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処刑人の娘は満月に選ばれ、冷静な頭脳で冤罪を暴き、辺境伯に溺愛される  作者: 風谷 華


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21/25

21.「処刑前夜」

王都への道は、長かった。

馬車の中で、私はほとんど眠れなかった。

窓の外を見ると、見慣れた景色が流れていく。


けれど——

心は、全く穏やかではなかった。


「エリーゼ嬢」

ポールが声をかけた。

「大丈夫か?」

「……はい」

そう返事はしたけど、

大丈夫なわけがない。


明後日、私は——

継母シーナと、義妹クラレリアと、宰相デュランドの処刑を記録する。

処刑人の娘として。

最後の仕事として。


「無理はするな」

ポールは私の手を握った。

「辛くなったら、いつでも言え」

「ありがとうございます」

ポールの心遣いが嬉しかった。


しかし、私の心の中は——

(本当に、できるのかな)

(冷静に、記録できるのかな)


こんな不安が、渦巻いていた。




三日後、私たちは王都に到着した。

街は、いつもと変わらず賑やかだった。


けれど——

王都中央広場には、巨大な処刑台が組み立てられていた。

黒い木材で作られた、三つの処刑台。


「あれが……」

私は息を呑んだ。


「ああ」

ポールも厳しい顔をした。

「三人同時処刑のための、処刑台だ」

二人の間に重苦しい空気が流れた。



馬車は王宮方面へ向かった。

エクセキューター邸の前で止まる。

「エリーゼ!」

父が玄関から出てきた。

「お父様!」


私は馬車を降りて、父に駆け寄った。

父は私を抱きしめた。

「よく来たな」

「はい」

私は父の胸で、少し泣きそうになった。

「ポール・バーバルマン殿も、ようこそ」

父はポールに一礼した。

「お世話になっております」

ポールも一礼した。

「娘を、よろしく頼む」

父は真剣な目で言った。

「はい」

ポールは頷いた。



私たちは屋敷に入った。

久しぶりの、我が家。


けれど——

シーナとクラレリアがいない家は、妙に静かだった。

「エリーゼ、少し休んだらどうだ。長旅で疲れただろう?」

父が言った。

「いえ、すぐに準備を始めたいです」

「……そうか」

父は少し悲しそうな顔をした。


「では、一緒に処刑台を確認しに行こう」

「はい」




王都中央広場。

三つ並んだ黒くて大きな処刑台は、

重く冷たく暗くみえた。


父と私は、処刑台の前に立った。

「これが、最後の処刑台だ」

父が静かに言った。

「最後……?」

「ああ」

父は処刑台を見つめた。

「この処刑が終わったら、俺は引退する」


「引退!?」

「ああ。もう、十分だ」

父は疲れた顔をした。

「三十年間、処刑人として生きてきた」

「たくさんの命を、奪ってきた」

「そろそろ、休んでもいいだろう」

私は父を見た。


初めて見る、弱々しい父の姿。

「お父様……」

「エリーゼ、お前も——」

父は私を見た。

「この処刑が終わったら、処刑人の娘を辞めろ」

「え?」

「お前は、もう自由だ」


父は優しく言った。

「北の辺境で、戦略家として生きろ」

「処刑台に縛られることはない」


「でも、お父様——」

「いいんだ」

父は微笑んだ。

「お前の母も、そう望んでいるだろう」


父は処刑台に近づいた。

手で木材を撫でる。

「この処刑台は、宰相デュランドが設計したものだ」

「『効率的な処刑台』として」


父は眉を顰めながら笑った。

「皮肉なものだな。自分が設計した処刑台で、自分が処刑される」

「因果応報……ですね」

「ああ」

父は頷いた。

「全ては、自分の選択の結果だ」


私たちは処刑台の構造を確認した。

階段、台、縄、落とし扉——

全てが、完璧に作られていた。


「明後日、ここで——」

父は静かに言った。

「三人の命が、終わる」

「はい」


私は黒い帳簿を握りしめた。

「私は、記録します」

「最期の言葉を」

「ああ」

父は私の肩に手を置いた。

「それが、お前の使命だ」


「でも——」

父は真剣な目で私を見た。

「これで、最後だ」

「もう、死を記録する必要はない」

「これからは、生を記録しろ」

私は頷きながら、

深く長く呼吸をはいた。



その夜、私は一人で黒い帳簿を読み返していた。

エクセキューター邸の自室。

ランプの光の下で、ページをめくる。


『五歳、初めての処刑立ち会い』

『死刑囚の最期の言葉:「俺は無実だ……」』

『十歳、魔力測定儀式。無属性と判定される』

『継母シーナと義妹クラレリア、我が家に来る』

『十五歳、クラレリアの属性偽装に気づく』

『十八歳、ダミアンとの婚約。そして、公開婚約破棄』

『王妃暗殺未遂の濡れ衣。逮捕』

『満月の夜、無属性の力覚醒。真実看破』

『無罪判決。北の辺境へ』

『ガルゼイン帝国との和平条約締結』

『シーナとクラレリア、脱獄。再逮捕』

『デュランド、追加罪状で死刑確定』


全ての記録が、ここにある。

私の人生が、ここにある。

処刑人の娘としての、十八年間が。


(これで、終わるんだ)

(明後日で、全てが)


私は最後のページを開いた。

まだ、何も書かれていない。


明後日——

ここに、最後の記録を書く。

デュランド、シーナ、クラレリアの最期の言葉を。

そして——

処刑人の娘、エリーゼ・エクセキューターの物語の終わりを。


コンコン。

扉がノックされた。

「はい」

「エリーゼ嬢、俺だ」

ポールの声だった。

「どうぞ」


扉が開き、ポールが入ってきた。

「まだ起きていたのか」

「はい……眠れなくて」

私は黒い帳簿を閉じた。


ポールは私の隣に座った。

「明後日のことを、考えているのか?」

「はい」

私は正直に答えた。

「本当に、できるのかな……って」

「冷静に、記録できるのかな……って」

ポールは私の手を取った。


「エリーゼ嬢、君は強い」

「でも——」

「君は、今まで全ての困難を乗り越えてきた」

ポールは真剣な目で言った。

「公開婚約破棄も」

「濡れ衣も」

「裁判も」

「全て、乗り越えてきた」


「だから、明後日も——」

「大丈夫だ」


「ポール様……」


「それに」

ポールは微笑んだ。

「君は一人じゃない」

「俺が、傍にいる」

私は彼の胸に顔を埋めた。

「ありがとうございます……」


ポールは私を優しく抱きしめた。

「泣いてもいい」

「今は、誰も見ていない」

私は声を上げて泣いた。

長年、堪えてきた涙が。

止まらなかった。


確かに、長い間シーナとクラレリアに酷いことをされてきた。

でも、死んで欲しいとまで思ったことはない。

そして処刑人の娘として仕事をきたことが終わると思うと、

ホッとしている自分もいた。


どれくらい泣いたのか、わからない。


けれど——

ポールは、ずっと私を抱きしめていてくれた。

やがて、涙が止まった。

「……すみません」

私は顔を上げた。

「泣いてしまって」


ポールは私の涙を拭った。

「君は、十分頑張った」

「ポール様……」

「エリーゼ嬢」

ポールは私の目を見た。

「明後日、処刑が終わったら——」

「君に、伝えたいことがある」

「伝えたいこと?」

「ああ」

ポールは微笑んだ。


「大事な話だ」

「だから——」

「それまで、頑張ってくれ」

私は少しドキドキした。


(大事な話……?)

(何だろう)


「わかりました」

「頑張ります」


ポールは立ち上がった。

「では、今夜はもう休め」

「はい」

「おやすみ、エリーゼ嬢」

「おやすみなさい、ポール様」


ポールが部屋を出ていった。


私は一人、ベッドに横になってぼーっとしていた。

(大事な話……)

(何を言われるんだろう)


ポールのおかげで少しだけ、不安が和らいだ。


窓の外では、月が輝いていた。

もうすぐ満月。

けれど、処刑は満月の夜ではない。


普通の日。

普通の朝。


(明後日……)

(全てが、終わる)


私は目を閉じた。

そして——

ようやく、眠りについた。




翌朝、父と一緒に牢獄を訪れた。

「本当に、行くのか?」

父は心配そうに尋ねた。

「はい」

私は頷いた。

「彼らが、何を考えているのか知りたいんです」


牢獄の廊下を歩く。

暗く、冷たい空気。

最初にデュランドの房を訪れた。


「宰相デュランド」

父が呼びかけた。

房の中から、やつれた男が現れた。

かつての宰相の面影はない。

ただの、罪人。


「……何の用だ」

デュランドは弱々しく言った。


「明日、処刑される」

父は冷静に告げた。

「最期の言葉を、考えておけ」


デュランドは私を見た。

憎悪に満ちた目。

「……エクセキューター……」

「貴様のせいで……」

デュランドは歯ぎしりした。


でも私は何も言わなかった。



次はシーナの房に向かった。


「シーナ・エクセキューター」

父が呼びかけた。

房の中から、憔悴しきった女性が現れた。

かつて公爵令嬢で父の妻だった女の美しさはない。


「……アルベール……」

シーナは弱々しく言った。

「エリーゼも……」


私は黙って見ていた。

「明日……私は……」

シーナは涙を流した。

「クラレリア……ごめんなさい……」

「娘を……守れなかった……」

私は複雑な気持ちになった。


(この人も……母親だったんだ)

(歪んでいたけれど)



最後にクラレリアの房に向かった。


「クラレリア・エクセキューター」

父が呼びかけた。

房の中から、若い女性が現れた。

かつての「光の天使」の面影はない。

そこにいたのは、闇に囚われた少女だった。


「お姉様……」

クラレリアは私を見た。

「私……」

「何?」

私は静かに尋ねた。

「私……本当は……」

クラレリアは何かを言おうとした。


けれど——

言葉が出てこないようだった。


「……何でもない」

彼女は俯いた。

「もう、遅いから」

私は胸が痛んだ。


(クラレリア……)

(あなたは、何を隠しているの?)


牢獄を出た。

父と並んで歩く。

「明日、彼らは死ぬ」

父が静かに言った。


「はい」

私は頷いた。

「そして——」

「全てが、終わる」


空を見上げると、昼の月が薄く浮かんでいた。

明日——

処刑の日。

全てが終わる日。

そして——

新しい始まりの日。


私は黒い帳簿を握りしめた。

(さあ、準備しよう)

(最後の記録のために)


処刑人の娘、エリーゼ・エクセキューターの——

最後の仕事が、始まろうとしていた。


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