第32話
思うように執筆作業が進みませぬ。
流零達が居なくなった妖怪の山。不知火は現在ここに建っている勇儀の家に住んでいた。
「ふあ〜、よく寝た」
時刻は朝。勇儀と一緒に布団で寝ていた不知火は、欠伸混じりに上体を起こしてグッと背筋を伸ばす。
まだ眠そうな顔で失明していない右目を開いて布団から出ようとすると、不意に勇儀が手を掴んできた。
「黙って一人で起きるつもりかい?」
少し驚いて勇儀を見れば、彼女の表情には不機嫌さと寂しさが入り雑じっていた。
「……ごめんごめん。おはよう、勇儀」
「おはよう、不知火」
勇儀の意図を理解した不知火は苦笑しながら謝り、朝の挨拶をする。
それを見た勇儀はさっきまでの不機嫌さは何処へ行ったのか、満面の笑みで挨拶を返すのだった。
少し時間が経過し、着替えを済ませた二人は朝食を食べに食堂へと足を運ぶ。そこには既に天狗が十数人程席に着いて、談笑したり黙々と食事をしたりしていた。
この食堂は元々、見張り担当の天狗達のために建造された施設なのである。ところが出てくる料理が美味しいと評判になり、山に住む妖怪全体で利用される場所となった。
ちなみにセルフサービス形式で料理が出てくるのも速い。
「いっただっきま……あれ?」
「どうした不知火?」
注文を終えて料理も受け取った二人が席に着いて早速食べようとしたところ、不知火は何かに気付いて料理から視線を外す。
勇儀が不知火の視線の先を見ると、そこには見知った鳥天狗と見かけない顔の白狼天狗が料理を持って席を探していた。
「文さん!一緒にどうですか?」
「あっ、不知火さんに勇儀さん!おはようございます!そっちに行ってもいいんですか?」
不知火が声を掛けると、鳥天狗……射命丸文は連れの白狼天狗の少女と共に二人を見る。その顔にはいつもの爽やかな笑顔が浮かんでいた。
「まあ、飯は皆で食べた方が美味いからね。ほら、遠慮しないでこっちに来な」
「ではお言葉に甘えさせていただきます。椛、行きましょう」
「はい!文様!」
勇儀からも誘われ、文と少女はちょうど二人と向かい合うように席へやって来る。位置は勇儀の前に文、不知火の前に少女という形である。
「は、初めまして!ボクの名前は犬走椛と言います。先日から文様の部下として働くことになりました。よろしくお願いします!」
席の前に来るや、真面目に自己紹介する白狼天狗の少女……椛。四天王の勇儀と勇儀の恋人として知れ渡っている不知火を前にして、緊張のせいか彼女の声はどこか上ずっていた。
「知ってるだろうけど、オイラは不知火。こっちこそよろしく。まあ、自己紹介はこの辺にしてご飯食べない?」
「は、はい!失礼します!」
軽く自己紹介を済ませると文と椛は席に座り、不知火と勇儀は改めて料理を食べ始める。
そして皆が食べ終わる頃、空の丼を持って席から立ち上がる不知火。
「よ〜し、おかわりだ!」
「あの〜不知火さん。それでもう四回目だと思うんですけど、また特盛にするんですか?」
「そうだけど、それがどうかした?」
若干引いた表情で尋ねる椛に不知火は「当たり前でしょ?」と言いたげな顔で答える。しかし、不知火の食べる量は半端ではない。
特盛は大きな丼にご飯が30cm程の高さで盛られており、それのおかわりを既に三回もしているのだ。
「不知火の胃袋は底無しだからね。これくらい余裕なんだろうさ」
「いや、不知火さんが大丈夫でも厨房の皆が大丈夫じゃないみたいですけど……」
勇儀が面白そうに笑みを浮かべる中、文は慌ただしい厨房の様子に苦笑いする。ちなみにフル稼働中の厨房では、料理人達が在庫が間に合わないと涙目になっていた。
「でも、後二回はおかわりした「ここに居たか。探したぞ、不知火の坊主」……へ?」
「お前は俺達を餓死させる気か?遠慮というものを知れ」
「ききき鬼神様に天魔様!?」
突然会話に割って入る声が二つ。全員がその方向に顔を向けると、そこには號鬼と隼の姿があった。
號鬼は普通なのだが、隼は不知火の燃費の悪さにご立腹らしく額に青筋が浮かんでいる。悩みが一つ増えたことで、ストレスもまた溜まっていくだろう。
「あ、あの……どうしてこちらに?」
「ああ、ちょっと坊主を鍛えてやろうと思ってな」
鬼神と天魔。二人の長を前に椛はおどおどしながらもここに来た理由を聞くと、どうやら不知火への修行のお誘いだったようだ。
「一応オイラは毎日修行を欠かしてませんけど……」
「流零からの頼みでな、今日から俺と號鬼がお前を鍛えることになった。厳しくいくから覚悟しておけ。拒否は認めんぞ」
なんとなく嫌な予感がして修行を回避しようとする不知火だが、隼の言葉でそれも無駄に終わる。
修行を理由にストレスを発散出来る嬉しさからだろうか、ちびっこが見たら100%泣き出すであろう凶暴な笑顔を見せる隼。
そんな隼を見て不知火は背筋が凍り、椛は今にも泣きそうな顔でガタガタ震えながら文の服の袖を掴んでいた。
「まあそんなにビビらせてやるなって。そんじゃ、修行場に行くぞ坊主」
「せ、せめておかわりしてから……「ほう、まだ食うのか?」喜んで行かせていただきます!」
場の空気を和ませつつ連れて行こうとする號鬼。不知火はおかわりを諦めきれない様子だったが、結局隼の一睨みで断念する。
(兄貴……オイラ終わったかもしれない)
これから始まるだろう地獄を前に、この場に居ない兄貴分へ届かない言葉を送る不知火なのだった。
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「さて、今日は彼女のところへ行く日ね。面倒なことにならなきゃ良いんだけど」
「面倒って?」
八雲邸の縁側、ここでは二人……見た感じでは一人と一羽の妖怪が座って話をしていた。紫と以津真天である。以津真天は現在体が鶏サイズになっているが、これは元々怨念の塊である以津真天だからこそ出来る技らしい。
難しい顔をする紫が気になった以津真天は、彼女を見上げながら理由を聞いてみる。
「ええ、彼女は何ていうか……好戦的なの。特に強い相手を見ると高確率で戦いを挑んでくるわ。それに加えて妖怪としての実力もかなりの物。出来ることなら交渉する前に戦うのは避けたいのよ」
本当に悩んでいるらしく、その『彼女』が大物の妖怪であることが紫の言葉から分かる。
「でも行くんでしょ?紫」
「勿論よ。ここで立ち止まってはいられないもの。私の夢の為に……私を信じてくれた皆のために……ね」
以津真天の言葉を受けると、紫は表情を凛々しいものへ変える。普段は見られないその表情は彼女の元々ある美貌をより際立たせていた。
「そろそろ行ってくるわ。お留守番よろしくね」
「いってらっしゃい」
紫はスッと立ち上がると、以津真天に後を任せてスキマを開く。目的の人物が居る場所に向かうその瞳には強い意志が宿っていた。
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「……時は近い」
とある部屋の暗がりの中で呟く者が一人。周囲にはこの時代には存在しないはずの機械類があり、部屋の内装自体も近未来的である。
「あの女が蓬莱の薬を作らない以上、後はあの小娘さえ……蓬莱山輝夜さえ手に入れば……」
機械から出る人工の光とは正反対に、その人物の言動や雰囲気からは闇のような暗さが感じられる。
闇が静かに動き始めようとしていた……。




