届く聞き覚えのある声。その方向を見てみれば、声の主が見知らぬ者達と共にこちらに走ってくる。
「嘘……」
「八意…様?」
「し、師匠!無事だったんですね!」
一瞬我が目を疑う三人だが、その姿は紛れもなく自分達が敬愛する師であった。
「まさかあなた達に会えるなんて……っ!?豊姫に依姫、どうしたのよその怪我は!?」
「こっちにも色々あったんですよ。というか師匠は一体どうやって地上から戻って来たんですか?それに後ろの方々は?」
教え子に再会したのも束の間、三人の内二人が重傷を負っていることに驚く永琳。一方で鈴仙達も聞きたいことはあるのだ。
「分かったわ。ちゃんと答えてあげるから、あなたも私達の質問に答えてね」
「はい」
互いの疑問を解消するために情報交換をする双方。永琳は流零達の協力を得て輝夜を奪還しに来たこと。そしてここに来る途中で謎の怪物に襲われ、倒してきたことを伝える。鈴仙は第四実験準備室の中で起こった出来事を話した。
当初は永琳が地上の妖怪を連れてきたことに戸惑いを感じる鈴仙達だったが、自分達の師が信じて連れてきた以上は信じてみようと決める。
「八意様、せっかくの再会に見苦しい…ところを見せて申し訳……ありませんでした」
「ですが、こうして再び会えたことは素直に……嬉しいと思っております」
「あなた達が生きていてくれただけでも十分よ。私も会えて嬉しかったわ」
うっすらと涙を浮かべる豊姫と依姫に優しく微笑みかける永琳。それはまるで子を励ます母親のような暖かさを放っていた。
「では私達はそろそろ行きます。師匠、皆さんもどうかお気を付けて」
そう言うと鈴仙は永琳や流零達に頭を下げ、豊姫・依姫と共にこの場を去っていく。その後ろ姿からはどこか寂しいものが感じられた。
「それにしても村雲が輝夜を……一体目的は何なのかしら?そして村雲が怪物を生み出したというのも気になるわね」
「そいつの目的なんざどうだっていい。俺達のやることは変わらねぇんだからな」
口元に手をやって思考する永琳に声を掛ける流零。確かにここで考えていても仕方がない。村雲が何を企んでいようが、自分達は輝夜を助けるだけなのだから。
「しかし、油断は禁物だ。厄介な相手であるのは確実だし、あの怪物を大量生産されると厳しいぞ」
「中途半端な攻撃だとすぐに再生しちゃうし、見た目が気持ち悪いしで最悪よ。あ〜もう、思い出したくないわ!」
敵の危険度を冷静に分析する藍の言葉を聞き、一輪が怪物への不満をぶちまける。余程怪物のことが気に入らないらしい。もっとも、気に入る者などいないだろうが。
「話し合いはこのくらいにしましょう。今は村雲とかいう男を探……っ!?何なの、このとてつもなく大きい妖気は!?」
「外から感じる。それに……これはあの怪物に似てる」
「ああ、とうとう親玉のご登場ってことらしいな」
村雲を探すべく話を終わらせようとした紫だったが、それは何者かの発した巨大な妖気で終わりを迎える。以津真天の言う通り、建物の外から感じる妖気。それが怪物の気配に酷似していることを、この場にいる全員が瞬間的に理解した。
「どうする流零、行ってみるか?」
「当たり前だ。この妖気の発生源に村雲と輝夜がいるかもしれねぇ以上、行くしかねぇだろう。気合い入れ直していくぜ!」
藍の質問に愚問だと言わんばかりに答える流零。その表情には迷いなど微塵も無い。そして流零の意志に同調するように、自然と全員が頷くのだった。
早速妖気の元に急ぐべく外へ出ると兵士が戦っているらしく、あちこちから銃声が聞こえてくる。それだけではなく、怪物の姿もちらほらと確認出来た。
「奴らはもう都の至るところに現れているようね。こうなったら元凶を倒した方が速いわ。行くわよ!」
「ああ!」
いちいち怪物と戦っていては埒があかない。そう判断した一行は怪物に構わず、一直線に妖気の根源へと急ぐ。
たどり着いた場所は都の外の広大な大地。建物など一つも無いそこにただ一人、村雲だけが居た。周囲を見ても、輝夜の姿は何処にもない。
「ほぅ、八意永琳に地上で見た男か。力のある妖怪を連れているとは少し驚いたぞ。どうやって地上から来たかは知らんが、貴様達が何をしようと今となっては手遅れだ」
「手遅れですって?それより輝夜は何処に居るの?教えなさい!」
一行に気付いた村雲は永琳や流零が月に来ていたことに少し意外そうな表情こそすれど、余裕の態度は崩れない。そんな村雲に得体の知れない何かを感じながらも、永琳は輝夜のことを問い詰める。
「クク……まあそう急ぐな。まずは我の自己紹介からさせてもらおうではないか。まだ本当の名を誰も知らんだろうからな」
「本当の名だと?どういうことだ村雲!」
永琳の問いに涼しい顔で対応する村雲。彼が口にした本当の名とは何なのか?流零達全員が感じた疑問に答えるように村雲は口を開く。
「我は村雲にあらず。我が名は……八岐大蛇!」
言葉と同時に村雲の体から溢れ出る黒い妖気。それは次第に村雲の体を包み込んで見えなくしてしまう。小さな希望の光さえ消してしまいそうなその禍々しさに、流零達は不吉なものを感じざるを得なかった。