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第五話 原告付添人 鈴木裕也

※本作はフィクションです。実在の人物・団体・法制度・省庁等とは一切関係ありません。


いよいよ最終話(第五話)となります。ここまで読んでいただきありがとうございます。どうぞ最後までお楽しみください。

俺(鈴木裕也)がインドネシアに来て、すでに20年が経った。

俺は今、ジャカルタで建築士として成功を収めた。

世界中の大規模プロジェクトに名前が挙がるようになり、「世界の裕也」なんて呼ばれるようになった。

この地で出会った女性と結婚し、子どもも3人いる。家族はいつも俺を頼ってくれる。それだけで、なんだってできる気がした。

笑える話だ。高校の頃、女子高生二人に弄ばれながら耐えていたガキが、こんな風になるとは。

ここジャカルタは、今や世界で最も活気のある都市の一つだ。

先進国から逃げてきた優秀な研究者、技術者、起業家たちが集まり、最先端の技術とアイデアが日々生まれている。

一方で、NY、LA、ロンドン、パリ、そして東京は……もはや荒廃しきっているらしい。

ニュースで見る故郷の映像は、以前の記憶とはまるで別物だった。

ジャカルタに来てまだ一年くらいの時だったか、佐藤先生の旧友である高橋さんという元官僚のYouTubeを見た。

「文科省の国際評価至上主義」「国際評価機関の偏った指標」——彼は容赦なく内部の闇を暴いていた。

これで日本も少しは変わるかもな。

当時はそう思った。

だが、何も変わらなかったようだ。

近藤社長とは今も時々連絡を取っている。

会社はとうに畳み、今は個人事業主として細々とリフォーム工事などをやっているらしい。

「元気でやってるよ」と明るく言うが、声の奥に疲れが滲んでいるのがわかった。

最近、ふつふつと妙な気持ちが湧いてくる。

近藤社長のため。

あの頃の仲間たちのため。

日本のため。

今の俺なら、何かできるんじゃないか——なんて。

……なんてな。

俺はバルコニーからジャカルタの夜景を眺めながら、苦笑した。

もう俺も四十半ばだ。

過去を振り向いて何になるというんだ。

それでも、その気持ちは日に日に大きくなっていく。


何かに導かれるように、俺は日本に帰国していた。

成田空港に降り立った瞬間から、違和感が全身を包んだ。

若者がいない。

街を歩いていても、ほとんどが中高年か老人ばかりだ。当然か。20年前から出生率は地を這うように低迷していたのだから。

駅の施設は老朽化が激しく、壁にヒビが入り、エスカレーターは半分が止まっている。今にも崩れ落ちそうな雰囲気だった。

この国は、ゆっくりと、しかし確実に朽ち果てようとしていた。

ふと、大きな通りでデモ行進と出くわした。

同世代くらいの女性たちが、プラカードを掲げて叫んでいる。

「男は全財産を女に捧げろー!」

「責任を取れ! 責任を取れ!」

俺は足を止めて、呆然とその光景を見つめた。

この期に及んで……まだそんなことを言ってるのか。

社会がここまで疲弊しているのに、彼女たちはまだ「奪うこと」しか頭にないらしい。

その時、行列の中の二人の女性と目が合った。

一瞬、心臓が止まるかと思った。

亜弥……?

美沙……?

違うかもしれない。

歳を取って、顔も変わっているだろう。

でも、どこか似たものを感じた。

彼女たちも一瞬、俺を見て何かを思い出したような顔をしたが、すぐにデモの流れに飲み込まれていった。

俺は静かに振り返り、デモとは逆方向に歩き始めた。

……亜弥と美沙。

俺はあの頃、お前らを心底恨めしく思っていた。

毎日、遊び呆けていたお前らを。

でも……お前らの顔は好きだったよ。

俺は夕暮れの街を、ゆっくりと歩き続けた。


近藤社長から届いた手紙の住所を頼りに、俺は少し古びた住宅街へと足を運んだ。

路地を曲がった先に、4人の老人男性が立って話をしているのが見えた。

近藤社長、佐藤先生、高橋さん、そして、もう一人は山本さんといったか。

遠巻きに見つめる。

かつてあれほど大きく見えた近藤社長の背中は丸くなり、佐藤先生の髪は白く染まっていた。それでも、高校の同級生だった男たちが、こうして爺さんになってもまだ集まっている。

この国がこんな状態になっても、まだこんな光景が残っていることに、少しだけ救われた気がした。

手紙には、4人で小さな塾を運営し、行き場をなくした男子たちに勉強を教えていると書かれていた。

声をかけようと一歩踏み出した、その時——

4人とも、明らかにオロオロとしていた。

……なんだ?

その視線の先には、一人の男子高校生と思しき少年が立っていた。

まだ17〜18歳くらいの、目が鋭い少年だ。

少年は、4人の老人に向かって、はっきりとした声で言った。

「俺、裁判を起こす!国に、最高裁に、女子枠が違憲だって認めさせる!」

…ドサッ。

俺は思わず持っていたカバンを手から落とした。

呆然とした。

心臓が、激しく鳴っている。

……理解した。

俺は、

この瞬間、この少年を助けるために、

ここまで導かれて来たのだと。

ジャカルタに行ったことも、そこでの成功も、

すべてが、この瞬間のために繋がっていた気がした。

俺はゆっくりと息を吸い、

落ちたカバンを拾い上げた。


「拓実、そんなこと言ったって、裁判には金もかかるし……」

佐藤先生が心配そうに言いかけたところで、

俺はゆっくりと彼らの輪へと歩み寄り、拓実の肩を掴んで静止させた。

「金ならある。——少年、やるんだな?」

拓実は驚いた顔で俺を見上げた。

近藤社長が目を丸くして叫んだ。

「裕也? どうしてここに……?」

佐藤先生、高橋さん、山本さん——4人全員がポカンとした顔で俺を見つめている。

拓実は一瞬固まった後、力強く頷いた。

「ああ。やる!」

それから数ヶ月後。

拓実はあえて大学を受験した。

高校教師だった佐藤先生、大学学務課勤務だった山本さんがみっちりと指導したおかげか、自己採点ではほぼ満点だ。

だが、結果は予想通り——不合格だった。

もはやこの時代にあっては男子が大学を受験するというだけで何か企みがあるのではと警戒されるような雰囲気まであった。

きっと高校から内申書で「問題思想あり」とでも伝えられていたのだろう。

しかし、それも予定通りだった。

拓実は、不当な差別によって未来を奪われたことに対する国家賠償請求を求めて、提訴した。「集団訴訟という手もあるぞ。その方が世論を味方にしやすい」と高橋さんはアドバイスしたが、拓実は静かに首を振った。

「同年代の男子たちで足並みを揃えるのは難しいです。みんな、声を上げればさらに不利な場所に追いやられると怯えている。性欲に惑わされる者も出るかもしれない。バラければ相手に付け入る隙を与えることになる。俺一人で十分です。」

18歳とは思えない冷徹な分析。そして、すべてを一人で背負うという狂気的なまでの覚悟。

俺は傍らで、その決意を静かに見守っていた。


裁判は苛烈だった。

拓実は法廷で、はっきりとした声で主張した。

「女子枠自体が、憲法14条——法の下の平等に違反しています。この制度は、性別というただ一つの属性だけで、男子の機会を著しく奪っている。それは許される『是正措置』などではなく、明確な差別です」

国側の代理人は、冷静に、しかし冷たく返した。

「これは構造的差別を是正するための高度な政策判断です。司法が安易に立ち入るべき問題ではありません」

傍聴席は常に緊張に包まれていた。

一審は敗訴。

二審も敗訴。

今、残すは最高裁だけとなった。

ここまでの敗訴は当然の結果だった。

一介の18歳の男が国を相手に戦っているのだ。

それでも、最高裁の口頭弁論の場が認められたというだけでも十分過ぎるほど奇跡だった。……というか、あまりに出来過ぎた結果だった。違和感を感じるほどに。

——何か、裏があるんじゃないか?

だが、そんな大人の邪推や不安を、今さら拓実に感じさせるわけにはいかない。

重厚な法廷の扉を前に、俺は拓実の肩を叩いた。

「怖いか?」

拓実は少し震える声で、しかし笑った。

「怖いですよ。でも……やるしかないんです」

俺は頷いた。

佐藤先生、近藤社長、山本さん、高橋さん——皆が、静かに見守っている。

二十数年前、俺が高校生だった頃には想像すらできなかった戦い。それを、今、この少年が背負ってくれている。

最高裁の判決が下される日が、近づいていた。

俺たちは、もう逃げない。


最高裁の判決の日が来た。

傍聴席は静まり返っていた。

俺は拓実のすぐ後ろに座り、固く拳を握っていた。

裁判長が、ゆっくりと口を開いた。

その口から出た言葉は意外なものだった。

「ずっと……長い間、君のような人が来るのを待っていた……」

法廷にざわめきが広がった。

裁判長は、疲れ切ったような、しかしどこか穏やかな目で拓実を見つめていた。

「主文。女子枠は、違憲である。」

静まり返る法廷に、その言葉だけが重く響いた。裁判長は判決文から目を離し、静かに言葉を継いだ。

「当然です。明確な性差別なのですから……。ですが……あまりにも今日という日が来るのが遅過ぎた……」

その言葉の意味を、傍聴席にいる全員が理解した。

佐藤先生、近藤社長、山本さん、高橋さん——皆が、静かに息を飲んだ。

拓実さえも、肩を小さく震わせていた。

……そうか。

遅過ぎたのか。

この国にはもうほとんど若者はいない。

科学技術力は失われ、インフラは朽ち果て、経済は低迷を続けている。

滅びを止められないラインを、とっくに超えていたのだ。

判決は「女子枠は違憲」で確定した。

しかし、法廷を出た瞬間、空虚な気持ちが残った。

勝利したはずなのに、誰も歓声を上げなかった。

敗者となった国側の人間たちも、何を言うこともなく黙って俯いていた。

ただ、静かに、互いの顔を見合わせるだけだった。

拓実は俺を見て、弱々しく微笑んだ。

「終わった……んですね」

俺はただ、拓実の頭を軽く撫でた。その向こうで、近藤社長たちが優しい眼差しで俺たちを見つめているのが見えた。

この判決は、

もう終わりを迎えたこの国が、

せめて間違っていましたと懺悔するだけの、

遅すぎた贖罪だった。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

昨今話題の女子枠が行くところまで行ったら…を自分なりに考えてみました。いかがでしたでしょうか。面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価での応援をいただけますと励みになります!

改めまして、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!

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