8.「処刑台への道」
裁判所は、厳粛な雰囲気に包まれていた。
高い天井、石造りの壁、そして中央の裁判官席。
貴族たちが傍聴席を埋め尽くしている。
その中に、シーナとクラレリアの姿があった。
二人とも、悲しそうな表情を浮かべている。
(演技、お疲れ様です)
私は冷静に周囲を観察した。
裁判官席には、三人の裁判官が座っていた。
中央が主席裁判官。
そして——その隣に、宰相デュランドが座っている。
(あれ?宰相が裁判官席に?おかしいな)
宰相は本来、裁判に参加する立場ではない。
けれど、彼はそこにいた。
まるで、裁判を監視するかのように。
(これは……完全に仕組まれてるかもしれない)
「では、裁判を開廷する」
主席裁判官が宣言した。
「被告人、エリーゼ・エクセキューター。王妃暗殺未遂の罪で起訴されている」
私は被告席に立った。
背筋を伸ばして。
「被告人、罪状を理解しているか?」
「はい」
私は冷静に答えた。
「ですが、私は無実です」
傍聴席がざわめいた。
「無実だと?証拠があるのに?」
「処刑人の娘が、嘘をつくとは」
「やはり、穢れた血ね」
裁判官が手を上げ、静寂を求めた。
「では、検察側、証拠を提示せよ」
検察官が立ち上がった。
初老の男性で、厳しい顔立ちをしている。
「はい。まず、被告人の部屋から発見された毒薬です」
彼は小瓶を掲げた。
黒い液体が入っている。
「これは、王宮薬草園で栽培される特殊なベラドンナを主成分とした毒薬です」
傍聴席がざわめいた。
「この毒薬は、三日前に王妃の寝室に侵入した者が使用しようとしたものと同じです」
「なるほど」
裁判官が頷いた。
「つまり、被告人が王妃暗殺を企てたと?」
「その通りです」
検察官は私を見た。
「被告人は処刑人の娘であり、毒物の知識が豊富です。この犯行は、彼女にしかできません」
(おいおい、決めつけすぎだろ)
私は内心でツッコミを入れた。
「さらに、被告人には動機があります」
検察官は書類を読み上げた。
「被告人は、婚約を破棄され、社会的地位を失いました。その恨みから、王妃を——」
「異議あり」
私は声を上げた。
傍聴席が再びざわめいた。
「被告人、何か言いたいことがあるのか?」
裁判官が私を見た。
「はい。検察官の主張には、複数の矛盾があります」
「矛盾?」
「まず、私が婚約破棄されたことと、王妃暗殺に何の関係があるのですか?」
私は冷静に言った。
「婚約破棄をしたのは、南の辺境伯ダミアン・グリュンヴァルトです。王妃ではありません」
傍聴席がざわめいた。
「確かに……」
「それに、私は婚約破棄を恨んでいません。最初から愛していませんでしたから」
私は淡々と答えた。
ダミアンが傍聴席で顔を赤くした。
「さらに、この毒薬について」
私は小瓶を指差した。
「検察官は『王宮薬草園で栽培される特殊な品種』と言いました」
「そうだ」
「では、お尋ねします。私は、王宮薬草園に自由に出入りできる立場ですか?」
検察官は黙った。
「答えてください」
「……いや、できない」
「その通りです」
私は傍聴席を見回した。
「王宮薬草園に出入りできるのは、王族、高位貴族、宮廷薬師、そして薬草園の管理者のみです」
「では、被告人はどうやって毒薬を入手したのだ?」
裁判官が尋ねた。
「入手していません。誰かが、私の部屋に置いたのです」
私は冷静に答えた。
傍聴席が騒然とした。
「誰かが置いた?」
「証拠はあるのか?」
「はい」
私は頷いた。
「私の部屋に出入りできるのは、限られた人間だけです。使用人、家族——」
私はクラレリアを見た。
「そして、義妹のクラレリア・エクセキューターです」
クラレリアが顔を青ざめさせた。
「お、お姉様……何を……」
「クラレリア、あなたは二日前、私の部屋を訪れましたね?」
「そ、それは……本をお返しするために……」
「どんな本でしたか?」
私は微笑んだ。
クラレリアは言葉に詰まった。
「……」
「答えられませんか?当然です。なぜなら、私はあなたに本を貸していませんから」
傍聴席がざわめいた。
「つまり、あなたは嘘をついて私の部屋に入り、毒薬を置いたのですね?」
「ち、違います!私は——」
「クラレリア嬢」
宰相デュランドが立ち上がった。
「落ち着きなさい。被告人は、根拠のない主張をしているだけです」
(お、黒幕が動いた)
「裁判官殿、被告人の主張には証拠がありません」
デュランドは冷静に言った。
「クラレリア嬢が部屋を訪れたことと、毒薬を置いたことには因果関係がありません」
「確かに……」
裁判官が頷いた。
(くっ、流石は黒幕。頭が回る)
「では、証拠を提示しましょう」
私は言った。
「使用人メイベルを、証人として呼んでください」
「使用人?」
「はい。彼女は、クラレリアが私の部屋に入る瞬間を目撃しています」
裁判官は少し考えた。
「……わかった。使用人メイベルを呼べ」
しばらくして、メイベルが証人席に立った。
若い使用人で、緊張した顔をしている。
「メイベル、あなたは二日前、何を見ましたか?」
私は優しく尋ねた。
「は、はい……クラレリア様が、エリーゼ様の部屋に入るところを見ました」
「その時、クラレリア様は何か持っていましたか?」
「はい……小さな包みを持っていました」
傍聴席がざわめく。
「包み?」
「そして、クラレリア様が部屋から出てきた時——」
メイベルは震える声で言った。
「包みは、なくなっていました」
「なるほど」
私は頷いた。
「つまり、クラレリアは包みを私の部屋に置いていったのですね」
クラレリアが立ち上がった。
「違います!あれは——あれは、お姉様へのプレゼントでした!」
「プレゼント?」
「はい!お姉様が北の辺境に行かれるので、お守りを……」
(お、即興の言い訳ですね)
「では、そのお守りはどこにありますか?」
私は尋ねた。
「私の部屋からは、毒薬しか見つかっていませんが」
「それは……お姉様が捨てたのでは……」
「私が捨てた?なぜですか?」
「そ、それは……」
クラレリアは言葉に詰まった。
その時——
「裁判官殿」
ポール・バーバルマンが立ち上がった。
「私も、証言したいことがあります」
「北の辺境伯が?」
裁判官は驚いた顔をした。
「はい。エリーゼ嬢の無実を証明する証言です」
ポールは堂々と証人席に立った。
「私は、エリーゼ嬢を軍略顧問として招聘しました」
「軍略顧問?」
「はい。彼女は優れた戦略家です。私の北の辺境防衛に、彼女の知恵が必要でした」
傍聴席がざわめいた。
「処刑人の娘が、戦略家?」
「北の辺境伯が、そこまで評価している?」
「そして」
ポールは私を見た。
「彼女は、王妃暗殺など企てる人間ではありません」
「根拠は?」
「彼女は誠実で、正義感が強い。そして——」
ポールは傍聴席を見回した。
「彼女には、王妃を殺す動機がありません」
「だが、恨みが——」
「恨み?誰への恨みですか?」
ポールは鋭く言った。
「婚約破棄をした南の辺境伯への恨みなら理解できます。ですが、王妃への恨みなど存在しません」
裁判官は黙った。
「つまり、これは——」
ポールは宰相デュランドを見た。
「誰かが、エリーゼ嬢を陥れようとしている陰謀です」
デュランドの顔が強張った。
「バーバルマン伯、根拠のない主張は慎んでいただきたい」
「根拠ならあります」
ポールは冷たく言った。
「この裁判自体が、不自然です。逮捕から裁判まで、わずか一日。準備する時間も与えられていません」
「それは——緊急性を考慮して——」
「緊急性?」
ポールは皮肉に笑った。
「王妃は無事です。暗殺未遂は失敗しました。ならば、なぜそこまで急ぐ必要があるのですか?」
傍聴席がざわめいた。
「確かに……」
「不自然だわ……」
デュランドは顔を青ざめさせた。
「それは……」
その時——
扉が開いた。
「失礼します」
一人の老魔法使いが入ってきた。
王宮魔法使いの最高位、大魔導師グレゴール。
「裁判官殿、私にも発言させていただきたい」
「大魔導師が……どうぞ」
グレゴールは、毒薬の瓶を手に取った。
「この瓶に残された魔力を調べました」
「魔力?」
「はい。物に触れた者の魔力は、わずかに残ります。それを調べることで、誰がこの瓶に触れたかがわかります」
「そして、この瓶には——」
グレゴールは深刻な顔をした。
「闇属性の魔力が残っています」
傍聴席が騒然とした。
「闇属性!?」
「誰の魔力だ!?」
「エリーゼ嬢は無属性です」
グレゴールは私を見た。
「つまり、この瓶に触れたのは、エリーゼ嬢ではありません」
「では、誰が!?」
裁判官が尋ねた。
グレゴールはクラレリアに目を向けた。
「ここに、特定の人物の魔力と照合する方法があります」
グレゴールは美しい水晶球を取り出した。
透明で、宝石のように輝いている。
「これは魔力共鳴球と言います。手を触れると、その人の魔力の性質が美しい光となって現れます」
グレゴールは優雅に球を掲げた。
「光属性なら金色、火属性なら赤、水属性なら青——それぞれの属性が美しい輝きとなります。クラレリア嬢、あなたは光属性とのことですから、さぞ美しい金色の輝きが見られるでしょう」
グレゴールはクラレリアに微笑んだ。
「あなたの潔白を証明するために、この球に触れていただけますか?もし、この毒薬の瓶の魔力とあなたの魔力が一致しなければ、あなたの疑いは完全に晴れます」
クラレリアは少し戸惑った。
「え、でも……」
「クラレリア様、何か都合が悪いことでもあるのですか?」
周囲の貴族たちが囁き合う。
「光の天使なら、美しい輝きが見られるはず」
「疑いを晴らすチャンスだわ」
クラレリアは追い詰められた。
ここで拒否すれば、疑いが深まる。
「わ、わかりました……」
クラレリアは震える手で、水晶球に触れた。
すると——
球が黒く染まった。
漆黒の、闇属性の光。
傍聴席が悲鳴を上げた。
「黒い!?」
「闇属性!?」
「クラレリア様が、闇属性!?」
「光の天使が、実は闇!?」
クラレリアは崩れ落ちた。
「違う……違うの……」
グレゴールは静かに言った。
「そして、この魔力は——」
彼は毒薬の瓶を掲げた。
「この瓶に残された魔力と、完全に一致します」
傍聴席が騒然とした。
シーナが立ち上がった。
「待ってください!娘は——娘は被害者なんです!」
「被害者?」
裁判官が尋ねた。
「はい!娘は生まれつき闇属性でした!でも、それでは生きていけないから——」
シーナは泣きながら叫んだ。
「私が、属性を偽装したんです!娘を守るために!」
(あ、自白した)
私は内心で驚いた。
(まさか、こんなにあっさり……)
「属性偽装は重罪です」
グレゴールが厳しく言った。
「そして、測定儀式の不正も」
「私が悪いんです!娘は——」
「いいえ」
私は静かに言った。
「クラレリアは、自分の意志で闇魔法を使っていました」
私はクラレリアを見た。
「私の部屋に置かれた『呪われた遺品』。あれには、闇属性の呪いがかかっていました」
「それは……」
「偽装薬を飲んでいる人間に、闇魔法は使えません。つまり、あなたは定期的に薬を抜き、自分の意志で闇魔法を使っていた」
クラレリアの顔から血の気が引いた。
「お姉様……」
「あなたは、私を陥れようとした。そして——」
私は宰相デュランドを見た。
「誰かと共謀していた」
デュランドは立ち上がった。
「ば、馬鹿な!私は関係ない!」
「では、なぜあなたは裁判官席にいるのですか?」
私は冷静に言った。
「宰相は、裁判に参加する立場ではありません」
傍聴席がざわめいた。
「確かに……」
「おかしいわ……」
デュランドは言葉に詰まった。
窓の外はもう暗かった。
夕日が沈み——
満月が昇り始めた。
その時——
私の体に、何か熱いものが流れ込んできた。
(え……何、これ……)
視界が変わった。
人々の姿が——透けて見える。
嘘が、視覚的に見える。
デュランドの周囲に、黒いもやのようなものが見える。
それは——嘘の色だ。
そして——
私は理解した。
『無属性の者は、満月の夜に真実を見る』
父の言葉の意味を。




