我、真実の力に依りて生きながらに万象に打ち克てり
我、真実の力に依りて生きながらに万象に打ち克てり
――Vi Veri Universum Vivus Vici.
死亡届には、いつも余白が少ない。
氏名、生年月日、本籍、死亡したとき、死亡したところ、届出人。決められた欄に決められた文字を収めてしまえば、人の死は受理される。泣いている者も、泣いていない者も、窓口の前では同じように印鑑を探し、同じように書き損じ、同じように「ここですか」と訊ねる。
奈比賀 孝は、そのたびに赤鉛筆で小さく欄外を指した。
「そこです」
それだけでよかった。
死は、書類の上では驚くほど従順だった。どれほど乱暴な別れであっても、どれほど納得のいかない終わりであっても、最後には一枚の紙に収まる。収まらなければならない。人が社会の中で生きていたことを終わらせるには、終わったという形式が必要だった。
母の死亡届を出したのは、妹の由香だった。
孝はその日、窓口の内側にいなかった。忌引きのためではない。母は市外の病院で死に、そのまま葬儀社が段取りを整え、近くにいた由香が役所へ行った。それだけのことだった。
電話で由香は言った。
「兄さん、来週でかまんき、実家見に来て。うち一人じゃ片づかん」
「要る書類は?」
「そういうがは、もう済んじゅう」
そういうが、という言い方が孝は嫌いだった。
物事には名がある。死亡届、火葬許可証、年金の停止、保険の請求。曖昧に包めば、何かが軽くなるわけではない。
けれど孝は何も言わなかった。
母は七十四歳だった。死因は肺炎。長患いというほどではなく、突然というほどでもない。人生の終わりとしては、役所の帳簿に混じってしまえば珍しくもない死だった。
土曜日の朝、孝は十数年ぶりに実家の戸を開けた。
家の中には、古い湿気の匂いがあった。畳と、埃と、薬袋と、煮物の記憶が混ざった匂い。人が住まなくなった家は、すぐに家であることを怠けはじめる。台所の流しには洗い桶が伏せられたままで、食器棚のガラスには薄く曇りがかかっていた。
仏壇の前に、母の写真が置かれていた。
葬儀の時にも見た写真だった。少し笑っている。実物の母は、晩年こんな顔をしていただろうかと孝は思った。写真というものは、死者を一番都合のよいところで止めてしまう。
線香を一本だけ上げ、孝はすぐ立った。
泣くべきだとは思わなかった。泣けないことを恥じる気にもならなかった。母が死んだ。それは事実だった。事実は、受け止めるかどうかにかかわらず、先にそこにある。
押し入れを開けると、段ボール箱がいくつも積まれていた。古い衣類、贈答品の空箱、使わなくなった電気毛布。母は物を捨てない人だった。捨てない理由をいつも持っていた。まだ使えるから、何かに使えるから、誰かが要るかもしれないから。
誰か、というのはたいてい存在しない。
孝は軍手をはめ、箱を一つずつ開けた。要るもの、要らないもの。残すもの、捨てるもの。決めてしまえば作業は早かった。
薬袋が出てきた。
三月二日。死ぬ四日前の日付だった。中には錠剤が残っている。母はそれを飲みきる前に死んだ。
孝は袋を燃えるごみへ入れかけ、少しだけ手を止めた。薬は、飲む者がいて初めて薬である。飲む者のいない薬は、もう薬ではない。
袋の口を結んだ。
昼過ぎ、押し入れの奥から古い革張りの鞄が出てきた。
父のものだった。
金具は黒ずみ、取っ手の革は乾いてひび割れていた。中には数冊の本と、大学ノートが入っていた。英文学史、ラテン語初歩、薄茶色に変色した雑誌のコピー。父は高校の英語教師だった。教師でありながら、家庭ではほとんど何も教えない人だった。ただ時折、妙に芝居がかった口調で、子どもにはわからない言葉を聞かせた。
孝はノートを開いた。
父の字ではない。自分の字だった。
表紙の裏に、黒いペンで大きく書かれていた。
Vi Veri Universum Vivus Vici.
その下に、さらに大きく、ませた筆跡の日本語があった。
”我、真実の力に依りて生きながらに万象に打ち克てり”
孝はしばらくその文字を見つめ、それから短く笑った。
若かった、と言うには幼すぎた。賢かった、と言うには愚かすぎた。
その言葉を父から聞いたのは、たしか小学校六年の秋だった。
父はその夜、居間で酒を飲んでいた。食卓の上には、母が作った鯖の味噌煮が残っていた。妹の由香はもう寝ていて、台所では母が洗い物をしていた。父は酔うと、普段よりも遠い人になる。家族のいる居間ではなく、別の時代の教室で誰かに講義しているような顔をする。
「孝、これ読めるか」
父は紙片に五つのVを書いた。
「ブイ、ブイ、ブイ、ブイ、ブイ」
「そうやない」
父は嬉しそうに笑った。
「ヴィ・ウェリ・ウニウェルスム・ウィウス・ウィキ。真実の力で、生きちゅうまま、全部に勝ついう意味らしい」
「全部に?」
「世界にも、人にも、自分にも、や」
父の顔は赤かった。だが、その声だけは妙に澄んでいた。
「嘘は嫌え。けんど、真実を甘う見たらいかん。真実はのう、見つけた者の味方をしてくれるとは限らんき」
当時の孝には、最後の言葉がわからなかった。わかったのは、父が格好いいことを言ったということだけだった。だから後になって、自分なりに訳した。宇宙では大きすぎるから、万象にした。征服したでは子どもっぽいから、打ち克てりにした。
それを書いた夜のことを、孝はまだ覚えている。
父が死んでいると知った夜だった。
父は突然いなくなったわけではなかった。ある日から帰らなくなった。母は「遠くで働きゆう」と言った。出張とも、転勤とも、療養ともつかない言い方だった。孝は最初、信じた。父は本の多い人で、知らない言葉をたくさん持っていて、遠くへ行くのが似合う人だったからだ。
だが、家の中から少しずつ父の匂いが消えていった。
洗面台の髭剃りがなくなり、玄関の革靴が片づけられ、母は父の話をするたびに目を逸らすようになった。由香は幼く、夜になると「お父さんは」と聞いた。そのたびに母は「もうちょっとしたら」と答えた。
もうちょっと、は便利な言葉だった。
孝は仏壇の引き出しで、父の死亡通知を見つけた。封筒の宛名は母だった。日付は半年も前だった。
その夕方、台所に立つ母の背中に向かって、孝は言った。
「父さん、死んじゅうがやろ」
母は包丁を止めた。
それだけで、孝はすべてを理解した。理解した、と思った。
「なんで言わんかったが」
母は振り向かなかった。鍋から味噌汁の湯気が上がっていた。豆腐と葱の匂いがした。由香が隣の部屋で人形を並べていた。
「孝」
「死んだがやったら、死んだって言うたらよかったやろ」
「由香が、まだ小さかったき」
「俺には?」
母の肩が、小さく動いた。
「俺には嘘ついてよかったがか」
言った瞬間、胸の中に硬いものが生まれた。それは悲しみではなかった。怒りでもなかった。自分だけが正しい場所に立ったという、冷たい高揚だった。
母は何も言い返さなかった。
ただ、火を弱めた。
鍋の蓋が、小さく鳴った。
その音を、孝は母が負けた音として覚えた。
夜、自分の机でノートを開き、例のラテン語を書いた。父がくれた言葉を、自分のものにするために。母の嘘に打ち克つために。世界が曖昧な顔をして近づいてきても、二度と騙されないために。
我、真実の力に依りて生きながらに万象に打ち克てり。
そう書けば、本当に何かに勝った気がした。
電話が鳴ったのは、孝がノートを閉じた時だった。
「今、家?」
由香だった。
「ああ」
「夕方行く。捨てるもん、勝手に全部決めんとってよ」
「要るもんがあるなら言え」
「見んと分からん」
それもまた孝の嫌いな言い方だった。けれど、今度も何も言わなかった。
由香が来るまでの間、孝は父の本をめくった。英語の書き込みがあり、ラテン語の単語があり、ところどころに赤線が引かれていた。父は本をきれいに読む人ではなかった。余白に反論を書き、疑問符を書き、時には日本語で短く感想を書いている。
古いコピーの束の中に、例の一句があった。
Vi Veri Universum Vivus Vici.
その前後に、父の鉛筆書きがあった。
――自己を遡ること。
――私はなぜ私であるか。
――父母、祖父母、時代、土地、偶然。
――真実は外敵ではなく原因である。
孝は眉を寄せた。
父が言った言葉を、彼はずっと勝利の標語だと思っていた。真実を掲げれば、嘘をついた者を打ち負かせる。曖昧なものを裁ける。世界を整頓できる。
だが父の走り書きは、別のことを言っているようだった。
私はなぜ私であるか。
真実は外敵ではなく原因である。
玄関の戸が開いた。
由香は、母によく似た歩き方をするようになっていた。昔はそうではなかったはずだ。手にはスーパーの袋を提げていた。
「お茶、買うてきた」
「家にあるろう」
「いつのかわからんやつ、飲みとうない」
由香はそう言って、台所へ入った。食器棚を開け、母が使っていた湯呑みを二つ出す。孝は思わず言った。
「それ、捨てるつもりやった」
「まだ使える」
「そうやって残しても、誰も使わん」
「今、使う」
由香は湯呑みを洗い、買ってきた茶を注いだ。冷えたペットボトルの茶が、古い湯呑みの中で妙に不似合いに見えた。
二人は仏間に座った。
しばらく、母の遺品について話した。着物はどうするか。写真は誰が持つか。保険の書類はどこにあるか。孝が分類し、由香が時々止めた。
「これは?」
孝が古い鍋を持ち上げる。
「要らん」
「これは?」
「それは置いちょって」
「ただの布巾やろ」
「お母さんが最後まで使いよったやつ」
「やき、何なが」
由香は孝を見た。
「兄さんは、何でも終わったことにするがが早いね」
孝は言い返そうとして、やめた。
終わったことは終わったことだ。そう言うのは簡単だった。だが仏壇の上の母は、写真の中で少し笑っている。終わったはずなのに、台所にはまだ母の布巾が残っている。湯呑みには茶が入っている。
「母さんは、最後まで父さんのことをちゃんと話さんかった」
孝は言った。
由香は湯呑みを両手で包んだまま、少しうつむいた。
「兄さんは、ちゃんと聞こうとしたこと、あったが?」
静かな声だった。
孝はその言葉を、すぐには理解できなかった。
「聞いたろう。あの時、俺は聞いた」
「責めたがやろ」
「嘘つかれたがやき」
「うん。嘘やったと思う」
由香は認めた。
「お母さんは、間違えたと思う。父さんが死んだこと、言わないかんかったと思う。でもね、兄さん」
その先を言う前に、由香は一度息を吸った。
「お母さん、たぶん、一日だけ黙ったがよ」
「一日?」
「父さんが死んだ日、兄さん、学校で作文の賞もろうて帰ってきたがやって。覚えちゅう?」
覚えていなかった。
いや、忘れていたのではない。その記憶だけが、父の死とつながっていなかった。
薄い賞状。担任の手。教室の拍手。帰り道に買ってもらうはずだったアイス。家に帰ると母が台所にいて、少し笑って「よかったね」と言った。
「その日に言えんかった、って。お母さん、前に一回だけ言うた。一日だけ黙っちょこうと思ったら、次の日も言えんなったって。由香は毎晩泣くし、兄さんは父さんの話せんようになるし。気づいたら、どう言うたらえいか分からんなったって」
「だからって」
「うん。だからって、やと思う」
由香はそう言って、湯呑みの茶を飲んだ。
「嘘いうより、言えん日が続いただけやったがやと思う」
孝は何も言えなかった。
外では、夕方の光が隣家の屋根に傾いていた。仏間の畳に、障子の桟の影が伸びている。子どもの頃、この時間になると父が帰ってくる日もあった。母が味噌汁を温め直し、由香が玄関へ走った。そういう日は確かにあった。父が死んだ後にも、しばらくその気配だけが家に残っていた。
孝は、その気配を嘘と呼んだ。
その夜、由香は帰り、孝は実家に一人で泊まった。
電灯を消すと、家の中は思ったよりも音が多かった。柱が鳴り、冷蔵庫が唸り、遠くの道を車が通った。人がいない家にも、まだ生活の残響がある。
孝は父のノートと、自分のノートを並べて座った。
私はなぜ私であるか。
父の字を指でなぞる。
母の嘘。父の死。由香の涙。死亡届。窓口。赤鉛筆。冷めた味噌汁。賞状。父の酔った声。五つのV。自分が母を言い負かした夕方。言い負かした後、母が何も言わずに鍋の火を弱めた音。
記憶は、真っ直ぐには戻ってこなかった。
ひとつ思い出すと、その下から別のものが出てきた。自分が正しかったこと。正しかったのに、残酷だったこと。母が嘘をついたこと。嘘をつきたくてついたのではなかったこと。父が大きな人に見えたこと。大きな人ではなかったかもしれないこと。
あれは、母が負けた音ではなかった。
孝はようやく、そう思った。
泣かないために、母は鍋の火を弱めただけだったのかもしれない。煮え立つ湯気を鎮めるように、自分の中で立ちのぼるものを、ただ必死に押さえようとしただけだったのかもしれない。
真実は、刃ではなかった。
少なくとも、孝が思っていたような刃ではなかった。抜けば誰かを黙らせられるものではなかった。むしろ逆だった。見れば見るほど、自分の立っている場所が崩れていく。自分が裁く側にいるのではなく、裁かれるもの、許されてきたもの、知らずに踏んできたものの中にいるとわかってしまう。
それでも、目を逸らさないこと。
たぶん父は、そのことを言おうとしたのではないか。
朝になって、孝は仏壇の引き出しを開けた。
そこには母の数珠と、古い通帳と、使いかけの便箋が入っていた。便箋には何も書かれていなかった。宛名も、本文もない。ただ一枚目の端に、薄く鉛筆で線が引かれていた。母は何かを書こうとして、結局やめたのだろう。
孝はその白い便箋を、長いこと見ていた。
死亡届には、言えなかった日の数を書く欄はなかった。
父が死んだ日。
翌日。
その次の日。
半年後の、味噌汁の夕方。
孝が家を出て、あまり帰らなくなった年。
由香が母の世話をしながら、兄へ電話するか迷った夜。
どれも書類にはならなかった。だからといって、なかったことにはならなかった。
孝は父の紙片と、自分の中学時代のノートを封筒に入れた。捨てるつもりだった。だが、捨てなかった。残す理由を説明することはできない。まだ使えるからでも、誰かが要るかもしれないからでもなかった。
ただ、そこにあった。
出発の前、台所に立ち寄った。食器棚には、由香が洗って伏せた湯呑みが二つ並んでいた。孝はそのうち一つを手に取った。母がよく使っていた、縁の欠けた薄青い湯呑みだった。
死亡届には書けないものだった。
戸籍にも、住民票にも、相続の書類にも出てこない。だが母はこれで茶を飲み、父の話を避け、由香の話を聞き、孝の帰らない正月にも棚の奥へ戻したのだろう。
孝は湯呑みを新聞紙で包み、鞄の底に入れた。
玄関を出る時、仏間の方を一度だけ振り返った。
我、真実の力に依りて生きながらに万象に打ち克てり。
かつてその言葉は、孝にとって勝利だった。世界の曖昧さを斬り捨て、自分だけが正しい場所に立つための旗だった。
今は違った。
真実の力とは、誰かを黙らせる力ではない。母の弱さも、父の不在も、妹の沈黙も、自分の冷たさも、ひとつずつ原因として見てしまう力だった。見てしまえば、もう昔のようには勝てない。だが、勝てないことを知ってなお生きているなら、それは敗北だけではないのかもしれなかった。
孝は鍵をかけた。
鞄の底で、湯呑みがかすかに重かった。
それは真実と呼ぶにはあまりに小さく、嘘と呼ぶにはあまりに温かかった。
お読みいただきありがとうございました。
創作の励みになりますので、評価・感想をよろしくお願いします。
今回は、「真実」をテーマに書きました。
本当に真実を見るとは、相手の嘘だけでなく、自分の冷たさや未熟さまで見てしまうことなのかもしれません。
死亡届には、人が死んだことは書けます。
でも、言えなかった日々や、弱めた味噌汁の火や、欠けた湯呑みに残った生活までは書けません。
そういう、書類にならない真実を書きたいと思った次第です。
なお、題名の「我、真実の力に依りて生きながらに万象に打ち克てり」は、ラテン語句 Vi Veri Universum Vivus Vici の意訳です。古典そのものからの引用というより、近現代に広まった標語で、映画『Vフォー・ヴェンデッタ』によって有名になった言葉でもあります。本作では、その大仰な一句を、孝が若い日に誤読し、人生の支えにしてしまった言葉として扱いました。
お気に召した方は、他の短編『続きそうな短編集』もぜひ、ご一読ください。




