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処刑人の娘は満月に選ばれ、冷静な頭脳で冤罪を暴き、辺境伯に溺愛される  作者: 風谷 華


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10/25

10.「北の要塞」

翌朝、私は父と別れの挨拶を交わしていた。

エクセキューター邸の玄関前では、馬車が待っている。


「お父様、本当に大丈夫なんですか?」

私は心配そうに尋ねた。

父はまだ毒の影響が残っているはずだ。


「大丈夫だ。処刑人は頑丈にできている」

父は笑った。

「それに、シーナとの離婚手続きも始まる。これからは、もっと自由に生きられる」

「お父様も、ですか」

「ああ。お前と同じだ」


父は私の肩に手を置いた。

「エリーゼ、北の辺境は厳しい場所だ。戦場に近い」

「わかっています」

「だが、お前なら大丈夫だろう」


父は微笑んだ。

「お前は誰よりも強い。そして——もう一人じゃない」

父の視線が、馬車の横に立つポール・バーバルマンに向けられた。

ポールは軍服姿で、馬車の準備を監督している。


「彼は、良い男だ」

父は小声で言った。

「お前を大切にしてくれるだろう」

「お父様!」

私は顔が赤くなった。

「何を言って——」


「父親には、わかるんだよ」

父は穏やかに笑った。

「彼がお前を見る目が、違う」

(え……そうなの?)

私は戸惑った。

ポール様が、私を?

(いや、それは軍略顧問として評価してくれているだけで……)


「エリーゼ、幸せになれ」

父は私を抱きしめた。

「それが、お前の母の願いだった」

「……はい」

私は父の胸で、静かに頷いた。


「では、行ってきます」

「ああ。元気でな」


父は私を離し、手を振った。

私は深く一礼して、馬車に乗り込んだ。




馬車の中は、意外と快適だった。

クッションの効いた座席、小さな窓、そして——

ポール・バーバルマンが向かいに座っている。


(うわ、二人きり)

私は少し緊張した。


「エリーゼ嬢、昨日はよく頑張ったな」

ポールが話しかけてきた。

「いいえ……ポール様のおかげです」

「俺は、証言しただけだ」


ポールは首を振った。

「君が自分の力で、真実を暴いた」

「でも、ポール様が来てくれなければ——」

「そんなことはない」

ポールは微笑んだ。

「君は自分の力で乗り越えたんだ」


私は少し嬉しくなった。

この人は、本当に誠実だ。

偏見を持たず、実力だけを見る。

(お父様が言っていた『良い男』って、そういう意味だったのかな)


「ところで、エリーゼ嬢」

ポールが真剣な顔になった。

「北の辺境について、説明しておきたいことがある」

「はい」

私は姿勢を正した。


「北の辺境は、ガルゼイン帝国との国境に位置する」

ポールは地図を広げた。

「ここが俺の領地、バーバルマン要塞だ」

地図には、巨大な要塞と周囲の村々が描かれていた。

「要塞には、常に五千の兵士が駐屯している」

「五千……」


「ああ。そして、満月の夜には——」

ポールは真剣な目で私を見た。

「ガルゼイン帝国の魔族が攻めてくることがある」


「魔族……黒豹に変身する種族ですね」

「そうだ。彼らは満月の夜、巨大な黒豹になる。」

ポールは地図を指差した。

「俺の仕事は、彼らの侵攻を防ぐこと。そして——」

ポールは少し表情を曇らせた。

「できるだけ、無駄な血を流さないことだ」

「無駄な血?」


「ああ」

ポールは窓の外を見た。

「俺は戦争が嫌いだ」


私は驚いた。

(『氷将軍』と呼ばれる人が、戦争が嫌い?)

「意外か?」

ポールは苦笑した。


「俺は軍人だが、戦いたくて戦っているわけじゃない」

「では、なぜ?」


「守るためだ」

ポールは静かに言った。

「北の辺境の人々を。王国を。そして——」

彼は私を見た。

「無実の者が、陰謀で傷つけられないようにするためだ」


私は胸が熱くなった。

この人は——本当に誠実だ。

「エリーゼ嬢、君に頼みたいのは——」

ポールは地図を畳んだ。

「戦を終わらせる方法を、一緒に考えてほしい」

「戦を……終わらせる?」


「そうだ」

ポールは頷いた。

「俺たちとガルゼイン帝国は、何十年も戦い続けている。だが、なぜ戦うのか、もう誰もわからない」

「それは……」

「ただ、国境があるから。敵だから。そう思い込んでいるだけだ」


ポールは拳を握った。

「俺は、この無意味な戦いを終わらせたい」


「でも、それは簡単ではありません」

「わかっている」

「ガルゼイン帝国にも、事情があるでしょう。そして、両国の間には深い不信感がある」


「その通りだ」

ポールは微笑んだ。

「だからこそ、君の知恵が必要なんだ」

「私の?」

「ああ。君は戦略家だ。戦術だけでなく、政治も理解している」


ポールは私を見つめた。

「君なら、戦を終わらせる方法を見つけられる」

私は少しプレッシャーを感じた。

(戦を終わらせる……そんな大それたこと、私にできるのかな)


けれど——

昨夜の裁判を思い出した。

私は、真実を暴いた。

陰謀を明らかにし、無実を証明した。

(ならば、戦を終わらせることも——できるかもしれない)


「わかりました」

私は頷いた。

「全力で、考えます」

「ありがとう」

ポールは嬉しそうに笑った。

その笑顔を見て、私は少しドキッとした。


(あれ……今の笑顔、めっちゃかっこよかった)


私は慌てて窓の外を見た。

(い、いや、何を考えてるんだ、私)

(ポール様は上司で、私は部下で——)


「エリーゼ嬢、顔が赤いぞ?」

「え!?」

私は慌てて顔を隠した。

「だ、大丈夫です!ちょっと暑いだけで!」

(くっ、動揺しすぎた)

ポールは面白そうに笑った。

「君は本当に、面白いな」

「う……」

私は恥ずかしくなって、俯いた。


(処刑人の娘として冷静に生きてきたのに、何でこんなに動揺してるんだ)


私たちがこんなやりとりをしている中、馬車は、北へ向かって走り続けていた。




三日後、私たちは北の辺境に到着した。


バーバルマン要塞——

それは、想像以上に巨大だった。

高い石壁、監視塔、そして無数の兵士たち。


「すごい……」

私は思わず呟いた。


「これが、北の辺境の要だ」

ポールは誇らしげに言った。


「この要塞が落ちれば、王国全体が危険にさらされる」

「責任重大ですね」

「ああ。だから、俺は中央貴族から嫌われている」

ポールは苦笑した。

「予算を要求しすぎる、と」


(でも、必要な予算なのに)

私は憤りを感じた。

中央貴族は、現場を知らない。

戦場の厳しさを理解していない。


「さあ、中に入ろう」

ポールは馬車を降りた。

私も後に続く。


要塞の門をくぐると、兵士たちが整列していた。

「バーバルマン様、お帰りなさいませ!」

兵士たちが一斉に敬礼した。

「ただいま。皆、変わりないか?」

「はい!」

ポールは一人一人に声をかけた。


(ああ、この人は兵士たちから慕われているんだな)

私は感心した。


「紹介しよう」

ポールは私を指差した。

「こちらは、エリーゼ・エクセキューター。今日から、俺の軍略顧問として働いてもらう」


兵士たちがざわめいた。

「エクセキューター?処刑人の?」

「あの有名な……」

「軍略顧問?女性が?」


(ああ、やっぱりこうなるよね)

私は予想していた反応に、少し苦笑した。


「エリーゼ嬢は優秀な戦略家だ」

ポールは毅然と言った。

「彼女の知恵が、この要塞を守る。それだけを覚えておけ」


兵士たちは戸惑いながらも、敬礼した。

「はい!」

私は一礼した。

「エリーゼ・エクセキューターです。よろしくお願いします」


兵士たちは、複雑な表情で私を見ていた。

疑い、好奇心、そして——少しの恐怖。

(まぁ、仕方ないか)


私は気にしないことにした。

どうせ、実力で証明すればいい。


「では、執務室に案内する」

ポールは私を建物の中へと導いた。

石造りの廊下を歩く。

壁には、過去の戦いの記録が掲げられている。


「ここが、君の執務室だ」

ポールは扉を開けた。

中には、机、椅子、本棚、そして——

壁一面に張られた地図。


「わぁ……」

私は興奮した。

これは、戦略家にとって最高の環境だ。


「気に入ったか?」

「はい!」

「ありがとうございます、ポール様」

「礼を言うな」

ポールは微笑んだ。

「君が働きやすい環境を整えるのは、当然だ」


彼は地図を指差した。

「これが、北の辺境とガルゼイン帝国の国境線だ」

私は地図を見つめた。

要塞の位置、兵力配置、補給ルート——

全てが記されている。


「まずは、この布陣を見てほしい」

ポールは説明を始めた。

「ガルゼイン帝国は、満月の夜に攻めてくることが多い。だから、満月前には兵力を増強する」

「なるほど」

私は地図を分析した。

「でも、これだと西側の補給ルートが脆弱ですね」

「……その通りだ」

ポールは驚いた顔をした。

「気づくのが早いな」

「以前も指摘しましたよ」

私は微笑んだ。


「ここを断たれたら、要塞は孤立します」

「では、どうすればいい?」

「西側の補給ルートを二重化します。メインルートとサブルートを作り、片方が断たれても補給が続くように」

私は地図に指を走らせた。

「さらに、要塞内に一か月分の備蓄を確保します」

「一か月?それは多すぎないか?」

「いいえ。万が一、包囲された場合に備えてです」


私は冷静に答えた。

ポールは感心したように頷いた。

「すごいな、君は」

「処刑人の娘ですから」

私は淡々と言った。

「最悪の事態を想定するのは、得意なんです」


(死の隣で生きてきたからね)


ポールは笑った。

「よし、では早速——」


その時、扉が激しくノックされた。

「バーバルマン様!緊急事態です!」

兵士が飛び込んできた。

「どうした?」

「ガルゼイン帝国の斥候が、国境を越えました!」

「何?」

ポールの表情が変わった。


「今夜は満月ではないぞ?」

「はい!それなのに、魔族の気配が……!」

兵士は慌てた様子だった。

ポールは地図を見た。

「何か、おかしい」

私も同じことを感じた。


(満月以外の夜に、魔族が動く?)

(それは……何かの罠か?)


「エリーゼ嬢、すまないが早速だ」

ポールは私を見た。

「君の知恵を貸してくれ」

「はい」

私は頷いた。

そして——地図を見つめた。


(さあ、戦略家エリーゼの初仕事だ)

(見せてやろう。処刑人の娘の実力を)


満月ではない夜。

けれど、何かが動き始めている。

それは——新たな陰謀の予兆だった。

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