9.「北の辺境伯の救出」
満月の光が、裁判所の窓から差し込んでいた。
私の視界は、今までとは全く違っていた。
人々の周囲に、色のついたオーラのようなものが見える。
それは——感情と真実を表す色。
誠実な人は白く輝き、嘘をついている人は黒いもやに包まれている。
そして、宰相デュランドの周囲は——真っ黒だった。
(これが……無属性の真の力……)
私は驚愕した。
けれど、今はそれを利用する時だ。
「宰相閣下」
私はデュランドを見た。
「あなたは、この陰謀に関与していませんか?」
「ば、馬鹿な!私は王国の宰相だぞ!」
デュランドは声を荒げた。
けれど、彼の周囲の黒いもやが濃くなった。
(嘘だ)
私には、はっきりとわかる。
「では、お尋ねします。あなたは、シーナ・エクセキューターと接触したことがありますか?」
「……ない」
瞬間、黒いもやが爆発的に膨れ上がった。
(大嘘だ)
「本当にですか?」
私は一歩前に出た。
「シーナは公爵家の出身です。あなたと社交界で会ったことがないとは思えませんが」
「そ、それは……社交界では会ったことがあるが、この件とは関係ない!」
また黒いもやが濃くなった。
(どんどんボロが出てきてる)
「裁判官殿」
ポール・バーバルマンが立ち上がった。
「私からも質問があります」
「北の辺境伯、どうぞ」
「宰相閣下、あなたは三日前の夜、どこにいましたか?」
デュランドの顔が強張った。
「執務室だ」
黒いもやが渦巻いた。
(嘘)
「証人はいますか?」
ポールが鋭く尋ねた。
「……それは……深夜だったので、誰もいない」
「都合がいいですね」
ポールは皮肉に言った。
「実は、私の部下が目撃しています。三日前の夜、あなたがエクセキューター邸の近くにいたことを」
傍聴席がざわめいた。
「宰相が!?」
「エクセキューター邸に!?」
デュランドは顔を青ざめさせた。
「それは……偶然通りかかっただけだ!」
また黒いもやが濃くなった。
(もう真っ黒だな)
「偶然?」
私は微笑んだ。
「宰相閣下、あなたは嘘をついていますね」
「な、何を根拠に!」
「根拠?」
私はデュランドを見つめた。
満月の力が、私の目を通して真実を暴く。
「あなたの目が、全てを語っています」
「目?」
「はい。あなたは今、恐怖で瞳孔が開いています。心拍数も上がっている。額に汗が浮いている」
私は冷静に分析した。
「これは、嘘をついている人間の典型的な反応です」
長年の処刑立ち会いで培った観察眼が、今ここで役立つ。
「さらに」
私は一歩前に出た。
「あなたは先ほどから、左手で右手首を擦っています」
デュランドがハッとして手を止めた。
「これは、不安を感じた時に出る無意識のあなたの仕草です」
傍聴席がざわめいた。
「本当だ……」
「宰相が、そんな仕草を……」
「つまり、宰相閣下」
私は静かに言った。
「あなたは、この陰謀に深く関わっている」
「違う!証拠はない!」
デュランドは必死に否定した。
その時——
「証拠なら、ありますよ」
新たな声が響いた。
扉が開き、一人の男が入ってきた。
宮廷薬師、ルドルフ。
「ルドルフ!お前、何を——」
デュランドが叫んだ。
「宰相閣下、もう終わりです」
ルドルフは疲れた顔で言った。
「私は、これ以上嘘をつけません」
彼は書類を取り出した。
「これは、過去十五年間の違法薬物取引の記録です」
傍聴席が騒然とした。
「シーナ・エクセキューターへの『属性偽装薬』の販売記録。そして——」
ルドルフはデュランドを見た。
「宰相閣下からの指示書です」
「な、何だと!?」
「閣下は、シーナを脅迫していました。『娘の属性偽装をばらされたくなければ、協力しろ』と」
ルドルフは静かに言った。
「そして、今回の王妃暗殺未遂も——閣下が計画したものです」
傍聴席が大混乱に陥った。
「宰相が王妃暗殺を!?」
「信じられない!」
「これは……クーデターか!?」
デュランドは顔を真っ赤にした。
「貴様!裏切るのか!?」
「裏切り?」
ルドルフは悲しそうに笑った。
「閣下こそ、王国を裏切ったのではありませんか」
彼は裁判官を見た。
「私は、もう罪に耐えられません。全てを告白します」
「ルドルフ!黙れ!」
デュランドが叫んだ。
けれど、もう遅い。
「宰相デュランドは、三年前から王妃を排除しようと計画していました」
ルドルフは静かに語り始めた。
「王妃は平和主義者で、宰相の軍事拡張政策に反対していました。そのため、邪魔だったのです」
「そして、エリーゼ・エクセキューターを陥れたのも——」
ルドルフは私を見た。
「彼女が北の辺境に行くことを阻止するためです」
「なぜ?」
裁判官が尋ねた。
「エリーゼ嬢は優秀な戦略家です。もし彼女が北の辺境伯の軍略顧問になれば、宰相の計画が狂うからです」
ルドルフは続けた。
「宰相は、北の辺境を弱体化させ、ガルゼイン帝国と密約を結ぼうとしていました」
傍聴席が再び騒然とした。
「ガルゼイン帝国と!?」
「国を売る気か!?」
「これは反逆罪だ!」
デュランドは完全に追い詰められた。
「く、くそ……!」
彼は懐から何かを取り出した。
小さな瓶——毒薬だ。
「誰にも、俺を裁かせるものか!」
デュランドは瓶を口に運ぼうとした。
その瞬間——
ポールが飛び出し、デュランドの手から瓶を叩き落とした。
「させるか!」
瓶が床に落ち、割れた。
黒い液体が床に広がる。
「お前は裁判で裁かれるべきだ。自ら命を絶って逃げることは許さない」
ポールはデュランドを押さえつけた。
「捕らえろ!」
裁判官が命令した。
近衛騎士たちがデュランドを拘束する。
「離せ!離せ!」
デュランドは叫んだ。
けれど、もう誰も彼の言葉に耳を貸さなかった。
裁判官は立ち上がった。
「宰相デュランド、シーナ・エクセキューター、クラレリア・エクセキューター——」
裁判官の声が、厳かに響いた。
「あなたたちは、王妃暗殺未遂、属性偽装、国家反逆の罪で逮捕される」
「そして、エリーゼ・エクセキューター——」
裁判官は私を見た。
「あなたは無罪です」
傍聴席から、歓声が上がった。
「無罪だ!」
「処刑人の娘は無実だった!」
「陰謀だったのね!」
私は深く息を吐いた。
(終わった……)
満月の光が、私を包む。
視界が元に戻っていく。
あの不思議な力——真実を見る力が、ゆっくりと消えていく。
けれど、確かに感じた。
これが、無属性の真の力。
「エリーゼ嬢!」
ポールが駆け寄ってきた。
「大丈夫か?」
「はい……ありがとうございます、ポール様」
私は微笑んだ。
「あなたが来てくれなければ、私は——」
「礼を言うな」
ポールは優しく言った。
「俺は、当然のことをしただけだ」
その時——
「エリーゼ!」
父の声がした。
振り返ると、父が近衛騎士に連れられて裁判所に入ってきた。
けれど、もう囚人としてではない。
「お父様!」
私は父に駆け寄った。
父は私を抱きしめた。
「よく頑張った、エリーゼ」
「お父様……」
「お前は、本当に強い」
父は私の頭を撫でた。
「そして——もう自由だ」
シーナとクラレリアは、近衛騎士に連れられて裁判所を出ていく。
シーナは泣き叫び、クラレリアは呆然としていた。
「お姉様!お姉様!助けて!」
クラレリアが叫んだ。
けれど、私は振り返らなかった。
(あなたたちは、自分で選んだ道の責任を取るべきです)
ダミアンは傍聴席で、蒼白な顔をしていた。
クラレリアがスパイだったこと。
自分が利用されていたこと。
全てを知った彼は、完全に打ちのめされていた。
(まぁ、自業自得ですね)
私は冷たく思った。
裁判所を出ると、夜空に満月が輝いていた。
美しく、幻想的な光。
「満月か……」
父が呟いた。
「エリーゼ、お前は気づいただろう」
「はい」
私は頷いた。
「無属性の真の力に」
「そうだ。お前は、満月の夜に真実を見る力を得た」
父は月を見上げた。
「これが、エクセキューター家に伝わる『真実看破』の力だ」
「真実看破……」
「無属性は、全ての属性の根源。だからこそ、真実を見抜くことができる」
父は私を見た。
「この力を、正義のために使え」
「はい、お父様」
ポールがゆっくり近づいてきた。
「エリーゼ嬢、約束は覚えているか?」
「はい。北の辺境で、軍略顧問として働く約束です」
「その通りだ」
ポールは微笑んだ。
「明日、一緒に出発しよう」
「はい!」
ようやく、新しい人生が始まる。
処刑人の娘として囚われた人生から。
戦略家エリーゼとして、自由に生きる人生へ。
(さあ、行こう)
(新しい世界へ)
満月が、私たちを照らしている。
その光は——祝福のように優しかった。
けれど——
遠くの影から、誰かの視線を感じる気がする。
冷たく、計算的な目で。
気のせいかもしれないけど。
(まだ、終わっていない)
(陰謀の根は、もっと深い)
私は何となく、そう感じた。
けれど今は——
(自由を、味わおう)
私は深く息を吸った。
自由の空気を。
そして——笑った。
心の底から。
人生で初めて。




