21.「処刑前夜」
王都への道は、長かった。
馬車の中で、私はほとんど眠れなかった。
窓の外を見ると、見慣れた景色が流れていく。
けれど——
心は、全く穏やかではなかった。
「エリーゼ嬢」
ポールが声をかけた。
「大丈夫か?」
「……はい」
そう返事はしたけど、
大丈夫なわけがない。
明後日、私は——
継母シーナと、義妹クラレリアと、宰相デュランドの処刑を記録する。
処刑人の娘として。
最後の仕事として。
「無理はするな」
ポールは私の手を握った。
「辛くなったら、いつでも言え」
「ありがとうございます」
ポールの心遣いが嬉しかった。
しかし、私の心の中は——
(本当に、できるのかな)
(冷静に、記録できるのかな)
こんな不安が、渦巻いていた。
三日後、私たちは王都に到着した。
街は、いつもと変わらず賑やかだった。
けれど——
王都中央広場には、巨大な処刑台が組み立てられていた。
黒い木材で作られた、三つの処刑台。
「あれが……」
私は息を呑んだ。
「ああ」
ポールも厳しい顔をした。
「三人同時処刑のための、処刑台だ」
二人の間に重苦しい空気が流れた。
馬車は王宮方面へ向かった。
エクセキューター邸の前で止まる。
「エリーゼ!」
父が玄関から出てきた。
「お父様!」
私は馬車を降りて、父に駆け寄った。
父は私を抱きしめた。
「よく来たな」
「はい」
私は父の胸で、少し泣きそうになった。
「ポール・バーバルマン殿も、ようこそ」
父はポールに一礼した。
「お世話になっております」
ポールも一礼した。
「娘を、よろしく頼む」
父は真剣な目で言った。
「はい」
ポールは頷いた。
私たちは屋敷に入った。
久しぶりの、我が家。
けれど——
シーナとクラレリアがいない家は、妙に静かだった。
「エリーゼ、少し休んだらどうだ。長旅で疲れただろう?」
父が言った。
「いえ、すぐに準備を始めたいです」
「……そうか」
父は少し悲しそうな顔をした。
「では、一緒に処刑台を確認しに行こう」
「はい」
王都中央広場。
三つ並んだ黒くて大きな処刑台は、
重く冷たく暗くみえた。
父と私は、処刑台の前に立った。
「これが、最後の処刑台だ」
父が静かに言った。
「最後……?」
「ああ」
父は処刑台を見つめた。
「この処刑が終わったら、俺は引退する」
「引退!?」
「ああ。もう、十分だ」
父は疲れた顔をした。
「三十年間、処刑人として生きてきた」
「たくさんの命を、奪ってきた」
「そろそろ、休んでもいいだろう」
私は父を見た。
初めて見る、弱々しい父の姿。
「お父様……」
「エリーゼ、お前も——」
父は私を見た。
「この処刑が終わったら、処刑人の娘を辞めろ」
「え?」
「お前は、もう自由だ」
父は優しく言った。
「北の辺境で、戦略家として生きろ」
「処刑台に縛られることはない」
「でも、お父様——」
「いいんだ」
父は微笑んだ。
「お前の母も、そう望んでいるだろう」
父は処刑台に近づいた。
手で木材を撫でる。
「この処刑台は、宰相デュランドが設計したものだ」
「『効率的な処刑台』として」
父は眉を顰めながら笑った。
「皮肉なものだな。自分が設計した処刑台で、自分が処刑される」
「因果応報……ですね」
「ああ」
父は頷いた。
「全ては、自分の選択の結果だ」
私たちは処刑台の構造を確認した。
階段、台、縄、落とし扉——
全てが、完璧に作られていた。
「明後日、ここで——」
父は静かに言った。
「三人の命が、終わる」
「はい」
私は黒い帳簿を握りしめた。
「私は、記録します」
「最期の言葉を」
「ああ」
父は私の肩に手を置いた。
「それが、お前の使命だ」
「でも——」
父は真剣な目で私を見た。
「これで、最後だ」
「もう、死を記録する必要はない」
「これからは、生を記録しろ」
私は頷きながら、
深く長く呼吸をはいた。
その夜、私は一人で黒い帳簿を読み返していた。
エクセキューター邸の自室。
ランプの光の下で、ページをめくる。
『五歳、初めての処刑立ち会い』
『死刑囚の最期の言葉:「俺は無実だ……」』
『十歳、魔力測定儀式。無属性と判定される』
『継母シーナと義妹クラレリア、我が家に来る』
『十五歳、クラレリアの属性偽装に気づく』
『十八歳、ダミアンとの婚約。そして、公開婚約破棄』
『王妃暗殺未遂の濡れ衣。逮捕』
『満月の夜、無属性の力覚醒。真実看破』
『無罪判決。北の辺境へ』
『ガルゼイン帝国との和平条約締結』
『シーナとクラレリア、脱獄。再逮捕』
『デュランド、追加罪状で死刑確定』
全ての記録が、ここにある。
私の人生が、ここにある。
処刑人の娘としての、十八年間が。
(これで、終わるんだ)
(明後日で、全てが)
私は最後のページを開いた。
まだ、何も書かれていない。
明後日——
ここに、最後の記録を書く。
デュランド、シーナ、クラレリアの最期の言葉を。
そして——
処刑人の娘、エリーゼ・エクセキューターの物語の終わりを。
コンコン。
扉がノックされた。
「はい」
「エリーゼ嬢、俺だ」
ポールの声だった。
「どうぞ」
扉が開き、ポールが入ってきた。
「まだ起きていたのか」
「はい……眠れなくて」
私は黒い帳簿を閉じた。
ポールは私の隣に座った。
「明後日のことを、考えているのか?」
「はい」
私は正直に答えた。
「本当に、できるのかな……って」
「冷静に、記録できるのかな……って」
ポールは私の手を取った。
「エリーゼ嬢、君は強い」
「でも——」
「君は、今まで全ての困難を乗り越えてきた」
ポールは真剣な目で言った。
「公開婚約破棄も」
「濡れ衣も」
「裁判も」
「全て、乗り越えてきた」
「だから、明後日も——」
「大丈夫だ」
「ポール様……」
「それに」
ポールは微笑んだ。
「君は一人じゃない」
「俺が、傍にいる」
私は彼の胸に顔を埋めた。
「ありがとうございます……」
ポールは私を優しく抱きしめた。
「泣いてもいい」
「今は、誰も見ていない」
私は声を上げて泣いた。
長年、堪えてきた涙が。
止まらなかった。
確かに、長い間シーナとクラレリアに酷いことをされてきた。
でも、死んで欲しいとまで思ったことはない。
そして処刑人の娘として仕事をきたことが終わると思うと、
ホッとしている自分もいた。
どれくらい泣いたのか、わからない。
けれど——
ポールは、ずっと私を抱きしめていてくれた。
やがて、涙が止まった。
「……すみません」
私は顔を上げた。
「泣いてしまって」
ポールは私の涙を拭った。
「君は、十分頑張った」
「ポール様……」
「エリーゼ嬢」
ポールは私の目を見た。
「明後日、処刑が終わったら——」
「君に、伝えたいことがある」
「伝えたいこと?」
「ああ」
ポールは微笑んだ。
「大事な話だ」
「だから——」
「それまで、頑張ってくれ」
私は少しドキドキした。
(大事な話……?)
(何だろう)
「わかりました」
「頑張ります」
ポールは立ち上がった。
「では、今夜はもう休め」
「はい」
「おやすみ、エリーゼ嬢」
「おやすみなさい、ポール様」
ポールが部屋を出ていった。
私は一人、ベッドに横になってぼーっとしていた。
(大事な話……)
(何を言われるんだろう)
ポールのおかげで少しだけ、不安が和らいだ。
窓の外では、月が輝いていた。
もうすぐ満月。
けれど、処刑は満月の夜ではない。
普通の日。
普通の朝。
(明後日……)
(全てが、終わる)
私は目を閉じた。
そして——
ようやく、眠りについた。
翌朝、父と一緒に牢獄を訪れた。
「本当に、行くのか?」
父は心配そうに尋ねた。
「はい」
私は頷いた。
「彼らが、何を考えているのか知りたいんです」
牢獄の廊下を歩く。
暗く、冷たい空気。
最初にデュランドの房を訪れた。
「宰相デュランド」
父が呼びかけた。
房の中から、やつれた男が現れた。
かつての宰相の面影はない。
ただの、罪人。
「……何の用だ」
デュランドは弱々しく言った。
「明日、処刑される」
父は冷静に告げた。
「最期の言葉を、考えておけ」
デュランドは私を見た。
憎悪に満ちた目。
「……エクセキューター……」
「貴様のせいで……」
デュランドは歯ぎしりした。
でも私は何も言わなかった。
次はシーナの房に向かった。
「シーナ・エクセキューター」
父が呼びかけた。
房の中から、憔悴しきった女性が現れた。
かつて公爵令嬢で父の妻だった女の美しさはない。
「……アルベール……」
シーナは弱々しく言った。
「エリーゼも……」
私は黙って見ていた。
「明日……私は……」
シーナは涙を流した。
「クラレリア……ごめんなさい……」
「娘を……守れなかった……」
私は複雑な気持ちになった。
(この人も……母親だったんだ)
(歪んでいたけれど)
最後にクラレリアの房に向かった。
「クラレリア・エクセキューター」
父が呼びかけた。
房の中から、若い女性が現れた。
かつての「光の天使」の面影はない。
そこにいたのは、闇に囚われた少女だった。
「お姉様……」
クラレリアは私を見た。
「私……」
「何?」
私は静かに尋ねた。
「私……本当は……」
クラレリアは何かを言おうとした。
けれど——
言葉が出てこないようだった。
「……何でもない」
彼女は俯いた。
「もう、遅いから」
私は胸が痛んだ。
(クラレリア……)
(あなたは、何を隠しているの?)
牢獄を出た。
父と並んで歩く。
「明日、彼らは死ぬ」
父が静かに言った。
「はい」
私は頷いた。
「そして——」
「全てが、終わる」
空を見上げると、昼の月が薄く浮かんでいた。
明日——
処刑の日。
全てが終わる日。
そして——
新しい始まりの日。
私は黒い帳簿を握りしめた。
(さあ、準備しよう)
(最後の記録のために)
処刑人の娘、エリーゼ・エクセキューターの——
最後の仕事が、始まろうとしていた。




