22.「処刑の日」
処刑当日。
朝から、王都中央広場には人が集まり始めていた。
「宰相の処刑だ!」
「王妃を暗殺しようとした大罪人!」
「国を売ろうとした裏切り者!」
民衆の声が、広場に響いている。
私は父と共に、処刑台の横に立っていた。
黒い服、黒い帳簿。
処刑人の娘、エリーゼ・エクセキューター。
最後の仕事。
「エリーゼ」
父が小声で言った。
「大丈夫か?」
「はい」
私は頷いた。
けれど、心臓は激しく鼓動していた。
(冷静に……冷静に……)
(これが、最後の仕事)
ポールは、少し離れた場所に立っていた。
近衛騎士たちと共に。
彼は私を見て、静かに頷いた。
(ポール様……)
(見守っていてください)
午前九時。
処刑執行の時間。
鐘が鳴り響いた。
「これより、宰相デュランド、シーナ・エクセキューター、クラレリア・エクセキューターの処刑を執行する!」
王国の執行官が宣言した。
民衆がざわめく。
最初の囚人が連れてこられた。
宰相デュランド。
鎖に繋がれ、やつれ果てた姿。
けれど、目には——まだ傲慢な光があるような気がした。
処刑台の階段を登る足取りは重い。
デュランドが台の上に立った。
「宰相デュランド」
執行官が読み上げた。
「王妃暗殺未遂、国家反逆罪、ガルゼイン帝国との内通、違法薬物取引、冤罪捏造、脱獄幇助——」
「これらの罪により、死刑を執行する」
「最期の言葉を述べよ」
デュランドは民衆を見渡した。
そして——叫んだ。
「俺は間違っていない!」
「俺は、王国のために動いた!」
「王妃は平和主義で、国を弱体化させようとしていた!」
「俺は、強い王国を作ろうとしただけだ!」
デュランドは最後まで、自分の正当性を主張した。
「貴様らは、わかっていない!」
「俺の計画が成功すれば——」
「執行」
執行官が冷たく命じた。
父が縄を確認する。
そして——
落とし扉が開いき、
デュランドの体が落ちる。
首に縄が食い込む。
数秒後——
動かなくなった。
私は黒い帳簿に、几帳面に記録した。
『宰相デュランド、最期の言葉』
『「俺は間違っていない」』
『最後まで、自分の正当性を主張』
『午前九時五分、処刑執行』
民衆が歓声を上げた。
「ざまあみろ!」
「裏切り者め!」
「当然の報いだ!」
私は感情を押し殺した。
(まだ、終わっていない)
(あと二人)
デュランドの遺体が降ろされる。
次の囚人が連れてこられた。
シーナ・エクセキューター。
かつての継母。
彼女は、完全に憔悴しきっていた。
足が震えている。
階段を登る時、何度もつまずいた。
「シーナ・エクセキューター」
執行官が読み上げた。
「属性偽装幇助、王妃暗殺未遂加担、違法薬物取引、国家機密漏洩——」
「これらの罪により、死刑を執行する」
「最期の言葉を述べよ」
シーナは、私を見た。
涙を流しながら。
「エリーゼ……」
私は黙って見ていた。
「ごめんなさい……」
シーナの声は、震えていた。
「あなたを……苦しめて……」
「でも、私は……」
シーナは泣き崩れた。
「クラレリア……ごめんなさい……」
「娘を……守れなかった……」
「母親として……失格だった……」
シーナは最後まで、娘のことを想っていた。
歪んだ愛情。
けれど——
それでも、母親だった。
「執行」
執行官が命じた。
父が縄を確認する。
落とし扉が開いた。
シーナの体が落ちる。
私は目を逸らさなかった。
記録係として。
冷静に、全てを見届ける。
シーナの体が、動かなくなった。
私は帳簿に記録した。
『シーナ・エクセキューター、最期の言葉』
『「クラレリア……ごめんなさい……」』
『娘への後悔を口にする』
『午前九時十五分、処刑執行』
民衆の声は、複雑だった。
「母親だもんな……」
「でも、罪は罪だ」
「娘を守ろうとして、逆に破滅させた……」
シーナの遺体が降ろされる。
そして——
最後の囚人が連れてこられた。
クラレリア・エクセキューター。
かつての義妹。
「光の天使」と呼ばれた少女。
彼女は、意外と落ち着いていた。
階段を登る。
しっかりとした足取り。
台の上に立った時、
私と目が合った。
「クラレリア・エクセキューター」
執行官が読み上げた。
「属性偽装、王妃暗殺未遂加担、国家機密漏洩、スパイ活動——」
「これらの罪により、死刑を執行する」
「最期の言葉を述べよ」
クラレリアは、静かに私を見た。
そして——微笑んだ。
(え……?)
私は驚いた。
「お姉様」
クラレリアが口を開いた。
「私……本当は……」
民衆が静まり返る。
全員が、クラレリアの言葉を待っている。
「お姉様のこと……大好きだったの」
私は息を呑んだ。
「小さい頃から……ずっと」
クラレリアの目から、涙が溢れた。
「お姉様は強くて、優しくて、誇り高くて」
「私は……憧れてた」
「でも、お母様が……」
クラレリアは声を震わせた。
「お母様が言ったの。『エリーゼを超えなさい』って」
「『エリーゼより優秀にならなければ、愛してあげない』って」
私は胸が痛んだ。
「だから、私……属性を偽装して」
「お姉様を陥れて」
「でも——」
クラレリアは泣き崩れた。
「本当は……お姉様と仲良くしたかった」
「お姉様に……認めてもらいたかった」
「ごめんなさい……お姉様……」
「私……お姉様のこと……」
クラレリアは最後の力を振り絞って叫んだ。
「大好きだったの!お姉さまは私の分まで幸せになって!」
私は涙が溢れてきた。
(クラレリア……)
(あなた……)
「執行」
執行官が命じた。
私は思わず叫びそうになった。
けれど——
父が私の肩を掴んだ。
「エリーゼ……」
私は唇を噛んだ。
(これが、正義)
(これが、因果応報)
落とし扉が開いた。
クラレリアの体が落ちる。
私は目を逸らさなかった。
涙を流しながら——
全てを見届けた。
クラレリアの体が、動かなくなった。
私は震える手で、帳簿に記録した。
『クラレリア・エクセキューター、最期の言葉』
『「お姉様のこと……大好きだったの」』
『姉への愛情を告白』
『午前九時二十五分、処刑執行』
涙が、帳簿に落ち、
インクが、少し滲んだ。
けれど——
記録は、完了した。
「以上をもって、三名の処刑を終了する!」
執行官が宣言した。
民衆が歓声を上げた。
「正義が果たされた!」
「悪人どもが裁かれた!」
「ざまあみろ!」
けれど、私の耳には——
何も聞こえなかった。
ただ——
クラレリアの最期の言葉が、響いていた。
「お姉様のこと……大好きだったの!お姉さまは私の分まで幸せになって!」
私は広場を後にした。
父が傍についてきた。
ポールも。
誰も、何も言わなかった。
ただ、静かに歩いた。
エクセキューター邸に戻ると、私は自室に入った。
一人になりたかった。
黒い帳簿を机の上に置く。
そして——
最後のページを開いた。
空白のページ。
ペンを取る。
震える手で、書き始めた。
『処刑人の娘、エリーゼ・エクセキューターの記録、ここに終わる』
『十八年間、私は死を記録してきた』
『無実の者も、有罪の者も』
『全ての最期の言葉を、記録してきた』
『そして今日——』
『最後の三人を、記録した』
『デュランドは、最後まで傲慢だった』
『シーナは、娘への後悔を口にした』
『クラレリアは——』
私は手を止めた。
涙が、また溢れてきた。
『クラレリアは、私への愛情を告白した』
『彼女は、ずっと私を愛していた』
『けれど、歪んだ愛情の中で、道を誤った』
『これが、因果応報』
『これが、正義』
『そして——これが、最後の記録』
『処刑人の娘としての、最後の仕事』
『明日から、私は——』
『エリーゼ・バーバルマンとして生きる』
(あれ……)
私は書いた文字を見て、驚いた。
(なぜ、バーバルマン?)
(まだ、ポール様から何も——)
コンコン。
扉がノックされた。
「エリーゼ嬢」
ポールの声だった。
「……はい」
私は涙を拭いた。
扉が開く。
ポールが入ってきた。
彼は私を見て、すぐに駆け寄ってきた。
「エリーゼ嬢……」
「ポール様……」
私は彼の胸に飛び込んだ。
そして——声を上げて泣いた。
「クラレリア……!」
「彼女……私のこと……!」
「好きだったって……!」
「私、誤解して彼女を憎んでしまっていた…」
ポールは何も言わず、ただ私を抱きしめていた。
どれくらい泣いたのか、わからない。
やがて、涙が止まった。
「……すみません」
私は顔を上げた。
「また、泣いてしまって」
ポールは優しく言った。
「君は、よく頑張った」
「最後まで、記録した」
「それで、十分だ」
私は頷いた。
「ポール様……」
「エリーゼ嬢」
ポールは私の手を取った。
「処刑は、終わった」
「ああ」
「君の仕事も、終わった」
「はい」
「では——」
ポールは真剣な目で私を見た。
「俺の話を、聞いてくれるか?」
私は心臓が高鳴った。
(大事な話……)
(ついに……)
「はい」
私は頷いた。
「聞かせてください」
ポールは深呼吸した。
そして——
膝をついた。
(え!?)
私は驚いた。
ポールが、私の前で跪いている。
「エリーゼ・エクセキューター」
ポールが口を開いた。
「俺は、君を愛している」
私は息を呑んだ。
「君の強さ、優しさ、誇り高さ——」
「全てを、愛している」
「だから——」
ポールは私の手を両手で包んだ。
「俺と、結婚してくれないか?」
私はまた涙が溢れてきた。
けれど、今度は——
嬉しい涙。
「俺は、君を幸せにする」
ポールは真剣な目で言った。
「北の辺境で、共に生きよう」
「戦略家として」
「そして——」
「俺の妻として」
私は震える声で答えた。
「はい」
ポールは驚いた顔をした。
「本当に?」
「はい」
私は微笑んだ。
「喜んで」
ポールは立ち上がり、私を抱きしめた。
「ありがとう、エリーゼ」
「いいえ、こちらこそ」
私は彼の胸に顔を埋めた。
「ありがとうございます、ポール様」
「もう、様付けはやめてくれ」
ポールは笑った。
「これからは、ポールと呼んでくれ」
「では……ポール」
私は少し恥ずかしそうに言った。
「ああ、そうだ」
ポールは微笑んだ。
「エリーゼ」
窓の外では、夕日が沈んでいた。
長い一日が、終わろうとしている。
処刑人の娘としての、最後の日が。
そして——
新しい人生への、第一歩が。
私は黒い帳簿を見た。
もう、死を記録する必要はない。
これからは——
生を記録する。
希望を記録する。
愛を記録する。
処刑人の娘、エリーゼ・エクセキューターは——
ここで終わる。
そして——
戦略家エリーゼ・バーバルマンが、始まる。




